内部被ばくに関する注目すべき記事
「世界最高の医療と研究を行なう」「患者目線で政策立案を行なう」を理念として掲げている国立がん研究センターが、今回の福島第一原発事故による”将来のがん患者”については、内部被ばくによる影響はほとんどないかのような宣伝に一役買っている。測定できないはずのサーべーメータを用いて野菜を測定し、「汚染はありません」と、まったく根拠のない「安全神話」を流している。たくさんあるがんの患者団体からも、子どもたちの被ばくを憂慮する声は聞こえてこない。現実のがん患者だけが対象で、将来のがん患者にはまったく興味がないかのようである。「上流で誰が川に突き落とされているのかを見に出かけてみてはどうかと思う暇」もなさそうなのである。
その中で唯一北海道がんセンター院長の西尾正道氏が、内部被ばくによる影響が重要だとした発信を続けている。例えば会の「がん医療の今」では「原発事故の健康被害-現状を憂う」として、
通常の場合は、内部被ばくは全被ばく量の1~2%と言われているが、現在の被ばく環境は全く別であり、内部被ばくのウエイトは非常に高く、人体への影響は数倍あると考えるべきである。
と書いている。
その西尾院長も創立委員の一人である「市民のためのがん治療の会」が『「低線量」内部被曝による健康障害』と題して、岐阜環境医学研究所の松井栄介氏の解説を載せている。「とくに注目すべきことは胎児と子どもに発症してくる先天障害、悪性腫瘍、免疫異常などの晩発障害」であるとし、低線量の放射線による内部被曝について、ICRP勧告の問題点にも触れで比較しながら解説されている。
内部被ばくで重要なのはアルファ線とベータ線であり、特にアルファ線は細胞組織のごく狭い領域に全エネルギーを与える。アルファ線を放出するのは、プルトニウム、ストロンチウム90などである。したがって、これらによる内部被ばくはICRPの評価の600倍以上になるだろうと、ECRRでは計算している。
アルファ線がある一定の深さに達したときに一挙にエネルギーを放出するようすは、陽子線・重粒子線の「拡大ブラッグピーク」に似ている。下の図は国立がんセンター東病院の「陽子線治療について」からであるが、陽子線治療の特徴を次のように説明している。
通常の放射線治療で用いられるX線は、体内に入るにしたがって徐々に吸収される放射線量が減少するので、病巣の前後にある正常の組織も同等の線量を受け、副作用を生じる原因になりますが、陽子線の場合には病巣のみに効率よく線量を集中でき、副作用を少なくできます。
同じ理屈で、極めて狭い範囲にエネルギーを集中的に放出するアルファ線による内部被ばくは、外部被ばくよりも格段に影響が大きいことを認めなければならないはずである。
同じ組織の人物が、陽子線はエックス線よりも効果があるといい、一方では福島原発事故によって放出されたアルファ線、ベータ線による内部被ばくはごくわずかであり、無視できるといっているのである。彼らはICRP勧告が唯一の放射線被ばくの基準だと思い込んでいる。しかし、何度も書くようにICRP勧告の基本的手法は、DNAが発見される以前に確立された、内部被ばくを無視した古くさい代物なのである。
体内に取り込まれた小さな粒子から四方八方に放出されたα線とβ線によって、近隣にある多数の細胞は長期間にわたって、至近距離から繰り返し貫かれるので、一時的なγ線やX線による外部被曝より影響が大きい。細胞には染色体の傷を治す機能があるが、繰り返す被曝によって異常な染色体結合が生じ、その形質が次々に受け継がれ、先天障害やがん化の要因となる。チェルノブイリ原発事故後、ベラルーシの高濃度汚染地域などでは、先天障害のほか乳がんや甲状腺がんの多発が報告されている。
ICRP(国際放射線防護委員会)は線量評価に、Gy(グレイ)やSv(シーベルト)を使っているが。これらの単位は、J/kg<吸収線量( Gy): 生体組織1kgあたり 1J のエネルギー吸収をもたらす被曝量 >で表されている、要するに、人間で言えば体重当たりの熱量だ。しかし、私たちの体の中で起こっている事象は、臓器組織の微小局所ごとに特異かつ複雑な生物化学的過程であって、いくつかの係数を掛けて補正したしたとしても、J/kgで表されるほど単純なものではないことを念頭におく必要がある。
ICRPがなぜ放射線による内部被ばくを無視するのか、あるいは小さく見積もるのかというと、そうしなければ、世界中のどこにも原発や核関連施設を建設することができないからである。前回の記事に書いた東京大学アイソトープセンター長の児玉龍彦氏も「放射線の内部障害をみる時も、どの遺伝子がやられて、どういう風な変化が起こっているかという事をみるということが原則的な考え方として大事です。」と述べていた。ゲノム創薬だの抗体医薬品の時代だと言っているがんセンターの医者たちが、チェルノブイリにおける遺伝子異常と発がんの関係を認めようとはしないのはなぜなのか。
2009年4月22日、ストックホルムで行われた討論会で、ICRPを退職したばかりの元ICRP科学議長ジャック・ヴァレンティン博士がICRPのモデルは放射線被曝の健康被害を予測するには安全ではないと認め、ICRPと国連の放射線防護委員会がチェルノブイリ事故の証拠を調査しなかったことは間違っていたと認めた。その結果、ICRPのリスク・モデルには大きな誤りがあると認めざるを得ないと述べた。
御用学者らが「放射線は距離の二乗に比例して減衰するから安全だ」と、市民の無知につけ込んで内部被ばくはないかのように宣伝していた。その頃から「これからは内部被ばくが重要になる」と書き続けてきた。内部被ばくに対する知識をどれだけ持っているかが、3・11後のこの国で生きていく上で大事な知識になる。
「ミニサテライト突然変異」「バイスタンダー効果」についても説明されている。ぜひ多くの人にこの記事を読んでいただき、できれば松井さんの書籍『見えない恐怖 放射線内部被曝』も読んで欲しい。
参考:放射性物質による内部被曝は適正に評価されなければならない
岐阜環境医学研究所 松井英介