写真道楽

2009年8月 1日 (土)

どろ亀さん

Jyukai_2_thumb まさか自分が膵臓がんになろうとは思いもしなかった4年前の夏、夫婦で北海道をドライブした。「北の国 此処に始る 倉本聡」と記念碑がある布部駅から、布部川沿いにドラマの主な舞台である富良野市麓郷地区に向かってレンタカーを走らせると、カーナビに「東京大学北海道演習林」と表示が見えてくる。

『へぇ、こんな所にも東大の土地があるんだ』と思いつつ、そういえば6年前に京都・美山町の「かやぶきの里」に行ったときにも「京都大学演習林」があり、ブナ林が見えたことを思い出した。旧帝大はいろんな所に土地を持っているんだなぁ、とその程度の認識しかそのときは想い浮かばなかった。_mg_5444_thumb

最も古いロケ地である「麓郷の森」からほんの少し行くと、ここにも「東京大学演習林」の看板が掛かっていた。

その後に調べて分かったのだが、麓郷展望台から撮影したこの写真にも広大な森が見えるが、実は麓郷地区というよりは、富良野市が三方を「東京大学北海道演習林」に囲まれているのだ。

その演習林の林長を長らく務めた「どろ亀さん」の話

高橋延清さんは自分のことを「どろ亀さん」と呼ぶ。赤い登山帽が似合う東京大学名誉教授であった。ところがこのどろ亀さん、ドクター論文も書いたこ とはないし、そもそも論文なんて大嫌い。教授会にも一度も出席せず、「生きた教材がないキャンパスなんて意味がない」と、本郷の教壇に立ったこともないと いう、なんとも不思議な東大名誉教授である。

どろ亀さんが生涯をそこで過ごした樹海(東京大学北海道演習林)は、2万3千ヘクタール、東京山手線区域内の3.5倍の広さを持つ広大な演習林だ。どろ亀さんは1938年に着任して、退官後も死ぬまでそこで過ごした。

  どろ亀さん
  どろ亀さん
  どこへ行く
  クマザサこいで
  峰こえて
  還暦すぎて
  どこへ行く
  トドマツさんが呼んでいる
  キネズミ君が待っている
  樹海の中に生きていく
  樹海の中で生きていく

戦後日本の林業は皆伐林業だった。林野庁と営林署は、山の木を根こそぎ切り倒し丸裸にしたあとに、金になる杉や檜だけを植林し、国有林の大伐採と自 然破壊の元凶となった。手入れを怠った針葉樹林は材木としての値打ちもなく、各地で水害やスギ花粉症の原因となっただけであり、今日では林野庁の誤りは明 らかなんだが、その当時どろ亀さんは、この林野庁の方針に真っ向から反対し、あらゆる樹木を混成させてバランスをとる『林分施業法』に基づいて演習林を育 てる実験に取り掛かったのである。

林分施業法は、森林生態系の法則に従い、環境保全機能と木材生産機能との両立を持続させることを目的としている。専門外の私には難しすぎるが、「百 年単位で、森の生態系と最小単位である林分の行く末を見極めつつ、森の中の伐るべき木を選定する」ことだろう。それぞれの林分が極相林に早く達するのを手 助けするのである。極相林とは、森の中で枯れていく木と成長していく木の比重が同じ状態をいい、その直前が木材の生産量も多く、活力のある状態だという。

こうして林分施業法の6原則によって、極相林一歩手前の状態の森林がもっとも木材の生産性の高い森林であり、森にすむ生物も一番豊富なんだと証明したんだ。

そうして、木との対話、森のいのちとの対話がどろ亀さんの生き方となった。

どろ亀さんはこの「林分施業法」によって「学士院エジンバラ公賞」を受けるんだが、「百年たてば必ず分かってもらえる。ただ、生きてるうちは無理だから、森の根っこになって朽ちようと思っていたのに・・・」と新聞社へのインタビューで述べている。

  老いて
  二度童子(わらし)になった
  どろ亀さん
  科学者の目を落として
  森の中へ
  見える 見える
  よく見えてくる
  今まで気がつかなかった
  森の中の小さな
  美しいデザインも・・・・・・

  動かずに
  黙って座っている、と
  生きものたちが
  心を開けてやってくる
  ともだちにならんか、と。


老子が言うように、人間はとかく爪先立って背伸びをしたり、先を急いで大股で歩こうとしたりするが、どろ亀さんの心はそんな生き方とは正反対の命のありようだ。

どろ亀さんの育てた演習林は樹木の種類も豊富で、しかも木材生産性も日本一という、自然保護と材の生産性を両立させた森になっており、世界中から林業の研究者たちが見学にやってくる。

金を儲けようとか、有名になろうとか、新説をたてて学会をあっといわせようとか、そんな欲望をすっぱりと捨てて、意識も分別もなくして己を無にして 空っぽになったとき、向こうから自然がやってきて己と一体になる。こうして人間は命の根底に至るのである。どろ亀さんはこうして生きた人だった。

Inoti_2_thumb どろ亀さんの詩文集『樹海 -夢、森に降りつむ』には、すばらしい富良野の森の写真が添えられている。水越武さんの写真もまた「森を知り、森のいのちを知り尽くした」写真家の、命の根底にいたった作品である。

本当の人生の幸せは、どろ亀さんのような生き方にあるのだと、癌をもったいまでは痛切に感じます。

【参考文献】

樹海 -夢、森に降りつむ-  世界文化社
森に遊ぶ  -どろ亀さんの世界-  朝日文庫
樹海に生きて  -どろ亀さんと森の仲間たち- 朝日新聞社

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2009年1月14日 (水)

散歩デジカメ

体重が63kgと、少し増加傾向です。先生に言わせると「悪い兆候ではないですよ。体重が減るのは問題ですが」ということになるのですが、私としては昨年60kg当時に買ったズボンがきつすぎて窮屈でしようがない。消化酵素を出している膵臓がほとんど無くなっているのだから、当時は「もう体重が増えることもないだろう」と思っていた。買ったズボンも何年も履くことはないだろうと思っていた。

蔵書も徐々に処分して、身の回りを身軽にし、整理することを始めた。カメラも一眼レスのデジカメ1台を残して、Yahhoのオークションで処分してしまった。RICHO のGRデジタル、名器といわれた同じリコーのフィルムカメラGR1、ミノルタの一眼レフとレンズ群。みんな処分してすっきりしたものだ。

女優の沢村貞子がその晩年、身の回りを小綺麗にし、部屋には最小限の家具と必要な品物しか置かない暮らしをしていたという話を読んだのは、彼女の『老いの楽しみ』だったか、中野孝次の著作の中だったか忘れたが、死んだ後に「あいつはこんなものに執着していたのか」などと思われるのが恥ずかしく、余計なものはみんな捨ててしまおうと決心したことを覚えている。

免疫力を高めるためにも毎日散歩を欠かさないようにしているが、ふと写真を撮りたくなるときがある。かといって一眼レフデジカメを毎日持ち歩くわけにも行かないので、コンパクトデジカメがやはり欲しいなぁと思い出した。(やはり執着心を捨てることは難しい)

パナソニックの「大人のコンパクト」という宣伝のLUMIX-LX3を購入することにした。広角24ミリでレンズのF値が2.0。広角での解像度もGRデジタルよりはよほど良い。まだこの季節では朝晩の散歩の時間は暗くて撮影には困難だが、F2.0のレンズならそこそこ可能な状態になる。

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2008年11月28日 (金)

三重路の紅葉

先週に三重県内の紅葉の名所といわれるところを訪れてきました。
車で往復1000キロの旅、事前にカーナビに地点データを登録して出かけました。

最初はいなべ市の聖宝寺。週末からライトアップされるということでしたが、まだ少し紅葉の見頃とは言えない状態。それに紅葉する木も少ないようでした。「名所」というには寂しい感じです。次に朝明渓谷を目指しましたが、途中にあった三重県民の森が良さそうで、入ってみました。全般に赤い紅葉は少なく、楓などの黄色の紅葉が盛りでした。

次は伊賀町の白藤の滝。ここは残念ながらほとんど紅葉していません。早々に切り上げて伊賀上野の宿へ。ここは松尾芭蕉の生地です。芭蕉翁記念館を訪問。芭蕉祭特別展「書と画の世界」を開催中でした。

翌日は赤目四十八滝へ。曇り空で今にも雨が降りそうなあいにくの天気です。今回の撮影旅行ではここが一番でした。フォトコンテストの入賞作品の掲示もありました。

遊歩道から渓谷を登ってたくさんの滝を見て歩いていると、ひんやりとすがすがしい空気と森林のオゾンに癒される気がします。老子の第六章を思い出しました。

成象第六
谷神不死。是謂玄牝。玄牝之門。是謂天地根。綿綿若存、用之不勤。

谷神(こくしん)は死なず。これを玄牝(げんぴん)と謂う。玄牝の門、これを天地の根(こん)と謂う。綿綿(めんめん)として存するごとく、これを用いて勤(きん)せず。

加島祥造の現代訳だとこうなります。

第6章 神秘な女体

道(タオ)の満ちた
谷にいる神は、
決して死なないのさ。
それは、
すべてを産みだす
神秘な女体と
言えるものなんだ。
その門をくぐってゆくと
天地の根っこに達する。

宇宙と、紅葉の渓谷がリズムを合わせてエネルギーを発散しているようで、そのエネルギーが、私のがん細胞に働きかけて、悪い部分を深呼吸とともにはき出してくれます。そんなイメージを保ちながら気持ちのいい汗をかいて、少しは雰囲気を伝えられるショットが撮れたかもしれません。

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2008年11月11日 (火)

日塩紅葉ライン・那須高原の紅葉

「きれいな景色を見る方が、抗がん剤よりもよほど癌に効くよ」という、Uクリニックの先生の言葉を思い出しながら、土日は那須高原の紅葉を撮影することに決めていた。しかしどうやら那須高原の麓付近をのぞいてすでに落葉しているとの情報だったので、予定を変更して、ちょうど見頃を迎えているという日塩紅葉ラインに行き先を変更した。
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今市で有料道路を降りて日光市街を抜け、川治温泉を経て五十里湖方面へ。川治温泉に近づくにつれ、すばらしい紅葉が見えてきた。噂に違わず、今年の紅葉は色のあでやかさが違Dpp_0018う。標高が上がるにつれ気温がどんどん下がってくる。車のディスプレイに表示された外気温は5℃をを指していDpp_0019る。寒さのためか、急に腹痛に襲われる。川治温泉の ガソリンスタンドでトイレを借りて一安心。念のためにと持ってきた紙おむつに履き替えて準備万端だ。癌研の主治医の先生は「下痢は一生続きますよ」と言われたが、そのとおり、未だに食後は必ずとDpp_0021 いって良いほど下痢になる。軟便ではなく、ガスにより押し出されるという感じの下痢だ。 これも命との引き替え。仕方がない。

湯西川温泉への入口からUターンして、いよいよ目指す日塩紅葉ラインへ入る。まさに「紅葉街道」の名にふさわしく、紅葉のトンネルを走っている。前後の車も皆、のんびりとゆったりと紅葉を楽しみながらスピードを落として運転している。

少し風が出てきたが、風に揺れる紅葉も風情があっていい。日D1000007塩紅葉ラインを通り抜けて、昼食は地元でも知る人ぞ知る美味しい極細日本そばの店「季流」。石臼挽き自家製粉・本格手打ち蕎麦で、久しぶりに香りの良いそばを食った。天麩羅の揚げ加減も、ぱりぱりと歯ごたえの良いDpp_0022 揚げ方で、こんがりとしたきつね色。

早めに宿に入ったが、「山水閣」は那須御用邸の近くの宿で、ちょうどこの付近は今が紅葉の最盛期だった。「一の宿俱楽部」の宿は外れが無くて安心できる。宿の前の大銀杏が見事な枝いっぱいの紅葉を見せていた。翌日は「遊行柳」と創業300年のウナギを食べる予定だが、改めて書くことにします。

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2008年10月11日 (土)

吉良川の秋祭り

室戸市吉良川町は「白壁と水切り瓦の町」。国選定重要伝統的建造物群保存地区Img_0654_2 に指定されている。10数年前、まだインターネットが今ほど盛んではない頃、Niftyのパソコン通信で「街興し」のフォーラムがあり、私も参加してこの街の紹介を議論したことがある。

_mg_0698 倉敷の美観地区を初め、飛騨高山・馬籠など「蔵のある町」は今では全国至る所にあり、その多くが観光地化して、静かなたたずまいをゆっくりと鑑賞する場所ではなくなってしまったが、吉良川の町並みはまだ俗化していなくて、住民の生活の中に古い建物が溶け込んでいる。

11日はちょうど秋祭りのころで、その準備に提灯を飾り付けた花台(山車)も出ていた。祭りのピークは今夜らしいが、帰りの飛行機まで_mg_0684 の時間をここで写真撮影と決めた。

吉良川は背後の山に育つ良質のウバメ樫や青樫を原木にして土佐備長炭が生産され、近世から昭和初期まで、その集積地として栄えた町である。海岸に近く台風も多い土地であるので、壁に斜めに降り注ぐ雨への対策として「水切り瓦」があり、海岸の石を使った「石ぐろ」の塀がある。閉じれば雨戸、開ければ広縁になる「ぶっちょう」やなまこ壁の家もある_mg_0785

こうしてカメラを担いでの撮影は、運動にもなり、好きなことをやっているというリラックス感がある。以前は人に見せる写真を撮らなければという想いがどこかにあったが、今は自分が撮りたい写真を撮っている。楽しいことを楽しくやる。チェロもしかり、ガンにはこれが一番の抗がん剤だ。

その他の写真は左のサイドバーから・・・

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