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2008年2月

2008年2月28日 (木)

稀な患者

チェロのレッスン。先週は出張で休んでしまったので二週間ぶりだ。浜辺の歌は今日で押しまし。第一弦の拡張型が少しは板についてきたのか、でもまだまだ音が不安定だ。

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか

この前からチューナをチェロにつなぎっ放しにして音程を確かめながら練習している。指の押さえる力を少し強くしただけで音程が随分と違うものだということがよくわかって、この方法をしばらく続けてみる。

6月には合同の発表会をやるそうだ。曲は何が良いかと聞かれたので何極化の候補のうちスメタナの「モルダウ」を希望した。

先週行ったかかりつけの内科の先生の話だが、こんなことを言われた。『私も随分と膵臓がんを切除した患者を診てきたが、あなたのように元気な患者は稀だよ。運が良いんだと思わなくちゃ』。

帝国主義論 (光文社古典新訳文庫)

そうか、おれは運が良いのか。自分では二度も癌になって運の悪い人生だと思っていたのだが。手術ができてさらに予後も良いのだから、やはり感謝しなくてはならないのだと改めて感じた。

今週は水野和夫氏の『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』とレーニンの『帝国主義論』。そのうちに感想を書いてみるが、水野氏の著作は21世紀の「帝国主義論」かもしれないと感じている。

2008年2月25日 (月)

伊香保・四万温泉のはしご

Photo 「伊香保温泉の石段街を見てないよね」との妻の話題がきっかけで、「よし、伊香保に行こう」となった。伊香保ならやはり「黄金の湯」だろう。2004年に地下水を沸かしただけで「温泉」と偽っていたことが報道された伊香保温泉だ。その後「温泉」の定義をめぐってマスコミでも報道されたが、伊香保の「白銀の湯」も結局は水道水と大差ないそうだ。
伊香保温泉も一歩路地に入ると店じまいした土産物屋・写真館や遊技場がたくさんある。伝統によりかかるだけでは国内の観光地は生き残れないようだ。Photo_2

黄金の湯の「古久屋」に予約が取れた。ついでに四万温泉もとなって温泉のはしごだ。

春一番が台風並みの嵐になって関越道を渋川伊香保で降りることには雪になってきた。「竹久夢二伊香保記念館」につく頃には吹雪模様に。『夢二の絵の少女真似て、矢絣を着ています~~~』との歌詞が脳裏に浮かぶ。「黒船屋」をはじめ「婦人グラフ」に掲載された夢二の絵や書を堪能して大正ロマンに浸る。

携帯に妹からメールが入った。伊丹から千歳に行く飛行機が、この大雪で千歳に降りられずに羽田に降りるが、宿がないという。甥が北大の獣医学部を受験するのに付き添って二人で札幌に向かっているのだとのこと。われわれ夫婦も旅行中だから我が家に呼ぶこともできない。大急ぎで携帯から都内と神奈川のホテルを探したが、すべて満室だ。数時間格闘した末に、妹から何とか横浜で取れたという連絡が入った。やれやれだ。

翌日は榛名湖へ。ワカサギ釣りの客で氷結した湖面はたくさんの釣り人。榛名山から吹き降ろす北風が草原の雪を舞い上げて煙のように流してゆく。

水沢観音に立ち寄ってから四万温泉へ。途中凍結したトンネル内で前を走っていた車がスリップして対向車線に横滑りした。ひやっとしたが幸い対向車がなくて無事。肝を冷やしたのだろうか、運転手はハザードランプを点灯して止まった。道路の雪はなくなっていたが、橋の上やトンネル内はまだ凍結している。こんな状態の時が一番危ない。私はスタッドレスを履いていてエンジンブレーキをかけながらトンネルに入ったので安定した走りができていたが、前の車は普通タイヤだったのかもしれない。

四万温泉は一番奥の「鶴屋」旅館。17部屋ほどのこじんまりした宿。貸切露天風呂の「観月の湯」と「鹿覗きの湯」がすばらしい。

伊香保と四万温泉の宿の比較。伊香保は黄金の湯を曳いた由緒のある宿だが、どうもサービスがマンネリだと感じた。たとえば四万温泉の「鶴屋」では、翌朝布団を上げるときにシーツだけではなく掛け布団のカバーまで取り替えていた。したがって布団もパリッと糊のきいた気持ちの良いものだった。一方で伊香保の「古久屋」ではシーツと枕カバーしか取り替えなかった。料理も吸い物など温かいものが出てくるのは四万温泉の鶴屋のほうだ。夫婦それぞれに部屋の鍵を用意してあったのも鶴屋だった。温泉では夫婦で風呂に入るとき、出る時間を打ち合わせたりするに不便を感じていたが、部屋のかぎが二つあればそんな心配がいらない。こうした心配りができるかどうかが宿のサービスの質だろう。これまで部屋の鍵を二つ渡されたのは安曇野の河昌とここ鶴屋だけだった。伊豆の修善寺で新井旅館という超老舗宿にも泊まったが、老舗宿というのはどこか名の売れていることに胡坐をかいてよりかかっているのではないかと思われる。客へのサービスが今一つだなぁという気がする。部屋がたくさんある宿も一般的にサービスが行き届いていないことが多い。

帰りに奥四万湖。ダム湖の雪景色をカメラに収めて帰途に就いた。途中の四万甌穴近くで鶴屋が営業している「森のカフェ」でコーヒーと、宿でも出てきた料理長の手作り羊羹を。Photo_3

鶴屋の関社長が「奇跡の軌跡」という本を出版されている。名もない山奥の湯治場四万温泉の宿のせがれ手して生まれた関さんが、倒産寸前だった鶴屋をたてなおし、四万温泉でも人気の宿にするまでの軌跡を描かれている。社長のブログもある。
こうしたエネルギーが宿のサービスや心遣いに表れているのだと思う。ぜひまた行きたい宿が一つ増えた。「四万温泉 鹿覗きの湯 鶴屋

2008年2月18日 (月)

血糖値が上がる一方で

血糖値が上がる一方なので、かかりつけの先生のところで診察。
260あった。退院後徐々に上がり続けているのだが、その原因が分からない。
手術後一度もインシュリンの注射はしたことがないのだから、膵臓の機能はだいぶ残っていたはずだが。

先生がおっしゃるには、膵臓のβ細胞がどの程度残っているかが問題だという。β細胞の多く分布している膵尾部を切除したのだから、機能が落ちているのは確かだろう。とりあえずアマリールを半錠飲んで、様子を見よう。ただしアマリールは残っているβ細胞に鞭を打ってインシュリンを出させる薬だから、β細胞が少ないと効果がないよ、ということだった。

食生活が悪いのかもしれない。結構甘いものを食ったし、ビールも飲んだし。アルコールは止めろとは言わないが、糖質の多いものは避けて、蒸留酒にしておきなさいと言われた。今日は「山崎」を少しにしておいた。

2008年2月16日 (土)

新しいPET診断法

手術が終わった昨年の秋に、先生に「PETで他の癌の検査をしておいたほうが良いのでしょうか?」と聞いたことがあります。 「だめですね。手術後は炎症の部位もPETにひっかかかり、画像は体全体が真っ赤になりますよ」と言われたことがあります。

その後妻だけでもとPET受診したら、首のところにある小さなしこりまで検出できて、PETの威力に感心したものでした。

北國新聞の記事で、炎症と癌とを区別できる新しいPET診断法を開発したと報じられています。 膵臓がんにも有効とのことですから、見逃しやすい膵臓がんの診断に適用できる日が一日も早く来ることを願っています。

           

◎高精度でがん発見 PET診断法を開発 羽咋の研究センター 薬で炎症と区別       

 がんの発見に威力を発揮する陽電子放射断層撮影装置(PET)を使って、高精度でが んを早期に見つける診断方法を、先端医学薬学研究センター(富山県羽咋市)の研究員らが十四 日までに開発した。従来は炎症と区別がしにくかったがん細胞を正確に突き止めることが でき、診断対象も広がるのが特徴で、三種類のヒトのがん細胞で有効性を確認した。再生 医療で課題となっているがん化対策にも期待される研究成果は、近くアメリカの核医学会 誌に掲載される。

 新たな診断法を開発したのは、同センターの三好荘介主任研究員(41)と金大大学院 自然科学研究科薬学系博士課程の光岡圭介研究生(27)らを中心とする研究グループ。

 従来のPET診断法は、がん細胞がブドウ糖を活発に取り組むことを利用し、FDGと 呼ばれる診断薬を使っている。しかし、FDGは炎症を起こしている個所にも集まるため 、画像ではがんか炎症か識別できない問題点がある。さらに、前立腺がんや胃がん、肝臓 がんなどの診断ではFDGの集積が悪く、この診断方法では肺がんや甲状腺がん、大腸が んなどに限られている。

 研究グループは、光岡研究生が在籍する研究室の辻彰教授が世界に先駆けて発見したが んに発現する「ペプチドトランスポーター」と呼ばれるタンパク質に着目し、新たに放射 性医薬品の診断薬「C11―グリシルサルコシン」を使う診断方法を開発した。

 この診断薬を使ったPET診断のマウス実験で、膵(すい)臓や前立腺、胃の三種類の ヒトがん細胞で炎症とがんを判別できることが分かった。さらに理化学研究所細胞材料開 発室(茨城県つくば市)の協力を得て約百種類のヒトのがん細胞でもこのタンパク質が9 0%以上で発現していることも確認され、がん診断に利用できる可能性が示された。

 医療関係者によると、新しい診断方法は、近年注目を集めている幹細胞を移植して組織 や臓器を再生する再生医療での役割も期待されている。再生医療の課題として挙げられて いるがん化に対していち早い診断が可能となれば、実用化に向けて大きく踏み出すことに なるとみられる。二人は「がんは日本人の死因のトップにあり、早く人に応用できるよう 研究を進めたい」と話している。(北國新聞 2/15)

2008年2月11日 (月)

母べえ

Haha 10日は「母べえ」を観た。夫婦50割引きで、ふたりで2000円でした。

山田洋次監督が昭和初期につつましく生きる家族の姿をとらえて、現代の家族へ のメッセージ。

 日本が太平洋戦争へ突入しようとする昭和15年。ドイツ文学者の父・滋(坂東三津五 郎)が、反戦を唱えたとして逮捕されてしまう。悲しみにくれる母・佳代(吉永小百合)と2人の娘(志田未来、佐藤未来)だったが、父の教え子や親類、近所 の人たちに支えられ、明るく力強く生きていこうとする。戦争の悲劇を描きながらも、平和や家族の大切さ、幸 せとは何かを、改めて思い出させてくれる。

吉永小百合といえば我々団塊の世代には「キューポラのある町」だ。この映画の舞台である埼玉県川口市に、今回の映画「母べえ」のためのロケセットを作っての撮影だという。昭和初期の雰囲気のある完全なセットで、小道具に至るまで時代考証もしっかりしている。

普通の庶民が自分の学問的良心に従って書いたものに対して「反戦的・非国民・アカ」というレッテルが貼られて逮捕されていく。誰もが戦争に反対できなかった時代。反対しただけで死刑になった時代がわずか60年前にあったのだ。

三国連太郎さんが言う。「いま、再び軍靴の足音が聞こえてきたような気がする」と。レーニンは資本主義の最終段階としての帝国主義が必然的に戦争を到来させると説いたが、新自由主義とグローバリゼーションの時代に「資本」は国民国家を捨て、「帝国」と手を組んだ(水野和夫-「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」)と言われている。グローバル資本と「帝国」は戦争を好むのだろうか?

沖縄の辺野古、岩国の米軍基地の問題。今日のニュースに報じられたアメリカ兵の沖縄での女子中学生への暴行事件。軍靴の足音が再び聞こえてくるのか。

324298_002_3 壇れいの演技も良かった。「武士の一分」ではじめて知った女優だが、「釣りバカ日誌」にも出ていた。最初は壇ふみの娘かと思っていて、無知を妻に笑われた。彼女のふんする久子おばちゃまは、絵の才能に見切りをつけて広島に帰る。そして原爆で死亡。思いを寄せる山ちゃんも南の海で魚雷を受けて貨物船が沈没して死亡。野上滋も獄中で死亡する。心を偽らねば生きていけなかったあの時代を忘れてはいないか?

2008年2月 9日 (土)

非線形科学:蔵本由紀

非線形科学 (集英社新書 408G)

デカルトに始まる近代合理主義精神は要素還元的に、つまり分子よりは原子、原子よりも電子・中性子、これらよりもクオークやパイ中間子といったように、より根源的な物の普遍的構造を知ることによって、われらのこの世界の現象を理解できるという考えです。この考えは根深いものがあります。近代物理学はそうした思想でこの世界を研究し、理解を深めてきたのであり、今日ナノテクノロジーや量子力学の研究の成果で私たちは高度な”道具”を持つことができるようになったのは事実です。携帯電話しかり、パソコンしかりです。

しかし一方で、水の分子H2Oを探求し、水素の陽子・中性子をどれほど探求しても流れる水の性質を理解することはできません。人の顔を構成する目・鼻・口などの各部分をどんなに詳しく調べて情報得たにしても、その人固有の「顔つき」を表現することはできないのです。

このように、構成要素間の緊密な相互作用から生まれる新しい性質を「創発」という概念で説明しようとするのが「非線形科学」だと乱暴に言ってもよいでしょう。

蔵本由紀氏は、この本でこの「非線形科学」を数式を一切使わずに説明しようという新しい挑戦に臨んだものです。「カオス」「フラクタル」「複雑系」「リズム」「ゆらぎ」「同期」など、最後に「ネットワーク理論」と幅広く非線形科学の概念が身近な例を示して分かりやすく書かれています。

バンコク市の河岸に4分の1マイルにわたっておい茂るマングローブの木にびっしりと群がったホタルが、1秒に3回割合で完全に歩調を揃えて一斉に発光を繰り返すという驚くべき現象を例に、「リズム・集団同期・相転移」などを説明していきます。

フラクタルな性質を例に挙げれば、海岸線や雲、河川と毛細血管の枝分かれパターン、稲妻と壁のひび割れ、銀河団の分布構造、これらが同じフラクタル性を持っているが、これらはどのような物理的プロセスによって形成されているのか? そこにはまだ人間が知ることのない普遍的メカニズムがあるはずだということを確信させてくれます。

「非線形科学」はマクロの現象を、要素に分解しないでマクロのままとらえようとする科学です。自然はなお奥深く、人類はまだそのほんの一部しか知っていないのでしょう。

2008年2月 8日 (金)

浜辺の歌

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昨夜のチェロのレッスンは先週に続いて「浜辺の歌」。聞いた感じでは易しそうな曲なのに、左手のポジション移動が多くて、結構大変。

2ndポジションから始まって、すぐ第1小節目から上方拡張型になる。1の指を拡張型でC音をとると、2の指がD音、4の指でE音になるのだが、2,4の音程がちょっと下がり気味になるのを先生から注意された。私の中指と薬指の間が広がらない構造になっているせいだが、練習不足も。

2ndポジションから1stポジション、さらに4thと、ポジション移動の多い曲だ。浜辺の歌の哀愁のある感じで弾くのには程遠い。

「もうここら辺で指番号を書かなくとも弾けるように練習してください」との先生の助言。五線譜上の音符の位置と指板上の指の位置がなかなか連動しない。

Egakkinet_galaxendpinrest エンドピンレストを使わないで練習してきたが、床が滑ってエンドピンが安定しない。ネットでちょっと高価なステンレス製のエンドピンレスト(Celllo用)というのがあったので、買うことにした。チューナーも弦楽器専用でCelloのCDGA弦に合わせられているのがあった。サイレントチェロの出力端子に接続して使用できるらしい。これも同時に購入。Yt200

2008年2月 7日 (木)

抗がん剤のこと

5日は癌研で抗がん剤の投与。もう何回目になるのだろう。18回の予定だから後数回で終わるはずだが。

ジェムザールを投与し終わったとたんに吐き気と寒気がしてきた。それでも車を運転して何とか家に帰りついて食事もそこそこにベッドにもぐりこんだ。陽がすっかり暮れるまで寝てしまった。幾分は気分が良くなったが、翌日も一日胃がむかむかして、仕事にもさっぱり身が入らない状態が続いた。

同じ膵臓癌で亡くなった妻の叔母が、「抗がん剤が嫌で途中でやめてしまった」と聞いていたが、その気持ちはよくわかる。抗がん剤で癌が完治することはないといわれているし、単なる延命のためだったら、私だって抗がん剤を止めてしまうかもしれない。何をする気にもならないでただ命を永らえているだけだったら、治療することに価値がないのではと思う。

今日は木曜日でチェロのレッスンの予定。二日経って気分も良くなったから頑張ってこようか。

2008年2月 4日 (月)

血糖値

抗がん剤ジェムザールの投与の前には必ず血液検査をして、主に白血球値が少ないかどうかを主治医が判断している。そのときにいろいろな検査も同時にやっている。

その検査の血糖値の値が、もうかれこれ半年くらい高い。血糖(グルコース)197mg/dlで、200には届かないけれど小さいときでも160位だった。

癌研の先生は「この病院は糖尿病などには得意ではないから、かかりつけの病院があったのならそこで治療してもらいなさい。まだ充分コントロールできる範囲ですから心配はないです」と言ってくれた。それでもほったらかして、運動すれば大丈夫だろうとタカをくくっていたが、この頃心配になってきたので、今日久しぶりにかかりつけの先生のところに行ってみた。

「やはー、久しぶりですね」と言われた。3ヶ月前に血液監査を受けて結果も聞かずにそのままだったから仕方ないけど。血糖値検査をすると、210。ヘモグロビン A1cが6.3と高かった。

「あなたの場合、膵臓のランゲルハンス島が小さくなっているから、インシュリンが十分出ていないでしょう。手術後にインシュリンを投与していないところをみると、ある程度は分泌されているけども、糖尿病になりやすい状態であることには違いはないです。」

ということで、とりあえず手術前にも服用していたアマリールを半分で試してみて、二週間後にもう一度検査をしましょうということになった。

体重が減少気味だから食わなければならない。しかし今でもちょっと食いすぎると胃がもたれて吐き気がするし、かといって脂肪の多いものでエネルギーを摂ろうとすると血糖値が上がりやすい。消化酵素も十分には出ていないから、体重は徐々に減りつつある。

あっちを立てればこっちが立たず。 管理が難しいなぁ!

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