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2010年3月

2010年3月21日 (日)

代替医療について考える(4)

悪いやつというのは、本当に頭がいいのですね。昨日のNHK 『追跡!A to Z どう向き合う? がん“代替療法”』を見ての感想です。原価は1000円、それを10万円で売っている。たぶん効かないだろうなと思いつつというのですから、怒り心頭です。でもそれは予想されたことで、実際は驚いてはいませんが・・・。

先週沖縄に旅行したとき、観光タクシーの運転手さんが、これまた話し好きで、運転中ずっとしゃべりっぱなしでした。時々後ろを振り向きながら話しに夢中になるので、こちらはひやひやし通し。そのなかでこんな話がありました。料理に自身のある女性が自分の創作料理を出す小料理屋を開店した。料理はすばらしいのだが客足は延びず、あまり繁盛とは言えない状態が続いていた。そこに来店した<公務員>がこんな知恵を授けたそうです。

  • 料理はそのままでよいから器を高級なものに変える
  • 値段を3倍に上げる(5倍だったかな?)
  • 女将さんが、きりっと着物を着て接客する

すると店は一転して大繁盛。くだんの公務員も業者を引き連れて常連になってくれたという。公務員というのはこうやって我々の税金を環流しているのだということは言いません。小沢氏がやっていることを地方の公務員がやっていないはずはない。言ってみれば当たり前の現象ですから。中身は同じでも高くすれば売れる。世間は、高い値がついている=高級品である、こういう錯覚をするんですよね。

化粧品だって原価にわずかの利益を乗せて売ったのでは売れないでしょう。ちょっと香料を高級なものに変えて、容器に金をかけ、原価の何十倍もの希望小売価格を付ければ、「高ければ効果がある。きれいになれる」と錯覚してくれます。

がん患者を騙す悪徳業者も彼らなりにマーケティング戦略を考えているのです。「○○研究会」の名でネットに情報を流す。問い合わせがきたら、悪徳業者の電話番号を教える。実際は「○○研究会」はこの業者と一心同体。同じ人間がやっている。がんに効いたという体験記も、それ専門に書くライターがいるというから、彼らなりの売るための品質管理もやっているということでしょう。藁をも掴みたい心境のがん患者は、「希少な成分が入っており、高価なのだから、効くかもしれない、効くに違いない」という風に、彼らのマーケティング戦略にウマウマと載せられて、大金をぼったくられるというわけです。大金だけならまだいい、「抗がん剤はやめなさい」と要求した業者もいて、そのために治療の機会を逃して亡くなっている方もいた。殺人罪に等しいような所業です。

坪野吉孝医師の出番が少なかったですね。山田邦子がしゃべりすぎで、坪野氏の発言を途中で遮ったりしてした。司会もだめ。番組の狙いはいいのですが。

私の代替医療の判断基準は単純です。何度も書いているように、

  • (理由もなく)高価な代替医療には手を出さない
  • 高ければ偽物だと思え(敵のマーケティングの逆をいく)
  • がんに有効な成分がそんなに高価なはずはない

今日の朝日新聞読書欄に、千葉大学教授の広井良典氏が『代替医療のトリック』の書評を書いています。

著者らの主張に一定以上の妥当性があることを確認した上で、現代医療論として読む場合、本書の議論にはやや表層的な物足りなさが残る。第一に「根拠に基づく医療」の考え方は医療一般の領域でも比較的最近のものであり、有効性が厳密に確証されていない療法が多いという点は通常医療にも広く当てはまる。第二に、心身相関や慢性疾患などの発生メカニズムの複雑性を考えた場合、著者らのいうような検証方法は限界を有するのではないか。」

私が3月16日のブログで言わんとしたこととほぼ同じである。EBMの欠点はひと言で言えば「人体が複雑系であることを無視している」ということではないか。

脳のなかの水分子―意識が創られるとき

複雑系とは、「ひとつひとつの要素は決定論的に働き、その行動が線形で予測可能なものであっても、系全体の行動が多くの要素が複雑に絡み合うことによって決定され、それぞれの要素の結果を重ね合わせたものとしては判断できない状態、つまりは、全体の行動が非線形になってしまうものを複雑系と呼ぶ。そして、複雑系ではひとつひとつの要素の特性からは想像もつかなかったような特性が出現したり、ちょっとした変化が系全体の激変をもたらしたりする。」(中田力『脳のなかの水分子―意識が創られるとき 』より)

ある療法を他の条件から独立に取り出して検証すること自体が、そもそも不可能に近いものだろう。なぜなら多くの要素が絡み合っている状態を、あたかも他の条件は同じであると仮定して統計的に処理する限りは、要素間の絡み合いは絶対に認識することはできないからだ。今後の医療はテーラーメイド、各人にあった治療法を目指すのだという。だとすると母集団が均一であるという前提で成り立っている統計的な二重盲検法は今のままでは適用することが難しいに違いない。どうするのだろう。

平均すれば有効性は認められない療法においても、その中には有効性が認められるデータも存在するのであり、初期値のちょっとした変動で、系全体(その患者)の有効性となっていることも複雑系の考え方ではあり得るということになる。

がん患者である私は、代替医療についてのシュレベールの次の言葉がわれわれの為すべき行動を明らかにしていると考える。

医師や科学者は、現在行なわれている治療法以外を頭ごなしに拒絶する傾向にある。まるでがんになる前であろうと後であろうと、積極的にがんから身を守るために何もできないとでも言っているようだ。だが、このような受け身の姿勢が強まると、失望の文化がつくりだされる。しかも、これは偽りの失望なのだ。なぜなら人間は、がん発生のメカニズムを押さえ込めるような能力を自らの手で強めることができるからだ。それはたくさんの科学的データが示している。これこそ、「原則的に、がんの大半は予防可能である」とした世界がん研究基金の報告書が強調していることである。

幸いなことに、がんの成長を抑制するための方法をすべて文字通りに実践しない限り自分の身を守れない、というわけではない。人間の身体は、それ自体、各機能が他の機能と相互作用を起こすような、均整の取れた巨大システムである。(複雑系である!)その機能のうちたったひとつにでも変化があると、必ず全体に影響が及ぶ。『がんに効く生活』より

代替医療でがんに有効性が証明されたものはひとつもないが、小さな変化はときとして大きな変化を引き起こすということもまた、科学的な事実なのである。

2010年3月19日 (金)

NHK「どう向き合う? がん“代替療法”」明日放送

明日土曜日22時から、NHK 『追跡!A to Z どう向き合う? がん“代替療法”』が放送されます。ゲストはタレントの山田邦子と東北大学大学院教授 坪野吉孝氏です。

日本人の3人に1人の死亡原因となっている「がん」。手術、放射線、そして抗がん剤の三大治療の他に、患者が頼りにしているのが健康食品などの「代替療法」だ。患者の2人に1人が使い、その市場規模は1兆円とも言われている。

しかし、患者たちは今、大きな悩みに直面している。インターネット上などで情報が氾濫する中、どの情報を信頼していいかわからないのだ。日本では、国が「代替療法」の効果を検証したり有効性を研究したりしていないため、患者は自力で情報収集しなければいけない状況に置かれている。

また、患者の不安な気持ちにつけこんで商売する悪質な業者が後を絶たない中、警視庁では、そうした業者の摘発に力を入れている。さらに、厚生労働省も患者が代替療法についての正しい情報を見極められる仕組みを作ろうと動き出した。
がん患者の多くにとって拠り所になっている「代替医療」。どう付き合っていけばいいか、考える。

坪野氏は『検証!がんと健康食品 』『がんの代替療法―有効性と安全性がわかる本 ハーバード大学の研究グループによる最新報告 』などの著作があり、ブログでも代替医療に関して情報を発信されています。

代替医療に関心のある方(がん患者ならほとんどの方がそうでしょうが)は一見の価値のある番組でしょう。

坪野氏のブログでもがんの食事療法に関してまとまった内容があり、参考になるでしょう。坪野氏はクリスチャンであり、神様や奇跡の存在 を信じている方ですが、代替医療(食事療法)にどのような姿勢で臨むべきか、次のように書かれています。

通常の医学的常識では考えられないような形で、がんが軽快したり治癒したりするのは、あり得ることだと思っています。
けれども、仮にそのようなことが起きるとしても、人間の側では予測できない、いわば「思わぬ恵み」として生ずるものではないかと思います。健康食品などによって、人為的に引き起こせる性質のものではないだろうと考えています。
特定の信仰の有無にかかわらず、病気からの回復を祈り求めることは、誰にとっても自然なことでしょう。そうした祈りに希望を託しながらも、さしあたっては、科学が明らかにした知見を参考に食事や生活のありようを考えることが、理にかなっているのではないかと思います。

ブログには代替医療・サプリメントに関する最新の情報もアップされており、私の「常にチェックすべきブログ」です。

坪野吉孝ブログ:「疫学批評 -医学ジャーナルで世界を読む-
ホームページ:「Tsubono Report

老子だったら、次のように言いますね。

無為とは、なにもしないことじゃない
誰も、みんな、
産んだり、養ったり、作ったりするさ、
しかし、
タオにつながる人は
それを自分のものだと主張しない。
熱心に働いても
その結果を自分のしたことと自慢しない。
頭に立って人々をリードしても、
けっして人を支配しようとはしない。
頭であれこれ作為しないこと、
タオに生かされているのだと知ること、
それが無為ということだよ。
なぜって、こういうタオの働きに任せたときこそ、
ライフ・エナジーがいちばん良く流れるんだ。
これがタオという道の不思議な神秘の
パワーなんだ。

    (老子道徳経第十章)加島祥造『タオ-老子』

「無為」とは「余計なことはしない」ということ。何もしないのではなく、
やるべきことはやってもあとは成り行きに任せる。
「死を受容する」ともまた違うんだよね。うまく表現できないけど。

検証!がんと健康食品 検証!がんと健康食品
坪野 吉孝

食べ物とがん予防―健康情報をどう読むか (文春新書) がんの代替療法―有効性と安全性がわかる本 ハーバード大学の研究グループによる最新報告 「がん」になってからの食事療法―米国対がん協会の最新ガイド がんになる人ならない人 (ブルーバックス) なぜ、「がん」になるのか?その予防学教えます。

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2010年3月18日 (木)

定期検査

今日は3ヶ月ごとの定期検査です。今回は血液検査だけでした。

CEA   4.1ng/ml(上限5.0)
CA19-9 20.8U/lm(上限37.0)

どれも正常値の範囲でした。

白血球数:4700、リンパ球比率:49.6% ですから、リンパ球の実数は2300。立派な成績です。これだけあれば小さながん細胞はNK細胞が退治してくれるはずです。
次回は6月。6月には丸3年ということになります。この調子でいければ来年の桜だって見ることができるかもしれません。(そのまえに今年の桜をどうするか決めなければ)

今夜はチェロのレッスン日、シューベルトのアヴェ・マリア。4分の4拍子の曲だが、伴奏が3拍子(3連音符)で入るので(それ故にきれいな曲なのだが)、少しうっかりしているとテンポが合わなくなって、小節の出だしの音で気がつくという、お粗末なことを何度もやってしまう。歳をとると毎日練習しないとだめなんだろうなぁ。身体が記憶を忘れてしまう。


沖縄の写真をいくつかアップします。

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2010年3月16日 (火)

代替療法について考える (3)

_mg_2369 20日もブログを更新しないあいだに、外はもう春の装いをはじめたようです。早咲きの桜は、枝の先端に蕾を用意しています。先月は新潟の松代で積雪4mの雪景色を巡り、先の週末は沖縄で初夏の暖かさを体感してきました。

この世にどうしても残しておきたいWindows Mobileのプログラムがあり、膵臓がんだと分かったときから何とか完成しなければと思いつつ、延び延びになっていたのです。プログラミング_mg_2538は、私にとっては熱中できる趣味のような作業ですから、免疫力もアップしただろうし、日本HPのiPAQ112 も売れ行きが増えるに違いありません。それを何とか完成して、あといくつかの締め切りの迫った作業に没頭していました。「がん患者が考える生と死」も終わっていないし、「代替療法について考える」もまだ書きたいことがあるのですが、まぁ、ぼちぼちやっていきます。

『代替医療のトリック』についてもう一度考える

『代替医療のトリック』は確かに良い本です。ホメオパシー療法がまったく効果がないことが巧みに説明されているし、二重盲検法によって多くの命を奪ってきたかもしれない治療法が廃れ、効果のある治療法が普及してきたことは明らかです。しかし、がん患者としてはいまいち釈然としないのです。つまるところそれは、

  • 西洋医学には限界がある
  • 東洋医学は説明不足
  • 民間療法は信頼性に乏しい

でも、余命半年、そんなことは言ってられない!私には何ができるのですか?
と訊く患者に、「ホスピスが用意されています。あなたには死の受容必要です」と言われたって、それは納得できない、ということでしょう。

はっきりとしたエビデンスのある治療法は限られています。それに現在の医療のすべてにきちんとしたエビデンスがあるわけではなさそうです。心臓冠状動脈のバイパス手術もエビデンスがなくて行なわれています。実際はバイパス手術をした患者としなかった患者に生存期間に差はないと言われています。しかし、日本でもアメリカでも沢山行なわれています。一番わかりやすいのは風邪のときに投与される抗生物質。ウイルスが原因の風邪に、抗菌性の抗生物質が効くはずはないのに、それでもちょっとした風邪で町のクリニックに行くと、ほとんどの場合抗生物質を投与されます。日本呼吸器学会は風邪への安易な抗生物質処方を控えるべき旨のガイドラインを発表していしるし、日本小児呼吸器疾患学会と日本小児感染症学会がまとめた「小児呼吸器感染症診療ガイドライン2004」でも風邪には抗生物質は効かない、細菌性二次感染の予防目的の投与も必要ない、と書かれています。

このように、現在医療がエビデンスに基づいておこなわれていると考えるのは幻想なわけで、実体はそんなものではない。きちんとしたエビデンスが少ないのは、一つには日本では治験が行ないがたいとうこともあります。

「新しい薬を開発することで、将来の患者が助かるかもしれません。これは二重盲検法で行ないます。あなたには新しい効果があるかもしれないAという薬か、まったく効果がないが外見は同じBという薬のどちらが投与されるかは分かりません。主治医である私にも分からないのです。ただ、万が一B薬であったとき、症状が悪化したら治験を中止することはできます」

これは実際に私が体験したことです。糖尿病の治験に参加してくださいとの依頼を受けたときの説明です。もちろん「これまでの薬でお願いします」と断わりました。患者には治験に参加するメリットがないのです。がんのように、もう他には治療法がないというとき以外は、国民皆保険の日本では治験は難しいでしょう。

また、メラトニンのように効果のある可能性があっても、特許の取れない薬に製薬会社が莫大な金を投資して治験をすることは有り得ません。 ですから、エビデンスのある治療法は限られているのです。

抗がん剤ではがんは治らない。一部のがんを除いては治らないと言うべきかもしれませんが、すくなくとも再発したがんには抗がん剤は効かない。しかし、それでも抗がん剤をやるのは、一つには患者が「先生、何とかしてください」というからであり、医者も効かないと思っていても放置することは医師の倫理に反する。ごく希には効果がある(治るのではなく一時的な縮小)例もあることを知っているからなおさらであろう。それならば、同じように効かない、効くかもしれない代替医療を尽くしたって良いではないか? 副作用がないだけましだし、プラシーボ効果というご褒美がついてくるかもしれない、と考えることは無謀なことでしょうか。

患者のこころの問題を置き去りにしてエビデンスを掲げても、問題を難しくするだけのように思えます。がん患者は、自分も「治療に参加したい」のです。何かをやっているという安心感と、治療の主導権を持っているのは自分だということを確認したいのです。

ところが、標準治療あるいはエビデンスのある治療というのは、数ヶ月の延命効果しかないというエビデンスがあるだけです。患者は治りたいし、治らなくても数年の延命を期待しているのにもかかわらず、現代医医療ではその程度の効果しか望めない。提供できる医療のレベルと、患者の期待するレベルに大きな食い違いがあるのです。

代替医療を推進しようとする人たちの持ち出してくるデータは、眉につばを付けて良く吟味する必要があるが、それは通常の医療にも言えることであり、治験のデータが改ざんされていたという例はたくさんある。悪意はなくても自分の信じている治療法の結果に「思い込みのバイアス」がかかるのは当然だと言えます。それはたとえば統計データを棄却検定するという「正しい」方法で、望ましくないデータを削除するという方法でも可能だし、対照群にあまり成績の良くない治療データをもってくるということでも可能なのです。

気象予報士は、過去の天気について「高気圧が移動して、前線がここにできて・・・」というふうに「後知恵」で天気を説明することはできる。しかし、地球シミュレータと呼ばれるスーパーコンピュータを駆使しても、3日後の旅行に傘が必要かどうかを断定することは難しい。それは気象が複雑系であるからです。雲の生成についての有効な方程式は見いだせていないのです。同じように人間の身体も複雑系であり、あるがん患者のこれまでの経緯を説明することはできるでしょうが、3ヶ月後にがん細胞がどのように大きくなるか、あるいは小さくなるかを予測することは不可能です。

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多くの要素が複雑に絡んでいる人間の身体で、抗がん剤の効果がどうなるかなんて、予測することは”原理的に”不可能なので、しかたなく統計的に説明せざるを得ないわけです。エビデンスと言っても所詮はその程度のものです。あなたの明日を計算して約束してくれるわけではない。

だとしたらどうすればよいのか?

富士山に傘雲のかかった写真を撮りたいとカメラマンが考えたとき、どうすればよいのか?傘雲の生じる気象条件を調査し、その気象条件になりそうな天気が予想されるときに、何度も何度も足を運ぶのです。こうして足を運んでいるうちに、運が良ければ1回で撮れるし、運が悪ければ100回行ってもだめかもしれない。つまり、複雑系で偶然に左右される現象を自分の良い方に引き寄せるにはこの方法しかない。複雑系においては起きる確率の小さい現状であっても、「たまたま」起きるということは珍しいことではないのです。

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代替医療も同じではないかと思います。はっきりと効果があるとは言えないが、何か他とは違うような、あるいはホメオパシーのようにまったく効果があるはずのないものではない限り、プラシーボより少しでも効果があるものなら、偶然によって効果が現われることもあるはずです。いや、プラシーボ効果であったってかまわないのです。治ればどうして治ったかなんてどうでも良いのですから。ある論文では効果があるといい、別の論文では効果が否定されるようなものならたくさんあります。そうしたものも対象にすればよい。沢山挑戦すれば、もしかすると運良く「傘雲」に出会えるかもしれません。そのためには、傘雲の出るはずのない気象条件を知って、その日には出かけないことです。ムダなことはしない。同じように、その代替医療についての知識を集めて、ふるいにかける必要があります。「数打ちゃ当たることもある」ということなのですが、数打つためには、危険な副作用がないこと、高価でないこと効果があるという相当程度の証拠が必要です。富士山なら良いがヒマラヤには何度も行くことはできません。その意味でも高価なサプリメントは避けた方が賢明です。

科学と似非科学の境界は曖昧であり、医学と代替医療の境界も曖昧です。それらの間にはっきりとした線引きはできないのです。私は医学は科学ではないと思っているのですから、なおさらです。あえていえば「医学は芸術」です。だから名医といわれる医者が存在するのでしょう。

私が選んでいるサプリメントは、こうした考えに基づいていると言っても良いでしょう。

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