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2011年11月

2011年11月28日 (月)

ストロンチウムの怪(つづき)

文科省の見解について、放射能防御プロジェクトに琉球大名誉教授の矢ヶ崎克馬先生の見解が載っています。文科省の測定結果は「福島由来とは言えない」の証明になっていないという見解です。

要点を列記すると、

  • 文科省が4月12日に浪江町、飯舘村で採取した土壌からストロンチウムを検出したという報道があった(朝日新聞の記事)

発表によると、土壌のサンプルは3月16、17日に浪江町で2点、飯舘村で1点が採取され、分析された。この結果、ストロンチウム90は最大で土壌1キロあたり32ベクレルだった。半減期が約50日のストロンチウム89は最大で260ベクレル。 同時に分析されたセシウム137は1キロ当たり5万1千ベクレルで、ストロンチウム90の値は、この0.06%の量だった。

  • 3月19日に採取された他のデータも含めて、Sr-89とSr-90の比は、3月の時点ではほぼ10:1である。
  • 文科省の発表では、「本調査の検出下限値は、ストロンチウム89で約3Bq/kgであり、ストロンチウム90で、約0.8Bq/kg である。」と記されている。
  • 文科省の測定値では、Sr-90は1Bq/kg(0.82と1.1)であるから、Sr-90の半減期29年を考慮すると3月時点でも1Bq/kgとして良い。するとSr-89は、3月時点では10Bq/kg存在したことになる。
  • 文科省の測定日は10月26日であり、220日経過しているので、Sr-89の半減期50日とすると10×0.5^(220/50)=0.47,約0.5Bq/kgであり、検出下限値の3Bq/kgを下回るので測定できない値である。

つまり、文科省自身が測定したデータを使って、「Sr-89が存在しないから福島由来ではない」という文科省の主張は、証明にはなっていないとしているのです。

ただ、Sr-89/Sr-90の存在比が10:1としている点に関しては、こちらに書いたNNSAの土壌測定データで存在比を計算すると、1.5~80.4:1までの範囲に分布しています(平均で16.7:1)。60:1ならば3Bq/kgの検出下限値以上になりますが、それに該当するのは1点だけですから、矢ヶ崎先生の見解はほぼ正しいと思います。

それでは同位体研究所のデータはどうか。下に再掲したが、「横浜市(1番)」のデータではCs-137は21385Bq/kg、Sr-90は129Bq/kgとなっています。

20111124231956bc41
Sr-90/Cs-137の比が0.06%とすれば、Sr-90は13Bq/kgでなければならないが、測定データはSr-89とSr-90を合計で、129となっています。3月16日にはSr-89はSr-90の10倍あったとすると130Bq/kgあったはずです。同位体研究所の測定日まで150日経過しているとすると、Sr-89は16Bq/kgに減衰しています。結局、Sr-89とSr-90を合計すると16+13=29になり、129という測定値は3倍以上となります。(Sr-89/Sr-90の存在比が70:1ならこの数字に近いが)他のベータ線放出核種が混じって測定されている可能性は捨てきれません。矢ヶ崎先生が同位体研究所のデータに触れていないのは、同じように認識しているからでしょう。

Sr-90/Cs-137の存在比と、Sr-89/Sr-90の存在比を仮定しての計算ですから、この仮定が大きく違っていると結論が変わることもあり得ます。

現時点では、同位体研究所のデータは信頼性に乏しいが、文科省のいう福島由来ではない、には根拠がない。Sr-89はすでに減衰して測定下限以下であるが、セシウムの量から考えると、福島第一原発からの放射能と考えるのが妥当である。ということで、前回の記事を修正する必要はないでしょう。

2011年11月27日 (日)

第7回がん患者大集会-落合誠一さんの基調講演

本日行われたがん患者団体支援機構「第7回がん患者大集会」に、2002年5月に膵臓がんを告知され、今も抗がん剤治療を続けておられる、愛知県にお住まいのパンキャン患者諮問委員、ミーネット会員・落合誠一さんが基調講演をされています。

「希望にまさる良薬なし」と題してドラッグラグの問題を話されています。
Ustreamで配信されています。1:42 頃からです。しかし会場はがらがらですね。宣伝の問題でしょうか、内容がつまらないのでしょうか。

ドラッグ・ラグを解消するために、効果と安全性を確認したうえでの迅速な抗がん剤の承認を求めたいと思います。

日本のオーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)制度も機能していないのではないか。膵臓がんなどの市場での拡大が見込めない疾病については、製薬企業任せではなく国が主導して開発すべきだろう。そのための財源は、新薬創出・適用外薬解消等促進加算として、本来なら2年ごとに薬価を改定して下げるべきものを、初期の薬価が維持される仕組みで製薬企業を優遇しているが、これを充てる。

内部留保をため込んでいる製薬企業には、オーファンドラッグを開発する資金は十分にある。他の産業よりも利益率も高い。その上さらに優遇しているのに開発が進まないのなら、この財源を使って政府の主導で開発をすれば良い。分子標的薬などの新しい薬を開発しているのは巨大製薬企業ではなくベンチャー企業です。この優遇制度は、開発しているベンチャー企業を直接援助するのでなく「販売しているだけの」製薬企業を潤しているだけではないか。

こんな主張は、製薬企業の寄付を頼りに運営している患者団体などには決して言えないだろうけど。

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2011年11月26日 (土)

ストロンチウムの怪

横浜や東京で検出されたストロンチウムに関して、文科省が「福島由来ではない」と反論したことが話題になっています。真相はどうなのか?
横浜市が採取した堆積物及び堆積物の採取箇所の周辺土壌の核種分析の結果について

こちらのブログ「3.11東日本大震災後の日本」にまとめられているので、それを参考にしながら検証してみます。文科省と横浜市の同位体研究所が発表した検出データは次のようになります。

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セシウムについては両者の値はほぼ同じですから、問題はないでしょう。測定値に信頼がおけると言えます。

同位体研究所のストロンチウムの分析方法は住友3Mの「ラド ディスク」を使った固相抽出法とされており、Sr-89とSr-90の区別ができません。文科省の言い分は、Sr-89が検出されていない、Sr-90は3.11以前の大気圏核実験やチェルノブイリ事故の影響によって降下したSr-90の値と同程度である、したがって横浜で検出されたストロンチウムは福島原発由来ではない、と述べています。

同位体研究所側は「固相抽出法による測定の留意点」において次のように述べています。

放射性ストロンチウム89と90の構成比

福島第一原子力発電所の事故で放出されたと推定される放射性ストロンチウムの総量は、次の通りです。

ストロンチウム89: 2,000テラベクレル 半減期 50.5日
ストロンチウム90:  140テラベクレル 半減期 28.9年

ストロンチウム89の半減期は50.5日ですので、9月時点では、5ヶ月経過し、当初放出量の6%程度にまで減少している事になります。 ストロンチウム90は、ほとんど減少していない事を踏まえると、9月初旬時点ではほぼ同量程度と推定されます。
従って、RadDiskによる測定については、おおよそ半分程度が半減期の長いSr90と推定されます。
(注記:この試算は回収されたストロンチウムが福島原子力発電所由来である場合となります。 過去の大気圏内原子力爆弾実験、チェルノブイリ原子力発電所事故由来の残存放射性ストロンチウムである場合には、ストロンチウム90の構成比が高くなります。仮に本測定において、由来が過去の原爆実験又はチェルノブイリ原発事故のストロンチウムを回収していると仮定すると本測定の測定値は、ストロンチウム90の値であると解釈されます。尚、2005年~2009年における神奈川県による放射能測定調査では(横須賀・対象:草地土壌)、ストロンチウム90の測定値は1.7~2.3 Bq/kgの水準でした。また同時期において東京都新宿区における同様の測定においては、1Bq/kg未満の測定値でした。)

Sr-89と90の分離はできないが、放出量の比から推定して半分はSr-90だろうと言うのです。しかし、Sr-89の半減期が50.5日であれば、「当初放出量の6%程度まで減少」ではなくて、5ヶ月後(150日として)には12.8%になります。9月時点では6ヶ月経っているので、それなら8.5%。こうした基本的な計算でミスを犯すようでは、この測定機関のデータの信頼性にも疑問符が付きます。

放出量の比が正しければ、同位体研究所の測定値129Bq/kgのうちでSr-89が約80Bq、Sr-90が約40Bq/kgとなります。2対1です。

文科省の報道発表では、「この手法(固相抽出法)ではラジウム、鉛などベータ線を放出する天然核種、あるいはベータ線を放出する子孫核種が抽出されることが示されている。」と反論しています。セシウムなどが放出するガンマ線は「単色放射線」であり、エネルギーがきまっていますが、ベータ線は「白色放射線」で連続したエネルギーを持ちます。核種によって最大のエネルギーはきまっていますが、エネルギースペクトルから核種を決定することはできません。Sr-90の場合はベータ崩壊してYb-90になり、Yb-90がさらにβ線を出してZr-90になるときに2.28Mevという非常に高いエネルギーのβ線を出すので、それを利用してSr-89と区別できます。

そのために前処理としてストロンチウムだけを抽出しなければなりません。文科省が利用した(財)日本分析センターは化学的に抽出し、同位体研究所はラドディスクを使った固相抽出法で迅速に抽出したというわけです。問題は抽出の精度ですが、3Mのサイトではこの「ラムディスクはストロンチウムに対して高い選択性を有した粒子によって補足される」と書かれています。ラジウムや鉛を分離できないものを世界の3Mが販売するとも思えませんが、実際のところは分かりません。

それでは文科省の言うように、横浜のストロンチウムは福島由来ではないと断言できるかというと、これも問題があります。セシウムは飛来しているがストロンチウムは飛来してこないとは都合が良すぎるように感じます。文科省もチェルノブイリによるストロンチウムが日本に飛来していることは認めているのですから、福島から横浜までは、チェルノブイリよりもはるかに近い距離です。チェルノブイリ由来のストロンチウムはあるが、福島由来のものはないというとき考えられるのは、福島原発からのストロンチウムの放出量は政府の発表よりも相当少なかったという場合でしょう。(放出量も訂正されたり、海外からは過小評価だと言われているからあまり信用できないが)この仮定が正しければ、私の予測からははずれますが、より危険なストロンチウムが少ないのなら住民にとっては歓迎すべきことです。

19日のブログにも書いたように、NNSA(米国国家核安全保障庁)のデータでは伊達市などでもSr-90が測定されています。このデータによれば、Sr-89の最大値は9.19E-06μCi/g(340Bq/kg)で、Sr-90最大値は、1.68E-07μCi/g(6.2Bq/kg)でした。Sr-90/Sr-89の比は約2%となり、福島原発からのストロンチウムはほとんどがSr-89だということかもしれません(断定はできませんが)。

横浜のSr-89が約80Bq/kgとすると、半減期を考慮して3月時点では約670Bq/kgとなります。これはNNSAのデータと比較すれば2倍ですから多すぎます。横浜で福島の2倍のSr-89とは、これにも疑問符が付きます。

4月にはハワイ島のヒロで牛乳からSr-89が検出されたと報じられました。
米国環境保護局(EPA)のRadNetデータベースで確認できます。「State」に「Hi」(ハワイ)を選択し、Analyteに「Cesium-89、Cesium-90」を複数選択、From Dateには「03/11/2011」を入力、その他は空欄にして一番下にある「Search Database」ボタンをクリックしたときの検索結果は下の図です。
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4月4日にSr-89が6.5pCi/L検出されています。Sr-90は測定限界以下(マイナス)です。6.5pCi/Lは0.24Bq/Lに相当します。検出限界に近い値かもしれませんが、福島由来と考えてまちがいないでしょう。ハワイまで飛んでいるのに横浜には飛来しなかったとは、とうてい納得できません。

現時点では、同位体研究所のデータは信頼性に乏しい。しかし、文科省の言い分も納得できない、というのが私の結論です。

脱原発のサイトなどでは「文部科学省の陰謀だ」などの書き込みがありますが、そうではなく、きちんとデータに基づいた批判をすべきでしょう。そのためにもストロンチウムについてもっと多くの測定を実施して公開するように要求すべきです。土壌よりも食品のデータが重要です。横浜の測定値に反論するためなら文科省は迅速に反応したのですから、できないことはないはずです。

2011年11月25日 (金)

膵臓がん患者と糖質制限食

主食をやめると健康になる ー 糖質制限食で体質が変わる! 手術後の食事について、がん研の主治医の先生から言われたのは、肉類は摂りすぎないように、お酒はほどほどなら良いが蒸留酒(焼酎・ウィスキー)の方がベター、とだけでした。さらに「糖尿病の管理は不得意だから、地元の先生に相談してください」とのことでした。

夏頃からHbA1cが7.0と高くなりました。たぶん夏場のビールのせいかもしれません。さらに酷暑の間はウォーキングも減らしていました。でも夏はやはり焼酎よりもビールだよね。最初の一杯は何物にも代えがたい。先月の検査では5.6となり、落ち着いてきました。4年半も経って、食事に関して少々ルーズになっているのかもしれません。ということで膵臓がん患者の食事について再考しています。

「糖尿病治療」の深い闇 膵臓がん患者はインスリンが不足することが多いので、食事も糖尿病食並みで良いはずです。最近の糖尿病の食事指導は、かつてのカロリー制限ではなく「糖質制限食(カーボ・カウンティング)」だそうです。糖質制限食は京都の高雄病院の理事長である江部康二医師が提唱し、2005年に東洋経済新報社から『主食を抜けば糖尿病は良くなる!糖質制限食のすすめ 』を出版して話題になったものです。しかし、当時は(今も?)反論も多かったようです。その間の事情は右の『「糖尿病治療」の深い闇』に詳しく書かれています。しかし最近はむしろメジャーな治療法になっている感があります。糖質制限食を簡単に江部先生のブログから引用すると、

『糖質制限食十箇条』 ー糖尿病や肥満が気になる人にー

  1. 魚貝・肉・豆腐・納豆・チーズなどタンパク質や脂質が主成分の食品はしっかり食べてよい。
  2. 糖質特に白パン・白米・麺類及び菓子・白砂糖など精製糖質の摂取は極力控える。
  3. 主食を摂るときは未精製の穀物が好ましい(玄米、全粒粉のパンなど)
  4. 飲料は牛乳・果汁は飲まず、成分未調整豆乳はOK。水、番茶、麦茶、ほうじ茶もOK。
  5. 糖質含有量の少ない野菜・海草・茸類は適量OK。果物は少量にとどめる。
  6. オリーブオイルや魚油(EPA、DHA)は積極的に摂り、リノール酸を減らす。
  7. マヨネーズ(砂糖無しのもの)やバターもOK。
  8. お酒は蒸留酒(焼酎、ウィスキーなど)はOK、醸造酒(ビール、日本酒、など)は控える。
  9. 間食やおつまみはチーズ類やナッツ類を中心に適量摂る。菓子類、ドライフルーツは不可。
  10. できる限り化学合成添加物の入っていない安全な食品を選ぶ。

『糖質制限食』の3パターン

  1. スーパー糖質制限食は三食とも主食なし。効果は抜群で早く、一番のお薦め。
  2. スタンダード糖質制限食は朝と夕は主食抜き。
  3. プチ糖質制限食は夕だけ主食抜き。嗜好的にどうしてもデンプンが大好きな人に。

※抜く必要がある主食とは米飯・めん類・パンなどの米・麦製品や芋類などの炭水化物。

糖質制限食の理論的根拠
1、血糖値を上昇させるのは糖質である。
2、糖質を摂取しなければ血糖値は上昇しない。
3、糖質制限食を実践すれば血糖値は上昇せず糖尿病は改善する。

アマゾンで「江部康二」を検索すると結構な数が表示され、タイトルもなんだか済陽高穂の食事療法本に似たイメージを受けますが、内容と治療法の根拠はしっかりしたものがあるようです。

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国立循環器病センターのサイトにある次の図は、NEJMの論文からとったものですね。

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図4 低炭水化物食と地中海食は低脂肪食に比べ減量に有効である

また、糖質制限食の特徴を簡単に要約しています。

  1. 朝食と夕食は主食抜き。昼食のみ適量の主食を取る
  2. 昼食の主食以外、でんぷんや砂糖などの糖質の多い食品は不可
  3. 副食はたんぱく質と脂肪を主に含む食品を中心にする
  4. 脂肪の摂取を特に制限しないので、炒め物、揚げ物を含め、ほとんどの調理法が可
  5. 晩酌は、焼酎やウイスキーなどの蒸留酒を適量ならば可

炒め物も揚げ物も結構、焼酎も飲んで良いのだからありがたいです。チェロのレッスン日はこれを守って、いつも”野菜天ざる+そば湯割りのそば焼酎”で食事をして、ほろ酔い加減で弾いています。

日本糖尿病学会は、糖質制限食に関してまだ批判的な見解のようで、学会誌『糖尿病』の2011年4月号に杏林大学医学部・石田均氏の「カーボカウントの利点と欠点」と題した論文が載っており(内容は確認できなかった)、それへの反論が江部先生のブログにあります。これまでの糖尿病はカロリー制限が主であり、教育入院で厳格に管理されて血糖値が良くなっても、自宅に帰ったらそのような食事管理はなかなか難しい。結局振り出しに戻ってしまう。糖質制限食はいわば「偉大なるおおざっぱ」な食事療法であり、続けることができる点が支持されるひとつの理由でしょう。

国際糖尿病連合の『食後血糖値の管理に関するガイドライン』15ページには次のような記述があります。

問 3:食後血糖の管理にはいずれの治療法が有効か?
糖負荷の低い食事は食後血糖値の管理に有益である[レベル1+]

栄養学的介入,運動,および体重管理が,依然として効果的な糖尿病管理の基礎である。定期的な運動および理想体重維持の重要性と有益性に反論する者はほとんどいないが,最適な食事の組み立てに関してはかなりの論争がある。ある種の炭水化物は食後血糖値を上昇させるおそれがある。血糖指数(Glycaemic Index:GI)は,各食品中の炭水化物重量で血糖上昇効果(食後増加分の曲線下面積として表す)を比較して炭水化物食品を分類する方法である。ジャガイモ,白パン,黒パン,米飯,朝食シリアルなど現代のデンプン質食品の大半は比較的高いGIを示す[86]。低GI食品(例:マメ類,パスタ,大半の果物)は,より緩徐に消化・吸収されるデンプンや糖質を含むか,もともと血糖値に影響を及ぼしにくい(例:果糖,乳糖)。食事中の炭水化物含有量とその平均GIとの積である食事の糖負荷(Glycaemic Load:GL)は,食後血糖値およびインスリン必要量の「包括的」推定値として利用されている。初期の論争にもかかわらず,単一食品のGIおよびGLは混合食摂取後の血糖反応やインスリン反応を予測する上で信頼できることが立証されている[87,88]。GIの導入は炭水化物カウンティング(carbohydrate counting)以上に糖尿病管理に役立つ可能性がある[89]。

糖質制限食はカウントするわけではない”いい加減な食事療法”ですから、この指摘の全ではあてはまらないと思います。GI値を管理するよりも簡単かもしれません。

いろいろ論争があることはさておき、膵臓がん患者はどう考えれば良いのか? 血糖値を管理していただいている先生に、今日は診察日だったので、その辺を確認してみました。

「私は糖質制限食を積極的に勧めていますよ」と、あっけない返事でした。「賛否両論があるようですが?」との問いには、「もうしっかりしたエビデンスが揃っていますよ。何よりも私の患者にも結果が出ています」とのこと。「あなたの場合は腎機能にも異常はないから糖質制限食をやって心配はないが、HbA1cも悪くないわけです。でも膵臓がほとんどないのだから、大量の肉は消化しきれない。夕食だけの糖質制限食程度にしておくのが良いでしょう。要するにバランスよく食べて運動することですよ。」つまり、3パターンの「プチ糖質制限食」で良いということでした。

ま、あたりまえのような結論になりました。結局は今の私の「緩やかな玄米菜食+魚を摂る地中海食」の食事を変える必要もないということです。糖質制限食も『がんに効く生活』で勧めている地中海食もほとんど同じ(ちょっと味付けしたもの)。肉に対してどう考えるかは、患者それぞれ自分の病気に応じて決めれば良いのです。

もうひとつ大切なことは、砂糖を摂りすぎないこと。砂糖はがんの栄養です」とはシュレベールの言葉ですが、糖質制限食でも砂糖を極力避けるように言っています。

それにしても、膵臓がん患者がゲルソン療法だとか星野式、済陽式あるいは「ガンの患者学研究所」の厳格なタンパク質抜きの食事を摂るというのは、他のがんならともかく、膵臓がんには自殺行為かもしれません。

注意:糖質制限食によりリアルタイムに血糖値が改善します。このため、既に経口血糖降下剤(オイグルコン、アマリールなど)の内服やインスリン注射をしておられる糖尿人は低血糖の心配がありますので必ず主治医と相談してください。
また、腎障害、活動性の膵炎、肝硬変の場合は、糖質制限食は適応となりません。 糖質制限食は、相対的に高タンパク・高脂肪食になるので、腎不全と活動性膵炎には適応となりません。 肝硬変では、糖新生能力が低下しているため適応となりません。 なお、機能性低血糖症の場合、炭水化物依存症レベルが重症のとき、糖新生能力が低下していることがあり、まれに低血糖症を生じますので注意が必要です。必ず主治医にご相談下さい。

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江部 康二

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2011年11月22日 (火)

やっぱり・・・

3つのニュース

東電が“原発抜きの夏"を試算 今年上回る供給力

 東京電力が来年の夏に向け、保有する全ての原発が東日本大震災の影響や定期検査で停止しても、火力発電や揚水式発電の増強により、今夏の最大供給力を上回る約5700万キロワットを確保できるとの試算をまとめたことが22日、東電関係者への取材で分かった。
 東電は福島第1原発事故後も「原子力は重要な基幹電源」との立場を変えていないが、実際には原発がなくても計画停電などの影響が出ない可能性が高い。原発を中心とした供給計画を立てているほかの電力会社にも影響を与えそうだ。
 国内の商業用原子炉54基のうち、東電は電力会社トップの17基を保有している。
2011/11/22 17:38   【共同通信】

やっぱり足りるんだ。原発なくても大丈夫なんだ。関西電力が心配らしいけど、詳しいデータを出さないから信用しない。昭和初期に戻れとは言わずとも、みんながわずかの節電をすれば大丈夫だよ。と、菅原文太さんも昨日の東京新聞の特報欄でで言っていた。

福島第一原発 1200億円保険打ち切り

 原発の損害賠償保険を引き受けるため、損害保険会社でつくっている「日本原子力保険プール」(日本プール)が、東京電力福島第一原発に対する損害保険の契約を更新しない方針を固めたことが分かった。東電は契約が切れる来年一月十五日までに、保険の引き受け手を見つけたり、保険額(千二百億円)相当の現金を供託したりしないと、福島第一が無保険の「違法状態」となる。

 すべての原発は、事故が起きた場合に千二百億円を上限に賠償金が支払われるよう、保険加入などが原子力損害賠償法(原賠法)で義務づけられている。これを怠ると、原発は稼働できない。 地震や津波の場合は政府補償が適用されるが、問題になっているのは運転ミスによる事故などをカバーする民間保険の部分。

 福島第一で加入している民間保険は来年一月十五日に契約が終わるが、日本プールは、炉心溶融などの重大な事故を起こした福島第一は、落ち着いてきたとはいえ、通常の原発とは比べものにならないリスク(危険性)があり、千二百億円もの保険は引き受けられないと判断。政府や東電にその旨を通知した。

 原賠法は「損害賠償をする資力を確保していなければ原子炉の運転や廃炉作業をしてはならない」と規定しており、無保険の状態では、原子炉の冷却や使用済み燃料の取り出しなど事故収束作業にも重大な影響が出ることは必至だ。このため、原賠法を扱う文部科学省は、東電や日本プールとの間で、対応策の協議を始めた。

 保険に代え、保証人(機関)を立てたり、保険額と同じ千二百億円を供託したりする方法もある。ただし、東電は賠償に追われ、全額を調達できる可能性は低い。このため、大幅に減額した民間保険と、東電が「原子力損害賠償支援機構」や主要取引行から融資を受けて供託するなど複数の手法を組み合わせる方向で検討が進められている。東電は「最終的に決まったわけではない。まだ交渉途中なので詳細にコメントできない」としている。(東京新聞)

やっぱり危ないんだ。阪神・淡路大震災の前だって、保険会社はその地域にきちんと割高の保険料を設定していたよ。10万年に1度か500年に1度か知らないが、そのようなリスク計算を、リスクの専門家である保険会社は信用していないということ。御用学者よりも彼らの方がプロだ。政府・電力会社が自分たちのリスク計算を信じているのなら「事故無限責任保険」に入ることを原発運転の条件にすればよい。ソフトバンクの孫正義社長を「理解できない」と言った経済連会長もすぐに考えを変えるはずだ。

原発作業員削減を計画東電1000人規模 事故収束に逆行

 日本共産党の田村智子議員は21日の参院予算委員会で、東京電力福島原発事故の収束作業に携わる労働者を12月から1000人も削減する計画を明らかにし、「一刻も早い事故収束や、労働者の安全・健康管理にも逆行する」と追及しました。
 野田佳彦首相は「事故の確実な収束のために必要な人員確保や、健康管理に十分配慮しなければならない」と答えました。
 東電の計画は、12月に1日約3000人の作業員を2000人に削減するもの。関連企業が人員削減に乗り出し、熟練労働者が減らされています。
 田村氏は、日立の現地所長が「東電の予算がないから12月から作業員を半分に減らす」と言って、日立系列で300人から70人に削減すると通告したという下請け会社の告発を紹介。「本格的な事故の収束はこれからだ。日立はまさにその中枢に関わる作業をしているはずだ。許していいのか」とただしました。
 細野豪志担当相は削減計画について「初めて聞いたので確認したい」とし、「作業が滞ることがあってはならない」と答えました。
 田村氏は「工具も足りないのでドライバー1本さえ取り合いになっている」など、物品まで削られている実態を示し、東電の無責任な姿勢を批判。
 その上で、労働者の被ばく線量をできるだけ低く抑え、適切な休養を保障することは不可欠であり、3分の1も減らすなど到底許されないと強調しました。
 枝野幸男経産相は「必要で能力の高い人をやめさせるようなことがあれば責任を厳しく追及する」と答えました。
 田村氏は、東電に直接、削減計画を確認していたのに、予算委員会開会直前に説明を翻したことをあげ、「まったく信用できない。厳しく監督・指導すべきだ」とのべました。 (赤旗 11月22日)

やっぱり反省してないんだ。高い年俸と多額の役員退職金、冬の賞与も出すそうだ。税金を投入し、電気料金は上げて、現場の作業員は減らす。30年で廃炉など夢のまた夢。原発下請け作業員は「事故と弁当と被ばくは自分持ち」なのさ。

2011年11月21日 (月)

タルセバの承認議事録があっぷされています

Tarceva 6月2日のブログ「タルセバの膵臓がん関連情報まとめ(2)」をアップした時点では、審査議事録などが公開されていなくて、公開され次第書き加えることとしておりました。この間、福島第一原発事故関連情報のフォローでタルセバのことはすっかり忘れていたのですが、5月30日の審査議事録などがアップされているようなので紹介します。(文書化には3~6ヶ月かかっているようです)

議事録などは厚生労働省のページで、中ほどの「薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会」のところ、「2011年5月30日    1 医薬品タルセバ錠25mg及び同錠100mgの製造販売承認事項一部変更承認の可否及び再審査期間の指定について」にあります。

添付文書の「警告」欄に赤字で膵癌に関する事項が追加されています。イレッサ裁判も影響しているのでしょう。

3.    **膵癌を対象とした本剤とゲムシタビンとの併用療法の国内臨床試験における間質性肺疾患の発現率(8.5%)は、海外第III相試験(3.5%)や、非小細胞肺癌を対象とした本剤単独療法の国内臨床試験(4.9%)及び特定使用成績調査(全例調査)(4.5%)と比べて高いこと等から、膵癌に使用する場合には、【臨床成績】の項の国内臨床試験における対象患者を参照して、本剤の有効性及び危険性を十分に理解した上で、投与の可否を慎重に判断するとともに、以下の点も注意すること(「重大な副作用」、【臨床成績】の項参照)。

  1. 本剤投与開始前に、胸部CT検査及び問診を実施し、間質性肺疾患の合併又は既往歴がないことを確認した上で、投与の可否を慎重に判断すること。
  2. 本剤投与開始後は、胸部CT検査及び胸部X線検査をそれぞれ定期的に実施し、肺の異常所見の有無を十分に観察すること。

イレッサでも問題になった間質性肺疾患の発現率が8.5%と高率です。議事録でも次のように書かれています。

発現率について、特に間質性肺疾患については、外国人では3.5%に対して、日本人では8.5%であったこと、等から、本剤の安全性には明らかな民族差が認められていると判断しております。
*************
一部の専門委員からは、本剤投与によるベネフィットは、2週間弱のわずかな延命効果であるにもかかわらず、日本人患者では致命的になる可能性のある間質性肺疾患を発現するリスクが高いため、膵癌患者において本剤の臨床的意義は乏しい、等の意見も出されております。

しかし、膵癌には有効な抗がん剤が少ないから、わずか2週間の延命効果でも価値がある。ついては販売後の日常診療科において厳重な安全監視対策を実施することを条件として承認されたのです。

(7)製造販売後の検討事項について
機構は、製造販売後において、本薬の使用が推奨される患者集団を明確にし、本薬によるILD様事象等のリスクを最小化することは重要であると考えることから、全例調査方式での製造販売後調査(全例調査)を実施し、膵癌に対する本薬の使用実態下におけるILD様事象の発現状況や発現に影響を与える因子に関する検討、及び他の安全性情報の収集を迅速に行う必要があると考える。(審査報告書34ページ)

さて、議事録で気になる箇所があります。遠隔転移例に比べて局所再発例ではタルセバの効果が小さい可能性があるとの指摘です。これに対する機構側の回答は、

局所進行例と遠隔転移例をそれぞれ別々に確認した結果、海外第III相試験で本薬が投与された群では、10例で間質性肺疾患を発現し、この内訳は、局所進行4.6%(3/65例)、遠隔転移3.2%(7/217例)でした。また、国内第II相試験では、9例で間質性肺疾患を発現し、この内訳は、局所進行6.25%(1/16例)、遠隔転移8.89%(8/90例)でした。したがって、極めて限られた有害事象の情報ではありますが、機構は、両者の安全性に特段の差異は認められていないと、判断しております。
 機構は、海外第III相試験では、局所進行例を含めた膵癌患者に対して延命効果が示されており、局所進行例と遠隔転移例との間に大きな差異は認められていないこと、及び遠隔転移の有無が本薬の効果予測因子として結論することは困難なことも踏まえると、局所進行例を適応から除外しないことが適切であると判断しております。

これに対して佐藤俊哉委員(京都大学大学院医学研究科教授)が更に突っ込んで質問しています。

○佐藤委員 統計的に有意な生存の効果が見られたといっても、ごくわずかになります。専門委員や機構もそう判断されています。そうすると、そもそも遠隔転移と局所進行で生存期間の中央値が2か月半ぐらい違い、局所進行の場合はゲムシタビン単独でも予後が良い患者さんになります。そのため、もしリスク・ベネフィットバランスのギリギリのところで承認だとすれば、局所進行例では安全性が低く、リスク・ベネフィットバランスは保たれていないことになると思います。先ほどの話では、特段安全性に局所進行と遠隔転移で違いが認められないということですが、治療効果を考えると局所進行例はどのような御判断になるのですか。
○機構 機構よりお答えします。局所進行例については、EUでは、リスク・ベネフィットバランスの観点から否定的な判断がされていることも事実ですが、機構としては、サブグループ解析のハザード比の結果から、局所進行例と遠隔転移例との間で統計学的に結論付けられるような結果は得られておらず、また、両者を含む集団でOSの延長が検証されていることから、局所進行例を効能から除外する必要はないという判断をさせていただいております。

これは審査報告書の31ページに該当するのですが、その図を示すと、

Ws0066 です。つまり、ゲムシタビン単独でも局所進行例(遠隔転移 無)では、遠隔転移例に対して2.5ヶ月OSが長い。タルセバとGEMでも2.5ヶ月長いのなら、タルセバの効果が疑わしいということです。遠隔転移なしの場合のP値が0.496と0.5ぎりぎりですから、あまり信頼のおけるデータではないですが。海外でのPA.3試験のデータです。

国内第Ⅱ相試験(JO20302)では試験期間中に死亡した患者が3例なのでOSは推定できなかったが、第2回生存転帰調査では9.36ヶ月だったと書かれていますが、正式なデータではありません。

結局日本人に対するOSもはっきりとは分からない。局所進行膵癌と遠隔転移膵癌における効果の違いも、明らかではありません。分かっているのは8.5%という高率で間質性肺疾患が発現するということです。海外の2倍の間質性肺疾患があって、同じOSが期待できるのでしょうか。わずかなOSの延長が2倍の間質性肺疾患のために帳消しになるか、より悪い結果もあり得るでしょう。

全症例について報告を義務づけるというと聞こえは良いですが、要するに販売後に臨床試験をやるようなものです。しかも臨床試験なら患者の負担はありませんが、高額なタルセバ錠の薬価(100mgの1錠が7200円)を患者が負担しなければなりません。

Img_tarceva 10日から2週間の延命効果を得るために、10人に1人弱の割合で、イレッサの原告が体験したような地獄の苦しみを味わうことがリスク・ベネフィットバランスから考えてどうなのか。私なら止めておきますが・・・。聞くところによると、現場の腫瘍内科医も使いたがらない医師が多いそうです。これでは「選択肢が増えた」と単純に喜んでもいられません。

「ドラッグラグの解消」を旗印に、やみくもに早期承認を要求することの危険性を喚起したいと思います。

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2011年11月20日 (日)

あなたじゃ無理だよ、山下さん

山下俊一氏は、私は人のよい専門バカだろうと推測しているのだが、MRIC by 医療ガバナンス学会に投稿された亀田総合病院の小松秀樹医師の「無理です山下さん、やめてください福島県(その1)」でそれを再確認したような気分です。<「その2」はこちらに

山下氏は、外国の学者の分類にしたがって「最初は危機管理、クライシス・コミュニケーションの立場からお話していたのですが、4月に文科省から『数字』が出た以降は、リスク・コミュニケーションに変わりました。」と言いました。小松氏は「クライシス・コミュニケーションとリスク・コミュニケーションで、説明内容が異なるとすれば、同一人格が両者を担当すると、信用されなくなります。原発事故によるクライシスへの対応は、選挙の洗礼を経ていない学者には無理というものです。」と断言します。「放射線の影響は、にこにこ笑っている人には来ません」などはジョークがジョークになっていないと。

次に文章などは、がん患者としても参考になる内容です。

私は、医師としての長い生活で、絶望的な状況にある人たちと対話を繰り返してきました。たいていの日本人は危機的状況に冷静に対応できると思っています。 下手に安心を与えようとすると、嘘や隠蔽が避けられません。かえって、不信の原因になり、以後の対応がとりにくくなります。

アウシュビッツを描いたフランクルの『夜と霧』を読んで、最も印象に残ったのは、絶望的な状況の中で希望を持つと、それがかなえられなかったときに、人格が破壊されることを述べた部分です。私は学生時代、山岳部のリーダーだったのですが、冬山では、ばてたときは余裕のある間にギブアップするように言ってい ました。もうちょっとだから頑張れというのは禁句です。先の見通しなしに、本当に頑張ると、ひどく危険なことになりかねません。

何が何でもがんと闘うという姿勢は、一見前向きに見えるのですが、願いがかなえられないと知ったときには脆いのです。「希望」が「執着」になってしまっています、と『夜と霧』については私も以前に同じようなことを書いています。『神様のカルテ2』でも屋久島くんが榛名さんに薦められてこの本を読み、人生に前向きに生きようとするシーンがありましたね。閑話休題。

山下氏は、弾圧を受けず、民衆と苦しみを分かち合わず、しかも、宗教的カリスマ性がありません。にもかかわらず、安心を説きました。私が言うのだから信じなさい、ということでしょう。現代の日本で、安心しなさいと言って安心を与えようとしても無理です。できるのは、科学的データを体系的に提示し、リスクを相対化して分かりやすく比較検討することだけです。後は、個人の心の問題です。

「その2」には、「山下氏のもう一つの失敗は、うかつにも、福島県と組んだことです。」として、3・11以後の福島県の対応に、煮え湯を飲まされ続けた小松秀樹医師の激しい憤りを書き綴っています。

  • 双葉病院事件のように、県の職員の言動に問題があって社会に大きな迷惑をかけても、責任を明らかにして謝罪するなどの後始末をしようとしません。
  • 南相馬市の緊急時避難準備区域に住民が戻った後、法的権限なしに、書面を出すことなく、口頭で入院病床の再開を抑制し続けました。
  • 福島県立医大は、2011年5月26日、学長名で、被災者を対象とした調査・研究を個別に実施してはならないという文書を学内の各所属長宛てに出しました。
  • 南相馬市の病院には、甲状腺の専門家や甲状腺の超音波検査に習熟した技師がいません。そこで、地元の病院の院長が、関西の専門病院の協力を得て、小児の甲状腺がんの検診体制を整えようとしました。講演会や人事交流が進められようとしていた矢先、専門病院に対し山下俊一氏と相談するよう圧力がかかり、共同作業が不可能になりました。
  • 福島県は、南相馬市立総合病院で実施した内部被ばくのデータを一人あたり、5000円で提供するよう、市立総合病院に要請しました。県が一括管理するのは、あまりに危険です。震災での福島県の数々の不適切な行動が、危険であることを証明しています。
  • 福島県・福島県立医大は、放射線被ばくについての被災者の不安が強かったにも関わらず、検診や健康相談を実施しようとしませんでした。しびれを切らした市町村が、県外の医師たちに依頼して検診を始めたところ、県はやめるよう圧力をかけました。
  • 福島県は、自ら関与していないにもかかわらず、地元の市町村が独自に行った検診結果を県に報告せよ、ついては、個人情報を出すことについての同意を地元で取れと指示しました。
  • 透析患者約800名の後方搬送では、福島県は、自ら搬送するとして、民間での搬送をやめさせておきながら、すぐに搬送を放棄しました。

私は3・11以後の亀田総合病院の臨機応変で「患者の命を守る」という一心の活動を逐一ネットで知り、感嘆の念を持って見てきました。ですから小松医師の怒りが納得できるのです。人を評価する際には「何を言ったかではなく、何をしたか、あるいは何をしなかったか」が重要です。その基準に照らせば、山下氏や福島県の言い分よりも小松医師のことばを信用します。

山下氏や福島県立医科大学に、子どもたちの被ばくデータを一元管理させてはなりません。これまでの実績に照らして彼らは信用できないからです。

2011年11月19日 (土)

重大ニュースが目白押し

次々に重大なニュースが報じられるので、ブログに考えを書く時間もないほどだ。だから今日はまとめてだ!。

  • 安全宣言をした福島市の玄米から630Bq/kgの放射性セシウムを検出
  • イレッサの高裁判決
  • グリーンピースによる魚の放射能検査
  • NNSAがストロンチウムなどの土壌汚染データを公開
  • 西日本にもセシウム137が核酸とノルウェーの研究者らが発表

●イレッサの高裁判決は、原告側の逆転敗訴となった。がん医療に従事する医療者側からもさまざまな論評(概ね判決を歓迎する内容)がある。私のこの問題に関する考えは以前に書いているので繰り返さないが、がん患者の立場からみてこの高裁判決は見過ごせない一面を持っている。

高裁判決は、結局は「承認前に集積された副作用報告症例について、当該医薬品との『因果関係がある可能性ないし疑いがある』というだけでは足りず、確定的に『因果関係がある』と言える状態に至らなければ、安全対策をとる義務が発生しないとするに等しい」判決内容である。つまり医薬品の注意文書に副作用を羅列しておけば企業としての責任が免れるというわけだ。電気製品などの取扱説明書の冒頭に、注意事項が書いてあるが、あれと同様に「書いておきさえすれば良い」となる。

イレッサの教訓は、「夢の新薬」だとか「癌細胞だけに作用して正常細胞にはダメージを与えない」とかの宣伝文句には眉につばを付けて考えた方が良いということだろう。「いずれは死んでいくがん患者なのだから、重篤な副作用に当たったとしても同じことだろう。よく効いた患者もいるのだから」というような、がん患者の人権を無視したような論調には憤りを抑えきれない。今後はがん患者は自分で副作用を調べなければ安心して抗がん剤の投与は受けられなくなりそうだ。

●福島の玄米から630Bq/kgのセシウムだ検出という報道には、驚かなかった。当然ありうると思っていた。これまでの測定値を見ても、データがあれほどばらついていたら、つまりは標準偏差が大きいのだから、これまでの最大値を超える値が出るのはあたりまえ。なにがなんでも「安全宣言」をしたいという福島県の姿勢が、反って農民を苦しめることになる。もはや「全数検査」以外には消費者は納得しないだろう。

●東京都はスーパーなどの店頭で購入した食品の放射能検査をして発表しているが、その中には魚が含まれていない。グリーンピースが魚の検査を行って発表している。

大手スーパーマーケット5社で調査を行ったところ、放射能汚染された商品が広く販売されていたことを確認しました。
前回の調査ではブリやカツオ、今回の調査ではマダラやメバチマグロなど、大型魚からの放射性物質の検出が目立ちます
また、缶詰(サバの水煮)からも、放射性物質が検出されました。

福島県の11/16の魚の検査結果によれば、いわき市産のコモンカスベから910Bq/kg、いわき市産のヒラメから4500Bq/kg、広野町産のイシガレイから870Bq/kg、広野町産のコモンカスベから800Bq/kgが検出されている。この他にも31品目で100Bq/kgベクレルを超えている。 魚の汚染はまだまだ収束にはほど遠いと思う。

●そしてストロンチウムの土壌汚染データが、NNSA(国家核安全保障庁)のサイトにアップされていると、おしどりマコ・ケンさんのブログに書かれている。

文部科学省が4月12日に「福島の土壌から微量のストロンチウム」を検出したというニュースがあった。

 文部科学省は12日、福島県で採取した土壌と葉物野菜からストロンチウム89と90を検出したと発表した。福島第一原発から放出されたとみられるが、半減期が約29年のストロンチウム90はセシウム137に比べ約1千分の1以下の量だった。今回の原発事故でストロンチウムの検出は初めて。

 発表によると、土壌のサンプルは3月16、17日に浪江町で2点、飯舘村で1点が採取され、分析された。この結果、ストロンチウム90は最大で土壌1キロあたり32ベクレルだった。半減期が約50日のストロンチウム89は最大で260ベクレル。同時に分析されたセシウム137は1キロ当たり5万1千ベクレルで、ストロンチウム90の値は、この0.06%の量だった。

わずか3地点のデータの公表だった。しかし、NNSAのデータを見るとSr-90、89は22点のデータがあり、その他に17点のSr-Total(Sr-90+Sr-89)というデータがある。福島第一からの距離も記載されていて、最も遠いのは45.5キロ離れた地点である。<「Radiological Soil Samples」のCSVデータをExcelファイルに直してこちらにアップしてあります。>「FieldSampleSoilResults_DOE_1.xls」をダウンロード

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文科省も福島県も知らなかったようだが、アメリカという国は、こうした重要なデータをぽんと発表するんですよね。アメリカの良いところでもある。

2011年11月17日 (木)

チェロの音程を確認 フリーウェア Tartini

MELODYNE ESSENTIALというパソコンソフトがあります。オーディオデータをノート(音符)単位で、ピッチシフト(はずれた音を修正する)、タイミングとクォンタイズ(遅れたり早すぎる音を修正する)ができるという優れもの。

Sujpa200001spa6c
音の立ち上がりや強弱の変化がノートごとに確認できます。上位バージョンならヴィブラートも後からかけることができるようです。自分のチェロ練習の確認に良いかなと思うのですが、未熟さをソフトでごまかそうとか、狂った音程を後から直しても腕は上達しないし。

単に確認するだけならフリーウェアで「Tartini」がありました。ピッチの修正などはできませんが、確認だけならできます。もちろん、あの「悪魔のトリル」で有名なジュゼッペ・タルティーニからとった名前です。そして名の通りトリルやヴィブラートを自動的に判断して、画面に表示してくれます。ニュージーランドの名門、オタゴ大学のプロジェクトとして開発しています。

Ws0063

現在疑問に思っているのは次の2点です。

  • ヴィブラートは最初に高音側へかけるのか、低音側からかけるのか?
  • 基準音の上で揺らせるのか、下でか、それとも基準音を中心にして上下になのか?

昔からいろいろと議論があるようです。Tartiniでそれを確認してみようと思います。

今回は、Tartiniのインストールで注意する点までを。

  • 対応しているデータ形式はWAV形式だけです。ステレオ・データでも問題なく使えます。
  • 日本語(2バイト文字)のファイル名、フォルダ名に対応していない。WAVファイル名にも1バイト文字を使用する。
  • ダウンロードしたら、Cドライブのルートディレクトリなどに「C:\Tartini」などのフォルダを作ってそこに全体を移動する。
  • デスクトップにダウンロードして解凍し、起動するとテンポラリフォルダが「C:\**¥デスクトップ\**」などと、2バイト文字が自動的にセットされる。このままではエラーになって起動しない。Option-Preferences-Temporary Filesとメニューを開いて、先に作成したフォルダ名に変更する。
  • A音の周波数を442Hzに変更する。

その他はデフォルトで大丈夫です。

レッスンで、この先カザルスの鳥の歌を弾くことになりそうで、そうなるときれいなヴィブラートができなければ魅力半減です。初心者は、こうしたツールを上手に使った方が良いかも知れません。

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2011年11月15日 (火)

メディネット、抗原ペプチドを用いた樹状細胞ワクチンの臨床試験を開始

樹状細胞ワクチン臨床試験のニュースです。

東京大学とHSP105抗原ペプチドを用いた樹状細胞ワクチンの臨床試験を開始

 株式会社メディネット(以下、「メディネット」)は、東京大学医学部附属病院(東京都文京区、以下、「東大病院」)と共同で、再発・進行がんの患者様を対象として、HSP105(i)抗原ペプチド(ii)を用いた樹状細胞(DC)ワクチン(iii)の臨床試験(2011年10月3日 東大病院臨床試験審査委員会にて承認)を開始しましたのでお知らせします。

 HSP105は、膵がん、大腸がん、乳がん、食道がんなど、多くのがんに高発現していることが確認されており、幅広いがんに対する治療効果が期待されているがん抗原です。近年、このようながん抗原を利用し、「樹状細胞ワクチン」をはじめとする「がんワクチン」の開発が世界中で活発に行われています。

 当社は、平成23年8月23日付にて開示いたしましたとおり、多くのがんに高発現しているHSP105抗原ペプチドに関して、欧州11カ国で既に特許を取得し、樹状細胞ワクチンへの応用や本抗原ペプチドのライセンシングなどを計画しております(iv)。

 本臨床試験は、東大病院肝・胆・膵外科・人工臓器移植外科 國土 典宏教授を研究責任医師とし、HSP105が高発現している膵がんや他の消化器系がんなどで、標準的な治療が受けられない、あるいは、標準的な治療に対して効果が得られなかった再発・進行がんの患者様を対象に、HSP105抗原ペプチドを用いた樹状細胞ワクチン治療を実施し、安全性を評価いたします。また、副次的に臨床的有用性やHSP105に対する特異的なCTL(v)誘導などの免疫学的反応性の評価を行います。

 メディネットは、本臨床試験において、当社独自の樹状細胞ワクチン加工技術「ゾレドロン酸による感作」(国際公開番号:WO2006/006638、WO2007/029689)などをはじめ、当社が保有する免疫細胞治療に係る技術、ノウハウ、および各種基礎データの提供等の役割を担っております。

 なお、本件の業績に与える影響は軽微であります。

以上

i HSP105
  HSP105(Heat Shock Protein 105)は、熱などの何らかの要因によって体内で生産されるストレスタンパク質に分類される。膵がん、大腸がん、乳がん、食道がん等の多くのがんに高発現するタンパク質で、正常細胞では精巣での発現が確認されている。腫瘍組織にHSP105が高発現していることが確認された患者様に対しては、HSP105特異的な免疫細胞を誘導することで抗腫瘍効果が期待できる。

ii HSP105抗原ペプチド
  HSP105タンパク質を構成するアミノ酸配列のうち、特にがん抗原特異的CTLが強く反応する部分を指す。このペプチドを用いることにより、CTLを効率的に刺激・増殖させることができる。

iii 樹状細胞ワクチン
  樹状細胞は、がん細胞を貪食した後、がん抗原をT細胞に抗原提示することで同じ抗原を持つがん細胞に対する抗原特異的なCTLを誘導する役割を担っている。この機構を利用し、樹状細胞をワクチンとして投与することで、体内におけるCTLを刺激・増殖させ、がん細胞を特異的に攻撃させる治療。

iv 平成23年8月31日付リリース
  「HSP105由来がん抗原ペプチドに係る特許が欧州11カ国で成立

v CTL
  Cytotoxic T Lymphocyte(細胞傷害性T細胞)の略。T細胞性リンパ球の一種で宿主にとって異物となる細胞(がん細胞、ウイルス感染細胞、移植細胞など)を認識し、攻撃・殺傷する

2011年11月13日 (日)

被ばくは、癌の当りくじ

ICRPモデルなら、100mSvの被ばくで、だいたい生涯がん致死数が0.5%増える計算になります。いわば、被ばくは「癌の当りくじ」です。しかし、宝くじと違うのは、宝くじは当たる確率は購入者の全員に平等ですが、癌の当りくじは、体力の弱い者、免疫力の弱い者の”当選確率”が高くなります。健康な妊婦・子どもは放射線に対する感受性が高いので、確率が高いのですが、健康でない人も「当たる確率」が高くなります。チェルノブイリでも体力のない人ほど大きな影響を受けています。広島・長崎の被爆者でも、体力のあるなしが生存に大きく影響しています。

老人は被ばくの心配をする必要がない、というのは、間違っているわけです。年齢とともに免疫力が低下するのですから、放射線によって傷ついたDNAを修復する能力も劣ってくるし、健康であるなら、放射線によってできた癌細胞をNK細胞がやっつけてくれたはずですが、NK細胞の活性化も低下するようです。がん細胞は遺伝子に作用する免疫抑制作用を持っています。一般的にがん患者は免疫力が低下しているのです。老人のがん患者は、妊婦・子どもと同じくらい注意する必要があると思います。

水産庁の新しい海産物の汚染データが出ました。前回予想したように、魚の汚染は収まるどころか、500Bq/kg以上の暫定規制値を超えるデータが引き続き出ており、むしろ悪化しているのではないかと思われます。

500over
500Bq/kgの暫定規制値を超えた魚が、8月中旬から9月にかけていったん下がり、再び上昇。10月初旬に下がったのがこのところまた上昇しています。9月21日に福島県久ノ浜沖で捕れたクロイソが2190Bq/kg、11月9日に福島県広野沖で捕れたシロメバルが2300Bq/kgと、驚くような値です。陸で捕れるものは、キノコ類や一部の猪肉等を除いて、それほど汚染はひどくありません。現在の状況では、陸の米や野菜、果物よりも魚の汚染が深刻です。

ストロンチウム90がNK細胞の活性化を阻害するかもしれないという研究がありました。だとすると、ストロンチウム90による内部被ばくがより重要になるはずですが、食品中のストロンチウム90はなかなか測定されません。ほとんどデータがないのです。

放射性セシウムがあるのだから当然ストロンチウム90も含まれているはずですが、Sr-90は測定が難しいので野菜も魚も測定されていません。私の「被曝リスク計算プログラム」では、土壌におけるSr-90/Cs-137の比を1/100として、食品にも同じ比率で含まれているとして計算していますが、あくまでも暫定的な設定です。

ところが最近、土壌からの移行係数が、Sr-90はCs-137の10倍以上であるとのデータを見つけました。(こちら

Sr1mage 移行係数が約10倍なら、土壌には1/100であっても作物中では1/10となります。ECRRモデルでは、ストロンチウムの実効線量への寄与はセシウム137の300倍なので、ストロンチウムがどれくらいの比率であるかは非常に重要です。

ストロンチウム90がNK細胞の活性化を阻害するかもしれないという研究がありました。ストロンチウム90による内部被ばくがより重要になるはずですが、食品中のストロンチウム90は簡単には測定できません。ほとんどデータがないのです。推測するしかない状態です。

2009年の日本原子力学会誌Vol.8に掲載された論文「統計的手法を用いたストロンチウムの土壌-農作物移行係数の推定」では、食品中のカルシウム濃度がストロンチウム濃度に相関しているとされています。移行係数が食品のカルシウム濃度によって異なることになります。現状ではSr/Csの比は1~10%の範囲にあるだろうとしか言えないので、安全サイドなら10%を取るべきかもしれません。(プログラムは最初10%に設定してあった。是が正しいのかもしれないが、現状では断定できない)比率が1/10(10%)なら、ECRRモデルではストロンチウムはセシウムの30倍危険となります。

内部被ばくを重視する学者の間でも、ストロンチウムの危険性については見解が分かれているようです。小出裕章氏は「ストロンチウムよりも今はセシウムが問題」という立場であり、矢ヶ崎克馬氏は「ストロンチウムがもっとも重要だ」との立場のようです。

201108041 がん患者はどのように考えれば良いのか? 私としては当分の間魚介類は控える。骨ごと食べる魚は食べない。その替わりにオメガ3のサプリメントを摂ることにしています。少なくとも1年間はこれでようすをみます。ただし、表層魚のシラス・イワシ・サンマなどは相当濃度が低くなっており、福島沖のものでも大丈夫だと(出回ってはいませんが)、私自身は考えています。

それにしても、3・11以降は、がん患者にとっては対応の難しい時代になりました。『がんに効く生活―克服した医師の自分でできる「統合医療」』でシュレベールが勧める、免疫を活性化するキノコ類や、魚を多く摂る地中海式の食事も再考しなければなりません。その他の食事療法も、かえって危険ということにもなりかねません。

2011年11月12日 (土)

未熟の晩鐘

未熟の晩鐘 今週は小椋佳の『未熟の晩鐘』を繰り返し聴いている。小椋佳自身が「ジジクサイ」と言った曲集だが、現在の私には、たぶんがん患者の多くにも、心に触れる歌詞ではないだろうか。もちろん編曲もよい。

「未熟の晩鐘」ではこう歌っている。

振舞う それぞれに 落日の影 否めず
残照か 薄暮か 鐘の音 鳴り渡る
遥か 地平に 彷徨う姿
悟りより 迷いを 背負う道の果て

命の 幽(かそけ)さを 欲望の影 認めず
誘(いざな)いか あがきか 晩鐘の 鳴りやまず
未だ 教えを 説く期 熟さず
悟りとは 無縁の 未熟を愉しむ

老年になって、あるいはがん患者になって命の行き着く先が見えてきたが、悟りにはまだ遠く、他人に教えを説くには己の未熟さが、本当に身に染みる。

「落日、燃え」では

西の空を 赤く焦がし ことさら 輝く あの落日
若い日なら 顔を上げて  明日の あこがれ 映したもの
いまはどこか 舞い散る花 浴びるときの 感傷のように

命一つ 尽きる前の 名残の祭りと見る
記憶のみに 心埋めず 残りの日数に 指を折らず

切り株から 芽吹く命 ひこばえたち 慈しむように

若いときなら落日を見て、明日への希望を思い描いたが、今は命の尽きる前の名残の輝きと感じる。

死を見つめる心 (講談社文庫 き 6-1) 宗教学者であり、アメリカで黒色腫(メラノーマ)を宣告されて余命6ヶ月と言われた岸本英夫氏は『死を見つめる心 』で、その状態を「生命飢餓状態」と表現する。死後の世界も極楽浄土の信じていない合理的精神の持ち主だと、自分でもはっきりと言う宗教学者である。その岸本氏は、「死」という別の実体があって、これが生命に置き換わるのでない。ただ単に、実体である生命がなくなるというだけのことが死だと考える。「闇」というものは存在しない。光がなくなった状態が「闇」である。我々人間は、無いもの=「無」を認識することはできないのだと。だとすれば、今与えられている「いのち」を精一杯生きること、死が近づいても一日々々の重要性には変わりがないはずだと思う。

そして「あいつは手負いの猪だ」といわれるくらいに、がむしゃらに仕事に邁進する。それも残された日々をよりよく生きる道の一つには違いない。戸塚洋二氏がそうであった。アップルのジョブズ氏もそうだろう。しかし、岸本氏は別の考え方もあると気付く。死とはつまりは「別れのとき」である。卒業で友と別れ、引っ越しで近所の人たちと別れ、仕事でも多くの出会いと別れがあった。「死」はより大がかりな「別れ」にしか過ぎないと思い至るのであった。

ただ、がむしゃらにはたらくことが、人生を充実させるゆえんとはかぎらない。それも一つの人生であろうけれども、静かにしていて、人生を味わってゆく、その味わいかたの方が、ことによると、もっと人生を本当に生きるゆえんかもしれない。・・・・もう少し、静かに人生を暮らしてゆく方が、本当の人生ではないかと考えるようになった。

健康なときは、死のことが頭をよぎることは希である。明日の計画を立て、将来の設計をして、今日はいつもそのための「準備期間」である。がんになって死が近い将来の避けられない出来事だと思いいったときには、何とか助かる方法はないか、がんに効く特効薬、サプリメントはないかと、これまた「将来の設計」だけに関心を向けて、今日を生きるということを忘れてしまう。そうすると、いつになったら「今日」を生きるんだい?  道元も良寛も、多くの先達が「今ここに」あるいのちを生きることしかない、と言っているのである。岸本氏は宗教学者であるからもちろんそのようなことはご存じであった。しかし学問として知ってはいても、自分が「生命飢餓状態」になるまでは、切実なことと考えられなかったということであろう。

命とは何か、生きるとはどういうことであるのか。こんなことを考えられるのは、ありがたいことに「がん患者の特権」なんだ。特権は上手に活用すべし、である。

もうと言い、まだと思う (小椋佳)

もう やるべき事は 何もかも やってしまった と言い
まだ やりたい事の いくつかは 果たしてないと 思う
もう 何人となく 友達が 逝ってしまった と言い
まだ より大勢の 年寄りが 元気でいると 思う

もう 隠居引退 老い仕度 身奇麗大事 と言い
まだ 残された日の 花舞台 今日が初日と 思う
もう 許せぬことの 数尽きず ただ愚痴ばかり と言い
まだこの世の末を 諦めず なお正そうと 思う

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2011年11月 9日 (水)

「低用量化学療法」は『偽善の医療』か?

偽善の医療 (新潮新書) 山崎豊子「白い巨塔」の二人の主人公は財前五郎里見脩二。二人とも架空の人物であるがWikipediaに載っているのだから、この小説の人気が分かろうというもの。里見脩二には一回り以上も年の離れた兄がいて、その名前が里見清一である。そのペンネームで現役の医者が本音で書いた『偽善の医療』である。最近『希望という名の絶望―医療現場から平成ニッポンを診断する』のタイトルで2冊目が出て、里見清一=國頭英夫(三井記念病院呼吸器内科科長)氏、「白い巨塔」の医学監修をした医者であることが表向きになった。

希望という名の絶望―医療現場から平成ニッポンを診断する この2冊が痛快である。ひねくれた感覚で、多くの世の中の考えに逆らい、世の「良識」に挑戦した本である、そうだ(本人がそう言っている)。読んでみて、決してひねくれていないよ、と言ってやりたくなるのは、私もひねくれた性格で、長い物には巻かれたくない、世の中の良識、多数意見には逆らいたくなる性分だからだろう。

例えば「第一章 患者さま撲滅運動」では、医療はサービス業であるから顧客である患者は「患者さま」であるとする、厚生労働官僚の単細胞ぶりを非難する。患者が顧客であるなら、当然行き着く先は「高水準の医療を少ない費用で」購入するのが賢い消費者であると思うようになる。モンスターペイシャントが増えるのもあたりまえだ。

私も「患者さま」と言われたら気持ちが悪い。だって看護師も医者もこちらを金を払ってくれるお客としか考えてないってことだろう。「またのお越しをお待ちしています」と言われると小馬鹿にされた気はしないか。「お大事に」といわれた方がましだろうと思う。

第11章 「間違いだらけの癌闘病記」はどんなことが書いている気になって真っ先に開いた。まさか私のブログのことは書いてないよなぁ。高齢者の癌は進行が遅いというのは間違いだそうだ。「若い人の癌は進みやすいから検診を受けるべきである」も間違い。これは分かる。若くなくても膵臓がんは進行が早いが、だからといって3ヶ月ごとに膵臓がんの検査を受けることは不可能だ。「検診して早期発見をすれば治る」を否定している点で、近藤誠氏と同じことを言っている。

要点だけを紹介しても里見清一先生のひねくれさ加減は伝わらない。ドラッグ・ラグについてこんなことを書いているので、ひねくれさ加減を味わって欲しい。

どうして日本では欧米に比べて新薬の承認が遅れるのか、患者さんに行き渡らないのかという疑問について、臨床試験の方法論を専門にしている私の同僚は、こう言っている。「だって、アメリカ人は、ランダム化試験を含め、臨床試験を一杯やっているんだから。データがみんなアメリカから出ていて、それで日本と承認が同じなんてのだったら、むしろアメリカ人が怒るだろう」

「セカンドオピニオン」も不要だと断言する。セカンドオピニオンに行って、担当医と意見が違ったとき、どうするのか? どちらを選ぶのか? それともサードオピニオンを受ける? せいぜいが担当医と同じ意見だったというので元の担当医のところに帰ってくるだけだ。たまに「もっと効果的で低侵襲の治療法があります」と言われたら、いかさまの代替医療を勧められたという笑い話のようなことも多い。とこんな具合で持論を進める。

まぁ、セカンドオピニオンの例は、外科医は手術をしたがるが放射線には別の選択肢を出してくれるかもしれないから、全部が全部里見先生の意見には賛同できない。だからセカンドオピニオンは「別の科の医者を選べ」と言われている。しかし、最後は自己決定しなければならない。自己決定を先延ばしにしたい、誰かに「これなら確実に治ります」と言って欲しくてセカンドオピニオン、ドクターショッピングする患者が多いというのは分かる。

『がん患者学』の柳原和子も「いい加減にドクターショッピングは止めておけ!」と言われたと書いているが、自己決定のための積極的な情報収集とドクターショッピングは紙一重だろう。

「有力者の紹介は有難迷惑」では、有り難迷惑どころか、反って逆効果になる場合が多いと脅かしている。実際にそうだろうなと、読んで感じ入る次第である。私など病院に顔の利く、有力者の知人がいないからそのような心配はしたことがなくて幸いだった。

『癌の「最先端治療」はどこまで信用できるか』には、休眠療法と低用量化学療法を批判した部分がある。低用量化学療法は「最先端治療」との脚光を浴びるほどの治療法とは言えまい。標準治療からはずれているだけだと思うのだが、ま、それは措くとして、その箇所は次のように書かれている。

要するに、現時点で、「休眠療法」 ないし「低用量化学療法」 は、それを推奨するだけのデータがない。「ない」 ことと「無効である」 ことはイコールではなく、もちろん、これからそういう成果が出てくる可能性はあるだろう。私自身は懐疑的であるが、私の個人的見解などはどうでもよい。研究を継続される先生方が、見事、私の期待を裏切って成果を挙げられるよう、心から願っている。そういう治療法が実現すれば、患者さんに対する利益はきわめて大きい。そのことに私に異論があろうはずはない。

ただし、「まだ実現していない」 ということはつまり、実験段階なのである。研究は継続すべきであるが、それをあたかも「そういう治療法がある」ものとして、通常の化学療法と同列に提示するのは、科学者のとるべき道ではない。もしそうしたいのであれば、それは、霊感商法の壺同様、「信じなさい」という謳い文句とともに売るべきものである。学会などからは当然脱退すべきであろう。保険診療の対象にするのも詐欺行為に近い。
実験は実験として、研究は研究として、行うべきである。患者さんから「そういうのがあったらいいなあ」と言われたら、それを一刻も早く開発すべきである。それは、医者側にとっても辛く苦しいことであるのは、すでに一世紀以上も前、エミール・ルーが経験した通りである。

それでは、患者はどうなのか。患者もその「科学的な医者の苦悩」とやらにつきあわないといけないのか。つきあう必要は、実のところない。ただし科学から離れたその時、あなたに向き合っているのは、あなたや私が普通使っている意味での「医者」ではなく、アフリカの呪い医師の流儀で「治療」しようという「治療師」である。その人が、良心的で、かつ(あなたともども)幸運であることを切に祈る。

この主張には反論せざるを得ない。私なんぞは、医者は科学者ではなくアーティストだと思っている。科学者であるならば里見氏の指摘は当たっているだろう。しかし、例えば抗がん剤TS-1の副作用に耐えられないから少し休薬することもあるだろう。あるいは量を減らして服用する等という例は、臨床の現場ではひんぱんにあるではないか。「通常の化学療法」というのが、臨床試験で用いられた抗がん剤の量を投与すべしというのであれば、休薬したとたんにエビデンスはなくなる。その時には霊感商法と同じになるのか? アフリカの呪い医師になるのか? エビデンスのない治療はやってはいけないのなら、心臓のバイパス手術もモルヒネの投与もダメだろう。医者は匙加減をしてはいけないのか。

命をあずける医者えらび―医療はことばに始まり、ことばで終わる 「実地医家のための会」が出版した『命をあずける医者えらび―医療はことばに始まり、ことばで終わる』に、私の主治医である鈴木央先生の『「物語」に寄り添う』というすてきな文章がある。例によって長くなるが引用したい。

「物語」に寄り添う  鈴木央

 私は街なかの診療所で普通の内科医をしています。外来患者さんの診察はもちろん、診療所に来ることができない患者さんのところに往診することもしています。最近では、このような往診のことを訪問診療、在宅医療と言うようになりました。

 さまざまな事情で在宅医療の対象となられる方々がいます。老衰で歩けなくなった方、脊髄が麻痺して寝たきりになった方、がん末期の方、難病を患っている方……。なかには、自宅で最期の時を迎える方もいらっしゃいます。

 たくさんの看取りの経験の中で私は気づきました。それぞれの患者さんが、ドラマティックとまではいかないものの、それぞれの大切な「物語」を持っているということに。そしてこの「物語」に寄り添っていくことによって、少し深いところで医者と患者さんは通じ合えると感じられるようになりました。今ではこれは医者の大切な役割のひとつではないかと考えています。

 医学は「物語」を必要としません。医学を科学的に研究するためには患者さん一人ひとりの人格は押し殺され、ひとつのデータとして扱われます。もちろんそうでなければ、自然科学となりえないのですが、これが医療の現場にもあてはまると考えている医者は少なくありません。最近医者の間では、「エビデンス・ベイスド・メディシン(EBM)」という考え方がはやっています。患者さんの治療にあたっては、効果があることを科学的に実証された治療法を用いなさいという考え方です。当然と言えば当然です。しかし、この考え方だけでは、医療の現場は動かないと思うのです。

医学と医療の違い

 医療における医者の役割は、医学の知識を用いて、患者さんと相談しながら治療を行っていくことであると私は考えています。患者さんはもちろんそれぞれの「物語」を抱えています。これを無視して医学的な論理だけで治療を行ってもうまくいくわけがありません。

 例えばAという薬は80%の患者さんに効果があるということが実証されています。医者は自分の患者さんにAという薬を用いて治療をしました。残念ながら効果はありませんでした。ところが、ここから先は「エビデンス・ベイスド・メディシン」は何も教えてくれません。残り20%の人のことは基本的に考えていないからです。しかし、医療という現場には厳然として「Aという薬に効果がなかった患者さん」が存在し、対応を求めているのです。

 もちろん別の治療法が存在し、これらを行うことによってある程度の効果が得られるかもしれません。その治療法を行っても、効果がなかったとき、その患者さんの心のケアはどうすればよいのでしょう。医学は何も答えてくれません。

 一方では、このようなケースもあるかもしれません。Kさんは友人の一人から、コレステロールを下げる薬を服用したところ副作用が現れて大変苦労したという話を聞きました。Kさんは、自分にも副作用が現れるかもしれないと考えるようになりました。健康診断を受けた時にコレステロールが高いので、コレステロールを下げる薬を服用するように指示されました。Kさんは断ります。医師はなぜコレステロールを下げる必要があるのか、繰り返して説明します。それでもKさんは薬の服用を断るのです。ここから先は医者がどのように対応するのかで、Kさんの医療に対する満足度は大きく変わると思われます。

 ひたすら医学的な必要性のみを説明し、Kさんの考えを聞こうとしない医者と、Kさんがなぜ薬を飲むのを嫌がるのかを聞いてくれ、理解を示してくれる医者、どちらの満足度が高いでしょう。どちらの医療のほうが正しいのでしょうか。医学と医療が違うのはこんなところからもわかるのではないでしょうか。
 在宅医療の世界では、より深い物語に触れることができます。

統計学的に証明されたエビデンスは、あくまでもその患者全体に対する効果であって、目の前の患者に効果があると保証されたものではない。TS-1の副作用を訴える患者に「決められた量を飲まないのなら、命の保証はできません」と言う医者がいたとしたら、それこそアフリカの「呪い医師」ではなかろうか。

次の文はイレッサに関してのものであるが、エビデンスが万能ではないという意味では同じ趣旨であろう。

それではイレッサは無効であるのか、ということの判定は、繰り返し述べたように、統計で確率として計算される。一部にべらぼうによく効く薬でも、全体に対しての効果は「統計学的に」検出されない可能性がある。

イレッサは、一部の肺癌には著明な効果があるが、集団全体に対する効果は「統計学的に」証明されなかった、というのが、「無効であった」とされるランダム化試験の結果であって、本物の「無効」とは異なる。こういう場合どうすればよいのか? 効く患者をいかにして選択するか、が非常に重要であり、実際、そのような研究や臨床試験は現在までなお続いている。

無効であっても効く患者がいるし、標準量の抗がん剤でなくても効く患者がいるのである。なぜなら人間は全て個性があり、癌にも個性があるから。なんと、このイレッサに関する記述は、里見氏の同じ本の別の章に書かれているものであった。

持ち上げたり、けなしたりと忙しいが、私のひねくれ根性のなせるものだと思って勘弁願いたい。『希望という名の絶望』を読めば、里見清一先生は患者にも慕われるよい医者であることが理解できる。自分の患者が亡くなったときには、夜中であっても必ず見送りのために病院に出てくるのである。子どもや孫が遠くにいて見舞に来れず寂しい思いをしている患者のために、自分の小さい娘を病室へ行かせ、最期の看取りに立ち会わせたりもする。『神様のカルテ』の栗原一止のような、不器用だが暖かみのある先生であろうと想像する。

「希望とは、逆境の中に存在する」とか「死ぬまでがんばれ!と言われた患者がぶち切れる方がまっとうである」とか、私としては波長が合いまくって琴線に触れる話が多い本である。あなたが「ひねくれ者」だと思っているのなら、読んで後悔しないはずである。

ところで『神様のカルテ』読みました? 『神様のカルテ 2』までも読んだが、涙が止まらなかった。古狐先生の最期の演出などは最高です。漱石かぶれの一止の奥さん、ハルさんこと榛名さんが素敵だったなぁ。映画化されるそうですね。原作よりも優れていると思った映画にはお目にかかったことがないから、たぶん私は観ない。でも、宮崎あおいの榛名は良いかもしれない。

神様のカルテ 神様のカルテ 2

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2011年11月 6日 (日)

魚の汚染データ:収束なんかしていない

水産庁が発表している「水産物の放射性物質の調査結果」が、今回からExcelデータで提供されている。これはありがたい。これまでのPDFファイルでは自分で分析したくても再入力など困難で、提供されたデータを一別してもなかなか全体像がつかめなかった。Excelファイルなら自由にデータを加工して分析することができる。
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東電や保安院、文科省も水産庁に見習ってExcelファイルでデータを公開して欲しいものである。それとも生命保険会社の約款のように、わざと理解しづらくしてあるのか。

早速分析してみた。オートフィルターが設定されているからプルダウンメニューで絞り込んでいけばよい。絞り込んだ結果を別の新規シートにコピーしてグラフ化した。なお、ヨウ素131はほとんど検出限界以下であるので、放射性セシウム(Cs-134+Cs-137)のデータのみを表示する。またセシウムの「測定限界以下」のデータはグラフには表示されない。

福島:淡水魚
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暫定規制値を超えるものは出なくなったが、汚染度が低下しているかどうか判断が難しい。土壌や山林が汚染され、それが川に流れ込んでいるのであるから、川魚が一挙に汚染度が下がると期待することはできない。

福島以外:淡水魚
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むしろ福島県以外の淡水魚の汚染度が高い。測定点数は少ないが、11月2日分でも500Bq/kg以上のデータが2カ所ある。もっと測定数を増やすべきだろう。それに若干右肩上がりになっているようにも感じられる。まだまだしばらくは下がらないのではなかろうか。

福島:全体(海藻類を除く)
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全体的にもまったく汚染が収束する気配はない。

福島以外:全体(海藻類を除く)
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9月5日以降は暫定規制値を超えたものはないが、200~300Bq/kgのものや、100以下であっても50Bq/kgを超えるものが結構たくさんある。これらのものが「安全です」と称して当然のように市場に出回っているわけだ。

福島の魚介類を詳しく見てみる。

福島:無脊椎 イカ・タコ・アワビ・エビなど
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徐々に数値が低下している傾向が読み取れる。

福島:表層魚 コウナゴ・シラス・イワシ・サンマ・カツオなど
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これらの魚は、4、5月時点では相当高い値だったが、現状では全て100Bq/kg以下であり、急速に汚染度が低下している。すでに気にするレベルではないと思われる。

福島:中層魚 ブリ・スズキ・サバ・太刀魚など
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むしろ値が増加している。これからもしばらくはこの傾向が続くのではないか。ブリなどの中型魚に食物連鎖によって放射能が集まっているのだ。

福島:低層魚 ヒラメ・アナゴ・カレイ・アンコウ・アイナメ・チダイなど
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500Bq/kgを超えるものは最近ではないが、汚染はまったく収束する気配がない。これから中層魚から低層魚に放射能が食物連鎖で集まり、高くなるのかもしれない。まだまだ続きそうだ。

5月11日のブログで紹介したが、相馬市・松川浦漁港の船主さんが「9月のカレイ漁までに解決していなければ、怒るよ」と言って、船を修理資料の準備をしている姿がNHKで放映された。私は、食物連鎖はこれからで、チェルノブイリの例では半年から1年後が放射能値のピークだった。申し訳ないが、カレイ漁はたぶん無理だろうと書いた。
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500Bq/kgを超えるカレイは一点も見つかっていないが、直近のデータでも360Bq/kgのものがある。収束する気配も見えない。これではたとえ漁業が再開されても消費者が買うかどうか。

福島以外の中層と低層をチェックしてみる。
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100前後のものが結構ある。当面の「がまんする放射能濃度」を、食品全体の平均で50Bq/kgと考えている私には少し気になるデータだ。今現在市場に出回っている魚介類は、平均すれば20Bq/kg程度かもしれないが、100を超えると他の食品を一桁としなければならないだろう。

ミンククジラ

驚いたのはミンククジラだ。釧路沖、北太平洋で獲れたミンククジラが、決して多くはないが汚染されている。太平洋全体に広く薄く福島原発の放射能が拡散している証拠である。
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良くも悪くも3・11以後は汚染されていない食物はないと覚悟した方が良い。どこまでなら自分はがまんできるのか、がんなどのリスクを許容できるかと、天秤に掛けて一人ひとりが判断するしかない。

暫定規制値以下であれば安全だと考える人は現状では何の心配もなく食べてよろしい。平均で100Bq/kgを超えないだろうから、この食品を10年間食べ続けても、ICRPモデルでは10万人中で”わずかに”220人が致死性癌と非致死性癌になるだけである。ECRRモデルなら約10,000人で10人に1人であるが、どちらが正しいとも現在の科学では断定できない。

私は現状では100Bq/kg以下、できれば50Bq/kg以下にすべきだと思う。妊婦・子どもは更にその10分に1以下であれば仕方ないかなと考えている。そのためには学校などに全品検査できる測定器を置く必要がある。自分の食べる食品を自分で測定できる体制が絶対に必要である。

2011年11月 5日 (土)

原発御用大賞

原発御用大賞」なるサイトがある。原発御用学者として誰が一番ふさわしいかを、学者・文化人・政治家の三分野で投票しましょうという趣旨だ。

実はノミネート対象者を募っているときに私も推薦の一票を入れた。誰を推薦したかは言わないが。

学者では、中川恵一・大橋弘忠・山下俊一・有冨正憲・菊池誠・斑目春樹氏の六名である。最初の3人は納得できるが、有冨氏についてはよく知らない。なんでも一号機の爆発映像の解説で「爆破弁が成功したのだ」と言ったそうだ。3号機の黒煙はケーブル被覆が燃えているのだとも。東工大原子炉工学研究所所長の肩書きがある。原子炉の構造もろくに知らないということか。

菊池誠氏はこのブログでも取り上げたことがある。私はtwitterは使わないので知らなかったが、そこでの発言が原子力や放射能に対する無知をさらけ出していたことが評価されてのノミネートらしい。彼の著作からの引用を元に次のようなことを書いた。

ニセ科学(似非療法)は白黒をつける
二分法をよく使います。ストレスは体に悪い。低体温は病気の元だから暖めればがんも治る。マイナスイオンは悪 くてプラスイオンは良い。

人間も自然も複雑系ですから、絶対によいものや絶対に悪いものはなく、物事のすべてに両面があるのです。この前の記事に書いたよ うに、本当に科学的であろうとすれば、歯切れが悪くなるのです。

ご本人は福島原発事故の初期の段階で「メルトダウンは起きません」などと、二分法で歯切れよく断定していた。最近でも「臨界」のなんたるかを知らないで発言しているような様子だ。

私としては菊池氏のような小物よりも中川恵一氏・山下俊一氏に大賞を受賞して欲しいと願っているのだが、さてどうなるか。どちらをとるか、迷うよなぁ。

2011年11月 4日 (金)

除染しないで放っておいても2年で6割に減る

環境省が先月、福島原発事故に伴う放射性物質の除染に関する基本方針案と関係省令案をまとめた。それによると、

年間被ばく線量1mSv以上の地域を除染対象に指定。20mSv未満の地域は2013年8月末までに一般の人の被ばく線量を半減、子どもは学校などの優先除染で60%減を目指すほか、20mSv以上の地域の段階的縮小も目標としました。

とのことです。

結論から言えば、この目標は何もしなくても達成できます。現在土壌に沈着しているのは、Cs-134とCs-137がほぼ同じ量で半々です。しかし、空間線量への寄与を考えると、Cs-134はCs-137の2.5倍ほどの線量率を与えるのです。沈着量から空間線量率への換算係数で比較すると、Cs-134の5.4E-6、Cs-137で2.1E-6です。単位は(mSv/h)/(kBq/㎡)

Cs-134が2年、137が30年という半減期を合わせて考えると、下の図のようになります。

つまり、半減期が2年と短いCs-134の線量率効果が大きいから、最初の時期は急激に空間線量率が下がっていきます。810日(2年と3ヶ月)で最初の60%に、1170日(3年2ヶ月)で50%になります。環境省が目標としている2013年8月ころには、何も除染をしなくても60%程度に減衰しているのです。

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もちろん、ホット・スポットや山林からの移動もあるでしょう。部分的に高線量の場所を除染することは必要です。何もしなくても60%になる程度の除染目標を設定したということは、政府は除染の効果には期待していないのです。それにも関わらず、何兆円もの費用を掛けてるのは税金のムダ遣いでしかない。

除染の効果がこの程度だとして、つまり環境省が除染効果はないし、やる気もないと考えているとして累積線量はどうなるか。減衰を考慮して計算した結果が下の表です。2年で60%、3年で50%の目標通りに除染できた地域に住み続けたときの累積線量だと考えても良い。もちろんどこかで別の原発が事故を起こすことは考えていない。東電の発表では100年に1度は今回のような事故の確率となるのだが・・・・。

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0.5μSv/h以下の地域では、100年住んでいても100mSvを超えない。しかし、1.0μSv/hの地域では25年でほぼ100mSvになる。つまり政府や山下俊一氏が言う「100mSv以下なら影響がない」レベルを、外部被ばくだけで超えてしまう。文科省の汚染マップなら緑色の地域とそれ以上の地域であり、福島市なども含まれる。

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こんな面積を、恒久的な除染をするなんて無理だよ。現在行っているホットスポットなどの緊急的除染と恒久的除染を混同してはいないか。除染すればさも元の土地で暮らせるかのように、偽りの希望を持たせている。緊急時避難準備区域を解除されて自宅に帰っている住民がいる。狂気の沙汰で、旧ソ連の政府ですらやらなかったことだ。

それならば、せめて内部被ばくを減らす工夫をすればよい。「緊急時における食品の放射能汚染測定マニュアル」には次のように書かれている(10,12ページ)。

分析目標レベルは、第2段階モニタリングにおいて事故後1ヶ月以降1 年間での食物摂取による被ばくを実効線量で1mSv/年とする。これを放射性セシウムについて、牛乳・乳製品、野菜類、穀類及び肉・卵・魚・その他の4 食品群にそれぞれ0.1 mSv/年を割り当てると、各食品群のCs-137 濃度はそれぞれ20、50、50、50(Bq/kg,L)以上となる。

Cs-137で50Bq/kg、Cs-134との合計なら100Bq/kgで1mSv/年となる。私の「被曝リスク計算プログラム」でも同じ結果になった。

Ws0054 だったら、暫定規制値500Bq/kgを多くても100Bq/kgにすればよい。食品の実測値が50Bq/kg程度というのであるなら、50にすれば、住民の安心につながるだろう。「生涯で100mSv」などという、食品安全委員会のあやふやな答申なんぞは撤回して、全ての食品で50Bq/kgとすべきであろう。

2011年11月 3日 (木)

感動するような美しい自然に接すれば、生存率も高くなる

10月28日のブログに書いた吉村光信さんのエッセイの続き『がんと心もよう(2)「病は気から」の精神免疫学』が「市民のためのがん治療の会」のアップされています。精神(神経)免疫学によるこころとがん治癒との関係を簡潔に要領よくまとめています。その中にこんな文章がありました。

フランクルの実存主義の観点から、浜松医大診療内科では全人的治療という療法が検討されました。専門医により予後が6ヶ月未満と告知されたがん患者28例を対象に、漢方学的な補剤を用いてエネルギー補給を行い、また、その患者が生きてきたプロセスを積極的に評価し、人生に十分な意味と価値を与えられることに意識を向けさせて、患者固有の社会的役割を遂行させるというような指導がなされました。その結果、平均生存期間は18.4ヶ月と、推定生存期間の3倍以上長かったとのことです。また、この28例のうち、美しい自然に心を打たれるなど、がんになるまでにはなかった感動的な体験(至高体験)があった6例では、他の22例と比べてストレスホルモン(コルチゾール)の指標、抗コルチゾール物質(DHEA-S)、生活の質(QOL)、生存期間などの項目で有意に良好な指標が示されました。

というわけで、先月の信州旅行で撮った感動的かどうかはわからない写真をアップします。あなたの免疫力がアップするとよいのですが、つまらんと感じて生存期間が短くなったと言われても、一切の責任は取れません。

渋温泉の宿は「古久屋」。目の前が「千と千尋の神隠し」の舞台のモデルかという「金具屋旅館」。古久屋は金具屋よりもはるかに古く、1200年の歴史を持つという宿で、源泉が6本も引かれています。おかげで渋温泉自慢の外湯巡りをする余裕はありませんでした。内湯だけでも14槽あるそうです。もちろん全部入ることは無理でした。伊香保温泉に一字違いの「古久家」があり数年前に利用したのですが、余りよい印象を受けなかったので、こっちの古久屋も最初は伊香保の系列かと躊躇していたのですが、誠によい宿でした。勘違いして伊香保の古久家に予約してからこちらの古久屋に来る客が結構いるそうで、そそっかしい人間はいつの世にもいるものだと呆れたのだが、さてその客はどうしたのだろう。

ご飯も「幻の米」と言われ、佐久市の旧浅科村のわずか400haで獲れる「五郎兵衛米」です。魚沼産コシヒカリよりも美味いとの評判通りで、夫婦でお櫃を空にしてしまいました。

写真をクリックすれば、スライドショーに。

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【追記】

前向きな勘定は寿命も延ばす」という坪野吉孝氏の記事がアピタルに掲載されています。

61~80歳のグループでは、健康状態に差がないと仮定してもポジティブな感情の強い人の方が死亡リスクは低かった。一方、81歳以上のグループでは、健康状態に差がないと仮定すると、ポジティブな感情が高くても死亡リスクに差はないという結果だった。

「私は人生を楽しんでいる」「私は幸福だ」などの感情の強さが、61~80歳の高齢者の死亡リスクの低さと関係することを示した点が、今回の研究の興味深い点だ。こうした感情と寿命との間に、年代による差があるかどうかは、今後さらに研究が必要だろう。

 

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2011年11月 2日 (水)

食品安全委員会答申の欺瞞性

10月27日に食品安全委員会の答申が出た。「健康影響が見いだされるのは、生涯の累積でおおよそ100ミリシーベルト以上」との評価だそうである。遅まきながら、と言うのは答申の全部に目を通していたら"遅まきながら"になったのだが、この答申に対しては巷では否定的な論調が大多数のように見受けられる。私もそうである。しかし、食品安全委員会の委員のみなさんには同情を禁じ得ない。ありていに言えば、「日本の経済を回し食糧を確保するために、何人の方に死んでいただくか?」を決めるのであるから、私だったら胃が痛くなり夜も寝られず、ストレスでがんが再発するかもしれない。

こうした審議会、委員会の常として、役人が最初に落としどころを決める。「まぁ、結論はこんなところで・・・」というわけである。しかし建前は「専門家」にお伺いを立ててから政府の方針を決めるということになっているが、そのようなことは希である。希であるから「建前」なのだが、そんなことを言っては身も蓋もない。しかし、世間は身も蓋もないことばかりではなかろうか。

      「放射性物質の食品健康影響評価について

落としどころにうまく軟着陸させるためにはどうするか? 落としどころに反対する専門家を委員会に参加させなければ良いのである。100mSv以下では安全である、若しくはそれ以下では影響は確認されていないという主張も持っている専門家だけで議論(議論にならないけど)すればよい。委員の構成も実際にそのようになっている(と思われる)。

一部のマスコミでは、生涯で100mSvだから、1年ではおおよそ1mSvで「現在の暫定規制値の5分の1になるのだからより厳しくなる」と書いているが、それは正しくない。暫定規制値の5mSvは放射性セシウム(134+137)であり、今回の答申は全ての放射性物質の合計としておおよそ100mSvと言っているのである。セシウムもストロンチウムもプルトニウム・アメリシウム・ウランだって含まれるのである。

答申が述べている要点は次の3点である。

  • 生涯の累積実効線量が100mSv以上で影響が出る可能性がある。
  • 100mSv未満での影響については分からない。
  • 子どもは成人よりも危険かもしれない。

以上。要するに、新しいことは何も言っていないのと同じである。集まって議論しただけムダだったということ。

「食品由来限定の放射線による影響に関する疫学データは乏しかったので、外部被ばくも含めたデータを使用した」そうである。そりゃそうだろう。集まったのは食品の害、疫学などの専門家である。食品に関する全世界の疫学データ、学会発表データに通じているはずである。通じていなければ専門家と言えず、この委員会に参加する資格がない。委員会に参加する時点で、食品に含まれる放射線に由来する影響を調べた疫学データは乏しいことは周知の事実だったはずである。

委員長談話によれば、「食品健康影響評価は、食品の摂取にともなるヒトの健康へ及ぼす影響について評価を行うものであって、緊急時であるか、平時であるかによって、科学的な評価の基準などが変わる性格のものではない」そうである。まったくまっとうな談話である。ならば、一般公衆で年間1mSvという現状の法律のままでよいではないか??

この答申を受けて厚生労働省の対応についてテレビ朝日が次のように報じている。

 厚労省は、食品に含まれる放射性セシウムからの被ばく線量を年間5ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げる方針を明らかにしています。新たな規制値について検討する厚労省の部会では、現在、流通している食品を食べた場合でも、推計される放射性セシウムによる被ばく線量は年間0.1ミリシーベルト程度になるという結果などが発表されました。今後は、放射性セシウム以外の物質についても、来年4月の施行に向けて新たな規制値を取りまとめる方針です。

おいおい。これじゃますます「一般公衆年間1mSv」でよいではないか。

私がいろいろと批判するよりも、3000件以上の集まったというパブコメをざっと見た方がよいかもしれない。なかなか鋭い指摘がたくさんある。

「100 mSv 未満の健康影響について言及することは現在得られている知見からは困難であった。」とあるのにもかかわらず、100 mSv という基準を出しているのは問題です。
評価書案でも、放射線の影響により悪心、嘔吐、血液学的抑制及び皮膚の放射線熱傷を含む急性放射線宿酔の徴候が認められた知見や、137Cs による中枢神経系への影響についての知見が示されているように、がん以外の影響も認められています。したがって、がんに限った知見により基準を決めるのは危険です。

審議結果(案)を読んで、「これまで」のデータと照らして、確たるエビデンスが存在するもの以外はすべて危険性を認めていないことが、非常に気になる。

放射性セシウムの経口摂取について、評価書(案)p.81 にもあるように、経口曝露による疫学研究が進んでいない。わずかにチェルノブイリ事故による、スウェーデンにおけるホットスポットでのデータがあるのみである。しかし、ごく微量での被ばくで発がんリスクが1.0 を超えていることは有意に分かる。

発がんのエビデンスが存在する最低線量100 mGy というのは、あくまで急性被ばくに対するものです。生物学的考察及び高バックグラウンド地域の疫学調査から、低線量率の慢性被ばくの場合にはリスクは低くなる可能性が高い。その意味で、「累積」の線量として100 mSv という表現は誤解を招きます。
一方で、100 mGy 以下ではがんが生じないとは言い切れません。広島・長崎の原爆被爆者の疫学調査にしきい値モデルを適用した場合、しきい値の上側90%信頼限界は85 mGy である。また、ケース・コントロール研究では、胎児期の10~20 mGy 程度の被ばくと小児がんとの間に関連があることが示されています。
これらの疫学データ及びDNA 損傷修復の不完全さに関する考察により、放射線発がんにはしきい線量がないと考えるのが、現在の国際的スタンダードです。にもかかわらず、本評価書(案)では閾値型の反応を前提として TDI 又はそれに代わる安全線量を設定しようとしており、そのアプローチには違和感を禁じえなません。

参考にした国際機関の見解として、ICRP、WHO、IAEA、CODEX 委員会が挙げられているが、内部被ばくを重視してICRP を批判しているECRR は無視しているがなぜか。
・本案は予防原則がまるで分かっていない、むしろまったく無視しているのはどうしてなのか。リオサミット宣言第15 原則にうたわれ、気候変動枠組条約や生物多様性条約カルタヘナ議定書にも貫かれている原則である。
本案は、いずれの文献を見ても、100 mSv 以下の低線量被ばくによる健康被害を疫学的に完全に証明したものはないから、低線量被ばくによる健康被害を確定的に認めることは危険だ、よって100 mSv 以下は安全だという論理展開になっている。ECRR の関連論文も引用しているが、疫学的に論証不十分ととしているが、その根拠が不明である。どこが論証不十分なのか。これまで成功してきた実証科学で捕まえ切れない不確実事象に関する態度としては、まったく不十分である。「科学的に証明ができないことを、そのことに対する対策を怠る理由にしてはならない」というのが予防原則なのである。

いわゆる『虎の巻』、放医研が出している『虎の巻 低線量放射線と健康影響 ─先生、放射線を浴びても大丈夫? と聞かれたら』から多くの引用が為されているが、どうも恣意的である。参考論文も都合のよいものを集めただけのもの。例えば日本も協力した15ヶ国の原発作業労働者40万人の疫学データについて言及していない。トンデルらのスエーデンにおけるセシウムの影響に関しても、答申では全がんリスクのわずかな上昇の報告(80 ページ20-33 行)や、膀胱がんとの関連の報告(81 ページ20-34 行)があるとしながらも、結局は個別に評価結果を示すに足る情報は得られなかったとしている。

つまり、完全無欠な疫学データ以外は評価に値しないという立場を取っている。しかし、疫学データにバイアスのない、交絡因子が完全に補正されたものなどあるはずがない。そんなことは私のような素人からいわれずとも専門家だから分かっているはずだ。

『虎の巻』から引用して、「10mSvの発がん影響を明らかにするためには62万人の調査対象者が必要である」とQ&Aには書いてある。なんだ、分かっているじゃないか。そしてバイアスも交絡因子もない理想的な62万人の疫学データなどあるはずがないし、将来もたぶん出てこない。あるはずがないものがないから、影響は分からない。当然である。だったら委員会など開かなければよい。

役員の示した落としどころに軟着陸させる苦労は分かるけどね。どうしようもない専門バカばかりだ。「人は見たいものしか見えず、見たくないものは見えない」と言ったのは誰だっけ。

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