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2011年2月

2011年2月24日 (木)

ビッグ・ファーマの真実

毎日新聞と朝日新聞で報道されました。でましたね。やはりというか、汚いというか。

肺がん治療薬「イレッサ」の副作用被害で患者と遺族が国と輸入販売元のアストラゼネカ社(大阪市)に損害賠償を求めた訴訟を巡り、日本医学会として東京、大阪両地裁の和解勧告に懸念を表明する内容の声明文案を厚生労働省が作成し、同学会に提供していたことが23日分かった。文案は和解勧告について「イレッサのみならず、今後の日本の医療の進展を阻むような内容が示されており、裁判所の判断に懸念を禁じ得ません」と国の主張に沿った内容で、専門家からも厚労省の対応に批判の声が出ている。

東京大学医科学研究所の上昌広准教授は、複数の学会の方から「厚労省から声明を出すように頼まれた」との相談を受けたと、声明を出すまでの舞台裏を福田衣里子衆議院議員もブログで紹介しています。さて、当の学会と嘉山理事長の対応が注目されます。

「今後の新薬の承認が遅れる」などと、患者同士を反目させるような声明は出すべきではなかったのです。本当に将来のがん患者のことを考えての声明だったのか、疑問が残ります。医者が「鼻薬」をかがされていたとしたら笑い話ですが、イレッサの患者にとっては笑い事ではないです。

ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実』という本が参考になりました。著者のマーシャ・エンジェル氏は、ランセットと並び世界的権威を持つといわれるニューイングランド医学雑誌(NEJM)の前編集長。彼女が製薬会社のあくどさにやむにやまれず書いたというこの本は、当時大きな衝撃を与えたと言います。「有名医学雑誌の編集長という仕事は、・・・医学界をリードする医学の守護神のはずだ。その医学の守護神が、こんな奴らは信用なりませんよと、医学界、製薬業界、臨床医たちを激しく追求する。」とあとがきにありますが、ことはアメリカだけではなく、日本でも同じだと、今回のイレッサの件も思い出しながら読んで、本当にゾッとしました。

抗がん剤の薬剤費が高くて、治療を断念するがん患者がいます。3割負担でも平均的な家計では負担しきれないほどになっています。そして国の医療費が破綻しそうだとも報道されますが、どうしてこれほどまでに薬価が高いのか、正統な価格なのかという追求をするメディアはありません。それも当然です。民放でも新聞でも製薬企業の広告が占める割合は相当なものでしょう。製薬企業の機嫌を損ねたらマスコミは存続できません。NHKですらそのような報道は見たことがない。『ビッグ・ファーマ』ではその真実を明らかにしています。「新薬が高いのは研究開発費を取り戻す必要があるからだ」という製薬会社の主張に対して、ほとんどの新薬が「ゾロ新薬」といわれる化学構造式を少し変えただけのものである。数少ない新薬は、そのほとんどが大学、バイオ企業、NIHなどの前金を使って行なわれた研究が下地になっているのであって、製薬企業が独自でゼロから開発した新薬はほとんど存在しないこと。マーケティング費用が研究開発費の2.5倍を占めており、なおかつビッグ・ファーマはこの半世紀間莫大な利益を上げ続けていること、等です。

抗がん剤タキソールの開発は、1億8300万ドルの国費と30年の歳月をかけて、米国国立がん研究所(NCI)が実施主体あるいはスポンサーとなって開発したものです。またタイヘイヨウイチイの樹皮から抽出するしかなかったタキソールの合成方法を開発したのもNIHがスポンサーとなった研究である。ブリストル・マイヤーズスクイブ社は排他的販売権を手に入れたが、同社はほとんど研究開発費を投じていないのである。

グリベックは慢性骨髄性白血病の画期的な抗がん剤であるが、ノバルティス社はこの薬剤の価値に気づかずに店ざらしにしていたのです。ドラッガー医師が同社のコレクションの中に慢性骨髄性白血病に効果があるものはないかと探し出して、グリベックの臨床試験の必要性を説き続けたが、ほとんど関心を示さなかったのです。しかし、ドラッガー医師がこの薬のめざましい効果をアメリカ血液学会総会で報告してこのニュースが世界に瞬く間に広がると、やっと大規模臨床試験の開始の同意したのです。

タキソールには製造原価の20倍の値段が付いています。グリベックはがん治療費.comによれば1ヶ月33万円であり、グリベックの効果がなくなった患者にはスプリセル(552,900円)が用意されている。ところが新薬一剤あたりの研究開発費は100億ドルだとこの本では解明している。世界中で数千憶ドルも売上のある薬なら、100億ドルはどうってこともない金額です。

イレッサの製造元であるアストラゼネカ社も登場します。胸焼け用の薬プリロゼックの特許が切れる直前に、プリロゼックの活性体だけで作った製品の特許を取り、ネクシアムと命名して販売を開始したのです。そして医師がネクシアムが優れた薬であると思い込むように猛烈なキャンペーンを展開した。医師にはサンプルを浴びせかけ、新聞には割引クーポンまで入れたのです。これはイレッサの「副作用のない夢の抗がん剤」という大宣伝を想起させます。

さらに同社はネクシアムの臨床試験において、プリロゼック20mgにたいしてネクシアム20mgと40mgという高用量で臨床試験を行なった。本来ならネクシアムはプリロゼックの活性体だけをとりだした製品だから、プリロゼックよりも低用量にして比較すべきであるが、高用量を投与するといういかさま試験を行なったのです。しかし、残念なことに、4つの臨床試験のうち2つでわずかに優れているという結果が出ただけでした。アストラゼネカ社とは、このような前歴のある会社です。同社だけが特異な存在であるはずがなく、他のビッグ・ファーマも似たり寄ったりですが。ファイザー社もイーライ・リリー社も登場します。

臨床試験についても、体験に基づいてこのように指摘しています。

1980年代までは・・・製薬会社は自分たちに都合のいい結果が出るのを期待してはいたが、そうなるようにする方法は知らなかった。製薬会社は研究者に対して臨床試験のやり方を、まったく指示しなかったのである。しかし、現在では製薬会社は研究デザインの決定、データの解析から、研究結果を公表するかどうかの判断まで、あらゆることに口を出す。こうして研究に介入することで、単に研究結果を歪めてきただけでなく、自分たちに都合のいいように結果を作り替えてきたのである。

新薬ひとつに1000億円!? アメリカ医薬品研究開発の裏側 (朝日選書) その具体的実例にも触れているので興味がある方はぜひ一読ください。『新薬ひとつに1000億円!? アメリカ医薬品研究開発の裏側 (朝日選書)』では、同じ問題を物語風に詳細に検証しています。

マーケティング費用とは別に「教育」費用にも製薬会社は多くを使っている。これは研修会という名目の医者への宣伝費用である。また、製薬会社が医療政策に大きな影響を与えるようになった患者支援グループを放っておくはずがない。

患者アドボカシー・グループへの支援も、教育を偽装したマーケティングの一つである。単に製薬会社の隠れ蓑にすぎない患者アドボカシー・グループも多い。患者たちは、自分の疾患に対する世間の認知を広めるための支援ネットワークに出会ったと思い込む。しかしこれこそが、実は製薬会社が薬を売り込む手口なのである。製薬会社がバックにいることを知らない患者アドボカシー・グループの会員もいる。製薬会社は単に教育を援助したいだけなのだと思い込んでいる人もいる。

全米のいくつかの州にあるC型肝炎連合会は、ワシントンポスト紙によれば、C型肝炎の第一選択薬・レベトロンを作っているシェリング・ブラウ社によって組織されたものだと言われています。

断わっておくが、私は日本の患者支援グループが製薬会社の寄付を貰ってはいけないというつもりはありません。製薬会社が利益の一部を社会と患者に還元しているのだという見方も有り得るからです。実際問題として製薬会社の寄付なしには活動を継続できないグループも多いに違いない。支援活動ししている方は本当に真摯に患者のことを考えている人ばかりです。己の損得を考えているわけではありません。そして多くの患者が恩恵を受けていることも事実です。一方で、患者が生活を切り詰めてまで払った法外なな薬剤費のほんの一部が寄付として回ってきているのだと考えることもできます。儲けに繋がらない「教育」に多大の費用を支出しているのだとすると、ビッグ・ファーマとしては、株主への説明責任を果たすことは難しいことに違いありません。このように、一つの物事にはいくつもの側面があるということを知り、いざという時には製薬会社からの支援を突き返してでも正しい主張をする覚悟があるかどうかが問われているのでしょう。明日は大阪地裁でイレッサ裁判の判決が出ます。これに対する「声明」を出すならば、両手を胸と財布に置いて、いま言っている言葉はどちらが言わしめているのかをじっくりと考えてみるべきだろうと言いたいのです。

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2011年2月21日 (月)

確定申告

本日税務署に確定申告を提出した。例年は期限ぎりぎりになるのだが、今年は早く済ますことができた。今年から青色申告を選択したので、この一年間は毎月「やよいの青色申告」に複合簿記で記帳してきたので、データは揃っていた。固定資産の減価償却をして決算書を作成し、国税庁の「確定申告作成コーナー」でデータを入力すればまちがいなく計算してくれた。自分で計算していたものとは雑所得(年金など)の所得金額が違っていたのが分かった。このコーナーはありがたい。

住宅借入金等特別控除(いわゆる住宅ローン控除)があり、結構な還付金が戻ってくる。医療費控除は腸閉塞で入院したことでもあり28万円。青色申告もやってみれば意外と簡単だった。経理の経験はないが、ずいぶん昔に会社の経理ソフトを開発したことがあるので、複式簿記の基礎程度は理解している。(簿記の仕組みが理解できなければ経理ソフトの開発はできない)このソフトは、N88Basicという大昔のDOSで動くアプリで開発したインタプリタである。消費税が導入されるまではこれで経理業務を行なっていたが、消費税が導入されたときにどうにも対応できなくなって、市販のソフトに切り替えたのであった。あのころは5インチのフロッピーディスクなんていうものを使っていた。私がマイコン(パソコンとはいわなかったなぁ)に熱中していた初期の頃は、10M(Gではない!)のハードディスクを買うべきか、車を買うべきかと思案するような価格だった。いまでは10Mなどという容量はSDメモリにも存在しない。

コンピュータを核とした情報革命の速度は驚異的で、10年後の姿などは誰にも予測できない。この「産業」革命が、中東では「政治」革命の起爆剤となっている。蒸気機関の発明による産業革命がブルジョア民主主義革命を引き起こしたように、情報革命が21世紀の新しい革命を用意するのであろう。日本ではどのような方向に行くのだろうか。今はまったく閉塞感だけのこの国の政治だが、いずれは予期せぬ変革が起きるに違いない。経済のグローバル化は貧富の格差を大きくしたが、情報のグローバル化は富める者にも貧しい者にも等しく与えられている。

がん患者である私が、どうして住宅ローン控除を受けられるんだと不思議に思われるに違いない。がんを告知されたとたんに住宅ローンを借りてマイホームを持つ夢は露と消える。団体信用生命保険に加入できることが、住宅ローンを借りられるための条件であり、当然ながら、がん患者は生命保険に加入することができない。したがってマイホームの夢は諦めざるを得ないのである。しかし、ある条件が揃っていれば、不可能ではなくなる。私はそうして告知後に自宅を建て替えた。

2007年6月に膵臓がんの摘出手術をして入院している間に考えたことは、生存率数%の膵臓がんだから、数年後に生きている可能性はごくわずかであろう。子供は独立はしていないが、すでに仕事に就いているから何とかなるだろう。しかしあとに残される妻の生活をどうするか。遺族年金だけでは、老後の生活は難しいに違いない。自宅も築25年経っているし、いずれは何とかしなくてはならなくなるだろう。そこで、入院中のベッドの上で自宅を建て替えて賃貸・店舗併用住宅にするという計画を立てた。7月に退院した直後にハウスメーカー数社に見積依頼を出した。「1年後に生きている可能性は低いだろうから計画倒れになるかもしれない。それでよろしかったら相談に乗って欲しい」と念を押しておいた。

3ヶ月ほどをかけて、最終的にある大手のハウスメーカーに決めた。同時に建築資金の融資を銀行に掛け合う。土地は自分名義であるが、そのローンがまだ2千万円残っていた。これも合わせて返済することを考えると、なるべく大きな賃貸・店舗併用住宅なら可能性がありそうだった。パソコンを使ってローン計算をし、返済のシミュレーションを詳細に行なった。今の低金利が続けば何とかなりそうだった。

ふらっと35などの住宅ローンは端から対象外である。したがって不動産経営に対する事業ローンということで、何行かを候補にして交渉した。銀行の担当からは「万が一の場合に備えて団体信用生命保険に加入することもできますが、どうされますか?」と訊かれた。もちろん丁重にお断わりして火災保険と地震保険だけに加入した。万が一ではなく100分の95の確率で亡くなります、とは言えない。

融資の確約もとれ、家族みんなで新しい家の間取り図、外観、設備を決めていった。我が家では私ががんになったときにも家族で話し合うということはなかったが、新居の設計には皆が参加した。プランを練っている間は楽しかった。ドラマでは家族全員でがん対策をする場面がよくあるが、我が家ではそんな場面はまったくなしだった。新居に住むことができるかどうか、それまで元気でいることができるか自信がなかった。だから私の部屋は一番狭くてよいと言った。

「住宅ローン」と名が付いていないくても、事業用ローンであっても、自宅部分の年末残高については「住宅ローン控除」の対象になる。要するに、金を借りて自らが居住する家を建てたら全て「住宅ローン控除」が適用できる。これを知らない銀行員も結構いるから注意が必要だ。私の場合も、支店の担当にはその知識がなく、本店に確認をする必要があった。

こんな経緯で、がん患者でありながらマイホームを建て替え、住宅ローン控除を受けることができた。青色申告にして妻には事業専従者給与を出したことにし、青色申告特別控除も受けている。住宅ローン控除もあり、給与から天引きされた所得税が還付されるというわけである。賃料からローンを払っても毎月いくらかは残るので、少ない年金を補うことができる。妻一人の生活なら何とかやっていけるだろう。

もちろん、事業としてなり立つ程度の収入が見込まれ、返済のめどの立つ立地であること。事業継承者となる子供がいることも条件になる。私の場合は条件に恵まれていたのだろう。ある生保の営業マンにこの話をすると、「そうか、がん患者でもその手があったのか!」と納得していた。デメリットは、私が死んでもローンがチャラにはならないことだ。これは致し方ない。

ブログにはこうした経緯は書かなかった。融資の確約は取れたとはいえ、がんであることは話していないのだから一抹の不安があったからだ。ただ、「引っ越しました」という内容で2度アップしたから、察しのいい人には分かったかもしれない。もう完成して一年以上経ったから隠す必要もなかろう。初期の予想ははずれて未だに元気で生きている。現在の目標は「百歳まで生きてがんで死ぬこと」だ。百歳で死ぬならがんが良い。こんなことなら自分の部屋をもう少し広く取っておくべきだったかと後悔している。

2011年2月18日 (金)

久しぶりにサイモントン療法について

わたしを超えて―いのちの往復書簡 瞑想は毎日欠かさずにやっていますが、就寝前に布団の中で始めると、5分ほどで寝入ってしまいます。これでは効果がないのかなと思っていたのですが、『わたしを超えて―いのちの往復書簡』で玄侑宗久氏が「瞑想は集中して5分もやれば十分」と書いてあったので、安心しました。

この本は岸本葉子さんとの往復書簡ですが、この中でサイモントン療法について「イメージがあまりにも西洋的すぎる。敵を取り囲んで白血球がやっつけるというのは、本当にアメリカ的です」と書かれています。サイモントン療法のイメージは白血球ががん細胞をやっつけるというだけではなく、もっといろいろな、患者が工夫できる余地のあるものなのです。

サイモントン療法――治癒に導くがんのイメージ療法(DO BOOKS) たとえば、川畑伸子著『サイモントン療法』では、「がんと癒しのメディテーション」「安らぎのリラクゼーション」「内なる叡智のメディテーション」「死と再生のメディテーション」などのイメージが紹介されています。私は「聖なる庭のメディテーション」が気に入っています。

しかし、禅の考えが浸透している東洋人には東洋人なりのサイモントン療法のやり方があるのではないかとの考え方には賛成できます。「がんサポート情報センター」のサイトに鎌田實医師との対談もあり、同じことに言及しています。

玄侑 鎌田先生も心がどれだけ体に影響を及ぼすかという例で、サイモントン療法について書かれていましたね。サイモントン療法は私も何人かの方に勧めて、それなりの効果があると思っています。ただ、イメージがあまりに西洋的すぎると思います。敵を取り囲んで白血球がやっつけるというイメージは、本当にアメリカ的ですね。

鎌田 がんばる姿勢ですよね。

玄侑 ええ。もっと和合のイメージで、ああいう療法ができないかと思いますね。がんは確かに、悪い現象を起こすやつではありますが、退治する以外に手はないのかと思います。

鎌田 たとえば、どういうふうに?

玄侑 私はやっぱり八百万という言葉が好きです。カオスの中でみんなが咲き賑わっているあり方といいましょうか。あるいは、『華厳経』というお経では、雑華厳飾といって、命の多様性を讃美します。いろいろな華が世界を飾っていて、全体が和合してると考えるんです。そういうのをイメージ化できたらと思いますね。

鎌田 排除するのではなく、取り込んでしまうという感じ?

玄侑 ええ、みんなが花となって咲くという感じです。
そんなことやってられるかいと、苦しい人は思われるでしょうが、うちのお寺の檀家さんにも「自分は瞑想で治した」と言い切る方がいます。直腸がんの末期でしたが、病院で残り時間を聞いたあと取引先へ行って、「お医者さんはこういいましたが、私は死にません」と挨拶して回ったというんですよ。で、それから何をやったかというと、瞑想とキチンキトサンだけだと。今でも元気に社長をやっていますが、瞑想は続けているようです。
瞑想とは頭から言葉をなくす技術ですが、言葉をなくすだけだとむずかしいんです。かわりに、別なものをあふれさせればいいんです。ビジュアルでもいいし、音でもいい。それで言葉も居場所がなくなります。

岸本さんも攻撃的なイメージではなく、「せせらぎ」を思い浮かべるといいます。色とりどりの小石が見えるくらいの浅いところを、明るく透明な水が平らかに流れているイメージです。私の写真でならこんな感じになるでしょうか。

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実践!「元気禅」のすすめ」 瞑想法についてのやりとりは、『実践!「元気禅」のすすめ」』で述べている「憶」「思」「想」「懐」へと進んで、流れを適温のお湯に見立てて身体を浸してみることを玄侑氏は勧めます。ついには岸本さんは温泉で瞑想を実行することに。その温泉地は伊豆の河津で、河津桜の咲く小川の岸辺を思い浮かべるでのですが、これは偶然にも先週私が旅行した場所であり、河津桜の咲く季節でした。

『わたしを超えて・・』で、ふたりの話題は縦横に跳びます。ボーアの量子論のおける「相補性」、オイゲン・ヘリゲルの『日本の弓術』『弓と禅』では、矢を放とうとしてはならない、的に当てようとしてはならないという師の教えに納得できないヘリゲルが、どのように格闘してその極意に達したかが話され、般若心経を「理性で分かろうとしないで」暗誦する岸本さんの格闘が紹介されます。

がん患者は「正しい死生観」を持つことが大切だと、多くの方が言います。それは、いずれ抗がん剤も効かなくなって死を迎えるのだから、その準備をしなさいということではないのです。がん患者には、命とは何か、この世界はどうして存在しているのか、私が死んだ後この世界はどうなるのか、人生とは何か、こうした問いについて考える時間が与えられています。脳卒中や交通事故では、このようなことを考えている余裕はありません。しかし、考えるためには道案内役が必要です。サイモントン療法も瞑想もその道案内のひとつと考えればよい。もちろん、がんを治したいがためにサイモントン療法を行なうのですが、「治りたい」という「欲」だけが先に立っていては治ることは難しいかもしれません。「治り方を知りたがる患者さんには、治るという現象が起きにくい」とも言います。それは「死」という恐怖心に囚われているからでしょう。だから何としても治りたい、がんと闘って勝ちたいとなるのです。頑張るのも、ある意味では恐怖心から生じているのでしょう。

「楽観的な人は、長生きする」からといって、では「長生きしたいから、楽観的に生きる」となれば、その時点ではき違えています。岸本さんはこれを「主語と述語は入れ替えられない」と明晰に述べています。私は以前にこう書きました。がんに勝とうとしなければ負けることはない。しかし、そこで「分かった、勝とうとしなければ良いのだな。そうすればがんに勝てるのだな」と思ったら、そこで既に取り逃がしていますと。同じことですね。矢を的に当てようとしては当たらないのです。

だから、がんを治したいから瞑想をする、では取り違えています。最初のきっかけはそれでも良いのです。しかし、いつまでも「治りたい」という欲だけなら、それでは目的地には行けないだろう思います。玄侑宗久氏は言います。

起こった事態を因果律だけで解釈することは不可能なのだと思います。そこには共時的な要因も多く関わっているはずです。いわば「ご縁」によってふらふらと揺らぎつつ事態が進展するのであれば、それを因果律的に解釈しようとすることは、迷路に迷い込むことに等しいでしょう。

「瞑想すればがんが治る」は、因果関係を考えているのです。この世の中、原因と結果が一対一になっている現象など、ほとんどないのです。「ご縁」を多くの要素が複雑に絡み合っていることと考えれば、これはまさに複雑系の思考です。

われわれ凡人には悟りは無理です。しかし、それに少しでも近づきたい。そんなときに岸本さんがどのようにして霊性に目覚め、「わたしを超えた いのち」への道をたどったのか、道案内役にしてみようかという気になります。

現代医学には限界があります。代替療法にはきちんとしたエビデンスがありません。心が身体に影響することは、このブログでもたびたび紹介していますし、楽天的な患者は予後が良いと多くの医者が感じていると言います。自分の心の有り様は、患者自身が変えるしかありません。私の印象では、心の有り様こそが、サバイバーになるための必須条件だと思っています。しかし、それも絶対確実ではない。岸本さんはこう述べます。

おおらかに構えて亡くなった人も、マジメでいて亡くなった人も、おおらかに構えて生き延びた人も、マジメでいて生き延びた人もいます。私の印象では、法則性は見られません。

法則性は見られなくても、ごくわずかの初期条件を変えることによってその後の全体の運動に大きな影響を与えることができる。単純な還元論的な法則性がないといって、特別な現象が起きないとは言えません。誰にでも治癒は可能だと信じて、前に進むしかないでしょう。

禅的生活 (ちくま新書) 禅的生活 (ちくま新書)
玄侑 宗久

まわりみち極楽論―人生の不安にこたえる (朝日文庫) 中陰の花 (文春文庫) 現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615)) しあわせる力 角川SSC新書 禅的幸福論 龍の棲む家 (文春文庫)

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2011年2月14日 (月)

大雪・温泉・河津桜

_dsc0879 土日にかけて伊豆への一泊温泉旅行。御殿場に近づくにつれて雪が激しく降り出してきました。東名を沼津で降りて、沼津港の魚市場にある「魚がし鮨 港店」で昼食。評判の店らしく30分の順番待ち。「魚がし にぎり」を注文したが、新鮮でネタの大きな鮨、美味いのだが食べきれないで少し残した。沼津からは修善寺道路を経て南下、伊豆市から土肥温泉へ抜ける船原峠越えだ。雪の降りしきる峠は、すでに積雪30㎝ほどで一部はアイスバーンになっている。普通タイヤを履いた車があちらこちらで立ち往生したり、慣れないチェーンの装着に四苦八苦していた。スノータイヤを履いた私の車は、それらを横目にすいすいと峠を越えた。前日さんざん迷った末にタイヤを交換したが、その甲斐があった。

土肥から黄金崎に立ち寄って西伊豆海岸を走って松崎をめざす。今日の宿は大沢温泉の依田之庄

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依田氏一族は平安末期の信濃源氏をその祖先とするそうだ。木曾義仲が戦に敗れると、依田一族も各地に散っていった。南北朝の頃、飛騨国の依田義胤が伊豆に城を築いたのが今の依田家の先祖といわれている。明治8年、松崎に製紙工場を起こし、翌年には大沢の自宅内に工場を移した。品質の良い「松崎シルク」の名は世界中に広まった。これが現在の大沢温泉ホテル 依田之庄である。当時は伊豆の温泉というと土肥温泉くらいしか知られておらず、奥伊豆の大沢温泉は「伊豆の秘湯」と言われて井伏鱒二や三浦哲郎らにも愛され、彼らは作品の構想を練るためによく泊まったという。井伏鱒二がよく利用した土蔵の部屋があり、宿全体が県の有形文化財に指定されている。源泉掛け流しで総檜の浴槽。洗い場まで檜を敷き詰めてある。

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翌日は伊豆の長八美術館で漆喰芸術を鑑賞。

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早咲きで有名な河津桜を見るために河津に向かう。木によっては三分咲きのものもあるが、全体に一分咲き。この間の寒さのぶり返しで開花が遅れているという。飯田家の軒先にある河津桜の原木は5分咲くらいか。

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梅に鶯、桜にメジロ・・・とは言わないか。寸時もじっとしていないので、やっとこのカットだけがまともに撮れた。春だなぁ。昨日は冬だったけど。

河津を1時頃に出発して帰途につく。案の定、沼津ICへ向かう道路はあちこちで渋滞している。我がカーナビは大胆な迂回路を提案してきた。下田街道を直進して三嶋大社の前を通り、ひとつ東京よりの裾野ICまで一般道を走れという。その通りに走ると、時には民家の軒先をかすめるような狭い路地まで通されたが、まったく渋滞にも遭わず、順調に裾野ICに入ることができた。

厳冬と気の早い春を同時に体験した旅行でした。

2011年2月 9日 (水)

がん患者のためのインターネット活用術 (14)

がん患者のためのインターネット活用術 2017年 第2版: 私はこれで膵臓がんを克服した ネットの情報はすぐに古くなります。Kindle本『がん患者のためのインターネット活用術 2017年 第2版: 私はこれで膵臓がんを克服した』では最新の情報に書き直して出版しています。


最近は何かを批判する内容のものばかりを書いている気がします。すこしムキになりすぎているかなとも、こんなことばかりでは免疫力も上がらないなぁ等と反省しています。で、「活用術」のつづきでも書きます。

「活用術」ではFirefoxとGoogleを使うことを前提にして紹介しています。Firefoxを勧める理由は、第一にアドオンが豊富なこと。それとIEよりはウィルス対策が進んでいることです。最近ではIEにもアドオンができましたが、がん患者が使えるものはほとんど見あたりません。表示も速いことがあげられます。もっともGoogle Chromeがいちばん早いようですが、アドオンが少ない。ただ、Android携帯がこれだけ普及してくると、携帯電話との連携を考えたら将来的にはChromeが優勢になるかもしれません。現状ではFirefoxが最適な選択肢でしょう。

ウェブの更新情報をメールで受け取る

今回はGoogleアラートです。またGoogleか、と言われそうですが、これも使い始めると重宝で手放せません。検索キーワードを登録しておけば、webやニュースから最近の情報を探して、指定したメールアドレスに送信してくれます。送信先のアドレスはG-Mailでなくても良いのですが、Googleのアカウントは必要ですから、どうせならG-mailも使っちゃいましょう。Outlookなどでプロバイダのメールを使っていても、それらも一括してG-Mailで管理できます。説明していると長くなるので、G-Mailの使い方に関しては、こちらのサイトなどを参考にしてください。G-Mailを使うなら、Better Gmail 2 というアドオンだけは入れておいた方がよいです。メール本文に表示される迷惑な広告が表示されなくなります。

Googleアラートを開くと次のような画面になります。

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「検索キー」には「ペプチドワクチン」など、検索したい情報のキーとなる言葉を入力します。膵臓がんならいろいろな表示がありますから「 (膵臓 OR すい臓  OR 膵 OR すい) AND (癌 OR ガン OR がん)」とANDとORで検索式として入れれば、ほぼ全ての情報が検索されます。「タイプ」は「すべて」など、上の例の通りでよろしいと思います。

結果のプレビューを確認して「アラートの作成」ボタンをクリックします。

登録後は「アラートの管理」をクリックして登録したアラートを編集することができます。

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これで一日一回、Googleが検索してメールで送信されます。ブログ・ニュースと分割して検索結果が表示されています。

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活用術(9)でブックマークの自動巡回で大切なサイトの更新情報を知ることができ、活用術(10)では最新のニュースの検索方法を紹介しました。今回の方法は、それ以外のブログとインターネット上の全てのサイトを対象にします。これらを合わせれば、検索キーワードを使って、インターネットの膨大な情報の中から、関心のある情報をほぼ完璧に検索できます。

ただ、非常にたくさんの情報を相手にするわけですから、全てを読んでいては時間がいくらあっても足りません。ほとんどが読む価値のない記事ですが、中に希に貴重な情報が埋もれています。要旨をざっと流し読みして、目に留まった大切と思われる記事だけを読むようにした方がよいでしょう。

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2011年2月 3日 (木)

神楽坂散策

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結局毎日書いてるじゃないか、と言われそうですが・・・

先週の日曜日、JR飯田橋駅を降りて神楽坂を歩いた。神楽坂は40年ぶり。都内に住んでいても多くの街は訪ねたこともない。学生自分のその当時、神楽坂というと映画館。佳作座はもうなくなったが、名画座ギンレイホールとして残っている。メイン通りの両側はまるで原宿か青山かと見まがうばかりで、シャッターを押す気にもなれない。夏目漱石の生家もこの近くにあったはずで、矢来町と牛込の先の喜久井町というのは夏目家の井桁に菊の紋所から名付けたと、漱石が書いている。夏目家は江戸町奉行支配下の町方名主で、神楽坂から高田馬場あたりまで11カ町を支配していたとも。

当時私の家からまず町らしい町へ出ようとするには、どうしても人気のない茶畠とか、竹藪とかまたは長い田圃路とかを通り抜けなければならなかった。買物らしい買物はたいてい神楽坂まで出る例になっていたので、そうした必要に馴らされた私に、さした苦痛のあるはずもなかったが、それでも矢来の坂を上って酒井様の火の見櫓を通り越して寺町へ出ようという、あの五六町の一筋道などになると、昼でも陰森として、大空が曇ったように始終薄暗かった。『硝子戸の中』

馬場下から神楽坂にいたる道の当時の寂しさは、今の神楽坂からは想像もできない。40年前の私のイメージも再開発された街にはほとんど残っていない。しかし、一步路地に入れば、そこには芸者小路もあり石畳もある。銭湯も残っている。北風の寒い午後の時間を、カメラを肩に気ままに歩いてみた。

ちょうど和服を着た女性に芸者小路で出会った。なんと幸運なこと。どうやら何かの取材のようでカメラマンと一緒であったが、ちょっと失礼して一枚撮らせていただいた。

2時間の散策で写真は撮れるし、運動になって免疫力も上がっただろうし。カメラを担ぐと2時間の散歩も苦にならない。

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通院ついでの歴史散歩~東京・隠れた旧跡巡り ロハス・メディカル叢書2 (ロハスメディカル叢書 2)東大のがん治療医が癌になって ああ無情の勤務医生活』の著書もある加藤大基医師が『通院ついでの歴史散歩~東京・隠れた旧跡巡り』という本を出しています。ロハス・メディカルの連載を一冊にまとめた本ですが、加藤医師は風流人のようで、東大病院をはじめ、本で取り上げられた散歩コースでたびたび漱石や鴎外のことを語っています。若い先生ですが、医学の他にも深い学識のある方だと感じました。残念ながら私が検査で通院する癌研は埋め立て地にありますから、歴史的な由緒ある土地ではありません。

通院のついでに病院の近くを歴史散歩なら、治療と運動による免疫アップが一挙両得。帰路にはちょっと遠回りをして、自分なりの散歩コースを考えてみるのも心楽しいことに違いありません。

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2011年2月 1日 (火)

OTS、新生血管阻害剤 OCV-101 第Ⅱ相臨床試験開始

オンコセラピーサイエンスが2月1日、大塚製薬と共同で新生血管阻害剤OCV-101の第Ⅱ相臨床試験を開始すると発表しました。OCV-101はOTS11101のコード名を今回の試験より変更したもの。

   平成 23 年 2 月 1  日

各    位

                                         神奈川県川崎市高津区坂戸3-2-1

                                         オンコセラピー・サイエンス株式会社

                                                       代表取締役社長  角田  卓也

                                    (問い合せ先)取締役管理本部長  山本  和男

                                                          電話番号  044‐820‐8251

新生血管阻害剤 OCV-101 第Ⅱ相臨床試験開始のお知らせ

  当社が大塚製薬株式会社と契約を締結し、共同で開発を進めております新生血管阻害剤 OCV-101(旧「OTS11101」。本試験より治験薬コード名変更。)の膵臓がんに対する第Ⅱ相臨床試験を開始しますので、お知らせいたします。 

新生血管阻害剤 OCV-101 は、腫瘍新生血管内皮細胞を標的とするがんワクチン療法剤です。 開始いたします臨床試験は、切除不能進行膵臓がん及び再発膵臓がんの患者さんを対象とし、その有効性及び安全性を確認する第Ⅱ相臨床試験です。本試験は全国 8 施設で施行いたします。
  当社は、この治験開始に伴い、大塚製薬から契約に基づくマイルストーンを受領いたします。

なお、本件は当初計画に含まれており、発表済みの通期予想に変更はありません。 

                                                                       以  上

OTS-102との違いはペプチドが異なるということでしょうね。同じ新生血管阻害剤ですが、詳しい情報を探し当てられませんでした。「全国8施設」はどこか。中村教授のwebにいずれ発表されると思われます。OTS-102はこんな説明です。

腫瘍の継続的な増殖や転移には,血管新生が重要な役割を果たしています。その血管新生を促進する最も強力な物質のひとつが血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)であり,その主要なシグナル伝達を担う主要な受容体は血管内皮増殖因子受容体(vascular endothelial growth factor receptor:VEGFR)-2/キナーゼドメイン受容体(kinase domain receptor:KDR)であることが知られています。 KDRを特異的に認識する細胞傷害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte:CTL)を誘導できる数種類のHLA-A*2402拘束性エピトープペプチドのうち,最も強いCTL誘導能をもつペプチドが KDR169です。
本治験で用いるOTS102は有効成分としてKDR169を含有する注射剤です。OTS102をHLA-A*2402を有する癌患者に皮下投与することにより,有効成分であるKDR169が抗原提示細胞のHLAに結合しCD8陽性細胞に提示され,これを認識したT細胞が活性化されてKDR特異的CTLが誘導されます。誘導されたCTLはKDRを発現している腫瘍新生血管内皮細胞を特異的に傷害し,これにより抗腫瘍効果を示します。

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