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2007年9月

2007年9月26日 (水)

車のオイル交換は一年一回でよい

一年ぶりに愛車ハリアーのオイル交換をした。前回は昨年の7月だから正確には1年2ヶ月ぶりになる。この間の走行距離は約10000キロ。入院後のここ数ヶ月はほとんど走っていないから例年よりも走行距離は少ない。

ガソリンスタンドでボンネットを開けて、「もう5ヶ月たっていますからオイル交換しましょう」などと何度も言われたが、その都度「いや、オイルは一 年間は変えないよ」と返事をして、スタンドのスタッフからは変な目で見られてきたが無視してきた。GSのスタッフがゲージのオイルを紙に垂らし、劣化を示 す数種類の色の変わった丸い円と比較して「これ、このとおり色が変わっていますから、交換時期ですよ」とよく言われるが、これは嘘である。オイルの劣化は 色ではなくて「酸化度」で考えるものだ。

トヨタの取扱説明書を読むと「オイル交換は1年または1万キロで」と書かれているのを、私は信用して実行しているだけなのだが、ガソリンスタンドはそれでは商売にならないから執拗に勧めてくる。

実際、1万キロ近く走ってもゲージに付いたオイルは色もほとんど変わっていない。これはオイルの品質が向上したことと、エンジンの工作精度の向上に よるところが大きい。新潟県中越沖地震で部品メーカーのリケンが被害を受けてピストンリングの供給が止まり、多くの自動車メーカーの操業がストップした が、このリケンのピストンリングのように高精度の部品がエンジンオイルの劣化を少なくしている。

ベンツやBMWなどオイルの劣化センサーを持つエンジン搭載車は、2万㎞以上走っても「交換時期」を示すインジケーターが点かないことさえ珍しくな いという。輸入車の「メンテナンス無料サービス」ではインジケータが点かない限りオイルは交換しない。劣化センサーはオイルの「酸化度」を測定する。色が 変わっても酸化していなければOKということだ。酸化するとオイルの色は「白く」なる。通常スタンドで「交換時期です」といわれるオイルは白ではなく黄 色っぽい色をしている。ガソリンスタンドの嘘にだまされてはいけない。

ただし、チョイ乗りや過激な高速走行をするなどシビアコンディションで乗る場合は5千キロ又は半年で交換したほうがよさそうだ。私のようにたまに乗るだけでしかも乗るときは遠出が多いような場合は、一万キロで十分だ。

手術後3ヶ月、体力もだいぶ回復してきたような気がして、オイル交換のついでにガラスコーティングもした。新車で納車されたときにガラスコーティングをしてあったが、2年経ったので重ね塗りをしたわけだ。

コーティング剤は新日本交易の「パワーGF太陽ポリマー」を使っている。このコーティング剤はもともとはプロ用だが、素人でも簡単に使えて結果は非 常に良い。私はこれのおかげで7年間一度もワックス掛けはしたことがないのに、何年経ってもボディーは新車同様にピカピカである。水洗いだけでつるつるの ピカピカになるのだから、無精者の私にはぴったりのコーティング剤だ。しかも自分でできるから材料費だけですむ。シャンプーやスポンジ、「太陽ストロン ガー」などオプション付きでも1万円以下だし、それでワンボックスカーでも二度使うほどの量がある。今回も二年前に使った残りで二度目のコーティングを 行ったわけだ。メーカーにガラスコーティングを頼むと5万円以上はするのではないだろうか。1万円で二回使えて、いまだに新車同様に紫外線による色変わり もまったくなく、洗車も楽なのだから使わない手はない。前のハリアーから7年間、実際に使ってきた私が推薦できる品物である。しかもボディの光沢感もいつ までも新車同様なので、5年間乗った前のハリアーを買い換えるときも相場よりも高額の下取り価格になったのだから良いことばかりだ。

興味のある方はこちらのページをどうぞ。 http://www.snk-net.com/

2007年9月25日 (火)

抗がん剤中止

またまた抗がん剤の投与が中止になった。白血球数が2000個/m3ということで、グランを注射して帰ってきた。

この調子で行くと2回に1回しか投与できない。今は「予防的」な投与だから良いのだが、いずれ膵臓癌だから肝臓かどこかに転移する。しかしそうなっても抗がん剤を効果的に使うことができないということだ。

2007年9月22日 (土)

「老人虐待防止法」はこの国の政府に適用すべし

来年4月から「後期高齢者医療制度」なるものが予定されている。これは昨年の6月に小泉自公政府が決めたものだが、一言で言えば、年寄りから確実に保険料を取り立てる一方で医療費は”定額払い”で極力抑制しようというものだ。

75歳以上の老人(1300万人)は現役世代の医療制度(国民健康保険・医療組合)から切り離して別立ての制度に加入することになる。現在子供の扶 養家族なっていて保険料を負担する必要のない低所得者もこの制度に移行されて保険料を徴収されることになる。しかも保険料は年金から天引きされる。

厚生労働省の試算では、保険料は全国平均で6200円/月というはずだったが、東京都の健保組合の試算では12900円/月になるケースもあるなど、厚生労働省の試算の1.3倍から3.3倍にもなるという。

医療費の「定額払い」は、どんなに治療をしても一定の医療費しか医療機関になし払われない。これを超える医療をした場合は病院の持ち出しになる。

負担は増えるが、受益は抑制されることになる。昔「老人に税金を使うのは、枯れ木に水をやるようなもの」といった政治家がいたが、いまでもこの国の 政府の本音は同じようだ。二度にわたる「介護保険料引き上げ」を始めとして、「老人医療費の改悪」「生活保護老齢加算廃止」「生活保護生活扶助基準額引き 下げ」「老年者控除の廃止」「厚生年金・共済年金保険料引き上げ」「国民年金保険料引き上げ」、それに連動する「市民税の大幅な引き上げ」。年金暮らしの 老人からいったいどこまで取り立てるつもりなのだろうか。

こんな政治を変えたい、というのが先の参議院選挙の国民の意思表示だったが、無責任男=安倍晋三は慶応病院に逃げ込んでしまい、マスコミはできレースの総裁選に過熱報道を続けている。

平清盛の思いつきで摂津の国福原(現神戸市兵庫区)に突然の遷都が発せられた(治承4年、1180年)とき、鴨長明は「方丈記」に次のように書いている。

伝え聞く、いにしへの賢き御世には、あはれみをもちて、国を治め給ふ。すなはち、殿に茅をふきても、軒をだにととのへず。煙のともしきを見給ふ時は、限りある貢物をさへゆるされき。これ、民を恵み、世を助け給ふによりてなり。今の世の有様、昔になぞらへて知りぬべし。


昔の優れた天子の御世では茅で葺いた御殿の軒先さえ整えなかった。民のかまどから立つ煙が乏しいときは租税・年貢さえ免除されたという。そういう昔と比べて今の政治は・・・と長明は批判しているのである。

政治というものは千年たってもあいも変わらず庶民いじめしか念頭になさそうだ。小泉政治が進めた「新自由主義」政策が、いよいよ規制緩和と負担増と いう形で庶民を押しつぶそうとしている。福田を麻生もその小泉「改革」を継承すると明言しているのであるから、ますます暮らしづらい世の中になることは間 違いあるまい。小泉はかつてこう言って霞ヶ関に指示している。「国民が、もうお願いですから消費税を上げて下さいと言うまで、徹底的に(社会保障を)削り まくれ」と。今後マスコミをも引き込んで「社会保障か消費税か」の二者択一キャンペーンが張られるに違いない。しかし、財源は消費税に頼らずともある。た とえば海上自衛隊のインド洋での「無料のガソリンスタンド」を止めるなど、軍事費の見直し。バブル期以上の大もうけをしている大企業への応分の負担をさせ るなどなどだ。

私は現在抗がん剤などの治療で月に約10万円の医療費自己負担をしている。このさき退職して年金暮らしになったときには負担に耐えうる金額ではないし、保険料がさらに増額されるのでは必要な治療を受け続けることなどできはしない。

同じ小泉政権下で1年半前に「老人虐待防止法」なるものができているが、老人を虐待し続けているこの国の政府にこそ、この法律は適用するべきだと思うこのごろである。

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2007年9月20日 (木)

余命を心配して生きるなんて生きているといえるんか

抗がん剤の副作用なのか、昨日から気分が優れない。頭はボーっとするし、胃はむかむかする。適当に仕事を切り上げて帰宅したが、今日はチェロのレッスン日、迷ったけど明日は出張だし体調を考えてレッスンは休むことにした。

手術前に通院していたクリニックにて3ヶ月ぶりで診察。癌研の先生が「うちは高血圧や糖尿病には弱いから、日常の管理は元の病院にお願いしなさい」と言われたので、この日に久しぶりにT先生の顔を拝見がてら受診をした。

診察室に入ったら、まじまじと顔を見られたが、さすがは医者、痩せたねとは言わない。血圧・不整脈も異常なし。念のため採血してA1値をチェックすることにした。

すい臓がんの話になって、『僕たち医者がはっきりとは言えないけど、膵癌は手術ができた人でも完治というわけではないよ。あと何年ということではな いが、5年以上生存する人は1割か2割だ。あなたが8割のほうに入るか2割のほうになるかは、医者でも何ともいえないことだよ。』

もちろん、私自身この間いろいろと調べたのだから知識としては知っているし、覚悟もできているつもりだったが、長年の主治医の先生からこうもはっきり言われると、改めてショックを感じないわけにはいかない。

でもしかし、統計はあくまで統計、人間は一人ひとり違うんだ。余命をああだこうだと心配して生きるなんて生きているといえるか!

まず二年間にやるべきことを重要な順に実行すること。次には五年間(運が良かったとして)にやるべきこと、やっておきたいことをリストアップすること。既に最初の計画は進行中だが、ブログで紹介するのはもっと先のことだ。

2007年9月14日 (金)

天才とは神が与えた重荷である

映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」にこんな台詞があった。『天才とは神が与えた重荷である』

エルガー:チェロ協奏曲 エルガー:チェロ協奏曲
デュ・プレ(ジャクリーヌ)

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ジャクリーヌ・デュ・プレ~EMI完全録音集(17枚組) Chopin: Cello Sonata in G Minor; Franck: Sonata in A Dvorák: Cello Concerto; Saint-Saëns: Cello Concerto No. 1, Op. 33 エルガー&ディーリアス:チェロ協奏曲

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ジャクリーヌは16歳でデビューし、若きチェロの妖精として一大センセーションを巻き起こしたが、28歳で多発性硬化症という難病になって演奏活動ができなくなった。絶望のうちに42歳で人生の幕を閉じた。 エルガーのチェロ協奏曲は彼女の十八番。天才と難病という二重苦を背負った彼女の慟哭のように悲しく響く。 私の持っているのは、彼女の夫であるダニエル・バレンボイム指揮のフィラデルフィア管弦楽団の演奏だが、これはオーケストラが良くない。馬鹿な買い物をしたものだと後悔しきりである。デュ・プレの鬼人のような演奏に対して、バレンボイムの指揮のスケールが小さい。 20歳の彼女がバルビローリの指揮で入れた演奏を図書館から借りて聴いてみたが、憂愁に彩られたバルビローリの指揮に対して、夫バレンボイムのものはオーケストラが大味で気品がない。指揮者の才能が歴然と現れている。こちらのCDを買い足すことにした。

二人の指揮者の演奏を聴き比べてみるのに恰好なのが、ハイドンのチェロ協奏曲1番と2番(東芝EMI)のCDだ。1番をバレンボイムが、2番をバルビローリが指揮している。

2007年9月 9日 (日)

ペットとホームレス

体重が64キロで、下げ止まったような気がする。ほんの少しだが、食欲も以前よりは出てきたようだ。神経性の下痢も大分少なく楽になってきた。 今日は二時間もチェロのレッスン。弓と弦と楽器と体が一体になって振動する。宇宙と一緒に振動している気さえするのは、チェロという楽器の音域のためかもしれない。左の指先がひりひりするほど力が入ってしまった。


多摩川の増水で、ホームレスの人たち29人がヘリコプターで救助されて、3人が行方不明だという。 私の知り合いの人たちは無事だったようだが、テントもすべて流されてしまった。新聞では猫と一緒に救助されるホームレスの方が写真で載っていたが、多摩川 の河川敷で暮らすホームレスの人には捨てられた猫や犬をかわいがっている人が多い。ペットを平気で捨てる人がいる一方で、空き缶集めで得たわずかのお金で ペットのえさを買って与えているホームレスがいるのだ。自分たちの境遇と二重写しになって犬や猫に愛情を感じているのだろうと思う。

高血圧のため生活保護をもらってホームレス生活から抜け出したSさんも、河川敷で飼っていた猫のために、新しい住所に移ってからも毎日もとの小屋に来て猫にえさを与えていた。

犬や猫は無心だから、愛情を素直に伝えることができる。人間であればこうはいかない。あのたくさんの捨てられた猫や犬たちの多くは洪水で流されたのかもしれない。いや、動物のカンでいち早く避難をしたのだろうか。そうであればよいのだが。

ただ、無心に生きている。そのことが一番尊い。

2007年9月 7日 (金)

多摩川が増水

3d539 台風9号の影響で朝から雨。多摩川の上流・奥多摩町では、降り始めからの雨量が694ミリ、これまでの記録を大きく塗り替えました。多摩川は一時、氾濫危険水位を超えました。 

河川敷で生活しているホームレスが多数流されて救助のヘリコプターが出動したようです。

六郷橋の下で生活していたSさん、まだ若いのに(20歳代か)既にホームレスの貫禄を漂わせていたKさん、破門された関西の元やくざで代紋の刺青を していたHさん、いつもアルコールの臭いをさせて大声で歌を歌っていたMさん、みんなどうしているのだろうか。明日にでも様子を見に行ってこよう。

2007年9月 6日 (木)

チェロのレッスン

台風の風と雨の中、久しぶりにチェロのレッスンに行きました。先生やクラスの仲間が笑顔で迎えてくれ、「痩せたねぇ。だけど元気そうでよかった」 と。そういえばすい臓がんの告知を受けて手術日も決めた当日も雨の中をチェロのレッスンに行ったのでした。これがもう3ヶ月前。 早いものです。無事に生 還した宇宙飛行士の気分。

今日からレッスンはアドバンスコースになります。テキストも変わって、ハイドンの「驚愕」が今日のメイン。ハ長調の音階も2オクターブまでが必要で、頻繁にポジション移動が必要になります。 しかし、指は覚えているもんなんですね。結構みんなについて弾くことができました。

2007年9月 4日 (火)

3ヶ月ぶりのチェロ

抗がん剤ジェムザールの投与。先週は白血球数が2000に下がっていたため投与を中止したが、今日は4100まで回復していた。ただ、念のためジェ ムザールを通常の90%-180CCに減らして投与した。少しからだがだるくて午後はずっとベッドに伏せていた。この状態で投与が続けられることを願うば かりだ。

相変わらず食後の神経性下痢は続いている。アヘンチンキを服用していれば少しは症状が緩和されるが、これがないと相当な下痢に悩まされることにな る。先週の出張にはアヘンチンキを持っていくのを忘れてしまい、食後の腹痛と下痢には大いに困惑した。逆にこの薬の効能には改めて感謝することになった。


退院後初めてチェロを弾いた。3ヶ月ぶりだったが指は音階をちゃんと覚えていた。とりあえず音階を一通り、それから何曲か弾いてみた。指板に左指を 押し当てると楽器の裏板が丁度手術の傷跡に当たる。どうかなと思っていたが、痛みもなく大丈夫だ。内臓に響く感じが以前とは少し違うような気がするが、ひ とつの臓器がなくなったのだから当たり前かもしれない。これなら今週からレッスンに出られそうだ。「閑にあって自分と向きあう」こんな生き方が理想だと思 う。


宮原治雄の「丸山真男-日本の思想精読」を読む。「である」ことと「する」こと-丸山のもっとも有名なエッセイの部分から読み進める。

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