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2016年11月

2016年11月30日 (水)

インフルエンザ

京都しょうざん庭園


娘がインフルエンザに罹ったようで会社を休んで寝ている。昨年も娘からインフルエンザになり、家族に遷った。

本人はマスクをしているが、飛沫拡散防止のためで、家族の誰もマスクはしない。インフルエンザワクチンもしない。あれは予防ではなく、罹ったときの症状を緩和するだけ。しかも副作用で寝込む人もいる。

マスクに賛否両論あるが、欧米ではほとんどしていない。日本だけの現象ではなかろうか。勝俣医師はこのように書いている

抗がん剤治療中は、マスクをつけることや、生ものを避けることなどを、病院から指導されることが多いと思います。このマスク着用や、生ものを食べないようにすることの医学的根拠が乏しいとして、最近の海外の診療ガイドラインではする必要がないと記載されています。

たまには良いことも言う。でも、抗がん剤中は看護師が「マスク、マスク」と言うし、マスクをしている患者がほとんどですね。皆さん素直です。私はへそ曲がりだから、GEM中も一切マスクはしなかった。

だいたい、カラス天狗のようなN99マスクなどしたら、”歩くという激しい運動”などできはしない。できているのは、マスクの隙間から空気が入っているからであって、完全に密着させたら窒息するのではなかろうか。インフルエンザウイルスは空気感染はほとんどしないというし、飛沫拡散防止なら、病院で無料で配布している不織布マスクで十分だ。

厚生労働省のサイトにも、インフルエンザにマスクは有効とは書かれていない。罹った人のエチケットとしてマスクをしましょうといっているだけ。

うがいについても同様。うがい薬は使わない方が良い。返って免疫力を低くすることになる。風邪の予防なら水うがいだけで十分。しかし、水うがいもインフルエンザに対して有効だという統計的証拠はない。

うがいはインフルエンザの予防に有効?

このような記事が出る前から、私はインフルエンザの予防としてのうがいはしていない。(風邪っぽいときにすることがある)

手洗いはインフルエンザ感染の予防法として大切です。しかし、これも薬用石鹸・抗菌石鹸を使う必要はないし、使ってはいけない。普通の石鹸で十分です。FDAは抗菌石鹸の販売を禁止しました。(金魚さんのブログにも紹介されている)

FDA医薬品部のジャネット・ウッドコック氏は以下のようにコメントしています。

抗菌せっけんには細菌増殖を防ぐ効果があると消費者は考えているかも知れないが、通常のせっけんと水で洗うよりも有効であることを裏付ける科学的根拠はない。そして、殺菌剤が長期的には益より害になる可能性を示したデータもある。

結局私のインフルエンザ対策は、普通の石鹸での手洗いだけ。

抗がん剤治療中でもマスクは不要だが(有効性は証明されていない)、でも心配ならすれば良いと思う。有効性が証明されていないということは、無効と決まったわけではないからだ。誰の迷惑になるわけではないから、すれば良い。

人混みを避けて、栄養を充分に摂って、早く寝る、これが一番の対策。病院は一番罹患する可能性が高いから、できる限り行かない方が良い。

2016年11月27日 (日)

夕食はスーパー糖質制限食

昨夜は妻と子どもたちはイタリアンで外食。私は送迎と留守番。以前ワインを飲んでぶっ倒れたし、浴槽内でウンチを漏らすので誘ってもらえません。

で、ローソンで買った夕食はこちら。外食だとどうしても糖質が多くなるので、コンビニは糖質制限派には助かります。彼らを迎えに行かねばならないので、お酒は抜きです。

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727kcalで炭水化物は10.6g。糖質はもっと少ないだろう。糖質制限食では一食の糖質を20g以下にするのが基本だから合格だ。豆腐って思った以上に糖質があるのですね。

これはスーパー糖質制限食ですね。私の一日の必要カロリーは1850kcalだから、カロリーも足りている。問題は、この量で腹一二分目くらいで、普段はこんなに食べられない。たぶん一食500~600kcal位ではないか。だから体重が落ちている可能性が高い。

こんな食生活を3食続けていれば、体重も血糖値も心配しなくて良いのだが。

京都紅葉の旅・まとめ(3)

京都の撮影の旅ではGoogleマップのお世話になりました。事前に予定地を登録して、現地では自転車の前籠にスマートフォンを置いてナビモードで道案内させました。日本ではGoogleマップの自転車モードは使えません。自転車専用道路が整備されている欧米向けらしい。日本でうっかり使うと高速道路に進入することがあるとか。

で、徒歩モードで使うのですが、これがときにはとんでもない道を案内する。源光庵に行く際にも鋪装のない悪路や民家の軒先を通らされてしまった。ま、着けば良いのですが。

スライドショー「しょうざん庭園
スライドショー「源光庵、高桐院、糺の森 
スライドショー「龍安寺と仁和寺  

ファイルサイズが大きく、スマホでは見られません。

しょうざんリゾート・京都

しょうざんリゾート庭園 しょうざんリゾート庭園 しょうざんリゾート庭園 しょうざんリゾート庭園 しょうざんリゾート庭園 しょうざんリゾート庭園 しょうざんリゾート庭園

源光庵

源光庵 源光庵 悟りの窓、迷いの窓

今宮神社

今宮神社

高桐院

高桐院 高桐院 高桐院 高桐院

糺の森

糺の森 糺の森

北野天満宮

北野天満宮

2016年11月25日 (金)

京都紅葉の旅・まとめ(2)

京都紅葉の旅、2日目:南禅寺、天授庵、南禅院

撮影の当日アップした記事は、Jpegの撮って出しを使っている。やはりRAW現像したものでないと作品とは言いがたいので、改めてRAW現像でアップ。

スライドショー『南禅院』 ファイルサイズが大きく、スマフォでは見られません。

南禅院も広い境内を有しているが、琵琶湖疎水が流れている水道閣が目を惹いた。天授庵の庭も、水面に映る紅葉が素晴らしい。

南禅寺

南禅寺

南禅寺

天授庵

天授庵

天授庵

天授庵

京都紅葉の旅・まとめ(1)

京都の紅葉の旅。20ヶ所の神社仏閣を回りました。
レンタサイクルだから、効率よく回れたが、地下鉄やバスではこうはできなかった。

予定していたが、永観堂禅林寺、赤山禅院、光明寺、銀閣寺などはパス。チャンスがあれば次回に。地図で見ると京都御所は広いですねぇ。ここも次回。

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1日目:東福寺、龍吟庵、即宗院、清水寺、成就院、高台寺、圓徳院

スライドショー『東福寺ほかファイルサイズが大きく、スマフォでは見られません。

東福寺

高台寺・圓徳院

高台寺・圓徳院

成就院

清水寺

2016年11月24日 (木)

エビデンスだけでがん治療ができるか?(9)

著名な腫瘍内科医が「エビデンスのない治療を患者に行うことは倫理に反する。ニュルンベルク綱領ヘルシンキ宣言に反する人体実験だ」などと述べています。確かに巷の一部の金儲けだいいちのクリニックはひどい。このように言いたい気持ちは分かります。しかし、この主張は不十分かつ不適切なものです。

第一に、エビデンスの確立された治療が、目の前の患者に最良の結果をもたらすことは保証されません。医療は不確実ですから当然です。

第二に、エビデンスがないという状況は次のような場合があります。

  1. 臨床研究が行われた結果、有効性が認められなかった
    多くの代替療法(食事療法、ゲルソン療法、ホメオパシーなど)があてはまるでしょう。患者が自分で選択する分には、自己責任で結構だが、医者が勧めてはいけない。
  2. 臨床研究が行われた結果、害があると分かった
    こんな治療を行うことはまさに倫理に反する行為です。
  3. そもそも臨床研究が行われていない

1.の場合でも、統計的に有意差がないことは、効果がないこととは異なります。そのあたりのことは「エビデンスだけでがん治療ができるか?(4)」にも書いたとおりです。

問題は3.です。研究を行う意志のない場合。多くの代替療法・サプリメント業者らは、なまじ研究して否定的な結果を得るよりも、現状でも売れているのだから研究をするつもりがありません。研究したくてもできない場合。資金的・時間的にやりたくてもできないこともあります。

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2016年11月21日 (月)

京都:龍安寺と仁和寺

京都からの帰りの新幹線は午後なので、午前中に龍安寺と仁和寺を回る。

スライドショー「龍安寺と仁和寺ファイルサイズが大きく、スマホでは見られません。

取りあえず龍安寺の石庭。この石庭には15個の石があるが、どの位置から眺めても必ずどこかの1つの石が見えないように配置されていることでも有名である。縁側に座って難しそうに哲学している観光客がいた。足元が冷えるだろうに。

龍安寺石庭

こちらは15個の石が見えている。(目の不自由な人のためのミニ石庭)

龍安寺 ミニ石庭

石庭も良いが、庭園にある鏡容池(かんようち)の紅葉がよい。

湯豆腐

鏡容池

歩いて仁和寺へ。

五重塔と茶室・飛濤亭、池と白砂の奥行きのある配置。

五重塔、飛濤亭

左近の桜

仁和寺 左近の桜

仁和寺庭園

今日の歩数:13600  速歩:59分  9.7km

あれっ、連日結構歩いたのに体重が増えている。きっと減っているだろうと思っていた。旅行前:56.1kg ⇒ 57.2kg   (+1100g)

2016年11月20日 (日)

京都3日目は・・・

加茂川は北から南に流れている。京都は北の方が標高が高い。金閣寺と当時の五重塔の先端が同じ標高だという。

今日は金閣寺近くの宿からさらに北へ、迷いの窓と悟りの窓で有名は源光庵を目指す。電動アシストが借りられずに8段変速のママチャリ。登りはきつい。

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角窓が迷いの窓、丸窓が悟りの窓。悟れば丸くなるということか。円は宇宙を表現している。角窓の四隅は「生病老死」の四苦八苦を表現している。

死を身近に感じるがん患者なら、角窓から丸窓に悟っていきたいものである。

坂を下って「しょうざんリゾート京都」の日本庭園へ。ここは穴場だなぁ。鷹峯三山を借景にした三万五千坪の庭。観光客も少なくて、広大でみごとな庭園をほぼ独り占め。

 

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今宮神社に寄ってから大徳寺境内にある高桐院へ。

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下鴨神社の糺の森で「方丈記」の鴨長明の方丈を再現した庵を見て北野天満宮へ。

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長明は琵琶の名手であったが、折りたたみ式の琵琶を作るほどの器用な大工でもあった。方丈とはまさに組み立て式で、牛車2台で移動できるプレハブ住宅だった。

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糺の森もうっそうとして良いなぁ。しょうざんの庭園は人の手が入った美、こちらは自然のままの美である。

写真が多すぎたので、以後省略。明日は帰ります。

今日の歩数:16600  速歩:27分  11.1km

2016年11月19日 (土)

若冲展と南禅寺へ

 

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朝から本格的な雨。レンタサイクルをキャンセルして市バスで京都市美術館の「若冲展」へ。

伊藤若冲は、江戸時代中期の京にて活躍した絵師である。

「若冲」とは『老子道徳教』第45章の「大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若く」から採られている。意味は「大いに充実しているものは、空っぽのようにみえる」である。

若冲の絵には生命のダイナミクスと多様性、輝いている命とやがて死んでいく命が細部にまで克明に描かれていている。雄鳥は発情し、虫に食われた笹も描かれている。

若冲を介して老子と生命の複雑系が結びついている(と考えるのは私だけか?)

生命とは何か―複雑系生命科学へ 金子邦彦の『生命とは何か―複雑系生命科学へ』の表紙には若冲の「樹花鳥獣図屏風」の一部が使われている。生命の秘密を、がんも含めて「複雑系」として解き明かそうとする意欲作であった。この本の表紙を飾るにふさわしい画家だろう。

 

雨が上がったので歩いて南禅寺へ。
天授庵と南禅院にも参詣した。

写真アルバム:京都の紅葉(南禅寺) ファイルサイズが大きく、スマフォでは見られません。

南禅寺

南禅寺

南禅寺

南禅寺境内にある水路閣。

琵琶湖疏水の分線(蹴上以北)にある水路橋で1888年(明治21)完成。南禅寺境内を通過するため、周辺の景観に配慮して田辺朔郎が設計、デザインし た。全長93.2メートル(幅4メートル、高9メートル)レンガ、花崗岩造り、アーチ型橋脚の風格ある構造物で、静かな東山の風景にとけこんでいる。

南禅寺・水道閣

天授庵

天授庵

天授庵

天授庵

今日の歩数:13300  速歩:57分  9.4km

2016年11月18日 (金)

拾った命で9年目の京の旅

昨日から学会発表のため京都です。

会場への途中、京都超応卸売市場まえの「魚問屋ととや」で海鮮丼。さすが魚問屋の物は新鮮で旨い。

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会場の「京都リサーチパーク」の紅葉も盛りでした。

京都リサーチパーク

今日は仕事も終ったので、電動アシスト・レンタサイクルで紅葉巡りでした。この時期の京都はバスや車では効率が悪すぎます。アヘンチンキをしっかりと飲んで、念のため紙おむつで防護をして京都巡り。

京都は8年ぶりです。術後6ヶ月のころの2007年に嵐山と嵯峨野を6時間くらい歩き回ったのでした。宝厳院の紅葉ライトアップが素晴らしかったなぁ。もう京都には再び来ることはなかろうと覚悟の旅でした。それが9年目に再び来ることができた。それだけでありがたい。

観光客の少ない間に紅葉の名所をと、まずは東福寺。しかし、8時半なのにもう沿道は人でいっぱい。8割方は外国の方みたいでした。韓国・中国が多い印象。

東福寺

東福寺

東福寺の通天橋からの紅葉がみごとだと言うが、今年は色が濁っていて期待はずれ。

高台寺

いっそのこと紅葉は散り際がよい。落ち葉で絨毯のようになった庭は風情がある。

東福寺

東福寺

龍吟庵の庭を見て即宗院へ回り、名前を忘れたが、こちらもきれいな庭でお茶を一服。

清水寺・五重塔

清水寺に足を伸ばしたが、あまりの観光客に嫌気がさして、脇にある成就院の池をに写る紅葉を堪能。坂本竜馬の墓には失礼して高台寺へ。ネネの道を散策して圓徳院へ。

アルバム「京都の紅葉:東福寺ファイルサイズが大きく、スマホでは見られません。

歩いた歩数:16100歩、距離:10.9km、速歩:35分
自転車を漕いでる間はカウントしていないようです。

明日は雨の予報です。さてどうしようか。拾った命で回る京都だから、欲張らずにゆっくりと堪能したい。

2016年11月16日 (水)

Eテレで『正法眼蔵』をやってるよ。

Eテレの『100分de名著』は道元の「正法眼蔵」。
お釈迦さんが捉えた「正しい教え」を読み解く知恵が必要だよ、が書名の意味。

このブログでも何度か取り上げてきた。

  1. 道元の「生死」観:『正法眼蔵』がおもしろい(2)
    の法あるなかに、生あり、死あるなり。(「正法眼蔵」「全機」)Life does not come, life does not go. Life is not...
  2. 道元の「生死」観:『正法眼蔵』がおもしろい
    道元の『正法眼蔵』は難解だ。石井恭二や増谷文雄の訳を読んでもなんだか分かったようで、よく分からない。諸法の仏法なる時節、すなわ...
  3. 死ぬのが怖いのはなぜか?
    ぬことの違いを考える道」などは、道元の『正法眼蔵』(現成公案)にある次のような一節を思い出させる。生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとえば、冬と春...
  4. 一年有半
    はもとの「静けさに帰る」ことだ。道元の『正法眼蔵』にも生と死に関して舟を例えに持ち出した章がある。「第二十二 全機」の現在語訳ならこのようになる。 ...
  5. 彼岸花と道元の死生観
    に手術で入院したとき、この機会に道元の「正法眼蔵」を読んでみようと石井恭二の「正法眼蔵」五巻本を買ってみたが、入院中は本を開いてもさっぱり頭に残らなかった。こ...

難しいです。トイレでの尻の拭き方までも克明に記している。そんなところは読み飛ばして、興味のあるところだけを読むのが私流。

ひと言で言えば、「がんでも良いじゃないか、がんになった身体も、治りたいという欲も、全て捨て去ればよい」これが「身心脱落」

「今この時間を、病人をしっかり生きよ」です。

しかし、薪と灰についてのひろさちやの説明、違うなぁ。ここは「生」と「死」に対する道元の革新的な考え方だよ、と私は思う。

「現成公案」には、

たき木、はひとなる、さらにかへりてたき木となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。

しるべし、薪は薪の法位に住して、さき ありのちあり。前後ありといへども、前後際斷せり。灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。かのたき木、はひとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごと く、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、佛法のさだまれるならひなり。

このゆゑに不生といふ。死の生にならざる、 法輪のさだまれる佛轉なり。このゆゑに不滅といふ。生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとへば、冬と春のごとし。冬の春となるとおもはず、春 の夏となるといはぬなり。

生と死に因果関係などはない。前後の関係もない。生は生で独立であり、死は死で独立である。冬が春になるといわないのと同じで、生が死になるとはいわないのである。

生も死も、全宇宙の全現成としてそこに働いている姿である。彼岸花には彼岸花の時間があり、生があり死がある。それは彼岸花に備わっている時間であるから、大樹の時間と比較して長いとか短いということは意味のないことだ、と言っているのだ。

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2016年11月15日 (火)

膵臓がんの粒子線治療

「市民のためのがん治療の会」に『粒子線治療の現状と将来展望』と題して兵庫県立粒子線医療センター 院長 沖本智昭先生が寄稿しています。

膵臓がんの粒子線治療に関して、注目すべき内容もあるので紹介します。

他にも巨大な肝細胞癌や肺癌、局所進行膵癌で粒子線治療が標準治療成績を上回る可能性を示す事は出来たが、粒子線治療施設で治療方法に違いがある事などからエビデンスが高いデータとは言えないと判断し、粒子線治療が標準治療より優れた効果があると予測できる悪性腫瘍に対して前向き臨床試験を行う事となった。

私が所属する兵庫県立粒子線医療センターでは6~7千万円を自施設で負担して局所進行膵癌に対するゲムシタビン併用陽子線治療を行う事を決めた。粒子線治療施設は適応のない多発転移症例などにも照射を行い金儲けしているという声を耳にする事もあるが、厳格に適応症例を決め粒子線治療を行っている当院では赤字経営が続いている。それでも多額の自己負担で臨床試験を行う理由はただ一つ、当院で施行している粒子線治療を局所進行膵癌の多くの患者さんに届けたいからである。

切除、ラジオ波焼灼、X線治療、肝動脈化学塞栓療法のどれも不可能でこのままでは数か月の余命という患者さんが当院で粒子線治療を受け、何年も元気で過ご されているのを何度も経験している。このような粒子線治療でしか救えないごく少数の症例に対する粒子線治療を保険収載する事でどれ程の国民医療費が増加するというのであろうか?

10の前向き臨床試験が進んでいるようですが、残念ながら膵癌は含まれていません。エビデンスが出て保険収載されるまでには10年はかかるでしょう。

製薬会社が関わらない臨床試験は、自前で赤字覚悟でやるしかないのです。エビデンス至上主義では救える患者も救えない。

エビデンスだけでがん治療ができるか?(8)

近代科学の発展によって人類は多くの恩恵を受けてきた。航空機や新幹線のおかげで地球も日本も狭くなった。インターネットの発達で、個人でも世界に向けて情報の発信ができる。スマホはポケットに入る情報機器となり、生活になくてはならないものになった。医学の発達は多くの病気を克服し、人類の平均寿命は飛躍的に伸びた。

一方で、科学の粋を集めたはずの原子力発電所がいったん事故を起こせば、人の手には負えず、一瞬にして生活を奪われた多数の住民がいる。環境汚染や農薬による生物への影響も計り知れない。遺伝子組み換え作物による負の影響も無視できない。これらはがんの原因となり得るものであり、しかも医学の発達によってもがんは未だに克服されていない。

臨床の知とは何か (岩波新書) 哲学者の中村雄二郎は『臨床の知とは何か』において次のように言う。(私なりの解釈で一部変更しています。)

「科学の知」によって「現在ではまだ未解決の問題があっても、やがては必ず科学によって解決されるものと考えられた」。それは「科学の知」が①普遍主義 ②論理主義 ③客観主義 という三つの原理を持っているからにほかならない。

普遍主義とは、事物や自然は全て量的なものに還元されるという立場である。RCTはその代表格だろう。論理主義とは、できごとは全て論理的な一義因果関係によって捉え、認識できるという立場である。客観主義は、事物や自然は扱う者の気分や感情に左右されずに、ありのままに捉えられるという立場である。

しかし、現実や自然から人間は手厳しいしっぺ返しを受けるようになった。社会的にも、精神的にも、危険に充ちたものになった。病や死に対する恐怖もいっそう大きくなった。そのような事態に対して、文明社会の人間は、およそ不用意であり、それに対処する知を欠いている。

科学の知が信頼されすぎ、独走した結果、それにうまく合致しない領域、曖昧さを残さざるを得ない領域を、正当に扱えなくなった。がん治療はまさにそうした分野である。

「臨床の知」は、それに対して①コスモロジー ②シンボリズム ③パフォーマンスを構成原理としている。コスモロジー(宇宙論的考え方)とは、できごとの一つ一つが有機的な秩序をもち、意味を持った領域と見なす立場であり、シンボリズム(象徴表現の立場)とは、物事には多くの側面と意味があると捉える立場であり、パフォーマンス(身体的行為の重視)とは、人間が行為を行うときは常に他者との相互作用の場で行うのであり、環境からの働きかけを受けつつ、行動するのである。

「科学の知は、抽象的な普遍性によって、分析的に因果律に従う現実にかかわり、それを操作的に対象化するが、それに対して、臨床の知は、個々の場合や場所を重視して深層の現実にかかわり、世界や他者がわれわれに示す隠された意味を相互行為のうちに読み取り、捉える働きをする」

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臨床の知は、直感と経験と類推の積み重ねから成り立っていると言える。

EBM=科学の知であり、NBM=臨床の知と捉えることができる。また、EBM=量的研究の分野であり、NBMは質的研究の分野であるとも言えよう。

「エビデンスがない治療法はダメ」と言うとき、RCTに代表される量的研究が積み重ねられた科学の知が唯一だという立場であるが、科学の知をもってしても未だにがんを克服することはできていないし、将来もできないだろう。

一方で、臨床の知、低用量抗がん剤治療に代表されるような、直感と経験と類推の積み重ねが、実際の医療の現場では行われており、もう治療法はありませんと言われた”目の前の患者”の残された希望となっているのである。

人間やがんのような「複雑系」を科学の知で捉えようとしても限界があるのに、エビデンスにしがみついている立場の人たちは、個々の患者の具体的な環境を考慮しようとはしない。

(9)へつづく

2016年11月12日 (土)

なんだか疲れたなぁ

出張帰りでなんだか疲れた感じ。歳を感じるなぁ。
今日は銀座へ買い物のお供、あっシーです。
明日は新宿へ相続税の相談の予定。死ぬ準備というわけではないし、相続税がたくさんあるはずもないが、税制が変って”もしかすると”との懸念があるため、無料の相談会へ。

というわけで明日のパンキャンのイベント「パープルストライド」は参加しない。
昨年も含めて何回か参加したが、あいかわらず膵臓がん患者はほとんどいなくて、医療関係者ばかりが目立つイベント。それはそれで意義のあることには違いないが。

ブログを拝見すると、今年はいつもよりも多くの膵臓がん患者が参加するようです。
せめて患者ブースには誰かを配置して、患者どうしでの交流のお手伝いした方がよいと思う。

2016年11月10日 (木)

第3回『すい臓がんカフェ』

~ 現在の申込者数:患者(38) 家族(31) 遺族(1)
    初めて参加(43) 2回目(19) 3回以上(8) ~

満席になりました。

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★定員になったので締めきりました。

【日 時】2016年12月25日(日) 13:00~16:30
【場 所】JR京浜東北線 大森駅東口から徒歩4分
       Luz大森 4階 入新井集会室(大集会室)
【参加費】300円
【定 員】 60名

会場の地図はこちらです。

2016年11月 9日 (水)

トランプ大統領誕生

マッチ絵の家


やはりトランプか。今後は世界が変るね。

英国のEU離脱に続いての「まさか」の連続。いずれも反グローバリゼーションの勝利との側面が強い。

ヒラリーでは先が見えていた。TPP反対とは言っているが、当選したらひっくり返すことは自明のことだと思われていた。その点、トランプは先が見えない。よい方へ変るのか、いっそう悪くなるのかも見通せないが、グローバル資本主義で貧富の差が拡大したことを、米国の有権者は拒否したのだろう。

ヒラリーの選挙資金はグローバル企業からだから、彼らの利益に反することができるはずがない。消去法でトランプを選んだということだろう。

しかし、出口調査のインタビューを見ていると、米国の有権者はよく考えているね。日本の出口調査で答える有権者とは大違い。民主主義に対するレベルが違う。悩んだ末での選択だとよく分かる。

民主党もサンダースにしておけば勝てたかもしれないのに、世論を見誤った。サンダースの支持者の多くがトランプに投票すると、以前からいわれていたが、その通りになったのだろう。

取りあえず、明日の株価は暴落だろう。円高で自動車業界なども赤字に転落。年金資金を株につぎ込んでいるが、我々の年金も破綻するかもしれない。

世界は変る。良くも悪くも。たいへんな時代になるだろう。その覚悟で生きていかざるを得ない。

在日米軍の駐留費を全額負担せよと言うトランプ氏だが、それなら米軍は日本から出て行ってもらえばよい。北朝鮮、中国相手なら自衛隊だけで大丈夫だろう。その前に、戦争とは外交の失敗による結果である、のだから、問題は外交で解決する努力を怠らないことだ。

アメリカは「もう世界の憲兵は辞~めた」と言っているのに、親分が投げ出した役割の一部を肩代わりしようという安倍さん。大丈夫か?

2016年11月 8日 (火)

インスリン注射になるのかなぁ?

マッチ絵の家

「たくみの里 マッチ絵の家」にて

雪が降っています。実はガラスのごみ。


今日から今週いっぱいの出張で、宿から投稿しています。

神宮外苑のイベントでの焼死事故は痛ましいですね。最近のこどもはマッチを擦れないらしい。たき火でも大きな木だけを組んで、それで火を付けようとするからたき火もできない。かんなクズや新聞紙をたき付けにするという経験がないし、工事用の白熱灯が、手を触れると火傷をするほど熱くなることも知らない。

危険を予知する能力が退化しているのではなかろうか。

先日の糖尿病内科での診察では、HbA1cが8.8%だった。運動もして糖質制限もしているにもかかわらずこの結果。体重もわずかだ他右肩下がりに推移している。

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考えられることは、

  • 食べる量が少なく、必要は総カロリー(1900kCal)に届いていない
  • 食べる量は足りているが、消化酵素が不足している
  • すい臓がへたばって、インスリンが枯渇しかかっている

先生の見立としては3番目の可能性が高いと考えている様子だ。

9年前の手術で膵頭部をわずかに残して、膵体部・膵尾部・脾臓を摘出している。インスリンを産生するβ細胞は、膵頭部にはほとんどないのだから、この時点でインスリン注射になるはずであった。

しかし、医者も首をかしげて「インスリンが出るはずがないのに、おかしいよなぁ」と言いつつ、9年が経った。軽い糖質制限と運動、食前のグルファストの服用だけで、上手く血糖値管理ができてきた。

しかし、どうやら10年近くがんばってきた私の膵頭部さん、そろそろへたばってきたのかもしれない。この辺りが限界かも。

いずれはインスリン注射のお世話にならざるを得ないことと覚悟はしていたが、インスリン注射は管理が煩雑だ。低血糖にもなりやすい。できるならばもう少し先に延ばしたいが、合併症も怖い。

次回にC-ペプチド値を測定して、HbA1cも参考に、インスリン注射にするかどうか判断することになりそうだ。

2016年11月 7日 (月)

エビデンスだけでがん治療ができるか?(7)

前回の記事で次のような引用を紹介しました。

医学は「物語」を必要としません。
医療における医者の役割は、医学の知識を用いて、患者さんと相談しながら治療を行っていくことであると私は考えています。患者さんはもちろんそれぞれの「物語」を抱えています。これを無視して医学的な論理だけで治療を行ってもうまくいくわけがありません。

ここで言う「物語」とは、NBMで使われる言葉です。EBM(Evidence-based Medicine 根拠に基づいた医療)に対してNBM(Narrative-based Medicine 物語に基づいた医療)が提唱されています。「ナラティブ」は「物語」ですね。

医療におけるナラティブとエビデンス 改訂版──対立から調和へ NBMとはどういうものなのでしょうか。斎藤清二氏の『医療におけるナラティブとエビデンス』には次のように定義されています。

NBMは、 患者が主観的に体験する物語』を全面的に尊重し,医療者と患者との対話を通じて,新しい物語を共同構成していくことを重視する医療である。

もう少し詳しく表現すると,病いを患者の人生という大きな物語の中で展開する一つ物語であるとみなし,患者を 物語を語る主体として尊重する方で,医学的な疾患概念や治療法もあくまでもつの医療者側の物語と捉え,さらに治療とは両者の物語をすり合わせる中から新たな物語を創り出していくプロセ スである,と考えるような医療」ということになる。

そして、NBMのアプローチの特徴は、

  1. 「患者の病いと「病いに対する患者の対処行動」者の人生と生活世界における,より大きな物語ので展開する「物語」であるとみなす
  2. 患者を,物語の語り手として,また,物語における対象ではなく「主体」として尊重する。同時に,自身の病いをどう定義し,それにどう対応しそれをどう形っていくかについての患自身の役割を,最大限に重要視す
  3. つの問題や経験が複数の物(説明)を生みすことを認め,「唯の真実の出来事」という慨念は役に立たないことを認め
  4. 本質的に非線形的なアブローチであるすなわち,全ての物事を,先行する予測可能な「一つの原因づくものとは考えずむしろ,複数の行動や文脈の複雑な相互交流から浮かび上がってくもの,とみなす
  5. 治療者と患者の聞で取り交わされる(あるいは演じられる )対話を治療の要な部であるとみなす

としています。

EBMでは「この抗がん剤を投与すれば、生存期間中央値が3ヶ月延びる」と考えるのに対してNBMでは、「私のおじさんも膵臓がんで、この抗がん剤をやったけど、3ヶ月で、あれよあれよという間に亡くなったんだよね。私も同じようになるのだろうか?」という患者の「物語」を重視するのです。また患者は病の物語だけを生きているわけではない、人生という物語の中で、非常に重要な病の物語として、今ここに立ち現れていると考えるのです。

NBMは,医療の物語も複数あっていと考えその中で役に立つものを選んでいけば良く,正しいものがあるわけではないという考方を採用する。NBM 療における復数の理論や考えを全て「それつの物語である」見なし,多元性を尊重する。

そして、エビデンスの存在しない病状の患者に対しても、物語を相互に付き合わせることで、治療の継続が可能となるのです。

平たく言えば、患者の「先生、こんなことで困っています。こう考えるのですかいかがでしょうか」という物語に対して、「なるほど、そうですか。しかし、私から見ると、あなたはこうした状態だから、こんな風にしたらどうですか、いやなら別の方法もありますし、決してそれで見放すことはありませんよ」と医療者の物語があり、患者も「ああ、それはいいかもしれませんね。それでしばらくやってみましょうか」となるでしょうか。

EBMも、こうした患者との対話を重視していますが、あくまでも「治療のための対話」であり、「対話」が治療であるとの意識が乏しい。NBMももちろんエビデンスを無視するわけではないが、それに縛られることはないとの考え方です。

実際の実地医療は、NBMのアプローチで回っているのではないでしょうか。

アンドルー・ワイル(エセ治療家との酷評もあるが)は次の言葉は核心を突いているように思う。

「患者さんに・・・ある方法を試してみて、それが有効であることに気づいたなら、もうそれ以上患者さんに対して効果を証明する必要はありません。治療の有効性を確かめてもらうために、医学雑誌を見せて無作為二重盲検試験の論文を読んでもらう必要などないのです。」

(8)につづく

2016年11月 6日 (日)

谷川温泉からたくみの里へ

こちら スライドショーです。『赤城山・谷川岳

翌日宿を出て昨日の展望台へ。まだ根雪には早い、雪がだいぶん溶けていたが、青空と紅葉のコントラストが素晴らしい。

青空と紅葉 谷川岳と紅葉

関越道の下を抜ける山道を猿ヶ京温泉に向けて進む。この辺りの紅葉も素晴らしい。

赤い鉄橋と紅葉

ここからも谷川岳の見える赤谷湖展望台に立ち寄って、「たくみの里」へ。

赤谷湖

「たくみの里」で2時間ほど散策し、十割蕎麦を食って帰途に。

たくみの里 急須の家 たくみの里 たくみの里 野仏 たくみの里

本日は歩数:11524歩  速歩:30分 8.0km 体重は56.2kg で若干減少。

赤城山と谷川温泉

2週間前には谷川岳の一ノ倉沢に行ってきたが、今回は妻と2人で赤城山と谷川温泉へ。

白樺牧場。あいにく牛さんにいなかった。

白樺牧場 白樺牧場 大沼 DP3M4292

赤城山大沼の気温は5度、風が強くて寒い。このへんは紅葉の最盛期のはずだが、紅葉する木が少ないのか。

赤城神社

赤城神社

しかし、周辺には燃えるような紅葉も。

赤城山

赤城高原を抜けて水上へ。諏訪峡大橋から見た水上温泉郷と谷川岳。山は冠雪している。

諏訪峡大橋から谷川岳

谷川温泉への途中、休憩所の展望台から冠雪した谷川岳がきれいに見える。今回のベスト・ショットかな。雪と紅葉のコラボレーションを見ることができる幸運は、数年に一度とのこと。

紅葉と谷川岳

宿は谷川温泉『金盛館 せせらぎ』。銀座にある天ぷら「天一」のオーナーが集めた岸田劉生の「麗子像」など、有名な絵画がある「天一美術館」の前。

XT2F1609

谷川に面して混浴露天風呂の「せせらぎの湯」がある。湯の温度はゆるめだが、入っていると次第にぽかぽかと暖まってくる。

XT2F1636

今日の歩数:12453   速歩:46分 距離:9.0km

2016年11月 3日 (木)

エビデンスだけでがん治療ができるか?(6)

今日の一冊(59)『余命半年、僕はこうして乗り越えた!』で紹介した、がんの外科医であり、胃がんで余命半年を告知された西村元一さんは、

がんの遺伝子構造は一人一人異なり、一つとして同じがんはありません。だから治療法も人それぞれ違う。「これが絶対」という治療法はないのです。
がん治療は選択肢を間違うと、やり直しがききません。大事なのは医師が病気と治療法の選択肢について患者に正確に伝えること、そして患者自身も正しい情報を集めること。医師が示した選択肢の中から、自分にふさわしい治療法を患者が選び、納得して治療を受けることが大切です。

と、ご自身の治療戦略を考える基本を示しています。

がんは遺伝子の異常が積み重なって起きる病気です。同じ腫瘍の中でも、細胞ごとに遺伝子の異常の状態は異なっています。膵臓がんと一括りに言っても、患者によって遺伝子の異常の状態は異なるので、別の病気だとも言えます。

最近の遺伝子解析技術が進歩し、遺伝子情報に基づいた個別化治療の研究も進んでいます。遺伝子を解析することで、抗がん剤が効きやすいかどうかが事前に分かるようになってきました。米国ではこのように遺伝子情報に基づいた個別化治療をPrecision medicine(高精度医療)と呼び、オバマ大統領がこの治療を国として推進していくというメッセージを出しています。

エビデンスの最上層に位置するランダム化比較試験(RCT)は、比較する患者集団が「似通った集団」であることが前提となっています。そして、試験結果(生存期間など)に影響を与える因子が”平均的”に等しいと仮定しています。これらの因子としては、年齢、重症度、環境や遺伝的因子が含まれます。

しかし、がんの遺伝子の損傷が、ヒトによって異なるのなら、この前提が成り立たなくなります。個別化医療を進めるためには、臨床試験の新しいパラダイムが必要となってくるのです。

「個別化医療」と仰々しくいわずとも、現場の医療はすべてにおいて個別化医療です。75歳で高血圧のAさんは、肝機能も悪く、認知症も進んでいる。Aさんに血圧降下剤を処方するべきかどうか。膵臓がんですい臓を切除した患者の血糖値管理目標はどうあるべきで、DPP-4阻害剤は処方すべきかどうか。これらにガイドラインは答えてくれません。

命をあずける医者えらび―医療はことばに始まり、ことばで終わる 私の主治医である鈴木先生が『命をあずける医者えらび―医療はことばに始まり、ことばで終わる』に、こう書かれています。

医学は「物語」を必要としません。医学を科学的に研究するためには患者さん一人ひとりの人格は押し殺され、ひとつのデータとして扱われます。もちろんそうでなければ、自然科学となりえないのですが、これが医療の現場にもあてはまると考えている医者は少なくありません。最近医者の間では、「エビデンス・ベイスド・メディシン(EBM)」という考え方がはやっています。患者さんの治療にあたっては、効果があることを科学的に実証された治療法を用いなさいという考え方です。当然と言えば当然です。しかし、この考え方だけでは、医療の現場は動かないと思うのです。

医学と医療の違い

医療における医者の役割は、医学の知識を用いて、患者さんと相談しながら治療を行っていくことであると私は考えています。患者さんはもちろんそれぞれの「物語」を抱えています。これを無視して医学的な論理だけで治療を行ってもうまくいくわけがありません。

例えばAという薬は80%の患者さんに効果があるということが実証されています。医者は自分の患者さんにAという薬を用いて治療をしました。残念ながら効果はありませんでした。ところが、ここから先は「エビデンス・ベイスド・メディシン」は何も教えてくれません。残り20%の人のことは基本的に考えていないからです。しかし、医療という現場には厳然として「Aという薬に効果がなかった患者さん」が存在し、対応を求めているのです。

もちろん別の治療法が存在し、これらを行うことによってある程度の効果が得られるかもしれません。その治療法を行っても、効果がなかったとき、その患者さんの心のケアはどうすればよいのでしょう。医学は何も答えてくれません。

標準治療やガイドラインだけでは、医療の現場は動かないし、患者の希望に添うことも難しいのです。

「ガイドラインは重要視しない」と明言する医師もいます。

私たちが治療のガイドラインを重要視しない理由

UMSオンコロジークリニックの植松稔医師です。

抗がん剤治療のうそ ~乳がんをケーススタディとして~ (ワニブックスPLUS新書) 植松先生は『抗がん剤治療のうそ』で、臨床試験の「クロスオーバー試験」という性質を巧みに利用して、抗がん剤は急いで使う必要もないし、ほとんどの患者には効果がない、ことをわかりやすく説明しています。

このブログでの記事はこちらこちらに。

あなたのがんはあなただけのがん。遺伝子の違う他人のデータで作ったガイドラインに縛られる必要はありません。

大腸がんにせよ、乳がんにせよ、その他のがんにせよ、病名は同じでも、実は同じ病気の人など一人もいないからです。
もう少し正確にいうと、ひとり一人のがん細胞の遺伝子は、その一部分が違っている可能性が高いからです。薬が効きやすいかどうか、転移しやすい性質を持っているかどうか、すべてがん細胞の遺伝子で決まるわけですが、現代の医学では複雑な遺伝子の仕組みの解明には、まだまだ遠く及びません。
マスコミなどからの情報を聞いていると、ずいぶん分かってきたような錯覚に陥りますが、本当は緒についたところで、ごく一部分がわかってきただけです。そして、たぶん今後何十年経っても、本当に解明されることなどないだろうと思います。
本当は遺伝子の一部分がまったく違う別の病気なのに、大腸がん、乳がん、肺がん、胃がん、食道がん、肝がんなどと一つにまとめてしまうから、同じ治療の結果がずいぶんと異なるわけです。けれども、そうではなくて、実はひとり一人のがんはみんな遺伝子が少しずつ違う別の病気なのだということに気づけば、同じ病名で同じ治療を受けても、その結果がまったく異なったところで、むしろ当然なことと理解できるはずです。

ガイドラインというのは一定のグループの患者さんたちを一まとめにして、同一の治療方針を当てはめようとする行為ですが、ある人にとって望ましい治療法が別の人にとっては不適切である、ということが現実にはたくさん起きています。
そして、それは上述のように、がん細胞の遺伝子が様々であることに起因していると気がつけば、むしろ当然の結果だと考えられます。だから、ガイドラインに個々の患者さんを当てはめるような発想は、そもそも理にかなっていないのです。ひとり一人の体調や病状をできるだけ正確に把握して、ひとり一人の人生観や希望を聞いて、そこからそれに見合った治療方法を組み立てていく。

ガイドライン派尊重するけれども縛られない。でなければ、個々の患者のがんの特徴にあった治療はできないし、良い結果も得られないのだと思います。

(7)につづく

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