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2017年1月16日 (月)

EBM神話の罠(1)

ハマリョウさんのブログで紹介されている「免疫の力でがんを治す患者の会」発足記念 市民セミナーのパネリストには、金沢赤十字病院 副院長の西村元一先生が登壇しています。

西村先生は、このブログ「今日の一冊(59)『余命半年、僕はこうして乗り越えた!』」でも紹介したように、がんの外科医であり、肝転移を伴う根治が難しい進行胃がんのがん患者です。

死を覚悟しながらも「金沢マギー」の設立に尽力するなど、素晴らしい活動をしている方です。ところが、先生の「余命半年」というタイトルや、免疫療法をも受けていることが気に入らない患者団体があるようです。こちら

タイトルを見て引き寄せられる人は少なくないだろう。私もその一人である。しかし、下記の記事を読むと、余命半年ではない。治療をしないと余命半年とある。
治療をしなければ余命半年・・・の、治療をしなければという文言を、記事のタイトルにきちんと、付け加えなければフェアーじゃない。

この西村医師が、これからなさろうとされることは素晴らしい。しかし、次のフレーズを読み愕然とした。

西村医師は免疫療法も受けている。エビデンスがない免疫療法には賛否両論があるが、さまざまな情報から「毒にはならない」と確認し始めた。

免疫療法?まいったなぁ~。申し訳ないけど、本当にがん治療医ですか?と疑いたくなる。

しかし、ここに書かれてある免疫療法とやらは、如何わしい詐欺まがいの例の治療だ。こういった副院長ともあろう方が、公然と、発信しちゃ~いけないんじゃないかな。
これじゃ~まるで、詐欺の片棒かつぎ!

相当厳しい非難ですね。ま、いろんな考え方があるから、こういう記事を書くのも自由ですが、現在がんといわれて治療しない患者はほとんどいません。ということは、「治療しなければ余命半年」というエビデンスなどあるはずがない。

ステージⅣの胃がんの生存期間中央値は1年程度であり、「何もしなければ半年」というのは、この数字からの医者の推測に過ぎない。本のタイトルは通常は編集者が考えるのだろうから「フェアじゃない」と難癖付けるのも大人げないなぁ。

免疫療法も、金沢大学の先進医療センターで治験がすすんでいてその情報をもとに選択したのであるから、「サギまがい」と一概には言えないだろう。

ちなみに西村先生は、全国のがん封じ寺も回っているし、近くの神社に朔日参りも欠かさないそうです。これらも批判するのでしょうかね。「医者ががん封じ寺を回るなんてけしからん。影響が大きすぎる」って。私は人間臭くていいなぁと感じるのですが。

「エビデンスのない治療を受けることはまかりならん」とは、なんと傲慢な方かと感じる次第です。「エビデンスがない=効果がない」とは限らないのですがね。EBM神話にどっぷりと浸かった方の耳には念仏でしかないか。

EBM神話=EBM原理主義と言ってもいいけど、確かに歴史的には大きな役割を果たしたことはまちがいありません。しかし、現在はその弊害も見過ごせないほどになっている。

EBMは世界的製薬企業のグローバル戦略の手段となり、莫大な利益を上げるための手段となり果てている。EBM原理主義を振りかざされたら、RCT(ランダム化比較試験)には莫大な費用がかかるために、効果が確かめられた古い薬や安価な薬、希少がんなどの薬に対するエビデンスは出てこない。利益にならない試験はやるはずがない。良心的な製薬企業があったとしてもRCTの費用が賄えない。


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がん一般」カテゴリの記事

コメント

ババリーナふじこさん。
本年もよろしくお願いいたします。
低空飛行でもしぶとく生きていきましょうね。
「ハイパーサーミアがけしからん」は初耳でした。彼のブログを始終チェックしてはいないので、Twitterへの投稿でたまに閲覧する程度でした。
意地の悪い人ではないが、がちがちで、自分の考えばかりに固執する、あまり付き合いたくはない人ですね。自分の価値観はそれとして、他人の考えにも「それもありだよね」という程度のおおらかさは大事かと。

人物としては西村先生のほうが数段立派です。
関わらない方が良さそうです。

 寒中お見舞い申し上げます。寒いですね~。私、昨年末からの風邪が抜けきらず、引きこもり生活をしておりました。今年もしぶとく低空飛行を続ける所存ですので、ご指導の程よろしくお願いいたします。

 ところで、何年かぶりに某患者会リーダー様のブログを拝読しました。この方が、真摯に会員のためを思って活動されているのはわかるんです。 でもね~、少し偏り過ぎでは・・・ 以前にも「ハイパーサーミアが保険適用なのはケシカラン」とか、おっしゃっていたような。確かに、効果絶大というわけでもなく、保険の使い方にもコツ(?)が必要、とか色々問題はあるけど、そこまで否定しなくとも。

 それに、仲間を想うあまりなのか、活動エネルギーの大半が《怒り》のように思えるのも気になっていました。まあ、ノーベル賞受賞者にも《怒りタイプ》もおられるし、大きなお世話でしょうけど、その影響で人の意見に耳を貸せなくなっているとしたら残念です。「ある取材を受けたが、3年以上音沙汰なし。日の目を見なかったのは、何か圧力がかかったのか?」とおっしゃるご本人が会員を動員してなさったことは一体どうお考えなのか? 情報が欲しい人々のチャンスを潰すなんて。

 結局大事なのは、《色んなものに踊らされないよう自分をしっかり保ちつつ、柔軟に考え行動する》ってことですかねえ。

ひでこさんが投稿したコメントも読みましたよ。それに対してすぐに反論してきましたね。3連発で。
相当しつこそうなタイプだと感じました。
彼らは西村医師の本は読んでいませんね。雑誌の紹介記事だけで判断しているから的外れな内容になっている。
まさに「EBM原理主義」です。
がんになれば、この命の不思議さを痛感するのですよ。そして宇宙と自己とが一体になった感じがして、神、タオ、宇宙のエネルギー、なんでもいいですが、そうしたことへの畏敬の念を抱くのですね。
そういうことに対して杓子定規な解釈しかできない唐変木でしょうね。

私もキノシタさんと全く同じ事を感じました。
梅澤先生ブログ1/15「素朴な疑問」で、私もその事をコメントをしました(後半部分で書きました)その後一人の患者さんも西村先生の事についてコメントありました。
勝俣先生がツイッターで、患者会の人の文を取り上げていたので知ったのです。

余命半年から良くなったという事に対し、色々治療した後の余命半年ではなく、無治療だと余命半年だから意味が違うと指摘しているわけですよね。そんな事は記事の内容を読めばすぐわかる話だし、記者の責任だから、その部分を重箱の隅をつつくように批判しても仕方ないと思いますが。
免疫療法を自分が受けただけで、がん治療医と呼べないという批判も言い過ぎです。重要なのはその部分ではありません。副作用のことで初めてわかった事など医療者に読んで欲しい部分もあります。患者になれば(ましてや転移があり進行してれば)藁をもつかむ気持ちになるのは当然だと思います。

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