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2010年10月

2010年10月31日 (日)

ちょっと息抜き

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価 ちょっと息抜きを。 土日はクラシックもたくさん聴いた。ジャクリーヌ・デュ・プレが弾くエルガーの「チェロ協奏曲」

エルガー&ディーリアス:チェロ協奏曲 多発性硬化症という難病になったジャクリーヌのことが『身体が「ノー」と言うとき』で紹介されている。姉の話を取り上げながら、心が免疫力にどのようにして影響を及ぼすかという例として取り上げられている。「ジャクリーヌはチェロを弾いているときだけ自分を取り戻すことができたのです」

ジャクリーヌと同じように、才能に溢れた若き女性チェリスト、ソル・ガベッタの弾くエルガーの「チェロ協奏曲」を聴いてみる。デュ・プレの演奏はどこかもの悲しくて、しかも運命に抗おうとするような力強さがあったが、アルゼンチン生まれのガベッタの演奏は明るい感じがする。テンポも速めか。何よりも本人が楽しげに弾いている。まだ30歳にして既に一流の貫禄がある。今後が楽しみ。ガベッタがコンサートマスターや指揮者に顔を向けるしぐさは色っぽすぎる。一方でクラリネットが必死についていこうとする形相がこれまた面白い。YouTubeの制限のためか、曲の途中で切れたりしているが、一応連続的に再生するようにリンクをした。

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2010年10月30日 (土)

雨の休日

休日の雨は何となく落ち着いて、私は嫌いではない。晴れた日にはガラス窓を境にして、外と部屋の中が隔絶されて、天気がよいのに引き籠もりをしているような引け目を感じるが、雨の日には水滴のついたガラス窓さえも二つの世界を分けることができないかのような錯覚に陥る。往来の車の音も、雨の日にはあまり届かない。こんな日には遠慮なく読書と音楽に浸ることができる。

一週間 そんな雨の一日に、井上ひさしの『一週間』と浅田次郎の『終わらざる夏』を読み終えた。読み終えたが、ここにその感想を書くには私の腕は非力すぎる。ムリに書けば、逆に今の感動が薄れて嘘っぱちになりそうな気がする。井上ひさしは『吉里吉里人』の初版が出て依頼ずっと読み続けてきた作家であり、『東京セブンローズ』も戦争を扱った井上ひさしらしい作品であった。浅田次郎は『天切り松』シリーズや『きんぴか』シリーズで「小説は面白くなくちゃ」と得心させられ、『月島慕情』に納められた『シューシャインボーイ』では戦争孤児を描くことで現在の日本はこれでよいのかと問いかけていた。

終わらざる夏 上 『一週間』の舞台は抑留中のシベリア、『終わらざる夏』も最後の舞台はシベリア抑留であることは偶然とは思えない。小松修吉や翻訳者の片岡、医学生の菊池、歴戦の英雄・富永、浅井先生に静子、譲。戦争の犠牲者を数字ではなく、一人ひとりの生活、親も子もいる人間として書くことで、風化しそうな戦争を再び考え直させてくれる。彼らに対して胸を張って見せることができる日本になっただろうか。それとも60年経ったらもう彼らのことは忘れてよいのだろうか。

浅田次郎はこう述べている。

 占守島の戦いのことを知ったのは18歳、三島由紀夫が自決した直後に、なぜ三島は死を選んだのかを知りたくて入った自衛隊でのことだったという。そして本作の執筆には、「三島さんへの抵抗という意味もある」。
 「文学者としての三島さんは尊敬する」。だが、三島はペンを捨て、武器を取った。「文学者がそこまでの『表現』をしてよかったのか。僕は『戦争とはこういうものだった』と次の世代、未来に伝えることが小説家の使命だと思うんだ」

井上さんには『コメの話』「どうしてもコメの話』という、20年前のコメの輸入自由化に反対した著作がある。日本の水田は高度な「機械装置」であり、今コメを作っている水田には、同じ場所で弥生時代から連綿と続いた水田だってあるはずだという指摘には目を開かされた思いがしたものだ。工業製品を輸出する身代わりに日本の農業を壊滅させるかもしれない「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」なる言葉がいきなり登場し、マスコミは生産性の低い農業は犠牲になって当然という論調だ。これは「お国のために」との合い言葉で国民に犠牲を強いた、かつての歴史と同じではないか。井上さんが『コメの話』に書かれた20年前の指摘は、今でも色あせていないから驚く。

井上ひさしさん、浅田次郎さん。よくぞ書いてくれました。ありがとうございました。

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2010年10月28日 (木)

『生きる禅語』『美のエナジー』

生きる禅語 チェロ仲間のDさんから『生きる禅語』という本をいただいた。著者の杉谷みどりさんはお姉さんだという。なかなか素敵な本で、書家の石飛博光氏の書は、(私は書に関してはまったくわからないが、)力強さと暖かさを感じる。

六十代は迷っていました。まだ若い、もうトシだ。そろそろ仕事をやめようか、いや生涯現役だ。趣味もあるがいまひとつ。人脈もあるし会社でも作って一儲けするか。

七十代は吹っ切れて明るく、毎日が楽しそうでした。自分の好きなことが完全に分かっていて、飲み屋の主人も飼い馴らし、後輩を呼びつけては暇つぶしの相手をさせ、眠りたいときに眠り・・・・

八十代になると年齢を自慢します。え~っ若ぁ~い!と言われるのを知っていて、何かにつけて自分の年をいっては反応を見て喜んでいる。

九十代になると、みなさん立派です。志がある。これからやりたいことがはっきり決まっている。話題は世界平和。これに尽きます。

私も六十代だが、言われてみれば当たっている。九十代は世界平和ですか。本来なら若者に世界平和を語って欲しい。

他不是吾(たはこれわれにあらず)Tahakore_2

道元が若いころ中国で修行をしていたときの話。炎天下、杖をついた老僧が椎茸を干して いた。典座(てんぞ)と言って食事を作る役である。道元が「こんな大変な仕事をなぜ若い人に代わってもらわないのですか?」と訊くと老僧はひとこと「他は是吾に非ず」。そこで道元がハッと気づく。すべてが修行なのだと。そして人はそれぞれかけがえのない、取り替えの利かない存在。会社では取り替えの利く歯車であっても、家にあっては大切な存在。

真実人体
我々の身体こそは、宇宙における真実である。

自分のこの身体こそが、偽りのなき真実。これまでこき使ってきたが文句も言わず、がんを宿したこの私をなんとか生き長らえさせてくれる。心臓はたゆまず鼓動し、血液は流れ、免疫システムは驚異的な仕事をしてくれている。宇宙のリズムとつながって、命のリズムを奏でようとしている。

和敬清寂
「調和・尊敬・清らか・静か」の四つの精神20101028145838358_0001

風定花猶落
鳥鳴山更幽

(風定まって花なお落ち 鳥鳴いて山更にしずかなり)

杉谷さんは長野県飯田市で田舎暮らしをしているひと。だからなおさら今の世の騒々しさに振り回されない生き方をせよという。テレビは消し、芸能人の結婚・離婚にも無関心。汚職・偽装にも政治にも無関心になってみよ。広告は見るな。携帯電話などにいちいち反応しないで、自分の都合の良いときに着信を見るくらいでよい。要するに世間や他人に振り回されない生き方をせよというわけだ。馬鹿にされたっていいじゃないか。あざ笑われたってそれがどうした。本来の自分に忠実に生きよう。老子も同じことを言う。私も同じように生きている。でもちょっとパソコンの前に座りすぎか? このブログも義務で書いているわけでもないから、のんびりでよいのだが、書きたいことが多すぎるのだ。誰のためでもない、自分のために書いている。だからコメントにもいちいち返信はしない。気が向いたときだけ。ごめんなさい m(_ _)m

素敵な本をありがとうございました。

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美のエナジー―加島祥造詩画集 もう一冊は加島祥造の『美のエナジー』。詩画集である。加島祥造とタオについては何度も書いた。著作の多くも持っているが、さすがに詩画集は高くて手を出しかねた。エコポイントで図書カードがもらえたので、これを充てて入手した。詩画集だから、私のへたくそで余計な感想は書かない方が良かろう。

私の日々はおわった、しかしご覧
まだ満天の夕映えがある

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おいしいものを喰べ
気持ちのいい服を着て
くつろいで暮らす
Taoの理想なんて
こんな平凡なことなんだ
              -----老子

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受け容れる
それが始まりだったよ
人は
光を
空気を
水を
母の愛を
受け容れた---だから
いま在るんだ
いまも
深くでは
同じなんだよ

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2010年10月27日 (水)

患者よ 混合診療解禁の口車に乗せられるな!

私の混合診療に反対の理由は、第一には昔の歯医者でのいやな思い出だろうか。しばらく歯医者には行っていないから分からないが、今でもそうかもしれない。歯科医に初診でいくと初診カードを渡された。そこには「保険診療のみ、自由診療でもよい」のどちらかに○を付けるようになっていた。金に糸目を付けない治療なのか、健康保険の範囲内で治療をするのかを患者が選択するのである。(歯科医がワーキングプアになる当節だから今はこんなことは少ないのか?)
混合診療が解禁されたら医療全体がこのようになる。財布の中身と今月の生活費を胸算用しながら待合室で頭を抱えなければならなくなるのではないか。

「あなたの膵臓がんには、抗がん剤としてTS-1とジェムザールが使えます。自由診療でしたら、アブラキサンもアバスチンも、その他患者様の希望するものすべてOKですが、治療費としては一ヶ月で○○十万円~上限なしになります。効果の違いですか?アブラキサンなら運が良ければ手術ができ、完治の可能性もありますが、TS-1やGEMでは難しいでしょうね」と言われて悩まない患者がいるだろうか。

ドラッグ・ラグの問題と混合診療解禁をごっちゃにしている議論をよく見かける。「海外で有効性の認められた薬がまだ未承認で保険で使えない」のがドラッグ・ラグであり、早急に承認するように厚生労働省に働きかければよい問題である。それを待っていられないから、あるいは一部の臨床試験で有効だったから保険適用の薬と一緒に使ってみたい、というのが混合診療解禁派の(患者の)主張である。ドラッグ・ラグを解消するために混合診療解禁を言うのは、物事の本質を見ない短絡すぎる主張だろう。

実態はどうなのか。メトロノミック療法・休眠療法のU医師の場合は、保険で可能な抗がん剤は提携病院で行ない、未承認の薬を自分のクリニックで処方するという方法である。これなら混合診療にならない。混合診療はあくまでも「ひとつの医療機関で」両方を行なうことを禁止しているのであって、同じ病気でも別々の医療機関でそれぞれの治療を受けることまでは禁止していない。

混合診療裁判を起こした清郷伸人さんの場合も、神奈川県立がんセンターでLAK細胞療法を同時に行なっていたから問題になったのであり、患者の情報を共有した上で、LAK療法を別の専門病院でやれば何の問題もなかったはずである。実際にそのように行なっている病院もある。都内の大学病院と「がん患者のあきらめない診察室」で有名な千葉ポートメディカルクリニックが提携して診療を行なっている。これはtweeterに「『がん患者の・・・』は使い勝手がいいんだよね。未承認の抗がん剤を希望する患者はここに紹介している」と大学病院の医師が投稿しているので分かったのだが、何ら問題のない合法的な方法だ。経済的に余裕のある患者はそのようにすればよい。

「がんサポート情報センター」内の記事で、千葉ポートメディカルクリニックの今村医師は次のように語っている。

「混合診療を避けるには、未承認抗がん剤の治療を、入院中や受診中の病院やクリニックとは異なるところで受ければよいのです。もちろん、両者の医師同士の密接な連携が不可欠です。しかし、異なる病院・クリニックで未承認抗がん剤の治療を受ければ、その分のみを自費負担すればよいわけです。実際、私はそうしたやり方で行っています」<こちらも

免疫細胞療法・NK療法を受けている患者の大部分が、病院で抗がん剤をやりながらそれらの代替医療を受けているのではないか。瀬田グループの治療成績をPDFで見ることができるが、大学病院などでの抗がん剤の併用している患者だと、公然と書かれているではないか。米原万里さんの闘病記を読んでも、いろいろな代替療法(瀬田グループも含めて)と抗がん剤とを別の病院で併用している。東京女子医科大学も保険診療の利かない附属の「青山自然医療研究所クリニック」を開設して保険外診療を行なっている。例のホメオパシーでさえもこのクリニックと連携して堂々と行なえるわけだ。こうした現実があるのに清郷さんがどうして裁判までする必要があるのか、どんな不利益をこうむったというのか。私にはまったく理解できない。

不思議なことに、現実にこうした形で(患者から見た)混合診療は可能であり、広く行なわれているのだということを、どうしてなのか賛成派も反対派を言わない。「国に政策があれば、民には対策がある」ということだ。

「地方にはそのような使い勝手の良い病院がない」と反論されるかもしれない。しかし、それは地域格差の問題であり、地域格差は現にある。しかし混合診療解禁で地域格差が解消するわけではないだろう。

世界的に有名は医学雑誌ランセットが、2011年9月に日本特集号を出すと報じられ(全文を読むには無料の会員登録が必要です)、国内でそのプロジェクトも発足している。

日本特集号を組む「理由の第一は、日本は大きな国であり、1億2700万人の医療をどう担うのか、国際的にも関心が持たれていること。第二に、日本は東アジア地域で大きなパワーを持っており、同時に新興国の経済発展、対中関係、対米関係、平和へのムーブメントといったセンシティブな政治課題を抱えていることだ。日本の医療界は、こうした政治的な議論において、より大きな発言力を持つべきだ。そして第三に、日本からの発言は、これまで国際社会から無視されてきたと思うからだ。日本が大きなパワーを持つべきなのは明らかなのに、グローバルヘルスを語る際、日本の意見は抜け落ちている、あるいは弱い。」ということです。

そして、なぜ皆保険制度に注目しているのかとの質問に、

 今から10年前、2000年の九州・沖縄サミット後に、世界各国はミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDG)を採択した。MDGが設定された背景には、われわれは“選択”をしなければならない、目標には優先順位を付け、少数に絞らなければならないという考えがあった。

 しかしこの10年で、こうした考え方は変わった。ちょっと待て、“選択”なんてしちゃいけない、この世界に生きている人はみな平等だ。全員が最高水準の医療を受ける権利がある。だから、限られた病気、少数の目標について語るのではなく、どんな病気であっても、どこに住んでいても、全員の健康を達成することを考えなければならないと考えるようになった。これは健康についての考え方の大きな変化だ。健康を人間の権利(human rights)として考えるようになったのだ。

 皆保険制度とは、このエンドポイントを達成するためのメカニズムだ。そこで、「どうやったら皆保険制度が達成できるのか」というもっともな疑問が生じる。この疑問を解決するために、既に皆保険制度を取り入れている国を研究しなければならない。

 日本は、早くに皆保険制度を取り入れ、それを堅持するために様々な努力をしているという点で、非常に重要な事例であり、他国に大きな教訓を与えることができる。日本の経験は、成功したこと、直面する課題のいずれも、先進国だけでなく途上国にとっても参考になるのだ。

寡黙なる巨人 (集英社文庫) この世界的にも先進的な、宝物のような日本の公的医療に風穴をあけるのが、「混合診療」です。いままで「例外」とされてきた「混合診療」が医療現場に本格的に持ち込まれることになる。これによって何が起こるのか。いまは一部の例外にしか認められていない「高度先進医療」や歯科医療の「金属床」の総入れ歯、「差額ベッド」などに加えて、例えば「制限回数を超える医療行為」(リハビリなど)も新たに混合診療の対象になる。世界的な免疫学者であり、先頃亡くなった多田富雄さんが『寡黙なる巨人』という本を出しているが、脳梗塞に倒れても果敢にリハビリ治療に挑戦して、指一本で原稿を書くまでに回復した。それにはリハビリ療養士の大きな援助があったからだと書いている。そしてこのリハビリ回数の制限に「命を奪うものだ」と反対して新聞に投稿し、大きな反響をよんだことは記憶に新しい。

診療報酬上のルールで定められた制限回数を超えるリハビリテーションは、保険外併用療養費制度の「選定療養」の中で提供されることになっている。以前は、リハビリは何回受けたとしても保険が適用されていた。しかし、多田富雄さんたちの反対にもかかわらず、医療費抑制策の一環としてリハビリの実施に関して日数制限が設けられた。その影響で、制限回数を超える実施は保険外療養とされてしまったわけだ。混合診療が原則解禁となれば、こうした“保険外し”がますます広がることは目に見えている。混合診療解禁と医療費抑制はセットになっていることを念頭に置かないといけない。未承認薬がどんどん使えるという単純な話ではないのです。

「混合診療」が拡大していくと、保険が適用されていないものを診療行為に組み込みやすくなる。「混合診療」が比較的多く認められている歯科医療を見れば明らかだが、保険外診療の範囲が広がり、結局は患者負担は大きくなるはずだ。混合診療が解禁されれば、多くの医療機関が自由診療に力を注ぐことは間違いないだろう。患者個人あたりの収入単価を上げるには保険診療と組み合わせて自由診療部分の収入を伸ばすのが、最も手っ取り早いにちがいない。当然、患者の窓口負担は増えてしまう理屈です。また、ビタミンC療法だのいかさま免疫療法、はてはホメオパシーのような有効性が証明されていないどころか、有害な治療でも保険診療と組み合わせて提供できるので、いかさま医師の犠牲となる患者は今以上に増え続けるだろう。

日本の医療制度は、新しい医療技術や新薬の安全性・有効性を検証したうえで保険適用にしてきた。高額だった治療が保険内で可能になることによって、公的医療制度が国民に定着してきた歴史を持っている。かつて保険外診療だった肝臓がんのラジオ波治療、人工透析、腎臓移植などが、医療技術の進歩に従って、また患者、国民の要求によって保険適用にされてきた。公的保険による医療を基本として「混合診療」を認めなかったからこそ、こうした治療が保険で可能になったのだ。ドラッグ・ラグの問題は「混合診療」を禁止してこそ解決できる。混合診療が解禁になれば、未承認の抗がん剤は永久に承認されないか、かえって承認が遅れることになりかねない。

保険外診療が広がり、公的保険の範囲が狭められたならば、新しい医療技術や新薬を使ったり、手厚い治療を受けられるのは経済的余裕のある金持ちだけということになる。現実に多田さんの例はそれを示しているのではないか。いまでもある「所得格差」が「命の格差」につながる状態が、いっそう押し進められるのではないだろうか。公的医療保険制度の土台が崩れていくことを混合診療解禁に賛成する患者は望んでいるのだろうか。

中村祐輔先生のがんペプチドワクチン療法は、あれほどの治験データがあれば自由診療でもうけることは十分に可能なはずだ。しかし、中村先生はすべての膵臓がん患者を救いたいという一念で臨床試験をし、保険適用になるように頑張っているのでしょう。巷の免疫細胞療法のように、ペプチドワクチンを一部の経済的に豊かな患者だけのものにしてよいはずがない。

最近保険会社の「がん保険」テレビコマーシャルが変わったことに気がついていますか。例えばオリックス生命は「1000万円まで、がんの先進医療を受けるときに保証します」とうたっている。NK細胞療法とセットになった保険もあるようだ。混合診療が解禁されることは、彼らにとってはビッグチャンスなのです。混合診療解禁は、民間医療保険の市場拡大により巨額の利益を得ることができる日米の保険会社の要求だという側面もきちんと把握しておく必要がある。医療分野での規制緩和は、もうけるチャンスなのです。しかしそのようなことはおくびにも出さない。あくまでも「患者の利益になる」かのような宣伝しかしません。

混合診療の解禁は、われわれがん患者にとっては、一部につかの間の利益はあるかもしれないが、長期的には悪影響、国民全体から見ても医療崩壊を一層推し進める愚策であり、患者がこれに賛成するのは自分の首を絞める行為だろう。

混合診療の問題を保険財政の問題としてとらえ、増大する医療給付の財源をどうするかという観点からの意見がほとんどである。しかしこれでは憲法25条の生存権の問題であるという認識があまりにも希薄ではなかろうか。健康保険を生命保険のようにとらえて、相互扶助であり、持つ者が出して持たない者が恩恵を受けるという主張があり、世代間の対立を煽るかのような政府の主張や、批判精神を失ってしまって、それを無批判に垂れ流しているマスコミの姿勢には問題がある。健康保険制度は相互扶助ではなく、憲法に保障された国民の権利であると厚生労働大臣が国会で答弁しているのである。

例によって長くなったからこれくらいにしておきます。

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署名活動開始

医療報道を考える臨床医の会」に参加する医師たちが、朝日新聞の東大医科研ペプチドワクチン報道に対して、抗議の署名活動を始めました。
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  医療報道を考える臨床医の会
     発起人代表 帝京大学ちば総合医療センター 小松恒彦

 私たちは、全国の病院・診療所に勤務し、患者さんと共に、日々臨床現場で診療を行っている医師です。朝日新聞社のがんワクチン報道に対し抗議し、当該記事の訂正・謝罪、同社のガバナンス(組織統治)体制の再構築を求め、署名募集を行います。

 去る2010年10月15日、朝日新聞朝刊1面に『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に』と題する記事が掲載されました。記事には医学的誤り・事実誤認が多数含まれ、患者視点に欠けた医療不信を煽るものでした。記事報道を受け、当該臨床研究のみならず、他のがん臨床研究の停止という事態も生じました。

 10月20日には、患者会41団体が「がん臨床研究の適切な推進に関する声明文」を発表しました。声明は「臨床研究による有害事象などの報道について、一般国民に誤解を与えず、事実を分かりやすく伝える報道を行う」ことを求めるものでした。しかし10月21日の朝日新聞朝刊は、『がんワクチン臨床試験問題 患者団体「研究の適正化を」』と、患者会で問題とされたのが、報道ではなく臨床研究であるかのように重ねて歪曲を行いました。

 10月22日以降、医科学研究所清木元治所長、2学会(日本癌学会・日本がん免疫学会)、オンコセラピー・サイエンス社、そして日本医学会高久史麿会長から朝日新聞報道に対する抗議声明が出されました。抗議では、記事に事実誤認および捏造の疑いがあることが指摘されています。読売・毎日・日経・週刊現代の各紙誌がこの声明を報じましたが、朝日新聞は10月23日記事で同社広報部の「記事は確かな取材に基づくものです」とのコメントを記し、当該記事について真摯に検証する姿勢を見せておりません。

 以上の経過から、朝日新聞社は、信頼される言論報道機関としてのガバナンスに欠けていると判断せざるを得ません。

 私たちは、朝日新聞社に対して適切な医療報道を求め、以下の提言を行います。賛同いただける皆様からの署名も募集いたします。署名は、朝日新聞社の社長及び『報道と人権委員会』(社内第三者機関)に提出いたします。

       記

(1) 東大医科研がんペプチドワクチン記事の訂正・謝罪を行うこと
(2) 同記事の取材過程の検証を行い、再発防止策を立て、公表すること
(3) 今後、がん診療・研究など医療に関しては事実を分かりやすく冷静に伝えること

                   以上

発起人一覧 (順不同)
 小松恒彦 帝京大学ちば総合医療センター 教授 (代表)
 成子 浩 成子クリニック 院長
 矢野秀朗 国立国際医療センター 医師
 濱木珠恵 都立墨東病院内科 科長
 満岡 渉 満岡内科 院長
 神津 仁 神津内科クリニック 院長
 山野嘉久 聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター 教授
 岩田健太郎 神戸大学医学部附属病院 教授
 中村利仁 北海道大学大学院医学研究科 助教
 比留間 潔 比留間医院 院長
 谷岡芳人 大村市民病院 院長
 平岡 諦 健保連大阪中央病院 顧問
 竜 崇正 千葉県立がんセンター 前センター長
 森下竜一 大阪大学大学院医学系研究科 教授
 小鷹昌明 獨協医科大学神経内科 教授
 小原まみ子 亀田総合病院腎内分泌内科 部長
 中島利博 東京医科大学医学総合研究所 教授
 大森敏秀 大森胃腸科 院長
 鈴木博之 鈴木内科医院 院長
 吉永治彦 吉永医院 院長
 新家 眞 公立学校共済組合関東中央病院 院長
 和田豊郁 久留米大学病院情報部 部長
 千葉敏雄 国立成育医療研究センター 副センター長
 高見沢重隆 たかみざわ医院 院長
 長谷川 修 横浜市立大学医学部
 鈴木 真 亀田総合病院 部長
 加藤宣康 亀田総合病院 副院長
 黒川 衛 全国医師連盟 代表
 鈴木ゆめ 横浜市立大学付属病院 教授
 佐藤祐二 筑波記念病院血液内科 部長
 一色雄裕 筑波記念病院血液内科 医員
 田中浩明 大阪市立大学腫瘍外科 講師
 鈴木伸明 山口大学医学部消化器・腫瘍外科 助教
 杉浦史哲 近畿大学医学部外科 助教
 副島秀久 恩師財団済生会熊本病院 院長

署名活動に賛同いただける皆様からのご署名は、下記のサイトからお願い申し上げます。
http://iryohodo.umin.jp/

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2010年10月24日 (日)

朝日新聞の報道は「終末期患者ビジネス」の利益を代弁か?

朝日新聞のペプチドワクチンに関する記事に関する情報です。少し食傷気味なのですが、膵臓がん患者にとっても大事な問題ですし、紹介する記事は、これまでのいろいろな情報と比較しても非常に興味深い内容を含んでいます。

朝日新聞には「終末期患者ビジネス」の広告が頻繁に掲載されており、今回の記事は広告主の立場を斟酌したものかもしれない、という内容です。経営難の朝日新聞にとっては、広告主である”インチキ免疫療法”などの終末期患者ビジネスの利益のほうが、がん患者の利益よりも大事だったのではという疑問です。

多いにあり得る話だと思います。消費税の増税を積極的に打ち出しているのも、大事な広告主である大企業・財界の主張に沿った路線でしょうから。

infoseek「内憂外患」
朝日新聞 東大医科研がんワクチン事件報道を考える 医学博士 上昌広

気になった部分を抜き書きで転載します。ぜひ上記のリンクをお読みください。

【わかりにくい臨床研究チームの構造】
 中村教授は、がんワクチンやゲノムの研究で世界的に有名な元腫瘍外科医の研究者です。例えば、今年だけで10本以上のNature関連誌に論文を発表し、本年度の世界ゲノム機構特別賞を受賞しました。多くの患者、研究者が中村教授に期待し、官民を問わず、国内外から多くの研究費を受けています。
 近年は患者の治療には従事せず、臨床研究者のサポートに徹しています。多くの研究グループが、無償でがんワクチンを提供できたのは、中村教授の支援のためです。

 

【混合診療禁止】
 朝日新聞は、このような体制を「混合診療」と批判しました。保険診療と自由診療の併用と解したのです。
 この結果、一部の大学病院ががんワクチンの臨床研究をストップさせ、多くの患者に衝撃が走りました。20日には、いくつかのがん患者会が抗議の記者会見を行うようです。
 ところで、臨床研究グループの振る舞いは、本当に「混合診療禁止」と批判されるべきものでしょうか。「混合診療禁止」の主旨は患者の経済負担の軽減です。今回の問題、患者視点に立てば議論の余地はないような気がします。

 

【中村祐輔教授と利益相反】
 朝日新聞は、「中村祐輔教授がペプチドを開発し」、「中村教授は今年4月に国立がん研究センター研究所長に就任するまでオンコ社の社外取締役だった。(中略)同教授は3月末で2万1750株(発行済み株式の10.73%を所有する筆頭株主だ)」と指摘しています。これを読めば、中村教授が自らの利益のために、臨床試験の結果を隠蔽した印象を持ちます。
 ところが、中村教授は、臨床研究の責任者ではありませんから、有害事象の判断や臨床試験の運営には口出しできません。また、このペプチドワクチンの開発には関与しておらず、特許も持っていないようです。
 更に、同社のマザーズ上場時に一部株を手放しましたが、売却益の大半はあしなが育英会に寄付し、「オンコセラピー奨学金」の創設に貢献しています。
 利益相反に関する朝日新聞の主張は適切とは言えないようです。

 

【未承認薬問題】
 今回の議論で気になるのは、医療提供サイドの手続き論に終始し、患者視点がないことです。患者にとって手続き論などどうでもよく、治療の安全性・有効性が問題です。なぜ、こんなズレが生じるのでしょうか?
 その原因はドラッグ・ラグです。我が国では、ドラッグ・ラグのため、多くの患者が未承認薬を個人輸入で利用しています。今回のワクチンも広義の未承認薬です。
 ところが、未承認薬による副作用の収集体制は確立していません。関係者の中でコンセンサスが形成されておらず、しばしば意見が対立します。今回の東大医科研と朝日新聞の対立は、その典型です。

 

【なぜ、10月15日だったのか?】
 なぜ、この記事が10月15日に、一面トップ、社会面の多くを占めたのかという点です。他紙がチリの救出劇を大きく取り上げているのとは対照的でした。
 実は、翌週に控える政府の政策コンテストで、がん治療ワクチン研究への予算要求が審査されます。今回の報道は、この審査に大きく影響することは確実です。がん治療ワクチンの開発が遅れることは、多くの患者にとり不幸です。
 しかしながら、がん治療ワクチンが導入されることで、困る人たちも大勢います。それは、科学的に有効性が証明されていない治療で商売をしている人たちです。がんワクチンの登場は、「終末期患者ビジネス」を生業としている人には脅威です。
 ちなみに、朝日新聞には、このようなビジネスの広告がしばしば掲載されます。出河記者が意図したか否かはわかりませんが、今回の記事は「終末期患者ビジネス」の営業を後押しする結果になるでしょう。そもそも、朝日新聞のような一流紙が、「科学的に根拠がない」と考えられている治療の広告を掲載することには違和感を抱きます。

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2010年10月23日 (土)

近藤誠『CT検査でがんになる』文藝春秋11月号

書き上げてはいたのですが、朝日新聞の「ねつ造事件」のためにアップが延び延びになりました。しかし、朝日新聞も地に落ちたものです。41患者団体の共同声明すらも、自分の都合の良い部分だけを取り上げて記事にしています。もう救いようのない新聞社ですね。ホメオパシーの特集は良かったし、一般の記者にはよい記事を書いている方が多いのですが、論説委員、編集委員などの幹部がダメだ。

「大丈夫か朝日新聞の報道姿勢」清木元治


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文藝春秋11月号に近藤誠氏の「CT検査でがんになる」というレポートが掲載されていたので、読んでみました。例によって近藤先生のセンセーショナルな話題かと思いきや、タイトルは衝撃的ですが、内容は十分に根拠のある納得できるものだと感じました。

内容を箇条書きしますと、

  • CTによる被ばく線量はエックス線の200~300倍である
  • 1回のCT照射による被ばく線量(実効線量)は18~29ミリシーベルト(mSv)
    ただし、通常は1回の検査で2、3回は照射する
  • 低線量でも発がんリスクがあるとして、原発労働者には40mSvでも労災認定されている
  • 原発労働者の生涯の累積被ばく線量が20mSvでも発がん死亡数が増加している
  • 広島・長崎の被爆者の経過観察の結果、10~50mSvでも発がんによる死亡数が増加している
  • 欧米では以上のデータを根拠に、医療被ばくの低減に真剣に取り組んでいるが、日本では専門家も患者保護に動こうとしない
  • 最新鋭の多列検出型CTは1スライスあたりの被ばく線量を減少させるはずだったが、装置が急増することによって逆に総被ばく線量は増加している。より詳細で広範囲の撮影が可能になったためである
  • 日本のがんの3.2%は医療被ばくが原因といわれたが、いまではそれは2~3倍になっていると思われる
  • 不必要・不適切なCT検査、「とりあえずCTをやっておきましょう」という検査が多すぎる。医者に知識がないのと病院経営上の理由でムダなCTが行なわれている。
  • 胸部CTによる肺がん検診のくじ引き試験では、寿命延長効果は認められなかった。マンモグラフィによる検診もがんの予防効果はないとの論文がある。

といったところです。J-CASTニュースの記事が内容をよくまとめているのでそちらを見てください。私の記事は、この特集に触れられていないことを書いてみます。

放射線の被ばく線量は「アバウト」な数字

放射線による被ばく線量は、ほとんどの場合測定することはできません。推定することができるだけです。このように書くとびっくりされる方も多いに違いありません。放射線の線量単位にはいくつかのものがありますが、測定可能なのは照射線量だけです。近藤氏の記事で言われている実効線量は、照射線量にある係数をかけて換算をすることによってしか得ることができません。詳細はこの記事の下に書きましたので、興味のあるかたはご覧ください。

発がんのリスク評価にも多くの問題がある

さて、放射線による発がんのリスクは、広島と長崎の原爆被爆者の方たちのデータをもとにして算出しているのですが、データの評価システムに関して多くの批判が あります。例えば、井伏鱒二の『黒い雨』に書かれているように、8月6日の広島は雨模様の湿気の多い天気でした。アメリカは原爆の放射線影響を調べるためにネバダ砂漠の高い塔の上にはだかの原子炉を置き、日本から持って行った家屋を再現して原爆による放射線量を評価しようとしたのです。ネバダと広島では湿度が違います。水に吸収されやすい中性子の線量が過大に見積もられているのではないか、ということが指摘されたのです。このあたりのことは昔にNHKが報道し、『極秘プロジェクト ICHIBAN―問い直されるヒロシマの放射線』として出版されています。

欧米ではすでに数年前からCTによる被ばく線量を問題にしています。こちらの論文など。あるいは日本語のページならこちらとか。

ラジオロジー誌2009年11月号に掲載された、米国放射線防護測定審議会および放射線の影響に関する国際連合科学委員会の発表を元にした研究では、全世界 での画像診断による1人当たりの被曝線量が、過去10~15年で倍増したことが明らかになっている。中でも米国は、他の国と比べて被曝量の増加が多かっ た。
 
さらに他の研究では、1980~2006年の間で、画像診断による被曝量が6倍になり、また過去56年間で、放射線または放射性医薬品を用いた年間の診断回数は、15倍に増加したと推定されている。

米国がん研究所(NCI)の放射線疫学の客員研究者によれば、「CTの使用頻度は劇的に上昇し、安易に使用されるようになっている。CT検査を行う場合、まず、本当に検査が必要であるかどうかを調べた上で検査する必要があるかを検討すべきなのに、今はその基本を忘れて、病気でもない患者にどんどんCT検査を行うようになってきている。また、頻度だけでなく、CTをいつ使用すべきかという検討がなされてこなかったことを反省し、医学界全体として、使用対象を慎重に検討し、検査の利点が有害性を上回る場合にのみ行うべきである」としている。

放射線の線量の測定も問題がある、リスク評価も完全とは言えない。では放射線による発がんのリスクを気にする必要はないのか、というとこれまた問題です。

ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告は出されるたびにより厳しくなっています。例えば放射線業務従事者の被ばく限度は50mSv/年という時代が長く続いたのですが、 1990年勧告では「いずれの5年間でも100mSvを超えない」ことを定めて、実際上年間20mSvの制限がかかるようになりました。この20mSvという線量は、近藤医師も書かれているように1回のCTで超えてしまう数字です。このように、放射線のリスクは歴史的に見れば厳しくなることはあっても緩くなったことはありません。つまり、「放射線は思っていたよりも怖い、ということが分かった」のくりかえしでした。私も定期検査でCTを撮りますが、だいたい3回照射します。 最初は確認でしょうか。そして造影剤を入れながら照射して、最後にもう一回。すると1回の被ばく線量を仮に15mSvとして、合計で45mSvです。原発労働者の年間の制限50mSvに近いです。

だからといって、CTによる検査を怖がることも止めるつもりもありません。がんのリスクは増大するとはいっても、がんになった場合にその原因が大気汚染にあるのか、食べ物か、CT検査によるものかは特定できません。あくまでも統計的にがん死が増えるということであり、どの原因でがんになったのかは誰にも分かりません。がんを発見する、転移を早期に見つけるという利益と、別のがんになるリスクが増えるという不利益を天秤にかけて判断しなければなりませんが、そのリスクも線量もアバウトな数字です。医者も正確に発がんのリスクを分かっていないのだから、患者はなおさらです。

日本では医療被ばくが格段に多いことは政府も認めています。1992年のデータですが、原子力安全研究協会のデータでは医療被曝が60%を占めています。現在はもっと増加していることは間違いありません。

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私の経験と対処法

  • 症状がないのにCTは撮らない。「取りあえずCTを撮っておきましょう」と言われたら、「まずレントゲンをお願いします」
  • 五十肩で整形外科に行ったら首の周りを5枚ほど撮られそうになった。2枚に減らしてもらった。
  • 会社の健康診断でもバリウムによる胃の検査は拒否しています。症状がないのに被ばくしてまで検査するような信頼性はないと考えるからです。
  • 歯科医の全周撮影、あれは相当の被ばく量です。歯医者にはなるべく行かない。良く歯を磨けば、被ばく線量低減に効果があるということ。
  • PET検診では4~5mSvの被ばく線量になります。私のPET体験はこちらに書きました。症状もないのに毎年PET検診を受けるなどという愚かなことは止めておく。済陽高穂氏の西台クリニックのように、旧式のPETですべての患者を検査しようとするような病院には近づかない。記事はこちらに書きました。

しかし、一度膵臓がんの再発が疑われたことがあり、そのときは医者が1㎝ピッチでCTを撮ろうとしたのを、私から要求して2mmピッチに変えてもらいました。被ばく線量は5倍になりますが、再発かどうかを正しく判断するには必要があると考えたからです。おかげで先生からは「イヤーきれいな画像ですね。これで判断したのならまちがいないでしょう」といわれ、再発なしと判断して無罪放免。そのとき被ばく線量は4~5mSvで胃のバリウム検査と同程度です。

医者もよく知らない。患者はなおさら知識がない。とすれば、ムダな検査を受けないことしか対処法はありません。何がムダかも分からず医者任せ、ということにならないように、患者も知識を身につける努力が必要です。

病院は赤字解消に必死になっています。CTがないと患者が来ない。設置すれば放射線技師も置かなければならないし、減価償却もある。当然稼働率を上げることが至上命令になる。患者にとって必要かどうかよりも、稼働率が大事ということになりかねません。相当の覚悟を持たないと、ムダな放射線を浴びさせられて病院経営に貢献させられます。

ムダな検査が多いし、国民全体の総被ばく線量はもっと下げる必要があります。近藤誠氏の指摘にはほぼ賛成です。しかし、患者が

正しく怖がることは、本当に難しい。


照射線量:単位はクーロン毎キログラム(C/kg)。放射線が物質をイオン化する際に、その電離した電気量を表わす。1レントゲン(R)は、SI単位では2.58×10-4クーロン毎キログラム(C/kg)。測定可能だがエックス線、ガンマ線に限られる。

吸収線量:単位はグレイ(Gy)。「肺がんの腫瘍部に60Gyを照射する」等と言いますよね。放射線が1kgの物体に吸収されて1ジュールの熱を生じたとき1Gyとなります。この値は実際には測定不可能です。照射線量から換算するか、化学線量計、熱ルミネセンス線量計、半導体検出器等で測定してそれらから換算します。

等価線量:単位はシーベルト(Sv)。吸収線量に放射線の種類毎の係数(放射線加重係数)を乗じたもの。同じ吸収線量であってもエックス線と重粒子線では人体に対する効果は違います。陽子線・重粒子線は「”ドカン”とがんを焼く」と言われているように、がん患者ならイメージできますね。

表2 放射線荷重係数1)
放射線の種類とエネルギーの範囲 放射線荷重係数
光子、すべてのエネルギー 1
電子およびミュー粒子、すべてのエネルギー2) 1
中性子、エネルギーが10keV未満のもの 5
中性子、エネルギーが10keV以上100keVまで 10
中性子、エネルギーが100keVを超え2MeVまで 20
中性子、エネルギーが2MeVを超え20MeVまで 10
中性子、エネルギーが20MeVを超えるもの 5
反跳陽子以外の陽子、エネルギーが2MeVを超えるもの 5
アルファ粒子、核分裂片、重原子核 20

この表には1,5,10,20の数字しかありません。つまりいい加減なんです。熱中性子は5でいいか、重粒子なら20だろう。その程度に「えい、や!」と決めた値なのですね。どこが決めるかというと、ICRP(国際放射線防護委員会)という学者が集まっている機関です。国連の機関でも何でもないのですが、慣例上ICRPの出す勧告をすべての政府が尊重することになっています。

実効線量:単位はシーベルト(Sv)。等価線量にさらに組織加重係数をかけたもの。ICRPの1990年勧告(Publ.60)で、原爆被爆者に対する線量の再評価の結果等を取り入れ、致死がんの確率係数等を参考にして組織荷重係数を決定しました(表4)。それぞれの組織・臓器の等価線量に組織荷重係数を乗じ、各組織で加算して算出されたものが実効線量です。等価線量と実効線量は同じ単位ですから混同しやすいかもしれません。

表3 ICRP1990年勧告における組織・臓器別名目確率係数
組織・臓器 致死がんの確率
(10-2Sv-1)
総合損害
(10-2Sv-1)
全集団 作業者 全集団 作業者
膀胱 0.30 0.24 0.29 0.24
骨髄 0.50 0.40 1.04 0.83
骨表面 0.05 0.04 0.07 0.06
乳房 0.20 0.16 0.36 0.29
結腸 0.85 0.68 1.03 0.82
肝臓 0.15 0.12 0.16 0.13
0.85 0.68 0.80 0.64
食道 0.30 0.24 0.24 0.19
卵巣 0.10 0.08 0.15 0.12
皮膚 0.02 0.02 0.04 0.03
1.10 0.88 1.00 0.80
甲状腺 0.08 0.06 0.15 0.12
残りの組織・臓器 0.50 0.40 0.59 0.47
合計 5.00 4.00 5.92 4.74
重篤な遺伝性障害の確率
生殖腺 1.00 0.60 1.33 0.80
総計(丸めてある) 7.30 5.60

表4 ICRP1990年勧告における
組織荷重係数
組織・臓器 組織荷重係数 wT
生殖腺 0.20
骨髄(赤色) 0.12
結腸 0.12
0.12
0.12
膀胱 0.05
乳房 0.05
肝臓 0.05
食道 0.05
甲状腺 0.05
皮膚 0.01
骨表面 0.01
残りの組織・臓器 0.05

つまり、しっかりと測定できるのは照射線量だけ。その他の放射線量は換算や推測による係数を乗じたものだということです。

唯一測定可能な「照射線量」はサーベイメータで測定しますが、これにも問題があります。照射線量から実効線量に換算するには放射線のエネルギーを知る必要があるのです。エネルギーによって実効線量が違ってきます。ところがサーベイメータの校正は一種類(通常はコバルト-60)の放射線源で行ないます。これで校正した測定値は、エネルギーの低い放射線だと誤差が50%にもなることがあります。

つまり、放射線による被ばく線量というものは、体重や距離などのようにしっかりとした物理量ではなくて、相当いい加減なアバウトな数値なのです。

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2010年10月22日 (金)

日本癌学会、OTSが朝日新聞に抗議声明

朝日新聞は傷口が大きくならないうちに、謝罪をした方がよいのになぁ。OTSは「医学的誤り・事実誤認はおろか、ねつ造と判断せざるを得ない重大な問題が多数含まれ」と指摘していますが、「ねつ造記事」そのものですね。さらに「患者団体の抗議声明」すらも、自らに都合の良い語句だけを抜粋して『がんワクチン臨床試験問題患者団体「研究の適正化を」』という記事に仕立てた、と。やはり事実の断片を寄せ集めて虚構をつくることに長けている新聞社です。

癌学会など朝日記事に抗議…がんワクチン問題で

 東京大医科学研究所が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験で、医科研付属病院の患者が消化管出血を起こした情報をワクチンを提供する他の病院には知らせていなかったと朝日新聞社が報じた問題で、日本癌(がん)学会(野田哲生理事長)と日本がん免疫学会(今井浩三理事長)は22日、朝日新聞社に対する抗議声明を公表した。

 問題になっているのは、今月15、16日に掲載された一連の記事。癌学会ホームページに掲載された抗議声明では、「大きな事実誤認に基づいて情報をゆがめ、読者を誤った理解へと誘導する内容」と批判。同社に速やかな記事の訂正と謝罪を求めた。

 一方、記事で触れられたオンコセラピー・サイエンス社(本社・川崎市、角田卓也社長)も同日、誤った記事によって「株価が一時ストップ安となり、約83億円の損失となった」として、朝日新聞社に抗議文を送った。
(2010年10月22日21時31分  読売新聞)


抗議声明
日本がん学会、日本がん免疫学会

「大丈夫か朝日新聞の報道姿勢」清木元治

第2 掲載記事にねつ造の疑いがあること
また、掲載記事には「記者が今年7月、複数のがんを対象にペプチド臨床試験を行っているある大学病院の関係者」に取材した旨の記載がございます。
東京大学医科学研究所で、改めて独自に調査を行い、 「複数のがんを対象にペプチド臨床試験を行っている大学病院」に該当するすべての大学病院に問い合わせを行ったところ、今年の7月に記者から取材を受けたのは大阪大学のみということが判明した、と連絡がありました。ところが、大阪大学で取材を受けた関係者は掲載記事に記載されているような回答は全くしておらず、取材をした記者に対して電話で抗議したとのことでした。
このように、掲載記事は十分な取材活動に基づいておらず誤りがあるうえ、ねつ造の可能性が極めて高いと思われます。

第4 貴社のその他の報道について
2010年10月16日、 朝日新聞社説においては、 『研究者の良心が問われる』 との見出しで、ナチス・ドイツの人体実験まで引用し、読者に悪印象を植え付ける形で、研究者を批判する記事が掲載されました。こちらの報道についても東京大学医科学研究所においてがんペプチドワクチンの研究に携わる研究者の名誉を毀損する内容であると思慮いたします。
なお、今回の報道に関連し、患者会41団体による「がん臨床研究の適切な推進に関する声明文」について報じる10月21日の朝日新聞朝刊記事は、『がんワクチン臨床試験問題患者団体「研究の適正化を」』と題し、自らの主張に沿うように声明文を抜粋して趣旨を歪曲し、報道がなされたものでした。その違いは、原文(http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/files/101020-2.pdf)と朝日新聞記事と比較していただければ一目瞭然です。 <上の「大丈夫か朝日の報道姿勢」を参照>

このように、貴社の報道姿勢については大いに問題があると考えます。

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2010年10月21日 (木)

酔っぱらってレッスン

今日は神田で会議。その後の懇親会で生ビールを一杯と泡盛のロックを3杯飲みました。古酒の泡盛をなみなみと注いでくれたので、おいしくてぐいぐいと飲み干しました。チェロのレッスンがあるからと一足先に店を出て川崎へ。
案の定レッスンはさんざんでした。先生は「へべれけでない程度なら飲んで出席しても良いですよ」と言ってくださるので、ついついそれに甘えてしまいます。

「今日はリラックスして弾けていますね」と。そりゃそうです。酔っぱらってますから。弓の動きも我ながら滑らかでした。意識が少し朦朧としているだけですが。
私は顔にはまったく出ないタイプですし、言わなければ飲んでいるとは分からない。さすがに手術の後は控えていますが、毎日飲んでいます。(つまり控えるのは量であって日数ではない)

しかし、今日のレッスンではポジション移動は間違うし、移弦をともなうポジション移動では最悪。楽譜も読み飛ばしたり、今どこを弾いているのか、ふと分からなくなったり。

「飲んだら弾くな。弾くなら飲むな」か?

おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒―江国滋闘病日記 (新潮文庫)

でも、リラックスして弾けるいうのは酒の良い点ですね。練習に熱中すると息をするのも忘れていることがある。こんなときは身体も硬くなっていて腕もこちこちだ。そんなときは自宅で練習するときにも一杯飲んでから弾いた方が・・・・・と考えるのだから、やはり飲んべえに違いない。

おい癌め 酌みかはさうぜ 秋の酒   江國滋

でも、この句は「敗北宣言」と書いた辞世の句。私は敗北はしない(つもり)。

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2010年10月20日 (水)

41患者団体が共同声明

朝日新聞報道に対して41患者団体が共同声明が出されたようです。がん患者はみんな怒っています。(37団体から41団体に追加)

東京大学医科学研究所のHPにリンクされています。ダウンロード (202.5K)

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平成22年10月20日
がん臨床研究の適切な推進に関する声明文

がん患者団体有志一同

「がん患者は、がんの進行や再発の不安、先のことが考えられない辛さなどと向き合いながら、新たな治療法の開発に期待を寄せつつ、一日一日を大切に 生きています」。2007年に胸腺がんで亡くなった故山本孝史参議院議員は、参議院本会議にてこう演説しました。日本では二人に一人ががんを発症し、三人 に一人ががんで亡くなるといわれる中で、新たな治療法や治療薬の開発は、多くのがん患者にとって大きな願いです。

新たな治療法や治療薬の開発のためには、基礎研究から始まり、がん患者さんを対象にした治験や臨床試験など、長い研究過程が不可欠です。特に、がん の患者さんを対象にした臨床研究は、がんの治療成績の向上と治療の安全性の確認のために、重要な役割を担っています。現在のがん治療成績の向上は、多額の がん研究予算と、多くの研究者や医療者による尽力、そして臨床試験への多くのがん患者さんの尊い参画によって得られています。

治験や臨床試験では、一定のリスクがあることも忘れてはなりません。がん患者さんが参画する治験や臨床試験において、被験者の保護には十分すぎるほ どの配慮が不可欠です。一方で、治験や臨床試験のリスクについては、正しい理解と適切な検証が必要であり、不確かな情報や不十分な検証に基づいて、治験や 臨床試験のリスクが評価されるべきではありません。特に、東京大学医科学研究所の臨床研究に関する報道を受けて、当該臨床研究のみならず、他のがん臨床研 究の停止という事態が生じました。がん臨床研究の停滞が生じることを強く憂慮します。

私たちは、がん患者の命を救うがん臨床研究の適切な推進に向けて、以下の声明を表明いたします。

                                                     記

  がん患者の命を救うがん臨床研究が、適切に推進されるとともに、その推進にあたって必要な国のがん研究予算が、根拠とオープンな議論に基づいて拡充されることを求めます。
  がん臨床研究の推進にあたっては、臨床研究に参画する被験者の保護が、十分に行われること、被験者の保護については、情報が広く開示されるとともに、事実と客観性に基づいて、専門家によるオープンな議論と検証が行われることを求めます
  臨床試験による有害事象などの報道に関しては、がん患者も含む一般国民の視点を考え、誤解を与えるような不適切な報道ではなく、事実をわかりやすく伝えるよう、冷静な報道を求めます。
                                                                       以上

(※)なお、本声明の発表にあたっては、厚生労働記者クラブにおける記者会見を10月18日に要請したところ、記者クラブの当番社より「協議の末、お受けできない」との回答を得たことを申し添えます。

【有志患者会一覧】(50音順) 
GIST・肉腫患者と家族の会「GISTERS.net」(代表 西舘 澄人)
特定非営利活動法人HOPEプロジェクト(理事長 桜井 なおみ)
秋田にホスピスを増やす会(代表 田口 良実)
あけぼの滋賀(代表 菊井 津多子)
あけぼの奈良(代表 吉岡 敏子)
1.2の3で温泉に入る会ぐんま(会長 佐藤 宮子)
特定非営利活動法人愛媛がんサポートおれんじの会(理事長 松本 陽子)
大阪市立大学医学部附属病院患者会 ぎんなん(代表 辻 恵美子)
沖縄県がん患者ゆんたく会(会長 上原 弘美)
かたくりの会 (会長 千葉 武)
がん患者会シャローム (代表 植村 めぐみ)
特定非営利活動法人がんサポートかごしま(理事長 三好 綾)
がん体験者の会 とま~れ(代表 佐々木 佐久子)
特定非営利活動法人がんと共に生きる会(理事長 佐藤 愛子)
がんフォーラム山梨(代表 若尾 直子)
ガンフレンド(代表 勢井 啓介)
がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会(代表 広野 光子)
特定非営利活動法人キャンサーネットジャパン(事務局長 柳澤 昭浩)
特定非営利活動法人グループ・ネクサス(理事長 天野 慎介)
特定非営利活動法人高知がん患者会「一喜会」(理事長 安岡 佑莉子)
島根がんケアサロン(代表 納賀 良一)
聖隷沼津病院内患者会おしゃべり会(世話人 中山 陽子)
特定非営利活動法人つくばピンクリボンの会(事務局長 八木 淳子)
特定非営利活動法人千葉・在宅ケア市民ネットワークピュア(代表 藤田 敦子)
奈良県のホスピスとがん医療をすすめる会(会長 馬詰 真一郎)
乳癌患者友の会きらら(世話人代表 中川 圭)
乳腺疾患患者の会「のぞみの会」(会長 浜中 和子)
沼津市立病院内患者会オリーブの会(代表 中山 陽子)
ねむの会(代表 金井 弘子)
特定非営利活動法人脳腫瘍ネットワーク (副理事長 田川 尚登)
特定非営利活動法人パンキャンジャパン(事務局長 眞島 喜幸)
ピンクリボンの会「ソフィア」 (代表 山下 あけみ)
特定非営利活動法人ブーゲンビリア(理事長 内田 絵子)
福知山がん患者会 はなみずきの会(副代表 服部 和子)
山梨まんまくらぶ(代表 若尾 直子)
卵巣がん体験者の会スマイリー(代表 片木 美穂)
リンパの会(代表 金井 弘子)

※以上37団体

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東京大学医科学研究所の反論

問題になっている朝日新聞の記事に対する東京大学医科学研究所の反論が出ています。

出血に至った経緯や原因も説明されています。膵臓がんのペプチドワクチンは血管新生を抑えるため出血の心配があり、担当医師は注意深く経過を観察していた。この患者は、膵臓がんの進行に伴って肝臓へ流れる門脈が詰まったため食道に静脈瘤ができ、そこから出血が起こったこと、適切な処置が施され退院した、などが詳細に説明されています。

また「有害事象」と「副作用」の関係、記事がそれらを故意に混同させるかのように書かれたことも指摘しています。

今回の朝日新聞の「ねつ造記事」には、膵臓がん患者として心底からの怒りを覚えています。このワクチンが今年末の上市と報じられ、それが来年になりそうだともいわれて、いま現在GEMやTS-1の効かなくなった膵臓がん患者は、「それまで生きていられるだろうか?」と心配しています。そんな患者に冷や水を浴びせるような朝日の記事です。新聞が真実を、公正に、分かりやすく報じなくなったら、権力に媚びして弱者の視点を忘れたら、戦前の新聞界全体があの戦争に協力していった同じ誤りを繰り返すことにつながります。

幸い、現代はインターネットもあり、われわれ一般人もこのように発言することができ、意見を広めていくことができます。

清木元治所長の次の発言は、朝日新聞の姿勢と比較するとより光を放っているように感じます。怒りは大きいが、報道と表現の自由は保証されなければならないとおっしゃるのですから。

新聞記事の影響は絶大であり、これで被害が及ぶ人たちのことを考えればキッチリと法的に規制をかけて罰則を整えないと、報道被害をなくすることはできないと言う意見も出てきそうです。しかし、そういった議論があまり健全でないことは言うに及びません。社会には法的な規制がかけにくい先端部分で新しい発展が生まれ、人類に貢献し、社会の健全性が保たれる仕組みとなることも多々あります。無論そこでは関係者の高いモラルと善意が必要であることは言うまでもありません。

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2010年10月19日 (火)

「週間 がん もっといい日」がこの問題の特集を

「週間 がん もっといい日」がこの問題の特集を組んでいます。

緊急掲載 クローズ・アップ 朝日新聞の報道―「臨床試験中の癌治療ワクチン」
「患者が“出血”伝えず」に反論相次ぐ

その中から、弁護士の井上清成氏の投稿を紹介します。

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朝日新聞は不当な医療攻撃をやめるべき
―因果関係ないのに有るかのように誤認混同させる報道

弁護士 井上清成

(2010年10月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jp)

 2010年10月15日付け朝日新聞(朝刊)トップ記事に、大々的に「臨床試験中のがん治療ワクチン『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に 医科研『報告義務ない』 法規制なし対応限界」との見出しの記事が掲載された。
「東京大学医科学研究所(東京都港区)が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、医科研附属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が『重篤な有害事象』と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった。
 医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった。」とのことである。そして、「厚労省は朝日新聞の取材に対し『早急に伝えるべきだ』と調査を始め、9月17日に中村教授らに事情を聴いた」ようだ。

 筆者は東大医科研の代理人でもなければ、顧問でもない。筆者がこの記事を読んだ時点では、何らの予備知識もなかった。そこで、東大医科研ががん治療ワクチンの臨床試験中にその被験者たる患者にそのワクチンとの『因果関係によって』消化管出血を起こさせて重篤な症状を来たさせてしまった(そして、死亡させてしまったのか?)にもかかわらず、外部に何らの情報提供もしなかったらしい、と瞬間的に感じたものである。

 通常一般人がこの種の記事を読んで考える時には、『因果関係のあるやなしや?』『その結果はどうなった?』がその際の暗黙の大前提となってしまう。筆者も同様である。
 しかし、真実は、ワクチンと消化管出血との間には、通常一般の用語(もちろん、法律用語としても。)の意味の『因果関係はなかった』らしい。

 既に東大医科研は2010年6月時点で朝日新聞社に対して、「発生原因としては、原疾患の進行(腫瘍の増悪・圧迫による静脈瘤形成)に伴う出血と判断されました」と説明しているとのことである。一般用語・法律用語上の因果関係は、この件では存在しなかった。 
 もちろん、厳密に医学的・科学的に見たら、ワクチン投与による可能性を「医学的・科学的に完全に」否定することは殆んどの場合で困難に決まっている。ただ、この意味の因果関係は、一般用語・法律用語とは異なった、医学的・科学的用語としての因果関係にすぎない。この2つの意味を、通常一般人に誤認混同させるようなことがあってはならないであろう。

 記事には、「厚労省は朝日新聞の取材に対し『早急に伝えるべきだ』と調査を始め」たともあるが、この部分も不可思議である。厚労省が調査を始めたのは、『もしも因果関係があるとしたならば』早急に伝えるべきなので、『因果関係があるのかどうか』の調査を始めたにすぎないものであろう。

 医科研が「報告義務ない」としたのも、医療的に見て報告する必要がないからこそ報告しなかったのである。「医療的に見て報告する必要があるけれども、たまたま法規制で届出義務がないから、これを奇貨として報告しなかった」わけではあるまい。しかし、記事からはそのように誤認混同されてしまう。
 付け加えれば、その患者はその後の処置で軽快したらしい。

 この朝日新聞の記事は、通常一般人に対し、因果関係がないのに有るかのような誤認混同を与えるものと思われる。結果として、朝日新聞という大マスコミによる不当な医療攻撃がなされたという事態を招いてしまった。

 今後の医療に対する悪影響を深く憂慮せざるをえない。そこで、朝日新聞社において、早急に社内での監査を行い、謝罪した上で記事を撤回することが望まれよう。

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医学的知識のない一般の人があの記事を読めば、やはりこの弁護士と同じ第一印象を持つに違いありません。現に多くの方がそのような印象を持ち、tweeterや2チャンネル上で、東大医科学研や中村教授が犯罪を犯したかのように発信しています。

一面トップに載せ、論説委員の署名記事も載せた朝日新聞は、真摯にこの記事の一件を検証すべきでしょう。朝日新聞は、過去の侵略戦争に協力した経過を、自身の新聞で特集を組んだことがあります。そうしたまっとうな精神がまだ残っていることを期待します。

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朝日新聞歪曲報道に東大医科研所長反論

朝日新聞の報道に関して、先ほどMRICで以下のようなメルマガが配信されてきました。
転送歓迎とのことなので転載します。
なお、この件に絡んで、複数の患者会が厚労記者クラブで会見したいと申し込んだところ断られたそうです。
<赤のフォント、アンダーラインは私の責任で付けています。>

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朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について
  東京大学医科学研究所・教授 清木元治

2010年10月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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2010年10月15日付朝日新聞の1面トップに、「『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に」(東京版)との見出しで、当研究所で開発した「がんワ クチン」に関して附属病院で行った臨床試験中、2008年、膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血について、「『重篤な有害事象』と院内で報告されたの に、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった」と野呂雅之論説委員、出河雅彦編集委員の名前で書かれています。ま た、関連記事が同日39面にも掲載されています(その他には、同夕刊12頁、16日社説、36面)。

特に15日付朝刊トップの記事は、判りにくい記事である上に、基本的な事実誤認があり、関係者の発言などを部分的に引用することにより事実が巧妙に 歪曲されていると感じざるをえません。判り難くい記事の内容を補足する形で、更なる解説を出河編集委員が書いているという複雑な構図の記事です。

この構図を見ると、記事の大部分を占める医科学研究所の臨床試験に関するところでは、何らかの法令や指針の違反、人的被害があったとは述べられていないので、記事は解説部分にある出河編集委員の主張を書く為の話題として、医科学研究所を利用しているだけのように思えます。しかし、一般の読者には、 「医科学研究所のがんワクチンによる副作用で出血があるようだ。それにもかかわらず、医科学研究所は報告しておらず、医療倫理上問題がある」と思わせるに十分な見出しです。

なぜこのような記事を書くのか理由は判りませんが、実に巧妙な仕掛けでがんワクチンおよび関連する臨床試験つぶしを意図しているとしか思えません。 これまで朝日新聞の野呂論説委員、出河編集委員連盟の取材に対して医科学研究所が真摯に情報を提供したことに対する裏切り行為と感じざるをえません。「事実誤認」関連は医科研HPに掲載しますが、以下のような「取材意図/取材姿勢」にも問題があると考えますのでので、これから述べたいと思います。

その1:前提を無視して構図を変える記事づくり
記事の中では、ワクチン投与による消化管出血を重大な副作用であるとの印象を与えることを意図して、医科学研究所が提供した情報から記事に載せる事実関係の取捨選択がなされています。
まず、医科学研究所は朝日新聞社からの取材に対して、「今回のような出血は末期のすい臓がんの場合にはその経過の中で自然に起こりうることであること」を 繰り返し説明してきました。それと関連して、和歌山医大で以前に類似の出血について報告があったことも取材への対応のなかで述べています。
これらは、今回の出血がワクチン投与とは関係なく原疾患の経過の中で起こりうる事象であることを読者が理解するためには必須の情報です。しかし、今回の記事ではまったく無視されています。この情報を提供しない限り、出血がワクチン投与による重大な副作用であると読者は誤解しますし、そのように読者に思わせ ることにより、「それほど重要なことを医科学研究所は他施設に伝えていない」と批判させる根拠を意図的に作っていという印象を与えざるを得ません。
事実、今回の記事では「消化管出血例を他施設に伝えていなかった」ということが最も重要な争点として描かれており、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」では報告義務がないかもしれないが、報告するのが研究者の良心だろうというのが朝日新聞社の主張です(16日3頁社説)。その為には、今回の出血が 「通常ではありえない重大な副作用があった」という読者の誤解が不可欠であったと思われます。このことは「他施設の研究者」なる人物による「患者に知らせるべき情報だ」とのコメントによってもサポートされています。進行性すい臓がん患者の消化管出血のリスクは、本来はワクチン投与にかかわらず主治医から説明されるべきことです。取材過程で得た様々な情報から、出河編集委員にとって都合のよいコメントを選んで載せた言わざるを得ません。

その2:「報告義務」と「重篤な有害事象」の根拠のない誤用
単独施設の臨床試験の場合でも、予想外の異変や、治療の副作用と想定されるような事象があれば、「臨床研究に関する倫理指針」の報告義務の範囲にかかわりなく、速やかに他施設に報告すべきでしょう。
しかし、日常的に原疾患の進行に伴って起こりうるような事象であり、臨床医であれば誰でもそのリスクを認知しているような情報については、その取り扱いの 優先順位をよく考慮してしかるべきだと考えます。煩雑で重要度の低い情報が飛び交っていると、本来、監視すべき重要な兆候を見逃す恐れがあります。この点 も出河編集委員・野呂論説委員には何度も説明しましたが、具体的な反論もないまま、報告する責務を怠ったかのような論調の記事にされてしまいました。「重篤な有害事象」とは、「薬剤が投与された方に生じたあらゆる好ましくない医療上のできごとであり、当該薬剤との因果関係については問わない」と国際的に定 められています。
また、「重篤な有害事象」には、「治療のため入院または入院期間の延長が必要となるもの」が含まれており、具体的には、風邪をひいて入院期間が延長された 場合でも「重篤な有害事象」に該当します。このことも繰り返し説明しましたが、記事には敢えて書かないことにより「重篤な有害事象」という医学用語を一人歩きさせ、一般読者には「重篤な副作用」が発生したかのように思わせる意図があったと判じざるを得ません。実際に、この目論見が当たっていることは多くの人々のネットでの反応を見れば明らかです。

その3:インパクトのあるキーワードの濫用
本記事を朝刊のトップに持ってくるためのキーワードとして、人体実験的な医療(臨床試験)、東京大学、医科学研究所、ペプチドワクチン、消化管出血、重篤 な有害事象、情報提供をしない医科研、中村祐輔教授名などはインパクトがあります。特に中村教授については当該ワクチンの開発者であり、それを製品化する オンコセラピー社との間で金銭的な私利私欲でつながっているとの想像を誘導しようとする意図が事実誤認に基づいた記事のいたるところに感じられます。
中村教授はペプチドワクチン開発の全国的な中心人物の一人であり、一面に記事を出すにも十分なネームバリューであります。しかし、本件のペプチド開発者は実は別人であり、特許にも中村教授は関与していません。
臨床試験に必要な品質でペプチドを作成することは非常に高価であるために、特区としてペプチド供給元となる責任者の立場です。これらの情報も、取材過程で明らかにしてきたにもかかわらず、敢えて事実誤認するのには、何か事情があるのでしょうか。

その4:部分的な言葉の引用
朝日新聞の取材に対する厚生労働省のコメントとして「早急に伝えるべきだ」との見解が掲載されています。しかし、「因果関係が疑われるとすれば」というよ う前置きが通常はあるはずであり、それを削除して引用することにより、医科研の対応に問題があったと厚生労働省が判断したかのようミスリードを演出した可能性があります。

以上のように、朝日新聞朝刊のトップ記事を書くために、医科学研究所では臨床試験の被験者に不利益をもたらす重大な事象さえ他施設に伝えることなく 放置しているというストーリーを医科学研究所が提供した情報の勝手な取捨選択と勝手な事実誤認を結び付けることにより作ったと考えざるを得ません。
これほどまでしなければならなかった出河編集委員の目的は何なのでしょうか?それが解説として述べられている出河編集委員の主張にあると思われます。出河編集委員はこの解説を1面で書きたい為に、医科学研究所で不適切ながんワクチンの臨床試験が行われたという如何にも大きな悪があるというイメージを仕立て上げなければならなかったのではないかと想像します。
解説部分では、臨床試験では法的な縛りがないので、患者に伝えられるべき重要な副作用情報が開発者の利害関係によって今回の医科学研究所の例に見られ得るように患者や医療関係者に伝えられないことがあるということを主張し、だから一律に法規制を掛けるべきだという、彼の従来の主張を繰り返しています。適否は別にして、この議論は今回の医科学研究所の例を引くまでもなく成り立つことです。しかし、医科学研究所の臨床試験に対する創作的な記事を書くことにより、医科学研究所の臨床試験のみならず我が国の医療開発に対して強引な急ブレーキを掛けようとしているだけでなく、標準的な治療法を失った多くのがん患者さんが臨床試験に期待せざるを得ない現在の状況をまったく考慮していません。
このことは自らがん患者である片木美穂さんのMRICへの投稿<http://medg.jp/mt/2010/10/vol-325.html#more>に的確に述べられていると思います。

今回の朝日新聞の記事を見るとき、かなり昔のことですが、高邁な自然保護の主張を訴えるために自ら沖縄のサンゴ礁に傷つけた事件があったことをつい思い出してしまいます。今回、傷つけられたのは、医科学研究所における臨床試験にかかわる本当の姿であり、医療開発に携わる研究者たちであり、更には新しい医療に希望をつなごうとしている全国の患者の気持ちです。

法規制論議についてはマスコミの取材と記事についても医療倫理と同様のことが言えるのではないかと思います。沖縄の事件のように事実を捏造して記事を書くのは論外ですが、事実や個人の発言をいったんバラバラにして、あとで断片をつなぎ合わせる手法を用いればかなりの話を創作することは可能です。これらも捏造に近いと思いますが、許せる範囲のものからかなり事実と乖離したグレーなものまであるでしょう。しかし、新聞記事の影響は絶大であり、これで被害 が及ぶ人たちのことを考えればキッチリと法的に規制をかけて罰則を整えないと、報道被害をなくすることはできないと言う意見も出てきそうです。しかし、そ ういった議論があまり健全でないことは言うに及びません。社会には法的な規制がかけにくい先端部分で新しい発展が生まれ、人類に貢献し、社会の健全性が保 たれる仕組みとなることも多々あります。無論そこでは関係者の高いモラルと善意が必要であることは言うまでもありません。

今回の報道では、新しい医療開発に取り組む多くのまじめな研究者・医師が傷つき、多くのがん患者が動揺を感じ、大きな不安を抱えたままとなっている現状を忘れるべきではないでしょう。朝日新聞は10月16日に、「医科学研究所は今回の出血を他施設に伝えるべきであった」という社説をもう一度掲げて、 「研究者の良心が問われる」という表題を付けています。良心は自らを振り返りつつ問うべき問題であり、自説を主張するためには手段を選ばない記事を書いた記者の良心はどこに行ったのでしょうか。また、朝日新聞という大組織が今回のような常軌を逸した記事を1面に掲載したことが正しいと判断するのであれば別ですが、そうでなければ社内におけるチェックシステムが機能していないということではないでしょうか。権力を持つ者が自ら作ったストーリーに執着するあま り、大きな過ち犯したケースは大阪地検特捜部であったばかりです。高い専門性の職業にかかわるものとして常に意識すべき問題が改めて提起されたと考えま す。

朝日新聞に対しては今回の報道の十分な検証と事実関係の早期の訂正を求めたいと思います。


私の昨日のブログの内容と相当一致しています。昨日のブログは適切であったと思います。
それにしても、事実を都合良く繫げ合わせて虚構をつくるという手法は昔からありますが、最近の堕落した全国紙においては、こうした点へのチェック機能は働いていないようですね。昔の朝日新聞の記事には社会的に認められた信頼度がありましたが、「読売化」を押し進めようとする朝日の編集委員らの記事にはもはやそうしてかけらも見あたりません。
朝日新聞を止めて良かったよ。

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2010年10月18日 (月)

一連のがんペプチドワクチン報道へ疑問

ご存じのように、東京大学医科学研究所のがんペプチドワクチン臨床試験において、膵臓がん患者に出血した事例があったのに隠していたのではないかと報道されました。

東京大学医科学研究所が15日に記者会見を行ないましたが、全体の全容は十分に明らかになったとは言えません。現時点で断定的な評価は下せませんが、疑問に思うことを書いておきます。

朝日新聞の記事の要点は、

  • こうした臨床試験では、被験者の安全や人権保護のため、予想されるリスクの十分な説明が必要
  • 他施設の研究者は「患者に知らせるべき情報だ」と指摘している。
  • 同種のペプチドを使う臨床試験が少なくとも11の大学病院で行われ、そのすべてに医科研病院での消化管出血は伝えられていなかった。
  • うち六つの国公立大学病院の試験計画書で、中村教授は研究協力者や共同研究者とされていた。
  • 医科研病院の被験者選択基準変更後に始まった複数の試験でも計画書などに消化管出血に関する記載はなかった。
  • 清木元治医科研所長名の文書(6月30日付と9月14日付)で「当該臨床試験は付属病院のみの単一施設で実施した臨床試験なので、指針で規定する『他の臨床研究機関と共同で臨床研究を実施する場合』には該当せず、他の臨床試験機関への報告義務を負いません」と答えた。
  • しかし、医科研は他施設にペプチドを提供し、中村教授が他施設の臨床試験の研究協力者などを務め、他施設から有害事象の情報を集めていた。国の先端医療開発特区では医科研はペプチドワクチン臨床試験の全体統括を担う。

ようするに朝日新聞の記事は、中村祐輔教授が開発した(これも事実誤認)がんペプチドワクチンであり、東大医科研が全体を把握できる状況にありながら、出血の事例を他の施設に伝えていなかった。これは厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反している、と主張したいようです。初期には「出血によって膵臓がん患者が死亡したが、それを隠していた」と報道したマスコミもありました。

この報道を受けて急遽15日に東京大学医科学研究所が記者会見を開いたのですが、その記者会見の詳細な内容は、どうしたわけか当のマスコミからは報道されません。記者会見に参加したパンキャンの眞島氏がブログに資料の一部をブログに紹介していますが、この程度の内容すらマスコミは報じていないのですね。

  • 記事で取り上げられている患者さんは、進行性すい臓がんであり、2008年8月にこの臨床試験にエントリーされました。
  • 消化管出血は、すい臓がんにおいては少なからず起こりうることとして、臨床医の間では常識となっておりますので、当院でも注意深く経過を観察して参りましたが、2008年12月に消化管出血が認められました。
  • その後、患者さんは無事に回復されました。出血によって入院期間が約1週間延長したために、「重篤な有害事象」として報告した
  • 速やかに当院の他の責任医師には連絡がなされ、便潜血が2回連続して陽性であった方を被験者から除くというプロトコルの変更を行っております。
  • 出血は、厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」において、これは「重篤な有害事象」の範囲に入るものですが、重大な副作用とは異なるものです
  • この臨床試験は、多施設共同研究でなく、(東京大学) 医科学研究所附属病院が単独で行っていたものです。
  • 多施設共同臨床試験(キャプティベーション・ネットワー)におきましては、この患者さんの出血の10カ月ほど前に、腫瘍が大きくなったことによる出血例を経験しており、そのことは既に関係する研究者の間で情報共有がなされておりました。
  • 東京大学医科学研究所は、ペプチドワクチンを供給する役割を担っておりますが、東京大学医科学研究所附属病院は含まれておらず、このスーパー特区の枠組みのなかで、附属病院での臨床試験は行っていません。
  • この記事のなかには、「中村祐輔教授がペプチドを開発し」とありますが、中村教授は当該ペプチドの発明者でもなく、特許も保有しておりません。また、臨床試験の責任者でもありません。

今回の記事は朝日新聞の記者が事実に基づかないで書いた。しかも医療知識の乏しい記者だった、と思います。16日の記事では「この試験は混合診療だった」と言うのですから、首をかしげてしまいます。臨床試験が混合診療違反だったら、日本では臨床試験は実施することができません。久留米大のWT1だって混合診療違反になってしまいます。

記事の意図はどこにあるのでしょうか。先の大阪地検特捜部の証拠ねつ造事件を思い出しました。まず事件の構図があって、それに合うように「事実」を集め、不利なことはさりげなく、自分の考えた事件の構図に有利なことは大きく書くという点も似ています。

進行性の膵臓がんであれば、残念なことですが、抗がん剤はいずれ効かなくなります。膵臓がんで亡くなられた昭和天皇の様態報道で「下血」とよく書かれたように、膵臓の臓器は出血を起こしやすい。われわれ膵臓がん患者は医師からも説明を受けます。手術にしたって合併症や術後大出血の危険があります。進行膵がんで癌が大きくなってくれば膵臓や周辺から出血するのはよくあることです。

記者会見で中村教授は「自然な出血のどこが問題なんだ!」と怒りをあらわにしたと報じられていますが、朝日の記事では「有害事象」と「副作用」とを、わざと混同させるかのような書き方になっています。出血はよくある「有害事象」には違いないのですが、それがペプチドワクチンの「副作用」だとは限らないし、その可能性は低いと医師たちは判断したのです。しかし、100%ということはあり得ないから、念のために潜血反応の出た患者は臨床試験から外したのでしょう。外された膵臓がん患者のがっかりした姿が目に浮かぶようです。残念だったに違いありません。また、膵臓がんのペプチドワクチンは、膵臓がんが自分への栄養を確保するための血管をつくることを阻害する血管新生阻害剤として働くのであるから、研究者間では出血の可能性があることは当然の常識に属することなのです。当事者間では”常識”に属することを、知識のない新聞記者があたかも恣意的に連絡しなかったかのように描いているのです。もちろん、がんのための自然な出血なのか、ワクチンの副作用であるかは特定することはできないでしょう。しかし、研究者間では可能性は周知されており、そのために臨床試験も中止となったのではないでしょうか。

臨床試験とは本来リスクを伴うものです。新しい治療法を開発しようとして、今回はその「安全性」を確認する試験でした。有り体に言えば、患者を治療するための試験ではなかった。あたりまえのことです。まず安全を確認する。その後に効果を確かめる試験に移る。臨床試験に参加した患者は、そのことは十分に承知していたはずです。「新しい治療法を開発する手助けができればいい。そしてあわよくば、自分に少しでも延命効果があればなお良い」と。

朝日の記事はいったい何を訴えたいのか、良く理解できません。AとBという、別の組織が行なっている似たような臨床試験があり、Aで出血例があってすでに参加者の共有知識になっていた。すこし後でBの(単独での)試験でも同じような出血例があった。別の臨床試験であっても、それも報告すべきだというわけですか?しかも「副作用」でもない、ありふれた出血です。第二の村木さんをつくりたいということでしょうか?

どうもこの国はおかしな方向に行っている気がします。ISOやPL法が施行されたころから、なんでも書面で残して公にするのが正しいことだという風潮です。電気製品の取扱説明書を開くと、最初に延々と「安全取扱状の注意」とか書かれた部分がありますが、あんなもの誰も読みはしません。一度目を通せばよい。次に別の製品を買ったってまったく同じことが書かれています。誰が読みますか。しかし、PL法ではあれを書いておかないと事故があったときにメーカーの責任になるのです。要するに製造物責任を忌避するためのおまじないですから、使用者が読んでも読まなくてもそんなことは関係がない。取りあえず書いておけば責任はとらなくても良い。朝日の記事は、「出血があれば取りあえずみんなに周知しておくべき」ということでしょうが、こんな情報がたくさん集まれば取説のおまじないと同じ、取りあえず送られたCCメールと同じで、大事な情報がその中に埋もれてしまいます。

医療の分野でも同じこと。インフォームド・コンセントといえば聞こえはよいが、医者が責任をとらなくても良いように署名をさせるというものになりはてて、本来の医者と患者とが共同して治療法を探っていくという精神がありません。どうしてこうなったのか。大きな責任はマスコミにあります。いろいろな医療事故を、医者や医療機関の責任・怠惰・誤魔化しのように報じてきたのがマスコミです。もちろん、そうした医療事故もあったに違いない。しかし、医療とは本来リスクが伴う行為でしょう。医者もミスをするのがあたりまえでしょう。人間だもの。マスコミによって医者も萎縮してしまった。

「リスクゼロ社会」こうしていつの間にか日本人はリスクはゼロであるのがあたりまえで、リスクが生じたら誰かに責任がある。私はリスクは負いたくない、いやだ。こんな社会になってしまったようです。これでは産婦人科医も小児科医もなり手がなくなるのはあたりまえです。リスクに果敢に挑戦する「プロジェクトX」のような集団・人物がいてこそ科学も新しい技術も陽の目を見るのです。取りあえず書いておけば良かろうという「リスクゼロ」思想では、新しい発見も進歩もありません。

私事ですが、仕事である建物の検査を依頼されたことがあります。客が「検査を受けたらこの建物は大丈夫だという保証をしてくれますか?」と尋いてきた。「検査に100%はありえません」と、私は直ちに断わった。わずか数10万円ほどの金額で、数億円する建物の保証などやってられません。その保証責任を逃れようと思ったら、事前に膨大な契約書類を書いてハンコをもらわなければならない。そんなことやってられるか。医療だってそうなりつつあります。医者は治療よりも医療過誤裁判を怖れて汲々とするようになる。現にそうなっています。そうして最終的に不利益をこうむるのは患者であり国民です。

がんペプチドワクチン療法に対しては、私は夢のような効果は期待できないだろうと思っています。しかし、最終的な臨床試験の結果がでなければ本当のことは分からない。膵臓がん患者にとっては、たとえわずかの効果しかなくても、GEMとTS-1が効かなくなったら「あとはホスピスですね」となる現状を、少しでも解決してくれるかもしれないと期待はしています。「多施設での臨床試験は勿体ない」と言ったファッションモデル国会議員もいますから、今回の件がもとでがん患者の臨床試験への予算配分が”仕分け”されることも怖れています。

朝日新聞は、先にホメオパシーを叩いたから、今度は最新医療の開発を叩いてバランスをとろうということなのか? あるいは国立がん研究センターのいざこざと関係のある戦略的な動きなのか? 国立がん研究センターでは嘉山新理事長の下で改革が進もうとしているが、人事的なさまざまな問題があると聞こえてきます。東病院の組織図を見ると、牛蒡子が膵臓がんに効くという実験結果を読売新聞だけに報道させた江角病院長がいなくなり、副院長が院長代理のままとなった状態が長く続いています。研究所長となった中村教授への風当たりも強いのかもしれませんね。誰かがマスコミに情報を流した可能性もあるかもしれません。

今回の報道によって、ただでさえ萎縮している日本の医療現場ですが、さらに医療開発現場も萎縮するようにならないかと危惧しています。

関連情報:

パンキャンの公式ブログ

「臨床試験中のがんペプチドワクチン」に関する記事について ①

続報 「がんペプチドワクチン」 ② 患者目線から(1)

続報 「がんペプチドワクチン」 ② 患者目線から(2)

 

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2010年10月16日 (土)

がんと自己組織化臨界現象 (4)

地震は"できごと"です。森林火災も砂山の雪崩も"できごと"であり「現象」です。”地震”という具体的な物質があるわけではありません。あたりまえのことです。自己組織化臨界”現象”の具体的現われです。ところが、がんとなると、何か具体的な”もの”があるかのように錯覚している人が多い。”がん”も細胞が遺伝子の変異を起こすことによって生じた”現象”なのです。確かにその変異を起こして無制限に細胞分裂をする細胞を”がん細胞”という名を付けてはいるのですが、もともとの細胞の性質が変わったという現象なのです。がんは、わたしたちの体の免疫力が低下して、がん化との拮抗状態が”臨界”という極限状態になったことによって生じる「全身の病気」です。手術や放射線、抗がん剤によって一時的にがんがなくなっても、それは表面に現われた一部の”現象”を取り除いたということであり、根本的な原因=臨界状態があるかぎり、いずれ再発・転移という形で現われてくるのです。ですから、三大療法は”対症療法”でしかないのです。しかし、三大療法をやっているから、私のがんとの闘いは完璧だと勘違いしている患者が多い。本当のがんとの闘いは、手術・放射線治療の後、抗がん剤治療を始めたときから始まるのです。がんの生じる土壌=臨界状態を取り除く闘いとして。

がんが自己組織化臨界状態にあれば、というか、わたしたちの体が臨界状態にあるならば、ひとつのがん細胞ができたとき、それがどのような大きさになるのかは予測することはできません。NK細胞によって直ちに退治されるかもしれないし、分裂を繰り返して大きく成長するかもしれません。それは体全体のシステム状態によって左右されるのであり、その条件が変わらなければ、がんの成長を予測することはできないというのが、自己組織化臨界状態のべき乗則から導かれる結論でした。大きな雪崩になるための特別な理由など必要がないのでした。

がんもどき理論

近藤誠氏の『患者よ、がんと闘うな』で展開している「がんもどき」理論に対しては賛否両論があり、がん患者としては「実際はどうなんだ」と迷うところです。これを砂山モデルをメタファーとして考えてみれば、次のようになるでしょう。ある時点T1で検査をしたら、小さな雪崩が見つかった。一定の時間が経過したT2で再び検査をしたら、その雪崩は消えているときもあれば、大きな雪崩になっていることもあるでしょう。小さな雪崩で収まるかどうかは、後知恵でしかわからないはずです。近藤氏の理論は、がんは周囲の環境とは独立したある定まった性質を持っており、大きくなるのかならないのかは決まっている、という主張になります。しかし、がんもヒトも複雑系であり、要素還元的・決定論的な思考ではがんのことは理解できないはずです。統計的に大きな雪崩になりやすいがんと、なりにくいがんはあるでしょうが、それは事前にはわからない。予測することができない。統計的に確率は低くても、大きな雪崩(がん)はいつかは必ず起きるのですから、いまの自分のがんが、そうならないという保証はないということです。がん患者にとって大切なのは、「自分のがんがどうなんだ」ということであり、統計データではないのです。後知恵でしかわからないのでは、「がんもどき」理論は自分の治療方針を決める役にたちません。

奇跡的治癒はあり得るのか?

医師が余命を宣Seiki_2告するときに、彼の頭の中には釣り鐘型の正規分布というグラフがイメージされていることでしょう。「余命4ヶ月」という平均値の左右になだらかに減衰する曲線です。平均値の余命の患者が最も多く、それをはずれるに従って患者の割合は小さくなる。極端に短い患者も長い患者もいない。このように考えていると思われます。

Beki1 しかし、べき乗則からはまったく違った結論が出てきます。べき乗則のグラフは右図のようになります。X軸とY軸がともに対数目盛である両対数グラフにおいて直線関係になるのでした。同じグラフのXY軸を普通目盛りに変換したのが次のグラフです(下の左図)。それぞれのグラフの裾野の部分に注目して欲しいのですが、正規分布では急速にゼロになります。しかし、べき乗則に従うグラフでは急速にゼロに近づきますが、ゼロの近辺で長く尾を引いた曲線になっています。Y軸だけを普通目盛りにしたグラフ(下の右図)を見てもらえば一層明らかです。

Beki11 Beki12

グラフの裾野に長く尾を引いているということから、がんという現象がべき乗則に従っていると仮定したとき、奇跡的治癒は必然的に有り得ると言えます。この世界の多くの現象が自己組織化臨界現象であり、砂山や森林火災で見られる現象はがんにも見られるはずなの普遍的な法則なのです。ごく希には違いないが、奇跡的治癒は存在するのがあたりまえで、奇跡的治癒が起きるのに特別な原因は要らない。何も不思議な現象ではない。世の中のできごとはそのようになっているのです。奇跡的治癒はあなたにも起こり得るのです。これはがんが自己組織化臨界現象であるというたったひとつのことから導かれる必然的な結論です。

治るためには何をすればよいのか?

砂山モデルにおいては、砂山の形状、砂の材質などは変わらないとして計算をしていました。しかし、わたしたちの身体は固定された砂山ではありません。自分の意志で変えることができます。現在発生している雪崩(がん)は三大療法(手術・放射線・抗がん剤)で止めるか勢いを弱める必要があります。三大療法を否定しては大きな雪崩は止められません。

しかし、同時に”臨界状態”にある自分の身体を変えることをすぐに始めるべきです。地形の影響で大きな雪崩が二手に分けられた結果、自然消滅することだってあるのですから。砂粒の性質や粘性、大きさ、湿り具合によって雪崩の大きさは変えられるかもしれません。免疫力が下がってがん細胞がいつ大きくなっても良いような「臨界状態」を放置しておくことは危険です。そのためには何をするべきか?

正直な話、これをやれば確実だという方法はありません。しかし、現実に奇跡的治癒をしたサバイバーはいるのですから、彼らの経験から学ぶことができます。左サイトの「がんと闘う本-私のお薦め」にはそうした本がたくさんリストアップしてあります。例えば『がんに効く生活』。何度も取り上げていますが、シュレベールは「食事・運動・心の有り様」などが大事だといいます。ほぼ誰も同じようにこれらが重要だと一様に言います。その中でも「心の有り様・考え方」を変えることが最も大きく影響すると思います。

少しでも「臨界状態」を変える可能性の高い方法を試してみることです。統計はそのように利用すればよいのです。しかし、あなたのがんに対する効果を保証するものではないことは理解しておきましょう。

9割の医者は、がんを誤解している! 最近の本では『9割の医者は、がんを誤解している!』がわかりやすい言葉で書かれていてます。この本の著者岡本裕氏も、たくさんのサバイバーからアンケートをとった結果では「考え方」がいちばん影響した、と言っています。(「死の宣告」からの生還 (講談社プラスアルファ新書)』『がん完治の必須条件―e‐クリニックからの提言』も出版されていますが、内容は相当-5~8割-重複しています。どれを選んでも良いが、1冊だけ読めば十分。一番安い文庫版にしておくべし)「臨界的思考」ではありませんが、これまで書いてきたこととほぼ同じ内容が易しい言葉で表現されています。もっとも、「気の通り道を是正する」など、おかしげな主張もありますが、「爪もみ」も血が出るほどやらなければ害はないから、お愛想の範囲内としておきましょうか。「気」だの「エネルギー場」とかのように、物理用語の定義を都合良く解釈している場合は、帯津先生同様に要注意なので、参考程度にして100%鵜呑みにはしない方が良さそうです。(その後、 e-クリニックへの批判記事を書きました。こちら)

がんが自己組織化臨界状態における現象であるならば、「これさえやっていれば必ずがんは治る」という方法はあり得ないということが直ちにわかります。砂山の形状も砂粒の落ちた歴史も違うのに、どこか一カ所に大きな岩を置いたからって雪崩が止まるとは限らない。もちろん止まることも希にはあるでしょう。その希な一例を持ってきて「○○で末期がんが治った!」と宣伝するわけです。しかし、あなたのがんを治せる保証はほとんどありません。

代替医療全般について言えることですが、「確実に効果のある代替療法はひとつもない。しかし、まったく効果のない代替療法もない」のです。これも「臨界的思考」をすれば理解できます。

物理学者でも複雑系の研究者でもない私の考えですから、細かい点で間違っているかもしれません。しかし、大筋では正しいはずだと思っています。がんと闘う一助になれば幸いです。

21世紀に私たちは自然や世界について多くを知っている。しかし、知らないことの方が圧倒的に多い。自然も私たちの身体も驚くような複雑さ、精妙さで満ちている。いまの知識で病気と闘うことはできるが、人間には力の及ばないこともある。それを知ることが、本当の自分を知ることである。

(おわり)

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2010年10月15日 (金)

膵臓がん患者 鉛筆で細密に表現、市民楽団指揮者が個展

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コミュニティ新聞サイトの記事なので、一般には目につかないかもしれないと思い、 アップします。

鉛筆で細密に表現、市民楽団指揮者が個展/開成

  樹木や人物をテーマにした鉛筆画展が14日、開成町金井島のあしがり郷瀬戸屋敷で 始まった。秦野市民交響楽団指揮者の玉置清明さん(58)が濃さや太さの異なる20種類の鉛筆を使って細密に描き上げた。

    玉置さんは県立高校の音楽教師だった15年ほど前、趣味で鉛筆画を始めた。何度も何度も、なぞるように鉛筆の色を重ねることで力強い表現が生まれる。「水彩画や油絵より細かく丁寧に描ける。白黒だが色がない分、見る者の想像力をかきたてる」と語る。

  題材は樹木と人物が多い。特に樹木は「長い時間をかけてできた幹の表面のでこぼこが魅力」といい、県内を中心に神奈川100選に入るような名木から竹林の中にある無名のものまで題材を求めて各地を歩いてきた。
(玉置さんと80号の大作「精霊の樹」=開成町金井島の瀬戸屋敷)

  現地で描き上げるのが信条だ。横浜市神奈川区の神奈川大横浜キャンパスのヤマモモを描いた80号の大作「精霊の樹」に取り組んだ際には20回も通った。 「通算で百数十時間は木の前にいた。鉛筆と紙だけで安上がりなはずの鉛筆画だけど、交通費はとても掛かっている」と笑う。

 今回の個展には再出発という思いも込めた。手術は成功したものの膵臓(すいぞう)がんを患うなどし、昨年3月に音楽教師を退職した。体力も回復し、再び絵筆を執ることができるようになったからだ。

 24日まで。入場無料。問い合わせは、瀬戸屋敷
電話0465(84)0050。


金井島の瀬戸屋敷は大井松田インターからすぐのようです。行ってみようかな。

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2010年10月12日 (火)

志賀高原・渋峠で百歳まで生きる自信が・・・

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3連休は初日と2日目が雨で、天気予報では3日目の11日は曇りのち晴れの予報だった。「がんと自己組織化臨界現象(3)」の記事をアップして、あたふたと前日10日の22時に車で出発。行き先は群馬と長野の県境にある志賀高原・渋峠。日本国道最高地点の標識が立ち2172mの標高である。ここから群馬県側を臨む雲海と朝日の展望がすばらしく、有名な撮影ポイントである。一度は行ってみたいと思いながら、チャンスがなかった。

さすがに深夜の道路は空いている。快適に飛ばして草津白根山を目指す。予報では晴れのはずが、草津をすぎて志賀草津道路に入り、登るにつれて雨がぽつりぽつりと降ってきた。そうこうするうちに風も強くなり、道路の落ち葉が、まるで渓流に弄ばれるかのようにダンスを踊りだした。

4時30分、渋峠に着くと霧が出て数メートル先も見えない。気温は6℃。風も強くて雨は横に流れている。それでも先着のカメラマンの車が道路脇と駐車場に50~100台は並んでいた。ご苦労様ですご同輩の皆さん。夜明けを待って天候の回復を期待することにし、機材のチェックをはじめたが「三脚がない!」。車に積むのを忘れたようだ。これじゃ朝日が出ても撮影は無理だ。下痢止めのアヘンチンキと万一のための紙おむつは決して忘れないのだが。一脚で代用するしかない。

7時頃まで待ったが回復しそうにないので、いったん山ノ内町側に降り、散在する湖沼を探索することにした。しかしこのあたりは、標高が低いのでまだ紅葉の盛りには早いようだった。

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10時頃、雲間から青空がのぞきはじめたので、再び渋峠へと登る。想像していた以上に、すばらしい景観でした。三脚は忘れたが、SONY α900のボディー内手振れ防止機構は頼りになりました。望遠側でも手持ちで十分にシャープな写真が撮れた。2500万画素の画像は、紅葉の一枚一枚まではっきりととらえてくれる。リサイズして縮小した画像しかアップできないのが残念だ。

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帰りの高速は大渋滞が必至だろう。夜中に帰宅する計画にした方が無難かもしれない。だから、これも以前から気になっていた「黒姫童話館」に行ってみることにした。目的は「エンデ・コーナー」だ。『モモ』や『はてしない物語』の作者ミヒャエル・エンデの資料が常時展示されているのは、世界でここだけだという。エンデは、過去に何度かブログで紹介している。[ここ]とか[こっち]や[こちら]など。

館内に入ると「喫茶室 時間どろぼう」の看板が目に入った。今P1010385_4 日一日は時間に追われるようにして撮影したなぁ、とふりかえる。あくせくした自分を反省するにはおあえつらえだ。ガラス窓越しに、いわさきちひろの「黒姫山荘」を眺めながら、おやきとコーヒーをゆっくりと味わった。エンデが集めていたカメの置物のコレクションが陳列されていた。カメは、もちろん時間どろぼうから時間を取り戻そうとするモモを導いたカシオペアであり、『はてしない物語』のカメの長老だ。

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ゆっくり帰路についたにもかかわらず、帰りの渋滞はひどかった。軽井沢あたりから45キロの大渋滞に捕まった。帰宅したのは午前零時半、結局ほとんど寝ないで、ゼロ泊3日?の強行軍になった。

しかし、ゼロ泊3日でも意外と元気。疲れてくたくたという気がしない。寝る前にメラトニン20mgを服用したため熟睡できたのだろう。翌朝の目覚めも快適で出社する。メラトニンにはこんな効用もある。我ながら還暦をすぎたがん患者とは思えない。この調子なら百歳まで生きるかもしれない。いやいや、モンブランや富士山に登山したがん患者がいるのだから、たかが渋峠に車で行っただけで威張ってはいけないよなぁ、と考え直した。

奇跡的治癒とはなにか―外科医が学んだ生還者たちの難病克服の秘訣

バーニー・シーゲルの『奇跡的治癒とはなにか』に、患者には三種類あるとして、こんな記述がある。

  1. 15~20%の患者は「死を願望している」
    悩みから逃避できる方法として、がんやその他の重病をある意味で歓迎する。
  2. 60~70%の多数派の患者は、オーディションを受ける俳優に似ている。こうしたら医師が満足するだろう、と信じて演技をする。きちんと薬を飲み、約束の時間通り診察にも現われる。医師の指示に口をはさむことなど思ってもみない。信念を持って自力で事に当たろうなどとは考えない。
  3. これと正反対な、15~20%の例外的患者がいる。
    オーディションは受けない。常にありのままの自分をさらけ出す。犠牲者の役はお断わりだ。犠牲者のふりをしていては病気は良くならない。されるがままではダメだという信念を持っている。自ら学んで自分の病気の専門家になる。医師にどのような治療を受けるのかを質問する。なぜなら自分も一緒になって治療に加わりたいからだ。どんなに病気がすすもうと威厳を保ち、断固として人間性と主権を持ち続ける。

あなたが例外的患者になれるか否かが知りたければ、次に読み進め前に自分自身に問いかけなさい。「百歳まで生きたいか?」と。「もしも」、「それでも」、「でも」などと言わずに、即座に心底から「ハイ」と言えたら、あなたはきっと例外的患者になれる。たいていの人は「そうですねえ・・・健康だという保証さえあればね」と言うだろう。しかし例外的患者は、人生にはそんな保証なんかないことを知っている。彼らは、あらゆる危険と挑戦を進んで引き受けるのだ。命あるかぎり自分の運命は自分で切り拓き、自分で幸せを掴んで、他人にも分けてあげることで満足するのだ。彼らには心理学者が言う「内なるコントロールセンター」がある。先のことや外面的できごとにくよくよしない。幸福とは心の問題であることを知っている。

奇跡的治癒は、例外的患者に起きる可能性が高い。たとえ奇跡的治癒に至らなくても、他のタイプの患者よりも長生きする。

どうですか、あなたは百歳まで生きたいですか? 私なら即座に「ハイ」と言える。いや、きっと百歳まで生きるに違いない。今日一日幸せを実感したのだから。

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2010年10月10日 (日)

がんと自己組織化臨界現象 (3)

生物の細胞あるいはがん細胞においても、これまで述べたようなべき乗則が成り立つのでしょうか。生物は複雑系であることはまちがいない。細胞内の生化学反応は複雑なネットワークを形成しています。細胞内の分子数はアボガドロ数のように大きくはないが、種類が多いという統計力学・熱力学が苦手とする状況になっています。つまり、個々の成分の分子数は大きなゆらぎを伴って変動してます。それにもかかわらず細胞はある状態を維持し、ほぼ同じものを複製することができます。このような状態を再帰的に維持している反応ネットワークには、何か動的で普遍的な性質があるはずです。

生命とは何か―複雑系生命科学へ

生命とは何か―複雑系生命科学へ』では次のように説明しています。

一般的に、外からの栄養成分の流入をもとに内部で多くの成分を相互触媒によって合成して増えていく細胞系では、・・・ある成分のグループが別なグループの成分によって触媒され、それはまた別のグループによって触媒され、という触媒関係のカスケード構造が、反応ネットワークになかに形成されます。このようなカスケードが無限に続く場合には、各成分の量のあいだにべき乗の関係が成り立つことが統計物理や流体物理の研究によって知られている。

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細胞内での各成分の存在量(分子数)をその多い順に並べてみると、順位と存在量のあいだにべき乗関係が成り立つ。これは理論モデル、実験でともに確認され、再帰的な増殖を続ける反応ネットワーク系の基本特性と考えられる。

この順位と分子数とのべき乗関係には「ジップ則」という名が与えられています。本質的にはグーテンベルク・リヒター則と同じものです。

細胞分子膜の透過スピード=拡散係数をDとしたとき、Dがこれ以上大きくなると細胞分裂しないという臨界点が存在する。それをDcとすると、Dc以下では図のようにべき乗則が成り立っているのがわかります。図のなかの挿入図は、Dが一定のとき、他のパラメータをいろいろに変えた場合の図であり、べき乗則が成り立っていることを示しています。

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パラメータ不変の性質は、触媒関係のカスケードによって臨界点でジップ則が表われるのは、モデルの細かい点にはよらない一般的性質であろうと予想されます。ジップ則が触媒反応ネットワークの詳細によらず、十分早く増殖でき、再帰的にほぼ同じ細胞を複製できるシステムの一般的な性質であることが検証されています。ヒトのさまざまな細胞において、遺伝子発現量とその順位との関係を両対数グラフ化すると、ジップ則(べき乗則)が成り立つことが示されています。

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長々と説明してきましたが、ヒトのがん細胞においても己組織化臨界現象が 起こることが予想されます。であるならば、砂山の雪崩・地震・森林火災と同じように、詳細な構造は無視してもよく、その振る舞いは同じようになる。これがべき乗則の特徴です。

同じ生活をしていても、がんになる人・ならない人もいるのは?

やっと最初の疑問に答える準備ができました。わたしたちの体内では毎日5000個ほどの細胞ががん化しているといわれています。通常は免疫システムによって退治され大きくはならないのですが、がん年齢といわれる年齢に達したら、誰でもがんになる可能性があります。砂山モデルで考えれば、いつ雪崩が発生してもおかしくない臨界状態になるのです。しかし、次にあるひとつの細胞ががん化したとき(砂粒を落としたとき)、どのくらい大きな雪崩になるかは偶然に支配されます。誰にもわからない。がん細胞が大きく育つのに特別な原因は必要ないのです。NK細胞が存在していれば退治してくれそうに思えますが、その他のたくさんの因子が複雑に絡み合っています。実際上それらをコントロールすることは不可能ですから、偶然に左右されると言えるのです。どのくらいの地震になるか、予知は不可能なのと同じです。

ただ、これらのモデルと違う点もあります。雪崩が起きにくい砂粒に変える、砂粒ではなく米粒なら粘性や慣性が違うでしょう。同様に、がん化しにくい体質に変えることはできる。仮にがん化しても大きな雪崩にならないように、体の免疫力を高めることは可能でしょう。砂防ダムを築いてモデルの特性を変えることはできるのです。

そのほかの疑問に関しては次回ということで。

そしていま、カオス理論は、予測不可能性が日常生活に組み込まれたものであることを証明する。嵐のふるまいを予測できないように、予測不可能性はごくありふれたものにすぎない。そして、何百年も前からの科学が持つ壮大なヴィジョンは---すべてを整序するという夢は---今世紀において終焉を迎えた。それとともに、正当化の大半は---科学の金科玉条は---消滅した。もはやそれに耳を傾ける価値はない。科学はつねに、すべてが解明されているわけではないが、いずれはあらゆるものが解明されると標榜してきた。しかしいま、われわれはそれが真実ではないことを知っている。それは高望みであり、大ぼらでしかなかった。空を飛べると信じてビルの屋上から飛びおりる子供のように、愚かで見当はずれの考えだったんだ。

『ジュラシック・パーク(下)』

                           (つづく)

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2010年10月 9日 (土)

がんと自己組織化臨界現象 (2)

砂山ゲーム

1987年、ニューヨークにあるブルックヘブン国立研究所の一室で、3人の理論物理学者が奇妙なゲームを始めました。テーブルの上に砂粒を一粒ずつ落としていったら何が起きるのかという問題に挑戦していたのです。何が起きるかは明白です。砂山は段端と高くなっていき、ある時点で一粒の砂が引き金となって雪崩が起きるでしょう。その結果山は低くなり、さらに砂粒を落としていけば、高くなる。ある時点で雪崩が発生して山は低くなり・・・と山の輪郭は永遠に変化を繰り返します。

実際には、彼らはテーブルの上ではなくパソコン上に仮想のテーブルを設定 して、その上に砂粒を落としていったのです。彼らの疑問は、雪崩には典型的な大きさはあるのか? 次に起きる雪崩の大きさを予想することはできるか?というものでした。

防衛大学校の岩瀬康行さんがこの砂山モデルをWshot00158_3Javaアプレットで動作するようにプログラム化されています。「自己組織化臨界現象(SOC)のページ

「砂山モデルアプレット」をクリックすれば50×50のマス目(仮想テーブル)が表示されるので、「Start」ボタンをクリックして砂を落としはじめます。1~2時間程度はアプレットを走らせる必要があります。しばらく放っておきましょう。

さて、3人の物理学者の実験に話を戻します。彼らは雪崩の大きさ(砂粒の数)と頻度の関係を数えたのです。その結果「典型的な」雪崩というものは存在しないことを発見したのです。あるときは1粒だけ、あるときは100粒、ときには1000粒が崩れ落ちたのですが、次にどんな規模の雪崩になるかは「予測不可能」でした。

砂粒を落としていけば自然と砂山ができるという意味で、砂山は「自己組織化」されている。雪崩が起きるまでは、この自己組織化された砂山は「安定状態」にある。しかし、黄色の領域がまだら状にに増えてくれば不安定になり、次の1粒が何を引き起こすかは予測不可能になります。この状態が「臨界状態」です。

「臨界状態」は多くの物理現象で見られます。1気圧下での水は100℃で液体から気体になります(相転移)。このとき水は臨界点にあると言います。鉄は770℃で強磁性体から常磁性体に相転移します。この温度がキュリー温度です。

しかし、これらの臨界状態は特殊な条件(水は100℃、鉄は770℃)でしか見ることはできません。温度がほんの少し変わっても臨界状態は維持できないのです。このように臨界状態は不安定で希な現象であると見なされてきました。ところが砂山モデルでは、何も考えずに砂粒を落としていくだけで、このような状態が自ずから必然的に現われてくるのです。

不安定な臨界状態が組織化されるWshot00160現象は、世界中に普遍的に存在しているようなのです。あらゆる物事のネットワークは、どれもみな同じ方法で自らを組織化していくことが、多くの物理学者の引き続いた研究によって明らかになってきました。

そしてこの砂山ゲームにおいてもべき乗則が現われてきました。横軸に雪崩の大きさの対数、縦軸に全体に対する割合の対数をとると、みごとな直線関係が表われてくるのです。先のアプレットを2時間走らせた結果が右の図です。

べき乗則が成り立つ自己組織化臨界現象においては、「歴史」が重要な意味を持つのです。ひとつの砂粒がある位置に置かれたとき、その砂粒は以後の現象に永遠に影響を与えることになります。ニュートンの万有引力の法則は、今日も100年前も1000年後も同じであり、時間(歴史)によって変わることはありません。しかし、このべき乗則が成立するシステムにおいては、「今ここで起きたことが、未来全体にずっと影響を与え続ける」のです。平衡状態からはずれた系においては、時間の経過(歴史)が重要な意味を持つわけです。

たったひとつの細胞から発達してきた生物に関しては、これはあたりまえすぎることかもしれません。今あなたの体内にあるひとつのがん細胞が、未来全体に影響を与えるのです。

森林火災モデル

森林火災でも同じべき乗則が見つかっています。簡単に触れることにします。

アメリカ合衆国とオーストラリアで過去一世紀の間に起きた森林火災の焼失面積と発生件数をグラフにすると、やはりべき乗則が現われてきました。コーネル大学の研究者らは、砂山モデルと同じようにコンピュータでシミュレーションを行ないました。先の砂山モデルで、マス目は樹木の密度に応じて色分けされていると考え、そこにマッチを落とすと赤く変わると考えれば、雪崩の大きさを森林火災の大きさと見なすことができます。結果は同じべき乗則になるのです。

スケールに依存しないというべき乗則の性質は、大規模なできごとは単に小規模なできごとを拡大しただけのものであり、それらは同じ原因で発生するということを示しています。大地震にも大規模森林火災にも特別な原因があるわけではないのです。

このほかにも、バッタの大発生、はしかの流行、交通渋滞の発生、株式の暴落=恐慌の発生、中性子星パルサーの自転周期などにもべき乗則が見つかっています。

ジュラシック・パーク〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

「手の甲に水を一滴落とすとしましょう。その水滴は、手の甲を滑り落ちていく。滑り落ちる先は手首かもしれない。親指かもしれない。指のあいだかもしれない。どこに落ちるかはわかりません。しかし、この手の表面のどこかを伝わって落ちることだけは確かだ。」

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「マルカムのモデルには、突起や急勾配の斜面--つまりその水滴の移動速度がぐんと大きくなる場所がたびたび現われます。その速度が速くなる現象を控えめに表現したのが、マルカム効果というわけです。つまり、システム全体はいつ急激に崩壊するかもわからない。そして、<恐竜王国>についてもそれはあてはまる。そう、マルカムはいうんですよ。<王国>には本質的な不安定さがあるとね。」

ジュラシック・パーク〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) 』より。

                         (つづく)

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2010年10月 8日 (金)

【緊急】パブリックコメントのお願い

パンキャンjapanより「健康長寿社会実現のためのライフ・イノベーションプロジェクト」へのパブリックコメントにご協力をというお願いが届きました。パブリックコメントという形で、がん患者の声を政府に届けようという趣旨です。もちろん、パンキャン会員限定ではありません。日本国籍があれば誰でもコメントを提出することができます。

■緊急メッセージ:

パンキャンジャパン会員の皆様へ

 

パブリックコメント提出に関するお願いがあります。
いま来年度の「がん研究予算」が仕分けの対象になっています。御存知のように、文部科学省「がん特」の予算40億が今年はゼロとなりました。

 

日本のがん患者を救うためには、私たち患者・家族・遺族が声を大にして、政府に対して要望を伝えることが不可欠です。「八ッ場ダム」の4000億がなぜ 増え続けるがん患者を救うために使われなかったのか。NHK番組を見て そう思った方は大勢いたと思います。

 

「がん研究支援」のため、下記のリンクのFAX用紙に支援メッセージを記入の上、
FAX番号 :03-3592-2301(パブコメの提出先)
まで送信をしてください。

 

また、すべてのがんに関することですので、がん体験者、親戚、会社の同僚、友人にもこのメッセージを伝達し、我が国の未承認薬問題・ドラッグラグを解決し、がん研究を進め、がんを治る病気にするために、ぜひがん研究予算獲得にむけ、強い応援メッセージをお願いします。

 

応募締切:2010年10月19日(火)17:00まで(必着)

以上、宜しくお願いいたします。

理事・事務局長 眞島喜幸

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FAX
用紙の記入方法

「評価」の箇所には、をつけます
「その他この事業の評価」の(よい点)、(悪い点)にご自分の言葉でコメントしてください。
空白のまま提出されても結構です。下記にサンプルを提示しました。

2.評価
  ア に  

3.その他この事業に対する評価
  (よい点) 

  • 欧米の先進的な抗がん剤については「ドラッグラグ」解消をすすめること
  • 日本で「がん特効薬」を開発することにより、身近な施設で廉価に最新治療薬の恩恵をうける可能性がでてくること(参加する機会が増える)
  • 日本発の「がん特効薬」が増えることで、抗がん剤輸入超過による 医療財政圧迫を防ぐことができる


  (悪い点) 

  • 2人に1人ががんになる我が国において、予算が少な過ぎること(対人口比で米国と同等以上にするべきでは)


4.その他ご意見

  • がん研究に「がん患者の声」が反映される、透明な体制が必要
  • 「研究のための研究」ではなく、がん患者を救う研究を優先してほしい
  • 日本で罹患が多く、海外では少ないがんの研究を促進してほしい
  • 若手研究者助成制度を充実させ、明日の日本を背負う若手研究者にチャンスと希望を与えてほしい

民主党政権になって少しは「国民の生活」に役立つ予算になるかと思いきや、がん研究を含んだ科学研究予算の分野でもまったく逆行した政治となっています。日本の貧弱ながん研究予算をこれ以上削らせてはならないと思います。確かにがん研究予算は国立がん研究センターが独占するような、不正常な状況もあるのでしょう。しかし、それは行政的に解決すべきことであり、これを根拠にがん研究予算を仕分けの対象にすることは、がん患者としてはとうてい認めることはできません。

「健康長寿社会実現のためのライフ・イノベーションプロジェクト」のPDFでの資料はこちらです。

登録をすれば、リンク先の「この要望について意見を提出する」ボタンから、インターネットでもコメントを提出することができます。

ファックスでの提出用紙はこちらからダウンロード PubcomeFaxForm.doc (100.5K)できます。

賛同されるようでしたら、ご協力をお願い致します。

2010年10月 7日 (木)

変わる病院、変わらない医者

国立がん研究センターが変わろうとしている。今年の4月に独立行政法人化したのを機会に、初代理事長に就任した嘉山孝正氏は、「今後は難治や再発がん患者を受け入れ、がん難民を出さない」と6月10日に開催した記者会見の席上で明言した。前院長の土屋了介医師が種をまき、嘉山氏が大きく育てようとしている。研究所長には中村祐輔氏が就任している。「患者必携サポートセンター」も開設して患者の相談にも積極的に応じようとしている。ホームページも大きく変わった。情報公開にも力を入れる。既に、同センターのウェブサイトを介して、中央病院、東病院の各診療所の治療成績をすべて公開した。治験に関する情報もより詳細な内容に更新されている。

これまで多くの患者が“国立がんセンター”というブランドに引きつけられ、同センターで治療を受けることを希望していた。しかし今後は、同センターでは再発や難治また合併症を持つがん患者が、早期がん患者よりも優先されることになる。病院の治療成績優先ではなく、”がん難民”・困っている患者を優先するという方針だ。土屋医師は以前に「がんセンターの治療成績は悪くて良いのです。難治がん患者を受けいれれば当然成績は悪くなるのだから」と言ったことがある。がん研究センターの公開された治療成績だけを見て病院を判断してはいけないということだ。

一方で、十年一日のごとく変わらない医者もいる。「週間がん もっといい日」のWshot00157_2 ウェブにある書籍の紹介記事が載った。このウェブは怪しげなサプリメントや代替療法を載せるかと思えば、結構有益でまっとうな記事を載せることもある。玉石混淆を絵に描いたようなウェブだが、今回は「石」のほうだろう。『がんを治す新漢方療法』吉林省通化長白山薬物研究所所長・北京振国中世医結合腫瘍病院院長、王振国氏の著作に帯津良一氏が推薦文を書いている。例の「天仙丸、天仙液」という抗がん漢方の宣伝本である。

天仙丸は、王振国氏が苦節35年、研究を始めて10年目にやっと第一弾の天仙丸が世に出たというから、すでに25年の歴史があるわけだ。日本でも1995年に『ガンに克つ中国一号天仙液の驚異』という本が王振国著で出版されている。25年も研究を重ねていればさぞかしすばらしい成果があるに違いないと誰しも思う。天仙液のオフィシャルウェブを見ると、天仙液は世界各国の大学病院・研究機関で臨床試験が実施され、抗がん作用が実証されているそうだ。しかし公開されたPDFファイルを詳細に見ると、すべての臨床試験がヒトのがん細胞を使った試験管内での試験、あるいはマウスでの試験である。ヒトに対しての臨床試験はひとつもない。もちろん腫瘍毎の生存率のデータなどは見あたらない。

25年も研究・臨床試験をやってきたというのに、ヒトに対するデータがないとは、いったいこれはどうしたことなのか?

梅澤先生がブログで天仙液を飲んでいる患者について書かれているが、天仙液が効いたと思われる患者さんは1人も見たことはないと断言している。ただし、「天仙液の点滴注射」を中国で打った後は検査データが改善した、とも付け加えている。中国ではがんになると家を売って天仙液を買うのだという。高価である。20cc入りのアンプル一本が約2,200円で、60本セット価格が133,000円。これが1クール約1ヶ月分である。

帯津良一氏は以前からこの天仙液を勧め、販売に協力しているが、今回もまた新しい本の出版に際して手を貸そうということらしい。帯津氏の著書を見ていくと、高用量ビタミンC療法に手を出したかと思うと、ガストン・ネサンのソマチッドを推奨してみたり、手当たり次第という気がする。そしてしばらくして「いや~、あれは効果がないことが分かったから止めた」と著書で堂々とのたまうのである。帯津三敬病院の患者はモルモットなのか? いや、モルモット以下の扱いだ。モルモットなら少なくともデータ作成に役立ったということもある。彼の患者は治療効果を判断するためのデータにすら寄与していない。帯津氏が何らかの治療法についてきちんとしたデータを出したことはない。

念のために書いておくが、私は天仙液に効果がないとは言っていない。ヒトに効果があるのならマウスや試験管でのデータでなく、人間のデータを出しなさい、と言っているのである。漢方薬だって効果があれば標準医療に取り入れられる。「癌霊1号」という漢方薬が白血病に効くということがわかり、日本でも2004年10月に保険承認を取得した。商品名は「トリセノックス」という。(NATRONの日記より)

だから、本当に効果があるのなら、高額な食品としてではなく、すべてのがん患者が使えるようにすべきだろう。ましてや、がん患者のことを深く思っている帯津氏である。そのように勧めるべきではないか。

ホメオパシーに関しても帯津三敬病院は引き続き投薬するのだと公言している。「金」になることならなんでも取り入れるし、金づるは決して手放さないという決意は、帯津氏も寅子先生と同様である。

著作を次々と、普通の人間ならあり得ないほど出版したり、マスコミへの露出度が高い学者・医者などは、一般論としていえばだが、こんな人物は「要注意」だ。

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膵臓癌に対するペプチドワクチンの臨床試験-東京女子医科大学

10月6日付でい臓がんに対するペプチドワクチンの臨床試験が新たに登録されました。

限定募集中/Enrolling by invitation
(参加医療機関受診中の患者が、基準を満たす場合に被験者になれる)
試験名:膵臓癌治癒切除症例に対するゲムシタビンと
    ペプチドワクチンを併用した術後補助療法の第I/II相臨床試験
登録日(=情報公開日): 2010/10/06
目的:膵臓癌治癒切除症例に対するゲムシタビンとペプチドワクチンを
   併用した術後補助療法の安全性と有効性を評価する。
実施機関:東京女子医科大学 消化器外科
共同実施組織:東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター

詳細はリンク先をご覧ください。

中村祐輔教授らのペプチドワクチン臨床試験は、これまで手術適用できない患者が対象でしたが、今回は術後補助療法として実施するようです。
中村教授が常々話していたようでい、本来ペプチドワクチンは自己免疫力が弱くなってしまった末期がん患者よりも、術後の取り残されたかもしれない小さながん細胞に対して効果的だと言われています。

今後も術後補助療法としてのペプチドワクチン臨床試験が引き続いて実施される計画があるようです。期待しています。

2010年10月 6日 (水)

がんと自己組織化臨界現象 (1)

これまでに何度か複雑系について書いてきました。門外漢の私が、しかもがん患者がどうして複雑系という数理科学に関心を持つようになったのか。ひと言で言えば「がんは複雑系だから」ということにつきます。がんが複雑系だという理解を持てば、いろいろなことがすっきりとするはずです。例えば「余命があてにならないのはなぜか?」「代替療法では本当に治らないのか?」「同じがん患者なのに長く生存している患者もいるのは?」「奇跡的治癒例はあり得るのか?」「近藤誠氏のがんもどき理論は正しいのか?」こうしたことに対する答えが得られるかもしれません。(得られると思っています)

がんが複雑系であることはまちがいないのですが、調べてみてもがんを複雑系の視点から論じたものがほとんどありません。複雑系の研究者だってがん患者になった人もいるはずですから、少しは論文があっても良さそうに思うのですが、これといったものがないのです。そこで少し詳しく、何冊かの書籍で部分的に書かれた内容をもとにして、がんを複雑系の視点から眺めてみることにします。とは言っても、野次馬根性だけが旺盛な素人が一知半解で書くのですから、眉につばを付けて、せいぜい「そんな見方もあるのか」という程度でおつきあいください。

複雑系とは?

「複雑系」ってなに?と訊かれても、発展中の学問であり、研究者によってもそのとらえ方が違うようです。

複雑系(ふくざつけい complex system)とは、多数の因子または未知の因子が関係してシステム全体(系全体)の振る舞いが決まるシステムにおいて、それぞれの因子が相互に影響を与えるために(つまり相互作用があるために)、還元主義の手法(多変量解析、回帰曲線等)ではシステムの未来の振る舞いを予測することが困難な系を言う。

これらは狭い範囲かつ短期の予測は経験的要素から不可能ではないが、その予測の裏付けをより基本的な法則に還元して理解する(還元主義)のは困難である。

複雑系は決して珍しいシステムというわけではなく、宇宙全体、天候現象、経済現象、人間社会、政治、ひとつひとつの生命体、あるいは精神的な現象などは、みな複雑系である。つまり世界には複雑系が満ち満ちており、この記事を読んでいる人間自身も複雑系である。

Wikipediaの「複雑系」からの抜粋ですが、ここでは「複雑系とは天候のようなもの」であり、3日先の天気予報があてにならないのは、地球の気象が地形・雲・風・気温・気圧などの因子が相互作用する複雑系だからである、という程度の理解で先に進めます。

グーテンベルク・リヒターの法則

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

しばらくのあいだマーク・ブキャナンの『歴史の方程式―科学は大事件を予知できるか史の方程式―科学は大事件を予知できるか』を種本に話を進めます。この本はすでに在庫切れですが、『歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)』のタイトルで文庫版になっています。文庫版のタイトルの通り、「べき乗則」がキーワードになります。

タイトルを見れば「歴史」に関する本のようですが、もちろん人間の歴史を複雑系の視点から考えてはいるのですが、それに至る過程では物理的な話題がたくさん出てきます。著者はヴァージニア大学で理論物理学の博士号を取得したのち、数年間のカオス研究の後Natureの編集に携わる。こんな経歴のブキャナンだから書けた一冊です。この本で言う「歴史」とは「時間」のことでもあるのです。「時間」項を含まない物理法則は定常状態を説明することはできるが、否定常状態の物理現象を説明することはできないのです。

公認「地震予知」を疑う

1970年代、日本の地震学者は東海地震が今にも来ると信じて「地震予知」に取り組みました。地震予知連絡会は今でもあるようですが、あれから40年経ったが東海地震はやってきませんでした。そして危険は少ないと誰もが考えていた地域で、阪神・淡路大震災が起きたのです。地震予知に莫大な費用をかけた日本であるが、1995年のこの地震は誰も予知することができなかったのです。こうした事情は『公認「地震予知」を疑う』に詳しく書かれています。

地震の規模・エネルギーはマグニチュードで表わす。地震には典型的な大きさがあるのだろうか。人間の身長は体重には典型的な大きさというものがあります。だから統計を取ってグラフを書けば、いわゆる正規分布といわれる釣り鐘型の、左右対称なグラフになります。そして平均よりも左右にはずれるほど頻度は少なくなる。地震もそのようになっているのだろうか。マグニチュード3.0が最も多くて、それよりも大きくても小さくても地震の頻度は減少するのだろうか。この疑問に答えるため、1950年代に二人のアメリカ人地震学者ビーノ・グーテンベルクとチャールズ・リヒターはカリフォルニア南部で起こった地震の統計をグラフにしました。結果は単純な直線グラフでした。

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ただし、注意すべきは縦軸は対数目盛であり、マグニチュードはエネルギーの対数であるから、横軸もエネルギーで考えれば対数目盛だということ。このグラフの意味するところは、地震のエネルギーが2倍になるとその地震の起きる回数は4分の1になり、エネルギーが30倍(マグニチュードが1増える)になれば、頻度は100分の1になるということです。これは物理では「べき乗則」と呼ばれる重要な関係式です。

どうして「べき乗則」がそんなに重要なのか。次のようなイメージを考えてみます。あなたが今マグニチュード4の地震だとします。そしてあなたの周りにマグニチュードに応じた大きさの円盤を、その地震の個数だけあなたの周囲に配置します。すると、あなた(M4)より30倍大きい円盤(M5)は100分の1の数だけあり、30分の1の円盤(M3)は100倍あることになります。そして、あなたがマグニチュード4から3に、あるいは5に変化したとします。しかし、それでもあなたの周りの風景は変化しません。大きいものも小さいものも同じ分布をしているからです。そしてあなた自身がいまいくつのマグニチュードにいるのかも分からなくなってしまいます。

これが「スケール不変性」あるいは「自己相似性」と呼ばれる性質です。各部分が全体の縮小図であるかのように見える(フラクタル)というわけです。

もうひとつの重要な点は、べき乗則が成り立っている場合は、典型的な大きさというものはない、身長や体重のように平均値が好まれるということはないということです。これがグーテンベルク・リヒター則といわれている地震学の重要な法則です。

地震のエネルギーはべき乗則に従うので、その分布はスケール普遍的になる。大地震が小さな地震と違う原因で起こると示唆するものは、何も存在しない、ということです。したがって地震予知は不可能であり、地震予知学は”似非科学”であるといっても良いでしょう。淡路島の地下でわずかな岩石が崩壊したとき、「地震は、自分がどれほど大きくなるか知ることはできなかった。まさか核爆弾100個の規模になるとは」。したがって人間にも予知できないのは当然です。Wshot200185_2

日本における地震を考察したデータもあります。同じようにべき乗則に従っています。た だし、M8以上の地震は直線からはずれる傾向があり(上のグラフでもそうですが)、地震による地域差を示していると指摘されています。しかし、ある範囲では、世界のどこの地震でも同じようなべき乗則(グーテンベルク・リヒター則)が成り立っています。そして「べき乗則」が成り立っていれば、今取り扱っている現象には「一般的」や「典型的」「異常な」とか「例外的」という言葉は通用しないということです。

『ジュラシック・パーク』で数学者マルカムが古生物学者グラントにこう語ります。

綿花の価格を考えてみてくれ。綿花の価格については、一〇〇年前までさかのぼってきちんとした記録がある。この綿花の価格変動をグラフにしてみると、一日のグラフの形は基本的に一週間のグラフの形に似ているし、週間グラフには年間の、あるいは一〇年間のグラフと同じパターンが見いだせる。これをマンデルブローの法則という。ものごとというのはそうしたものなんだ。
一日は人生の全体に相似する。あることをはじめても最後にちがうことをやり、あることをなしとげようとしても、絶対におわらせることができない・・・そして人生を全うしてみると、人の全経験はそんなことのくりかえしであることに気づく。全人生のパターンはすべて、一日のなかに見いだせるんだよ。

人生も自己相似的であり、自己相似性はありふれた現象だと。納得しますね。次回は砂山ゲームについて考えます。がんについてはその後ということで。(つづく)

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