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2013年4月

2013年4月30日 (火)

パンキャン:サバイバーストーリーに紹介

亀戸天神の藤祭り:先週なら満開だったのだが、あの嵐では・・・。昨日は藤は既に勢いがなかった。


パンキャン・ジャパンの「サバイバーストーリー」に紹介されました。いつものようにチェロを抱えた写真が載っています。(チェロだと絵になるからなぁ)日付は4月12日となっていますが、本日公開されたものです。文章の最後に、

人間には「死」があるからこそ、困難に挑戦できる。永遠の命が与えられたとしたら、それは何でもできるということだ。しかし実際には、全てにおいてやるべきことに期限がないということでもある。あらゆることを先延ばしにできる。「今ここ」に、私たちに与えられた課題と義務を果たすことが、唯一人間として実行可能なことなのだ。

と、偉そうに書いていますが、これはヴィクトール・E・フランクルが1946年12月28日に、フランス・オーストリア大学会議における講演の中で述べている言葉を、私なりに要約したものです。原文は『現代思想 4月臨時増刊 imago 総特集=ヴィクトール・E・フランクル』に掲載されています。この臨時増刊号は、私にとって永久保存版です。

そのうちに、パンキャンから、このブログにもリンクを貼ってくれるそうです。

2013年4月28日 (日)

お言葉はなかった。「主権回復の日」祝典

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おぼろ月夜の倉敷美観地区


今日の「主権回復の日」祝典はあやしげな雰囲気。NHKの中継がない。沖縄タイムスが4月15日の社説で以下のように指摘していた。

そもそも天皇・皇后両陛下は、式典出席を望んでいるのだろうか。あえて推測すれば、とてもそのようには思えない。

そして、今日の式典で天皇のお言葉はなかった。昨年12月の79歳の誕生日に際して、沖縄についてこう語っている。

「沖縄はいろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに、日本全体の人が皆で沖縄の人々の苦労している面を考えていくことが大事ではないかと思っています」

こうした天皇の真摯な態度に対して、己の歴史認識を強引に押し通そうとする安倍晋三は、式典に出席を要請した。憲法に違反する天皇の政治的利用に当たると言わざるを得ない。

天皇がお言葉を述べられなかったのは、せめてもの抵抗だ。その信条を深く忖度して、その対応に賛意を表する。

沖縄が本土と切り離され、米軍の統治下に置かれたことが、どうして主権の回復と言えるのか。安倍晋三は式典で「戦中、戦後のご苦労に対し、通り一遍の言葉は意味をなさない。沖縄が経てきた辛苦に深く思いを寄せる努力をなすべきだ」と述べた。沖縄県民がこぞって反対したオスプレイが、約束を無視して傍若無人に飛び、普天間への移転も強行しようとする彼の口からこのような言葉が出るとは、悪い冗談だとしか思えない。

琉球新報は今日の社説で『沖縄戦で本土防衛のための「捨て石」となった沖縄は、4・28を境に再び「小の虫を殺して大の虫を助ける」ための政治的質草となった。』と断罪している。

尖閣諸島を国有化して忠告との関係を険悪にし、竹島では韓国の神経を逆なでした上で、従軍慰安婦問題はなかったとか、侵略には国際的な定義がないなどと、火遊びが過ぎる”戦争を知らない男”が戦争をやりたがっているように見える。これでは北朝鮮の金正恩と変わらないじゃないか。

2013年4月27日 (土)

池田省三さん、逝く

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備中国分寺の五重塔と鯉のぼり:25日はレンタサイクルで吉備路を回りました。天気も良く、さわやかな風と土の香りを受けながらのサイクリングは気分爽快だった。少子化で空高く優々と泳ぐ鯉のぼりも、めっきりと少なくなったなぁ。

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東京新聞、中日新聞に「ステージ4 がんと生きる」を連載してきた池田省三さんが4月23日に亡くなられたと報じられています。介護保険の論客として辛口の正論を吐き続けてきた池田さんは、大腸癌のステージ4だと告知されても「人間の致死率は100%。すとんと腑に落ちたから、その夜は熟睡しました」と言ってのけます。

介護について池田さんは、「最近、国がやってくれない、社会がやってくれない、介護保険がやってくれないといった"くれない族"が横行しています。"くれない族"というのは、高齢者の誇りを失わせるのではないかと思っている」と言い切ります。「自分で選択し、自分で責任を取るからこそ、人間の矜持、誇りがある。それを捨てたら、人間お仕舞いです。自助は自助で、互助は互助で、公助は公助でやらなくてはならない。それを全部介護保険に背負わせ、介護保険もブラックホールのように全部受け入れてしまった」ことが介護保険の崩壊を招いているのです。

フランクルがその著作でよく言われる、「人間の実現できる価値には、創造価値、体験価値、態度価値に分けることができる」があります。老いて、あるいは末期がんになって社会的は生産活動には寄与できなくなったとしても、音楽を聞く、絵を描く、仲間と談笑するなどの体験価値は実現できます。しかし多くの介護施設では「安全第一」けがをさせないよう、自分でできることさえ手を取り足を取りで、老人はその脇でボーっとして待っている。体験価値を与えようとはしない。

先日NHKで紹介されていた「夢のみずうみ村」は、介護においても老人の自主性を尊重することがいかに大切か、そうすることで老人が生き生きと生活している様子が紹介されていました。なにしろ施設内の”地域通貨”があって”銀行”まである。ボランティアをすれば通貨がもらえる。その通貨で、施設内で”賭博”までやっている。いちばん生き生きしているそうです。バリアフリーではなく、段差があり、わざわざ階段を上らなければならないように設計されている。

フランクルの「態度価値」について言えば、がん患者が最期を迎えるときになったとしても、そのときにどのような態度を取るかを選択することはできる。池田さんもまさにそれを実践した方でした。

私は、七月の紙面に、末期がんと告知されてからの不思議な体験について書いた。告知を受けて自分の死を意識し、「人間は致死率100%の存在なのだ」と受容した。すると、時間の流れが緩やかになり、それと同時に気分がゆったりとして、穏やかになれた。末期がんを告知された方が、同じような体験をするのか-。そこに、私は強い関心を持っていたが、どうやら仲間は少なくないようだ。

と、少なくない末期がんの方が同じように感じていると、いくつかの手紙を紹介していました。

死ぬときには、”体感時間”がだんだんと長くなっていく。ゼノンの”アキレスとカメ”のパラドックスのように、死の瞬間に近づくに従って、自分の感じる時間は長くなっていくから、いつまで経っても死の瞬間に到達できない。だから本人は「死の瞬間」を知ることができない。前野隆司氏が『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』で同じことを言っていました。

池田省三さんは「がんサポート」誌での鎌田實氏との対談で、「私はターミナル(死)は開放されることだ」と思っていると言い、「最後の最後に、ケアから解放されて、それを突き抜ける。それがターミナルだと、私は思っている。」と、「死」に対する”態度価値”を話しています。そして、

1つだけ、夢があるんです。ケアから解放されて自由になったとき、私は臨死体験をする。きれいなお花畑で、父と母が迎えてくれる。至福の一瞬でしょうね。そして私は消え、至福の瞬間は永遠になる・・・・。

人間は、いずれ”何か”が原因で死ななければならないのだから、ある程度余命が分かり、死の食前まで意識がはっきりしている癌は、決して悪い”何か”ではない、と私も池田さんと同様に考えている。

自転車を漕いだのは何年ぶりだろうか。歩行は鍛えているはずなのだが、歩くときとは使う筋肉が違うようで、まだ足腰が痛い。

2013年4月24日 (水)

TPPが医療を壊す:TPP参加による国民皆保険制度への影響

宮城県保険医教会のホームページに、全国保険医団体連合会事務局次長 寺尾正之氏の寄稿『TPP参加と国民皆保険制度への影響』が載っている。

医薬品の特許強化が焦点に

医薬品をテーマに2つの分野で交渉されている。

  • 「制度的事項の『透明性』の章」で、政府の医薬品の保険償還価格の決定過程に製薬企業を参加させる
  • 「知的財産の章」で、医薬品のデータ保護=特許保護の強化

アメリカ通商代表部は、わが国の国民皆保険制度を“魅力的な巨大マーケット”と位置付けている。2011年の「医薬品アクセス強化のためのTPPでの目標」や「外国貿易障壁報告書」では

  • 医薬品の価格決定の透明性を高め、保険償還価格を見直す
  • 高薬価を維持する「新薬創出加算」の恒久化
  • 外国事業者を含む営利企業による営利病院運営(2012年の外国貿易障壁報告書には明記されていないが、要求を断念したわけではない)
  • 包括的な医療サービス(混合診療)の提供

などを求めている。

上がる薬価 差額負担の導入か

  • 「医薬品のデータ保護」を盛り込むよう提案している。
  • 特別な安全性、質、効果を有する医薬品についてはプレミアムをつけて評価する
  • 先発医薬品メーカーが新薬の臨床実験データの独占権を持つ

後発医薬品の開発・生産が封じ込められ一方で、新薬の価格は高騰することになる。

  • 先進国の中で日本の薬価は高いが、さらに高いのがアメリカの薬価である。
  • TPPに参加すれば、日本の薬価がさらに上がり、薬剤費は膨張する。
  • 公的医療保険財政が悪化し、診療報酬本体=技術料の引き下げに向かうおそれがある。

7月に行われた厚生労働省版「提言型政策仕分け」がまとめた後発医薬品医用促進に関する提言では、上がる薬価への対応策として「参照価格制度の検討」が明記された。

  • 医薬品の保険給付に上限を設ける
  • 超過分は患者自己負担とする。つまり薬剤の差額負担である。
  • 患者から1~3割の窓口負担に(さらに)上乗せして薬剤の差額負担を強いる

先進医療を拡大 特許対象に

日本の国民皆保険制度は、有効性、安全性、普及性等の条件がそろう最新の医療技術などを保険給付の対象に組み入れてきた。一方で、

  • アメリカは手術方法など医療技術を特許保護の対象にしている(日本やEUは特許保護の対象にしていない)。
  • TPP交渉でアメリカ通商代表部は、「人間の治療のための診断・治療及び外科的方法」について特許対象化するよう提案
  • アメリカ先進医療技術工業会も、「規制や償還制度」への具体的対応を求めている。

つまり、医の倫理はうち捨てられ、文字通り「医は算術」とするのがTPPだ。

日本経済新聞は2012年8月17日付けの記事で、「中医協で森田会長は5月、最新の医療技術を『費用対効果』で厳しく選別していく方向を示した」と紹介。「抗がん剤は本人が負担し、その他の基本診療部分だけ保険を適用する『混合診療』案などが浮上している」と報じている。

新しい抗がん剤を保険適用するのではなく、『混合診療』として患者の負担を増やそうという方向だ。これはまさにがん患者にとっては「命の沙汰も金次第」となる。ドラッグ・ラグ問題よりもこちらの方がより深刻だろう。『混合診療』が解禁されたらドラッグ・ラグが解消するかのような脳天気な議論があるが、それでは政府の医療費が青天井になる。

  • 2010年の一年間で、厚労省が認めた混合診療(保険外併用療養費制度)が「先進医療」は、概算医療費36.6兆円のわずか0.047%である。
  • TPPに参加すれば、先進医療の対象が拡大され、特許対象となって価格も上がる可能性が高い。
  • 前述の新聞報道のように、混合診療の拡大・全面解禁に向かうことが強く懸念される。
  • 最近、民間保険会社が、「先進医療保険」の販売に力を入れているのは偶然のことではない。

TPP交渉では、ISD条項を盛り込むことが確実になっているが、国民皆保険制度への影響として、

  • 例えば、政府や地方自治体が患者の窓口負担を軽減した場合、A保険会社が、民間医療保険の販売が縮小することを理由に、日本政府に対し、損害賠償をおこすことができるようになる。
  • 同様に、先進医療の承認を受けた医療技術を保険適用した場合、先進医療保険の売れ行きがダウンするとして、損害賠償を請求できることが可能になる。
  • 患者窓口負担の軽減が進まず、先進医療の医療技術が保険適用されないまま、保険外に据え置かれるおそれがある。

営利企業による病院運営

TPP交渉に参加しているアメリカやニュージーランドなどは、営利企業病院を認めている。TPPに参加すれば、日本も営利企業の病院運営を認めるよう迫られるであろう。

営利企業による病院運営では、出資者に対する剰余金の配当が最優先される。そのため、

  1. コストの削減で安心・安全の医療が低下する
  2. 不採算の医療部門・地域から撤退もしくは進出しない
  3. 所得によって患者を選別する
  4. 医師、看護師等の過度の集中を招く
  • TPPのモデルとされる韓米FTAでは、韓国政府が「経済自由区域」において営利病院の開設を認めた。
  • 韓米FTAに盛り込まれたラチェット条項によって、営利病院を認める法律を廃止することができなくなった。
  • 日本でも「国際戦略総合特区」対象区域には、関西イノベーション特区、京浜臨海部ライフイノベーション特区など7区域が指定されている。
  • 韓米FTAのように特区において営利企業病院の開設が認められる可能性がある。

TPPは国民皆保険制度を壊す

政府が閣議決定した「日本再生戦略」(2012年7月31日)は、

  1. 公的保険で対応できない分野についても民間の活力を活かす
  2. 公的保険外の医療・介護周辺サービスを拡大する
  3. 医療・介護システムをパッケージとした海外展開
  4. 医療・介護・健康関連分野で2020年度までに約50兆円の市場を創出する

など医療を営利産業化する方針を打ち出している。

政府の税と社会保障の「一体改革」を進める社会保障制度改革推進法にも、制度見直しによる保険給付の「範囲の適正化」=給付の重点化・縮小に踏み込む方向が盛り込まれた。

TPPへの参加によって、

  • 薬価の高騰
  • 先進医療の対象拡大
  • 営利企業病院の開設
  • 混合診療の拡大・全面解禁が進行する
  • 公的保険給付の範囲が縮小し
  • 医療の営利産業化が強化される危険性がある。

わが国の国民皆保険制度の特徴である、

  1. 全ての国民が加入対象・保険給付の対象
  2. 公定価格の報酬制度で全国一律の給付
  3. 患者の判断で医療機関を選び受診するフリーアクセス
  4. 医療そのものを現物で給付する―が壊される

一方で、民間保険に加入していなければ、十分な医療が受けられなくなる国民皆保険制度になりかねない。

医療産業市場は膨らむが、その膨張分の出どころは患者の自己負担であり、財力によって受けられる医療の格差が広がる社会となることは明らかだ。

2013年4月20日 (土)

なぜ我々は存在するのか?

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下仁田温泉で見つけた道祖神


がんの転移が疑われるが、どこに転移巣があるのか分からない場合に、PETまたはPET-CT検査をします。私も術後1年のころ、膵臓がんの転移が疑われたのでPET-CTの検査を受けました。幸い転移ではなくほっとしたことがあります。(こうして生きているから当たり前か!)

このPETは「ポジトロン断層法(positron emission tomography)」の略です。ポジトロンとはプラスの電荷を持った電子、陽電子(β+)のことです。通常の電子はマイナスの電荷を持っているのですが、フッ素18などの放射性同位元素が崩壊(β+壊変)するときにβ+を放出します。この陽電子は、近傍にある人体を構成する水分子の電子と反応して、消滅します。(電子対消滅)このとき電子の静止エネルギーに等しい511keVのガンマ線を反対方向に2個放出するのです。このガンマ線を検出することで、人体をほぼ全部を一度に検査できるのです。

反物質はSFの世界の話ではなく、私たちがん患者には身近な存在なのです。陽電子は電子の「反物質」と言われ、陽子に対して反陽子、中性子に対して反中性子など、全ての物質に反物質が存在します。しかし現実には、我々の住む宇宙には反物質はごくわずかしか存在していません。宇宙が誕生したビッグバンの直後には、物質と反物質は同じ量があったのですが、10億個に2個という小さな確率で反物質の寿命が短くなることがあり、その結果ほとんどの物質と反物質は互いに反応して対消滅したのです。そして、差し引きでわずかに残った物質が現在の宇宙を構成していると、最新の素粒子理論は説明しています。そして反物質の寿命に関係してくるのがニュートリノという素粒子です。『がんと闘った科学者の記録』の戸塚洋二さんが研究していたのがニュートリノでした。

こうして現在の宇宙が存在することができました。私たちの身体を構成している酸素や鉄などの思い元素は、宇宙が進化する過程で星が超新星爆発し、それらの元素がばらまかれて、やがて暗黒物質の重力によって引き寄せられ、新たな星ができる。その一つが太陽系であり地球です。私たちの身体は、実際に”星屑”でできているのです。そしていずれは元の星屑として返さなければなりません。

宇宙の全エネルギーを100%とすると、星と銀河は0.5%、それ以外に宇宙に漂っている物質が4.4%、ニュートリノが0.1~1.5%で合計しても5%ほどです。そして残りが暗黒物質といわれているもので23%、大多数が暗黒エネルギーで73%です、暗黒物質も暗黒エネルギーもその実態は分かっていませんが、存在すると考えないといろいろは現象が説明できないのです。

村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか? ビッグバンからヒッグス粒子へ (朝日新書) つまり、私たちはわずかに5%の普通の物質の、そのまたごくわずかのことしか知らないのです。ゴーギャンがその絵に秘めた問い「我々はどこから来たのか 我々は何ものか 我々はどこへ行くのか」の問いは、もっと哲学的な問いでしょうが、素粒子論の立場からはある程度分かるようになってきました。「我々は何者か」は、きっと永遠の問いであり、誰もが死ぬまで答えを探す問いなのでしょう。

朝日新書の新刊、村山斉『村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか? ビッグバンからヒッグス粒子へ (朝日新書) 』と『宇宙になぜ我々が存在するのか (ブルーバックス) 』は、宇宙の成り立ちと私たちが存在するわけに分かりやすく答えてくれます。

2013年4月18日 (木)

一泊旅行(続)

2日目はまず、甘楽町の武者行列の見物に。小幡藩二万石の藩邸に付属する群馬県内唯一の大名庭園・楽山園の近くに車を止めて、武家屋敷などを散策しながら武者行列の出陣式会場へ。小さいが良い街でした。

大きなスライドにリンクしてます。

二万石の小国だから籠もないのでしょうか。姫も歩いての行列でした。趣向を凝らした兜がいろいろとあって、おもしろい被写体でした。こちらの写真は全てSONY α900に70-200mmの望遠レンズで撮っています。DP Merrill では合焦が遅くて間に合いません。ご覧の通り、ここの桜も既に葉桜。祭りの前倒しはできなかったのでしょう。周囲の見物客が、ゲストに和泉元彌が参加していると言っていましたが、私はその人物の顔も、何者なのかも知りません。

富岡製糸場は、立入り禁止エリアが多くて、建物も外からしか撮影できません。もう少し配慮が必要ではないかと感じました。外観ばかり撮ってもありふれた写真になるので。

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最後はめがね橋(碓氷第三橋梁)。200万個の煉瓦で作られ、世界遺産への登録をめざしている。下から見上げると、圧倒的な重量感に圧倒される。

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充実した2日間でした。相当歩いたが糖質制限ができなかったので、帰宅して空腹時の血糖値を測ったら少し上がっていた。

2013年4月15日 (月)

一泊旅行-さくらの里、小幡武者行列

週末は一泊旅行でした。群馬県のさくらの里、サファリパーク、妙義神社、翌日は甘楽町の小幡桜祭り-武者行列、富岡製糸場、めがね橋と、盛りだくさんに回ってきました。

残念ながらメインのさくらの里は、管理人によると「一分咲きで満開?」の状態。鳥の被害によって花芽が少ないとは聞いていたのですが、予想とはあまりの違いにがっかり。

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その替わり、妙義神社は期待以上によかったから良しとしよう。妙義神社ではシンセサイザー奏者のキム・シンの「桜コンサート」があり、境内の桜と解け合って荘厳な雰囲気を醸し出していました。

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ジジババでサファリパークでもないか、と娘に言われながら、間近で動物を見てきました。

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下仁田温泉の清流荘も期待以上。部屋の内風呂にも源泉掛け流しのお湯が張ってあり、温泉を利用した床暖房はちょうど良いぽかぽかさでぐっすりと睡眠がとれました。。庭は手入れされ、清らかなせせらぎが流れています。

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食事には、猪、雉、鹿、とヤマメ、鮎、鯉を使った料理。全て亭主が丹精込めて育てたのだそうです。下仁田名産のネギとこんにゃくが出ました。宿の裏手には、猪、雉、鹿を飼育している小屋がありました。鹿のつぶらな目で見つめられると、かわいそうやら申し訳ないような気になります。宿の裏の畑が、夕陽を浴びて黄金色に輝いていました。

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翌日の報告は次回に。

2013年4月11日 (木)

急ぐ角には事故来る

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「窓」で3枚。上と下はともに飲み屋の「窓」DP3 Merrill


左の二の腕に痛みがずっとある。腕を伸ばすと、上腕三頭筋の肘に近い部分に痛みが走る。原因が分からない。チェロのレッスンで低音弦を押えるときに、無理な力が入っているのかもしれない。それとも、身延山の枝垂れ桜に行ったとき、28-200mmの思い望遠レンズを左手でずっと支えていたのが原因か。

この土日は群馬のさくらの里へ一泊旅行だ。開花予想も二転三転したが、幸い13日から満開の予想になっている。ただ、鳥の被害で花芽が例年よりも少ないという。宿は下仁田温泉の一件宿を予約した。温泉ががんに効くかどうか? 梅澤先生のブログで話題になっていたが、私は温泉の効果などは考えたこともない。温泉に入って気持ちが良ければそれで良い。なにも遠方の玉川温泉にまで行く必要もない。美味しいものを食べて、酒を飲んで、ゆったりと源泉に浸かる。これでストレスも消えて、DNAのエピジェネティックな変化も良い方に向かうはずだ。

ビバルディのチェロソナタを練習中だが、チェロは音と音の繫がりが大切だ。急がず、しかし途切れず。なかなか難しい。頭で考えずに遮二無二やったって、効果は出ない。

後先考えずに、目先のことばかり考えてやっているのが東電だ。たった一匹の「自爆テロネズミ」であわや首都圏汚染かという事故の次には、通電したまま金網を張っていてショートした。ビニールシートを貼っただけの「汚染水貯留槽」といってみても、安定型のごみ処分場と何ら変わりはない。こんなもので放射能汚染水を長期間貯められるはずがないが、原子力規制庁も承認して作らせた。

hdさん、がん研での手術、無事に終わった。今週の朗報。彼のように、情報を集めて熟慮し、残ったリスクには果敢に挑戦する姿勢が、良い結果をもたらす。

2013年4月 7日 (日)

運動で、がん細胞が消える

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本日7日付の日経新聞「今どき健康学」に、運動がASC遺伝子のメチル化と関係していて、運動すればメチル化率が高くなり、若返り効果があると紹介されている。またASC遺伝子は細胞のアポトーシス(自殺)に関係している遺伝子で、がん化とも関係している。日経の記事は有料なので見ることができないが、このコラムの元となったと思われる記事が、1月3日の信濃毎日新聞に「運動で遺伝子の働き変化 信大教授ら解明」と題して掲載されている。

適度な運動による健康維持効果には遺伝子の働きの変化が関わっていることが、信大大学院医学系研究科(松本市)の谷口俊一郎教授(61)と橋本繁成助教(42)らの研究で明らかになった。糖尿病やがんなどの原因にもなる臓器の炎症を促進する遺伝子の働きが運動後に抑制されることを確認。生命活動を担う情報が記録されている遺伝子の働きは人の意思で変えられることを実証した形で、「遺伝子イコール運命」といった固定観念をあらためて突き崩す成果と言えそうだ。

谷口教授らは、遺伝子の働きを決める仕組みの一つで、メチル基という物質が遺伝子に付着する「メチル化」と呼ばれる現象に着目。臓器の炎症は体が有害なストレスや刺激を受けた時に生じるが、この時、炎症を抑える働きをする遺伝子は多くのメチル基が付いて働きが抑えられ、炎症を促進する遺伝子はメチル基が剥がれて働きが活発化していると考えられている。

信大では、能勢博・同研究科教授が開発したゆっくり歩きと早歩きを交互に繰り返す運動法「インターバル速歩」の効果と遺伝子の関係を調べる「遺伝子解析コンソーシアム」に取り組んでいる。谷口教授らは「適度な運動をすると遺伝子の働きも若返るのではないか」との仮説を立て、コンソーシアムを通じて、インターバル速歩を半年間行った中高年グループの血液を採取して遺伝子の変化を見た。

働きが強くなり過ぎると炎症を起こす原因になるタンパク質「ASC」の遺伝子を調べたところ、インターバル速歩を始める前はメチル化の割合が加齢とともに減り、働きが強まって炎症を起こしやすい状態だった。だが、速歩を始めて半年後にはメチル化の割合が高くなり、健康な若者のレベルに近づいた。橋本助教は「年齢に換算すると25~30年の若返り効果があった」と説明する。

炎症を促進する働きがある別の遺伝子でも同様の変化が確認でき、運動による効果が多面的に現れることも判明。半年後にメチル化の割合に変化が見られた遺伝子は約30個に上る。肥満やがん、うつに関係する遺伝子も含まれていることから、谷口教授らは今後、個々の遺伝子を一つ一つ調査し、遺伝子の働きの変化がどんな効果をもたらしているのかなどを解き明かしていく考えだ。

遺伝情報を伝えるDNA(デオキシリボ核酸)の一部である遺伝子の構造は基本的に変わらないが、どの遺伝子がどの程度働くかは環境などの影響で変化することはこれまでの研究でも分かっている。谷口教授は「遺伝子の構造は先天的に決まっていても、その働きは努力で変えることができる。DNAは運命ではない」と話している。

遺伝子は生命の設計図ではあっても、どの遺伝子がいつ、どの程度発現(働く)するかは環境の影響を強く受けて決定される、というのが、最近注目され研究が進んでいるエピジェネティクスの考え方です。このブログでも『がんとエピジェネティクス』と題して、6回に分けて紹介しました。

がんと炎症との関係は、シュレベールの『がんに効く生活』でも詳しく書かれている通りです。がん細胞は炎症反応を利用して自らの増殖を図るのです。「立花隆の『思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む』」

運動によって遺伝子の発現をコントロールし、がん細胞が炎症を利用するのを妨げたり、がん細胞のアポトーシスを誘導することも可能になるのです。

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2013年4月 6日 (土)

なかにし礼『生きる力』

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鷲神社の、なでおかめをSPPのモノクロモードで


生きる力 心でがんに克つ ステージ2Bの食道がんを、陽子線治療でCR(完全奏功)を勝ち取ったなかにし礼氏の『生きる力 心でがんに克つ』を一気に読んだ。

若いころの医療ミス(?)により心筋梗塞の持病のあるなかにし礼に、どこの病院も、ゴッドハンドと呼ばれている内視鏡手術の名人でさえも通常の手術を勧めるが、なかにし礼は「私の体では手術に絶えられないだろう」と躊躇する。抗がん剤で叩いて、放射線で縮小を狙い、そして手術という、マニュアル通りの医者の強引な提案に、「悪意はないけれど『ロボット』だ」と抵抗を感じる。

突然がんを告げられたことを、カフカの『変身』になぞらえる。ある日突然、油虫になった青年とその家族の不条理小説だ。そして切ることしか考えない医者たちとの堂堂巡りのやりとりを、やはりカフカの『審判』になぞらえて考える。罪状も告げられずに法廷引っ張り出されたヨーゼフが追い詰められていく様子を、オーソン・ウェルズが映画化して高い評価を得た小説だ。患者の既往歴や考えを聞こうともせず、ただ切りたがる医者との茶番のような会話に「いったい患者は誰なのです」と心の中でつぶやく。

私も心室性期外収縮で不整脈が頻発する持病があったが、しかしがん研では、手術前にしつこいくらい心臓内科の検査を受けさせられた。手術に絶えられない、手術不可の判定が出やしないか、やきもきした覚えがある。手術後に医者から「あなたの不整脈は、お腹にメスを当てるとぴたっと止まったよ」と笑われた。麻酔が効いていてもお腹に当てられたメスの冷たさを感知できるのだろうか。今でも不思議だ。

だから、全ての病院が「何が何でも切りたがる」のではないと思うが、マニュアル一辺倒の医者が多いのも事実だ。

形而上学的な思考の対象だった「死」が現実問題として突然日常生活に落ちてきた。
死という”友”が平凡な衣装を着て無精髭を生やしてやってきた。

切らずに治したい、との希望が叶えられない画一化した医療の現状を、幾重にも門を閉ざして「よそ者」を入れようとしないカフカの『城』に例える。そしてインターネットの世界から陽子線治療の情報を得た彼は、やっと新しい希望の”城”にたどり着く。

カフカ以外にも、カミュやトーマス・マン、トルストイなどの作品を挙げて、これらの作家から、がんと戦うための多くの「英知」を得たとふりかえっている。

がんという病気になって前へ進もうとしたときに、私の前に立ちはだかったのが、一般的な医療によって永年培われた常識であったし、その奥は霧に包まれて見えない。その霧を取り払って、自分の行くべき道に導いてくれたのは、運などではなく、過去の時の試練を超えた文学作品で蟻、思想書であり、哲学書で、それらの英知に触れたことが私の”生きる力”となってくれたのだ。

食道がんから生還した彼が今「命」に輝いているさまを、「はじめに」の一部を抜粋して紹介する。

暁の音楽を聞きながら、今、目覚めたこの生きものたちと私は、曙の光の中でともに生きていることを実感する。草や木と、花や小鳥と、熊や猿、犬や猫、地を這う甲虫や蟻たちとともに私は生きている。こんな当たり前のことに今更のように気がつく。私は人間でもない。私自身でもない。ただの生き物なのだ。自然の一部なのだ。
生きとし生けるもののうちの一つの命なのだもの、生きようとして当然ではないか。
私は生まれ変わって、生きとし生けるものの中の、ただ一つの命として、また生きはじめている。

彼のオフィシャルサイトに書籍の刊行インタビューがある。彼は決して陽子線治療を誰にでも勧めているのではない。食道がんも膵臓がんと同じく治療成績の悪いがんであり、ステージ2Bの術後の5年生存率は34%である。陽子線治療は先進医療として行われており、患者は約300万年の自己負担をしなければならない。保険診療として認められていないのは、他の治療方法と比較して陽子線治療が優れているというデータが揃っていないためだ。手術、放射線よりも優れているかどうかは”分からない”。いまだに臨床試験段階の治療法なのである。

ただ、なかにし礼の場合は心筋梗塞の持病があるために陽子線治療を選択し、結果的にそれが良かったということだ。

今の治療法だけに捕らわれずに情報を集めなさい。がんと向き合って直視せよ。自分が自分であることを決して止めてはいけない。自分に合った治療法を選択しなさい。人生に意味はないかもしれないが、がんが意味のない人生に意味を持たせてくれる。そうすればそこには自ずと魂の解脱にも似た歓喜が待っているはずだ。だから、英知を自分のものとして、逆境を乗り越えよう。

2013年4月 3日 (水)

死ぬのが怖いのはなぜか?

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人はどうして死ぬことを恐れるのか?がんの告知を受けたらだれでも「死」が頭をよぎる。がんが治る病気になったとはいえ、やはり「がん=死」という受け止め方が普通だと思う。膵臓がん患者なら「治る」ことは希なできごとであるから、一層「死」について考える。

「死」を哲学する (双書 哲学塾) 哲学者の中島義道氏は『「死」を哲学する (双書 哲学塾)』で、

私の場合、死に対する恐怖とは、一瞬間だけ存在して、また永遠に無になる、という途方もなく残酷な「あり方」に対する虚しさです。

と書いています。そして、

死への恐れとは、言葉が生み出した影に過ぎない。われわれが死を恐れているとしても、じつは「死」という言葉を恐れているだけだということ、このことをからだの底から実感するときー死を文字通り克服することができるかどうかわかりませんがー、目くるめくような新しい世界が開けること、それはわれわれを「自由にする」こと

だと結論づけるのですが、それを7回の講義形式で考えていきます。ですが、哲学者の論理を追って理解するのは結構難しい。

「死ぬのが怖い」とはどういうことか それにひきかえ、前野隆司氏の『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』は分かりやすい。東京工業大学卒の工学博士であり、ロボットの研究から脳と心の関係に関心を持つようになった方で、システムデザイン・マネジメントという考え方を提唱している。理工系の方であるので私には取っつきやすいということもある。

哲学者は演繹的に考えるが、科学者は帰納的に考える。前野氏は「死が怖いのはなぜか」を帰納的に説明しようと試みています。そして「死のシステムデザイン・マネジメント学」から、死ぬのが怖くなくなる方法を山登りに例え、頂上にいたる7つの推奨ルートがあると説明するのです。

  1. 心は幻想だと理解する道(脳科学の道)
  2. すぐ死ぬこととあとで死ぬことの違いを考える道(時間的俯瞰思考の道)
  3. 自分の小ささを客観視する道(客観的スケール思考の道)
  4. 主観時間は幻想だと理解する道(主観的スケール思考に道9
  5. 自己とは定義の結果だと理解する道(自他非分離の道)
  6. 幸福学研究からのアプローチ(幸福学の道)
  7. リラクゼーションと東洋思想からのアプローチ(思考の道)

前野さんは、死ぬのは「いや」だけれど、「怖く」はないという。哲学から脳科学までを動員して、帰納的に考えを展開する。本書の前半は帰納法と演繹法について「死」を考える。「死」を恐れないためには生は”クオリア” がつくりだした”幻想”であることを理解すれば良い。赤いリンゴを見て、真っ赤なリンゴの酸っぱさを生き生きと感じるのがクオリアである。物理学的には波 長が700ナノメートルの電磁波(光)が目を通じて脳に刺激を与えたとき私たちは「赤い」と認識する。この認識=感じがクオリアである。

有機物の集合である人間のからだ、その中でも高度に発達した脳が、外界からのさまざまな刺激に対応してつくりだしたクオリアの集合が「生」である。従って「生」は幻想である。観念論的な不可知論とは少し違う。外界の存在を否定するのではないが、外界=世界のありようと、私たちが感じている世界とは違うということだ。「生」が幻想なら「死」も幻想である。「私の死」は想像上の産物であって、死の瞬間は当人には認識できない。認識してもその人自身が存在しなくなるのだから、「認識」自体が無意味である。そして過去も未来も「心」という幻想がつくりだしたものだから、本来人間には過去も未来もない。あるのは「ただ今」の瞬間だけ。だから「今」を生きるのが前野さんは「楽しくてしかたがない」という。

と、このようなことをしつこく繰り返して帰納的論理を展開する。

ひと言でいえば、「死」について私と前野さんはほぼ同じ地平に立っている。

「1.すぐ死ぬこととあとで死ぬことの違いを考える道」などは、道元の『正法眼蔵』(現成公案)にある次のような一節を思い出させる。

生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとえば、冬と春のごとし。

「4. 主観時間は幻想だと理解する道」などは

 たき木、はひとなる、さらにかへりてたき木となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。

 しるべし、薪は薪の法位に住して、さき ありのちあり。前後ありといへども、前後際斷せり。灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。かのたき木、はひとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごと く、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、佛法のさだまれるならひなり。

 このゆゑに不生といふ。死の生にならざる、 法輪のさだまれる佛轉なり。このゆゑに不滅といふ。生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとへば、冬と春のごとし。冬の春となるとおもはず、春 の夏となるといはぬなり。

以前のブログ「彼岸花と道元の死生観」でもう少し詳しく書いている。

私たちの身体を構成している元素は、超新星爆発で飛び散った炭素・鉄などの元素が長い時間をかけて太陽系、地球を構成し、そして40億年もの時間をかけて私たちを作った。いずれはもとの宇宙に返さなければならないのであり、この身体も「借り物」、命も「借り物」である。自分のものであって自分のものではない、自己と他者には区別がなく、「生」と「死」にも区別がない。こうして「3.自分の小ささを客観視する道」のルートを辿って「死を恐れない」頂上に到達することが可能になる。

ヒトは、進化の過程で可老可死を選択することで生き残ることができた生物の末裔なのです。

と、別の面から「死」を考えた『遺伝子の夢―死の意味を問う生物学』で田沼清一はいう。

二重の細胞死、アポトーシスとアポビオーシスは、多細胞生物が進化の過程で獲得した「生」のための戦略であり、死によって生を更新することがもっと も合理的な”種としての”生の手段なのである。つまり、「死」は自分以外の「生」のために存在しているのである。ヒトは「死」という究極において、他人の ために生きることを運命づけられているのである。

ヒトは自分の子孫ばかりでなく他者も、そしてすべての生物の生命を救うことを目的として生きることが本来の姿であることを死の遺伝子は語っているのではないだろうか

私たちは生物学の発展によって、このような認識を”科学的”にもつことができる時代に生きているのであるが、何のことはない、いにしえの賢者は、生 の本質、人の生きる意味を、真理を掴んでいるのである。遺伝子を知るはずもなかった老子・荘子が、死生観において我々の先にいるのである。

「夫れ大塊我を乗するに形を以てし、我を労するに生を以てし、我を佚にするに老を以てし、我を息わしむるに死を以てす。故に吾が生を善しとする者は、乃ち吾が死を善しとする所以なり」
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そもそも自然とは、我々を大地の上にのせるために肉体を与え、我々を労働させるために生を与え、我々を安楽にするにために老年をもたらし、我々を休息させるために死をもたらすものである。(生と死は、このように一続きのもの)だから、自分の生を善しと認めることは、つまりは、自分の死をも善しとした ことになるのである。(生と死との分別にとらわれて死を厭うのは、正しくない)   岩波文庫 荘子第一冊  金谷治訳注 184ページ

「7.リラクゼーションと東洋思想からのアプローチ」のルートは老子、荘子、仏陀、道元、良寛、吉田兼好、鴨長明らの先達が開拓してくれている。われわれは地図を頼りにその道を、ただ辿れば良いのだ。

前野さんの『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』は今年第一のお勧めです。

2013年4月 1日 (月)

3月ツイートのまとめ

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神代桜と南アルプス:駒ヶ岳(?)を望む


キノシタ @Oncle1316 
遺伝子「REIC」治療 進行がんにも効果:患者自身の免疫力を高めて転移した腫瘍をも攻撃する「がんワクチン」の効果があることを確認したと発表した。顕著な症例では直接投与したがんは消滅し、他の転移がんの細胞も大幅に減少した。 http://iryo.sanyo.oni.co.jp/news_s/d/c2013033113023465 

キノシタ @Oncle1316 
炭水化物抜きのケトン食で、余命3ヶ月の転移性がんが消えた。江部先生のブログで紹介されている記事ですが、たった1例とはいえ興味深い。2012年2月からはステージⅣの膵臓がんでも、同様の臨床試験が行なわれている。 http://merx.me/archives/31221 

坪野吉孝 @ytsubono  
閉経後のホルモン補充療法で、乳がん発生率が上昇。米国41,449人を平均11.3年追跡。エストロゲンとプロゲスチンの使用群のリスクは非使用群の1.55倍。2003年臨床試験の結果と一致。長期使用の危険。JNCI 3/29 http://jnci.oxfordjournals.org/content/early/2013/03/21/jnci.djt043.abstract 

祭谷一斗 @maturiya_itto  
自分の筆がクソ遅いんで今メモっとくと、書きかけの「マクロビはジョブズを殺したのか? その3」はこんな感じです。 ・菜食でがん治すのは無理。 ・てか、治療に要る体力なくすよ。 ・食事もQOLの内でしょ。 特に無理な食事制限してる方にお伝えしたいですね。


片瀬久美子 @kumikokatase  
膵臓癌だったジョブズ氏が試みたジュースを大量に摂る食事療法 http://d.hatena.ne.jp/maturiya_itto/20111213/1323735152 は「ゴンザレス療法」の系統だったかも。 http://d.hatena.ne.jp/warbler/20130304/1362374538 この療法、臨床試験で薬物療法と比べて有効性も生活の質(QOL)も劣るという結果が出てます

片瀬久美子 @kumikokatase  
「ゴンザレス療法」は、「ゲルソン療法」の流れをくむ野菜ジュースを大量に飲むことや食事から塩を抜くこと、指定された多数のサプリメントを飲むこと等を行う食事療法です。臨床試験の結果はこちら。 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20361473 (膵臓)がんの治療法として期待出来ません。

キノシタ @Oncle1316 
オンコセラピー・サイエンス株式会社の今期業績。一転して赤字修正。平成24年度に見込んでいた提携契約が来年度以降の締結見込みとなることから当初予想を下回る見通し。 http://kabutan.jp/news/marketnews/?b=k201303290050 

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