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2017年6月11日 (日)

モーツァルトを聴きながら

長田弘の詩集にこんな詩があった。

モーツァルトを聴きながら

住むと習慣は、おなじ言葉をもっている。
住む(inhabit)とは、
日々を過ごすこと。日々を過ごすとは
習慣(habit)を生きること。
目ざめて、窓を開ける。南の空を眺める。
空の色に一日の天候のさきゆきを見る。
真新しい朝のインクの匂いがしなくなってから、
新聞に真実の匂いがなくなった。真実とは
世界のぬきさしならない切実さのことだ。
朝はクレイジー・サラダをじぶんでつくる。
ぱりっと音のする新鮮な野菜をちぎって、
オリーブ・オイルを振る。そして、
削りおろしたチーズを細かくふりかける。
時間にしばられることはのぞまないが、
オートマティックの腕時計が好きだ。
正直だからだ。身体を動かさなければ、
時は停まってしまう。ひとの一日を
たしかにするものは、ささやかなものだ。
それは、たとえば、晴れた日の
正午の光の、明るい澄んだ静けさであり、
こころ渇く午後の、一杯のおいしい水であり、
日暮れて、ゆっくりと濃くなってゆく闇である。
ゆたかさは、過剰とはちがう。パソコンを
インターネットに繋ぎ、モーツァルトを
二十四時間響かせているイタリアのラジオに繋ぐ。
「闘いながら拒絶すること、これが現代の
私たちが求めていることではなかったろうか?」
吉田秀和の、懐かしい言葉が胸に浮かぶ。
音楽は、無にはじまって、無に終わる。
いま、ここ、という時の充溢だけをのこして。

そう、朝はやっぱりモーツァルトだよね。バッハもいいが、ときにはうるさい。長田弘と同じように、私もインターネットラジオのRADIO CLASIC MORZARTやCALM RADIO MORZARTをよく流している。

”忖度”が誰でも読める漢字になってから、新聞に真実がなくなった、とは同じ思いだ。安倍や菅の国会を馬鹿にした答弁や、国民を無視した記者会見に悶々としていたら、先日の東京新聞の女性記者の追求に喝采を送りたくなった。

豊かさは過剰とはちがう。朝の清冽な光とモーツァルト、渇いたこころを潤す一杯の水があればいい。欲があれば万事休す。もっと欲しいの煩悩を捨てれば、心地よく生きられる。

「闘いながら、拒絶する」は政治や生活にも言えようが、がんとの闘いもそうである。がんとの戦いだというので、なんでもかんでも、医者のいいなりに受け入れてはいないか? 生きるために闘い、ときには生きるために拒絶することもなくてはならない。

生きるってなんだ? いま、ここ、この時間を、じぶんらしさで満たすことだ。


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