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2009年9月

2009年9月29日 (火)

中野孝次『ガン日記』を読んで思ったこと

引っ越し後の部屋の整理に忙しくてブログの更新はしばらく間が開きました。パソコン・インターネットの環境も元通りになったので、ぼちぼち書き続けます。

ガン日記―二〇〇四年二月八日ヨリ三月十八日入院マデ (文春文庫)

中野孝次の『ガン日記』は食道がんの告知を受けてから入院するまでの日記ですが、公表や出版されることを予期していない日記で、彼のがんや死に対する考えが、直向きに記されています。

運命は、誰かに起こることは汝にも起こるものと覚悟しおくべし、自分の自由にならぬもの(肉体もしかり)については、運命がもたらしたものを平然と受けよ、できるならば自らの意志で望むものの如く、進んで受けよ、とセネカは教う。

と、『セネカ 現在人への手紙』が最後の出版となった中野孝次らしく、セネカに親しみ、その死に対する心構えに共感してきた彼は、告知の最初にはこのように受け止めようとする。座椅子に座り、庭の草木や小鳥を眺めていると、

すべてこともなく、よく晴れ、風もなき冬の午後にて、見ているとこれが人生だ、これでいいのだ、と静かな幸福感が湧いてくる。

しかし、紹介された大病院で余命一年と告げられ、治る見込みのない高齢のがん患者はいかにも迷惑だと言わんばかりの医者の態度に、「病院と現代医学への嫌悪、この日きわまる」と日記に記し、別の病院を探すことになる。誰彼の紹介によっていくつかの病院を転々として、結局は最初の病院に入院することになるのだが、その間に時間が経ち、病状も悪化していったようだ。在宅での死を望んでいた彼は、末期のがん患者を介護しなければならなくなる老妻のことをおもんばかって、「抗がん剤の地獄を耐えよう」と決心したうえの入院だった。

食道がんとはいえ、ステージⅠだったが、驚くような早さでがんが進展していったようだ。

セネカや道元や兼行の著作に学び、死への心構えができていたはずの彼でも寝られない夜があったり、出版社の編集者が勧める治療法に望みを託したりもする。やはり中野孝次でもがんとなるとそのような迷いが出るのかと、少し安心した。私のように、膵臓がんを告知されたその足でチェロのレッスンに行くほうがよほど鈍感なのかもしれない。

ただ、私が彼の『ガン日記』を読んで気になったのは、こんなことだ。中野孝次は確かに「今ココニ」生きることの大切さを説き、人はいずれ死ぬものであるから、その準備をしておくようにと、いくつかの著作に書いている。私もその通りだと思う。中野孝次がセネカや兼行の驥尾に付してきたように、私も彼の熱心だ読者で、彼を通じて兼行や道元や良寛らの驥尾に付することに努めてきた。

しかし、それだけでは十分ではない。

つまり、「死ぬ心構え、準備をしておく」のではなく、「がんで死ぬ心構え、準備をしておく」ことが必要だということだ。3人に1人ががんで死ぬ時代である。正に「誰かががんになるのなら、あなただってがんになる」のだから。

がんになったときの準備、情報を集めておくべきだったと思う。中野孝次はその準備をしてこなかったといわざるを得ない。だから、医者の診察結果の説明にも「よく分からないことが多い」とかいうことになる。あちらこちらの病院を転々とし、セカンドオピニオンというにはあまりにも場当たり的だと感じる。

「パソコンや携帯電話、インターネットなど要らない」といっていた彼は、もちろん食道がんについて自分でインターネットで情報を検索するということもできはしなかった。確かに普段の元気な生活をしている分には携帯電話やインターネットはない方がよいと思うことも、ある。しかし、ある日がんを告知されたとき、インターネットはなくてはならないものになる。もちろん情報は玉石混淆だ。それは「道具は使いよう」ということに過ぎない。

「運命がもたらしたものを平然と受け」るには、がんという病気は手強い相手だ。中野孝次が「がんで死ぬこと」への心構えに取り組んでいたなら、病気の展開ももっと違ったものになっていたのではないかと悔やまれる。

彼の闘病をあれこれと批評しているのではない。若いうちから、がんに対する知識を学び、いずれ自分ががんになったときに慌てないようにしておけ、ということを言いたいのです。

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2009年9月18日 (金)

タルセバを膵がんの治療薬として申請

中外薬品が、タルセバを膵がんの治療薬として申請すると発表しました。ジェムザール以外の有効な抗がん剤として治療の選択肢が増えることはありがたいことです。

抗悪性腫瘍剤「タルセバ(R)」
膵がんに対する効能・効果追加の承認申請について

-

 中外製薬株式会社[本社:東京都中央区/社長:永山 治](以下、中外製薬)は、上皮増殖因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害剤 -販売名『タルセバ(R)錠25mg、同100mg』(以下、「タルセバ(R)」)の、膵がんに対する効能・効果追加の承認申請を厚生労働省に行いましたのでお知らせします。

 「タルセバ(R)」は、がんの形成・増殖に重要な役割を果たすたんぱく質の働きを抑制する薬剤です。日本では、「切除不能な再発・進行性で、がん化学療法施行後に増悪した非小細胞肺癌」を効能・効果として承認されています。

 進行・再発膵がんに対しては、海外で行われた主要な第III相臨床試験(PA.3)において、「タルセバ(R)」を標準的な化学療法であるゲムシタビンと併用することで、主要評価項目である全生存期間ならびに副次的評価項目である無増悪生存期間が統計学的に有意に延長することが示されました。これにより、海外では既に膵がんに対する一次治療薬として承認されています。

 中外製薬は、がん領域を重点領域の一つとして位置付けています。膵がんは治療薬の選択肢薬剤が非常に少ないがんの一つであり、年間の国内死亡者数は23,000人以上と推計されています。中外製薬は、この治療の難しい膵がんに対する新たな治療選択肢を患者さん・医療関係者に提供できるよう、承認取得に向けて取り組んでまいります。
                                           以上

●タルセバ(R)について
 「タルセバ(R)」は、がんの形成・増殖に重要な役割を担う上皮増殖因子受容体(EGFR)を標的として開発された低分子の医薬品です。2004年11月に進行・再発の非小細胞肺がん(NSCLC)の治療薬として米国で、2005年9月には欧州で承認されています。また、膵がんでは、2005年11月に米国、2007年1月に欧州で承認され、がん治療に貢献しています。
 国内では、「切除不能な再発・進行性で、がん化学療法施行後に増悪した非小細胞肺癌」を効能・効果とし、1日1回の経口投与による治療薬として2007年12月に発売されました。

関連情報
エルロチニブ(タルセバ)Wikipedia
http://prw.kyodonews.jp/prwfile/release/M000010/200704269957/_prw_open.html
やぶいぬ応援団

2009年9月13日 (日)

死ぬこととと生きること

中学校の同窓会の案内が来ました。先月は高校の吹奏楽部の同窓会があって高知に帰省したのですが、還暦を過ぎると急に同窓会の案内が来るようになりました。定年を迎えて多くの人が現役から退き、昔の思い出を振り返る時間ができるようになるためでしょうか。

吹奏楽部の顧問の先生は卒寿を過ぎているのですが、いまだに40キロほどを車を運転して通っていると伺いました。「あと2,3年すると運転免許を返さないかんかもしれんなぁ」と仰ってました。びっくりするほどお元気でした。

同窓会は、いきなり半世紀ほどの昔にタイムスリップし、青春真っ盛りのころそのままの気分になります。相手の顔は老けていても面影はあり、話している自分も老けているはずなのを意識の外に押しやって、自分は18歳のつもりでいるのですから、おかしいものです。あの頃、授業が終われば遅くまでトロンボーンを吹いていました。3年間の高校生活のなんと永くて充実した時間だったかと、いつも思い返します。しかし、そのように思い返すことができる人生の最良の時間は、20代、30代と時を経るにつれて少なくなってきました。確かに仕事には熱中もしたし、それなりの成果も上げたと自負しているのですが、それらの時間を、高校生の頃のような、めくるめく喜びを伴って思い出すということはないのです。

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

トルストイの『イワン・イリイチの死』に次のようなくだりがあります。イリイチがまもなく苦痛を伴った死を迎えようとするときの一節です。

 「おまえには何が必要なのだ? 何がほしいのだ?」彼は自分に向けて繰り返した。「何がほしいって? 苦しまないことだ。生きることだ」彼はそう答えた。
 そして再び彼は全身を耳にした。意識を緊張させるあまり、痛みにも気づかないほどだった。
 「生きるって? どう生きるのだ?」心の声がたずねた。
 「だから、かつて私が生きていたように、幸せに、楽しく生きるのだ」
 「かつておまえが生きていたように、幸せに、楽しく、か?」声は聞き返した。
 そこで彼は頭の中で、自分の楽しい人生のうちの最良の瞬間を次々と思い浮かべてみた。
 しかし不思議なことに、そうした楽しい人生の最良の瞬間は、今やどれもこれも、当時そう思われたのとは似ても似つかぬものに思えた。幼いころの最初のいくつかの思い出をのぞいて、すべてがそうだった。
~~~~~~
当時は歓びと感じていた物事がことごとく、今彼の目の前で溶けて薄れ、何かしら下らぬもの、しばしば唾棄すべきものに変わり果てていくのであった。

法律学校を卒業し、人生の成功の階段を上るにつれて、イリイチの人生から生気が失われていくのでした。いや、いま死の瀬戸際のベッドの上で振り返るとそう思えるのでした。

 自分では山に登っているつもりが、実は着実に下っていたようなものだ。まさにその通りだ。世間の見方では私は山に登っていたのだが、ちょうど登った分だけ、足元から命が流れ出していたのだ・・・・・そして今や準備完了、さあ死に給え、というわけだ!
~~~~~~
(従僕や妻と娘と、医者と顔を合わせて) 彼らのうちに彼は自分を見出し、自分が生きがいとしてきたものをすべて見出した。そしてそうしたものがことごとくまやかしであり、生と死を覆い隠す恐るべき巨大な欺瞞であることを、はっきりと見て取ったのだった。(光文社古典新訳文庫 望月哲男訳より) 

イリイチは死ぬ1時間前に、落下しながらも光を見出します。そうして自分の人生は間違っていたが、まだ取り返しはつく、そのためには何をすべきか。死ぬ1時間前にこうした考えに到達するのです。

癌から助かりたい。死にたくない。もっと生きたい。そう思うのは自然なことです。しかし、イワン・イリイチのように「もっと生きるとは、どう生きるのだ?」と問い直してみることです。「楽しく、有意義な生き方をするのだ」、「ならば、楽しい、有意義な人生の時間とはどんな時間だ?」

サイモントン療法でも、がん患者が目標を立てることの大切さを強調しています。「もし、かろうじて命にしがみついているような状態だとしたら、それほどまでにしてやりたいと思うことはいったい何か?」を問うことを教えています。やりたいことを仕事のためにあきらめてこなかっただろうか? 子供を育て家庭を切り盛りするために、自分のやりたいと思うことを後回しにしてこなかっただろうか? そして、今わくわくすること、夢中になれることをやりなさい。それががんに打ち勝つ健康への道につながるのだといっています。

私の場合、やはり同窓会に集まった若かりしころの彼らと過ごした時間が一番に思い起こされるのです。そういうわけで、チェロを弾くことに夢中になれることが、私にとってはがんとの闘いでもあるのです。

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2009年9月 5日 (土)

砂糖はがんの栄養

_mg_1902

白壁の伝統的な商家で薬局。(高知県奈半利町)


一時はがんの早期発見の切り札であり、がん検診の革命かといわれたPET(陽電子放射断層撮影、ポジトロン・エミッション・トモグラフィー)ですが、国立がんセンターの内部調査で、がんの85%を見落としていたと報道されて衝撃を与えました。

同センター内に設置された「がん予防・検診研究センター」では、2004年2月から1年間に、約3000人が超音波、CT、血液などの検査に加えPET検査を受け、150人にがんが見つかった。ところが、この150人のうち、PETでがんがあると判定された人は23人(15%)しかいなかった。残りの85%は超音波、CT、内視鏡など他の方法でがんが発見されており、PETでは検出できなかった。(2006年3月3日 読売新聞)

PETががんの早期発見に有効だとされたのは、がん組織がほかの部位よりも多くブドウ糖を消費していると考えられたからです。放射化されたブドウ糖を体内に注入し、放射線の多く出ている部位、つまりブドウ糖がたくさん消費されている部位を見つければ、そこに腫瘍ができている可能性が高いということです。つまりブドウ糖=砂糖はがんを育てる栄養であるということ。

ノーベル生理医学賞を受賞したドイツの生物学者ヴァールブルクは、悪性腫瘍の代謝がブドウ糖の消費量に左右されることを発見しました。

精白糖や精白小麦粉を食べると、血液中のブドウ糖の割合=血糖値が急速に上昇し、ブドウ糖を細胞に吸収させるためにインスリンが分泌されます。そしてインスリン様成長因子(IGF)が分泌され、細胞の成長が促進されます。

さらに、インスリンとIGFはともに炎症性因子を刺激する作用があり、炎症性因子は腫瘍の成長を促進する働きをします。大量のインスリンとIGFが分泌されると、がん細胞の成長が促進されるだけではなく、がん細胞が隣り合う組織を浸食する力を高めることが知られています。
糖尿病患者はがんになる確率が高い(膵臓がんになる確率も高いことが知られている)ことや、東南アジア人が欧米人に比べてホルモン依存性のがん(乳がん・前立腺がん)に罹る確率が5分の1であることなどより、この仮説はほぼ確かなようです。

喫茶店でアイスコーヒーを注文するとシロップが付いてきます。トウモロコシから抽出した果糖のシロップ(果糖とブドウ糖の混合物)です。20世紀後半に登場した新しい食品原料であるシロップは、今や多くの加工食品に使われています。砂糖だけでももてあましている私たちの体は、シロップの登場で完全に限界を超えてしまったのです。

私たちの遺伝子は、糖分を年間で2キログラムしか消費しない栄養条Img002 件のもとで形成されたのですが、20世紀の終わりにはその消費量は一人あたり70キログラムというとんでもない量になっています。これが先進国で第二次世界大戦後に急速にがんの発症率が上昇した一つの原因だと考えられています。

私たちがん患者が食事療法に取り組む場合、まずは精白糖や精白米を摂ることを止め、全粒粉で作ったパン、玄米を主食にし、血糖指数(GI値)の高い食品を遠ざけることから始めるべきでしょう。最近の研究では、肥満とがんには共通の原因があることが分かってきました。「カロリー制限は寿命を延ばす」という研究結果も報告されているのです。

GI値はシドニー大学が研究の中心地となっています。何度か取り上げた『がんに効く生活』にも代表的な食品のGI値が載せられていますが、日本語の主な食品のGI値はこちらにあります。この表のピンクの食品は避ける方が無難です。

穀類では玄米・五穀米、パン類はほとんど駄目で菓子パンはもってのほか。麺類はうどんもだめで蕎麦だけ。野菜・芋類ではジャガイモ・ニンジン・カボチャが高い。ニンジンは食べるなということではないです。野菜にはそのほかの栄養素もあるからGI値だけで判断できません。量が問題だということです。

GI値(グリセミック指数)よりも大事なのは、GL(グリセミックロード)です。炭水化物の量も含めて通常食べる量を比較したときに、どれだけ血糖値を上げやすいかの指標がGLです。バナナ一本とリンゴ一個をGLで比較すると、バナナはリンゴの2倍以上血糖値を上げやすいと言えます。GL値を記載した日本語のサイトはほとんど無いのですが、「米国統合医療ノート」により詳しい話が書かれています。

GL値を計算するのは面倒ですので、おおざっぱに言ってしまえば、がん患者は玄米菜食に変え、ケーキなどの甘いもの(ケーキには不飽和脂肪酸も多く含まれている。これもがんの栄養)を避け、コーヒーには砂糖を入れないでブラックする(緑茶にした方がもっとよい)。要するに、糖尿病食は健康食であり、がんに栄養を与えない食事だということです。

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2009年9月 2日 (水)

がん患者のためのインターネット活用術 (9)

がん患者のためのインターネット活用術 2017年 第2版: 私はこれで膵臓がんを克服した ネットの情報はすぐに古くなります。Kindle本『がん患者のためのインターネット活用術 2017年 第2版: 私はこれで膵臓がんを克服した』では最新の情報に書き直して出版しています。


ブックマークの自動巡回

検索をしてウェブをあちらこちら閲覧して回っていると、「お気に入り」「ブックマーク」がどんどん増えていきます。大事な情報だと思ったからこそブックマークに入れたのですが、これらが更新されているかどうかを、時々確認したくなります。しかし、私の場合だと100以上のブックマークがありましが、いちいち更新を確認して回るのは面倒なものです。大事な情報がアップされているのに気づかないこともあります。

ブックマークを自動巡回してくれるフリーウェアはいくつかありますが、私はDiffBrowserを使っています。
通常はウェブのトップページを登録しておきます。登録はFirefoxのブックマークをインポートすれば簡単にできます。ウェブのトップページには「お知らせ」「ニュース」など、そのウェブの更新情報がアップされている場合が多いので、その一部の文字でも変更があればDiffBrowserがチェックしてくれます。100程度のウェブを巡回しても1分程度で完了するので大変重宝しています。

Diffbrowser2

がんペプチドワクチン療法の「中村祐輔研究室」を登録してあったところ、6月にペプチドワクチン療法の臨床研究に参加している施設の更新があったことを知ることができました。千葉徳州会病院が参加したという情報でしたが、すぐにブログで紹介することができたのです。

癌掲示板やキャンサーネットジャパンなど、頻繁に更新されるウェブも、更新内容の詳細を知ることができるので、自分にとって必要な情報が更新されたのかどうか、わざわざそのウェブに行かなくとも内容をチェックすることができます。そして必要だと思ったウェブにだけ見に行けばよいのです。

大量のウェブ情報を効率よく集めるための必須のアイテムだと思います。

<続きは12月11日のブログに>

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2009年9月 1日 (火)

里帰り

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高知県安芸市土居の「野良時計」


_mg_1954 週末に高知に里帰りしました。台風11号の接近で帰りの飛行機が欠航にならないかとやきもきしましたが、直前の便は欠航になったが私は無事に帰ることができました。やはり悪運が強そうです。

四国八十八カ所、27番札所である神峯寺まであと4キロほどのところにある道の駅で一人のお遍路さんにあいました。残暑の土佐路はまだうだるような暑さで、この時期に歩き遍路をしている方は少ないのです。ベンチに腰掛けてぐったりとして、いかにも疲れ切った様子だったので、思わず声をかけました。
「どちらからお越しですか?」
「東京の日野市からです。西国三十三カ所を回ってからこちらに来ました。四国の52番から回っています。76歳になりました。」 歩き遍路で、しかも野宿をしているといわれました。春や秋に多い遍路ですが、野宿をするのなら夏の方が夜間の寒さを感じなくて良いのかもしれません。背負ったリュックは17キロの重量だそうで、持ち上げるのがやっとの状態です。「あと4キロなのですが、疲れてここで一時間くらい休んでいました。」

年季の入ったような格好でした。菅笠は色も変_mg_1938色して「同行二人」の墨跡も消えかけています。白装束も汗で黄色に変色していました。「同じ方向ですから、よろしかったら乗っていきませんか」と同乗を勧めました。

これからお参りする27番札所への険しい山道にも結構詳しくて、四国遍路は何度目かであることなどの話しをしながら、登り口の遍路宿まで送り届けました。

私の子供の頃は、時々お遍路さんが門前に来て、金剛杖と菅笠、托鉢のお経を上げる姿が記憶に残っています。母がお米やら小銭やらを、鉢かずだ袋の中に入れてあげていました。中には遍路できてそのまま住み着いた者もいましたし、連れてきた子供を残していなくなった遍路もいました。その子供は成人してあるお寺の住職になり、説教の時にはいつも自分の身の上話を引き合いにして仏様のありがたさを語っていました。松本清張の『砂の器』そのままの世界でした。それぞれいろいろな業を背負って遍路の旅を続けていたのでしょう。

最近はほとんどが観光バスや自家用車の「観光遍路」ですから、歩き遍路で野宿という方はほんとうに少なくなりました。

助けを必要としている遍路さんが、助けを求めようとしていない姿に自分自身を重ねて見ていたような気がします。そして自然と「よかったら乗っていきませんか?」という言葉が何のてらいもなく口から出ました。相手もただ一言、「お願いします」と。何かは知らないが、大変な業を背負って何度もお遍路巡りをしているこの人に、決然とした覚悟を感じたのです。それが現在の自分と二重写しになったようです。私に声をかけるように突き動かしたのは同情ではなく連帯感でした。自分がほんとうに必要としているときに誰かから力を貸してもらえるという人生はすばらしいと感じたお遍路さんの瞳の中には、人間に対する信頼感が宿ったことをはっきりと思い出します。はかない二人の人生がつかの間、偶然に遭遇して交わり、二言三言話してまた分かれていく。こんな出会いと絆に私は穏やかな気持ちになりました。



選挙が終わりました。結果はご存じの通りです。印象に残っているのは長崎二区の福田衣里子さんの演説です。「この選挙は底辺で一生懸命に生きている者の生き残りを賭けた戦いです」。瞳がきらきらと輝いて綺麗でした。彼女の実感が言葉になって発せられています。人を感動させる演説はこうでなければならない。政治に理念を貫徹させなければならない。今日いかに理念が無くなったか。理念もなく単に政権交代を叫ぶだけになってしまった。政権交代をしてどのような日本にしようとするのか。アジアでは中国が台頭し、国内の若者は理科離れ、就職先もなくフリーターです。その多くが田舎から都会に出てきたのでしょうが、その田舎はシャッター商店街になっている。限界集落だといわれている。農業を切り捨て、大店法を改悪し、地元の商店を破壊した理念、「新自由主義」の理念に対してどのような「理念=将来像」を対置するのか。それが今回の選挙ではほとんど発せられなかった。過去には良くも悪くも民主連合政府という理念を掲げた共産党ですら、是々非々主義で臨むというだけの理念の乏しい政策になってしまった。

福田衣里子は決して「勝たせてください」と土下座はしなかった。自分の理念を高く掲げて、その結果には頓着していないように見えた。方や片山さつきはまったく見苦しいと言うにつきる。4年前は郵政民営化という理念を掲げて当選した。今回は何度も土下座をしていた。理念があるのなら土下座をしてはいけない。理念が大事なら土下座をする必要はない。

癌との闘いも同じことが言える。「どうか私のがんを治してください。どんなことでもいたします」と何かに土下座をしている患者が多いのではないか。そしてサメの軟骨だとかアガリクスだとか果ては怪しげなサプリメントなどに多額のお金をつぎ込んでいる。どんな人生を送りたいのかという理念をはっきりさせれば、おのずと闘い方は決まってくるはずだ。がんはお願いをして治るものではない。がんを治すに値する人生とは何か? 治していったいどのような時間を送りたいのかを考えてみればよい。答えが見つかったなら、今からそのような価値のある人生だと思えるような時間をたくさん作ることだ。山登りだったり、友人や家族との愉快な語らいの時間だったり、人それぞれ大事な有意義な時間が違うだろう。価値ある人生という理念を"いま"実現することががん治癒への近道になるに違いない。

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