書籍・雑誌

2017年4月 9日 (日)

今日の一冊(71)『がん消滅の罠-完全寛解の謎』

【2017年・第15回『このミステリーがすごい!大賞』大賞受賞作】 がん消滅の罠 完全寛解の謎 (『このミス』大賞シリーズ) 第15回『このミステリーがすごい!大賞』の大賞受賞作です。作者の岩木一麻氏は、国立がん研究センター、放射線医学研究所を経て、現在は医療系出版社勤務とのことですから、医療には従事していないが、医学界の実情には精通しているようです。

日本がんセンターに勤める医師、夏目は、肺内に複数の転移が見られる肺がん患者を担当することになった。抗がん剤治療をしても、余命は半年程度と考えられ、生命保険会社から「リビングニーズ特約」の生前給付金を受け取った患者は、臨床試験中の新薬による治療を受ける。半年後にはがんが跡形もなく消え、再発もなく良好な経過をたどっていた。奇跡が起きたのか? だが、“奇跡”は立て続けに4例、起こっていた。夏目は、友人のがん研究者らとともに、この奇妙な「活人事件」の謎を追う--。

テーマの性格上、がんに関する専門用語がたくさん出てきますが、がん患者である身にはむしろ細々と説明されるよりは、よほどスッキリと理解できました。

抗がん剤や副作用を抑える治療の進歩も、最新の情報をしっかりと書かれています。一気に読みました。

余命宣告の半年を境にして、「リビングニーズ特約」が受け取れる受け取れないかが決まるのだから、医者も余命宣告には慎重になるようですね。膵臓がんのステージ4で肝臓に転移あり。こんな場合、余命は6~9ヶ月でしょうか。リビングニーズ特約が受け取れるかどうかの境目です。

作品の中で、免疫細胞療法などに批判的な夏目は「そういうインチキ療法に騙されて寿命を縮めたり、多額の金を巻き上げられたりした患者をたくさん知っているからな」と言う。同僚の羽島は「末期がんで延命を目的とした治療しか選択肢がない患者にも、希望や救いといったものが必要じゃないか」と反論する。

これなど、著名な腫瘍内科医がTwitterなどで言っているのが前者で、大腸がんの手術を得意とする外科医で、転移した胃がんになった西村元一医師が後者でしょうか。西村医師も治らない患者という立場になって、免疫療法もやり(効果が亡くて中止したが)、がん封じ寺や神社にお参りもしたと書かれている。希望は常に持つべきだし、必要でしょう。

膵臓がん患者にとっては切実な話ですね。転移があれば治ることはないのは抗がん剤もキノコやも同じでしょう。騙されているのかもと疑いながら、それにしか希望が見いだせないとしたら、それは騙されているのとは違う気がすると羽島は言う。

偽りの希望でもないよりはあった方が良いのか。難しい問題です。患者は誰でも「自分だけには奇跡が起きて欲しい」と願っているのだから。だから私は、インチキ療法をやっている方は批判しますが、それを取り入れている患者さんを批判するつもりはありません。「あなたが心底から信じられて、効果が実感できるのなら続けてみれば。」と言うだけです。

今の医者は余命宣告はしても「大丈夫ですよ。死にはしませんから」とは決して言ってくれない。

奇跡的治癒とはなにか―外科医が学んだ生還者たちの難病克服の秘訣 バーニー・シーゲルは『奇跡的治癒とはなにか―外科医が学んだ生還者たちの難病克服の秘訣』でこう述べている。

医者の中には「間違った希望」にまどわされるから、私に近づくな、という者も何人かいる。病気とつきあう上で、患者の心に「偽りの希望」などは存在しない、と私は言う。希望は統計などではなく生理的なものだ!

偽りの希望とか客観的な心配といった概念は医学用語から抹殺されるべきだ。それらの言葉は、医者も患者も駄目にする。

「偽りの希望」とは、医者が患者に統計が示すとおりになる必要はない、というだけのことなのだ。ある病で十人のうち九人が死ぬとして、十人が十人とも死ぬだろう、と言わなければ「偽りの希望」を広めていることになるというのか。

私の言いたいのは、誰もがその生き残りのひとりになれる、ということだ。患者の心の中では、希望は全て現実のことだから。

私が「大丈夫。死にやしませんよ。」と言っただけで、今日を生きている人たちもいる。

つまり、広い視野に立って自分の体の問題を見つめることだ。病気の回復だけが目的ではない。それよりももっと大切なことは、怖がらずに生き抜いて平和な生活をして究極の死をむかえることだ。そうすれば治癒への道も開ける。そして、人は誤った強がりーー人はどんな病気も治せ、死ぬこともないというーーからも開放されるのだ。

がんの完全寛解の謎ー遺伝子組み換え技術を用いて、がん細胞がアポトーシスを起こすようにし、それを・・・、ネタバレになるのでこれまでにしておきます。

2017年3月29日 (水)

今日の一冊(70)『悪の製薬:製薬業界と新薬開発がわたしたちにしていること』

デタラメ健康科学---代替療法・製薬産業・メディアのウソ 読み終えるのに少々エネルギーが必要でした。同じ著者の『デタラメ健康科学』はわりとすらすらと読めたが、翻訳者が違うせいでしょうかね。しかし、内容は詳細でしっかりと根拠があり、しかも「驚く」内容です。

過去記事 ⇒『デタラメ健康科学』代替療法・製薬産業・メディアのウソ

悪の製薬: 製薬業界と新薬開発がわたしたちにしていること 臨床試験の多くが製薬業界の試験援助で行われるが、外部資金に頼らない臨床試験に比べて実際以上に見える肯定的な結果を生みやすい。コレステロール低下薬スタチンの例(この薬がたびたび取りあげられている)では、192件の臨床試験のうち、業界の資金援助を受けた臨床試験は、そうでない試験に比べて好意的な結果を出す割合が20倍も高かった。スタチンが特別なのではない。精神治療薬でも抗がん剤でも糖尿病治療薬でもほとんど同じ傾向である。

そうした試験では、肯定的な結果を出すためにあらゆる手法を使う。臨床試験の対象患者は、既往症のない、若い、大量の薬を服用していない、アル中ではない、身体状況(PS)のよい「理想的」な患者ばかりであり、現実の治療現場の患者とはかけ離れている。既に効果が認められている治療薬があるにもかかわらず、試験対象の薬とプラセボとを比較する。つまり、「無いよりはまし」な薬でも統計的有意差が証明できる。

さらには、否定的な臨床試験の結果は公表されない可能性が高い。これは「公表バイアス」と言われるものだ。抗うつ薬レボキセチンとプラセボとの比較臨床試験は7件あったが(これを探すのに一苦労した様子)、1件だけ肯定的な結果が出て学術雑誌に発表された。しかし、その10倍の患者を対象とした試験では否定的な結果となり、これはどこにも発表されなかった。抗がん剤、タフミル、コレステロール低下薬、肥満治療薬など、どの薬でも同様であって、レボキセチンが特殊なのではない。否定的な論文を公表しないことで、本来なら死ななくても良いはずの何十万人もの患者の命が奪われている。実際他人事ではなく、あなたにも起きうることです。

エビデンスレベルの最上段はランダム化比較試験の得たアナリシスとされているが、そもそも否定的な論文が隠されていれば、メタアナリシスは肯定的な結果にならざるを得ない。関連死などの副作用も考慮することができない。

先日インフルエンザに罹ったとき、私は医者にも行かず治療もしなかったが、受診していれば多分タフミルが処方されただろう。しかし、ロシュ社は、規制機関の要求を無視し、タフミルの臨床試験の結果の公表をあれやこれやの理由でしぶり、2014年になってやっと全てを公表した。その結果はロシュ社が宣伝したこととはずいぶん違い、当初の服用の目的である入院や合併症を減少させるという十分な証拠はなかった。成人での発症時間を7日から6.3日へと減少させる程度であり、副作用も含めて見直しが必要であると報告された。(本書の執筆の時点では公表されていなかった)

医学会のオピニオンリーダーとされる医者には、講演料などの名目で多額の金が製薬企業から渡っている。彼らは資金提供元の企業の薬を「より多く勧め、肯定的に論評」する傾向がある。世界的に権威があるとされる学術誌「ランセット」や「JAMA」「NEJM」誌に対して、製薬業界は広告として一社当たり年間1000~2000万ドル支出している。業界全体としては年間5億ドルを学術誌に広告費として支出しているのであり、「権威のある」これら雑誌の収入の多くが広告費に依存しているのである。

規制機関と業界の癒着の深刻さ、治験結果の改ざんと隠ぺい、研究論文の多くが製薬会社が雇ったゴーストライターによって代筆され、内容がねつ造されている。

高血圧薬のディオバン事件で明らかになったように、日本でも例外ではない。臨床試験のプロトコルを計画し、患者を集め、結果の統計解析をする(場合によっては論文を書く)のは多くは製薬会社の人間である。

臨床試験のアウトソーシング化、巧妙なマーケティング戦略などなど、目を覆いたくなるような実態が次々と披露されている。

ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実 元NEJMの編集長が出版した告発本『ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実』は2003年の出版だが、それ以後もこの業界の体質は変わっていない。むしろ酷くなっているのではなかろうか。

「エビデンス、エビデンス」と声高に叫んでいる腫瘍内科医やがんの患者団体には、今のエビデンスがいかに歪められているか、ぜひ読んでもらいたい本である。

患者としてはどうすれば良いのか。この本の各項目の最後には「あなたにできること」としていくつかの提案が記されている。例を挙げれば、

  • 診察室に製薬会社のロゴの入ったボールペン、USBメモリ、マグカップ、カレンダーなど小物類があふれていないか観察する

これらであふれていたら、医薬情報担当者(MR)の訪問を頻繁に受けているのだろうから、エビデンスよりも、その会社の治療薬を勧めてくる確率が高い。医者には「先生、本当に私にはその薬が最適で、効果があるのですか、別の薬ではなぜダメなのですか」と訊いてみると良いだろう。

2017年3月 9日 (木)

今日の一冊(69)『サイレント・ブレス』

サイレント・ブレス 久しぶりの小説の紹介です。作者の南杏子さん(ペンネーム)は都内の終末期医療専門病院に勤める現役の内科医師で、この小説がデビュー作です。この病院では、末期の患者にはタバコもアルコールも夜更かしも制限なしだそうです。

サイレント・ブレス」とは
静けさに満ちた日常の中で、穏やかな終末期を迎えることをイメージする言葉です。多くの方の死を見届けてきた私は、患者や家族に寄り添う医療とは何か、自分が受けたい医療とはどんなものかを考え続けてきました。人生の最終末を大切にするための医療は、ひとりひとりのサイレント・ブレスを守る医療だと思うのです。

と著者が語るように、治すための医療だけで本当に患者は幸せなのか、人はどのようにして死を受け入れるのか、あるいは受け入れることができないのか。親を介護している家族、あるいは自分自身がまもなくそうした問題に対処せざるを得なくなるがん患者にとっては、重く切実な問題です。小説という形でリアルに説得力を持って訴えてきます。

大学病院の総合診療科から都内三鷹の訪問クリニックへの異動を命じられた水戸倫子は「左遷」かと意気消沈して、それでもクリニックでの勤めを始める。

「私、医者なんて全然信じてないから」と言い放つ末期乳がんの女性ジャーナリスト綾子。彼女はかつてキューブラー・ロスの『死の受容』への五段階、否認と孤立・怒り・取引き・抑うつ・受容を翻訳したことがあり、自分もそういう段階を踏むはずだと考えていた。しかし、「あんなに上手くいくものではなかった」と綾子は言う。

綾子の元には革ジャンを着てヘルメットを持ったスキン・ヘッドの怪しげな男が頻繁に出入りしている。一緒に外泊もしたりする。倫子も家族も不信感を募らせているのだが・・・。
綾子がいよいよ最期かと思われたとき現れたそのスキン・ヘッドの男は、実は臨床宗教師で、キューブラー・ロスの『死の受容』によっても受容できない綾子が、「家族に知られないように変装してくるように」と依頼した住職だったのです。住職との対話によって綾子はおのれの死をなんとか受容しようとする。

綾子の臨終に際して日高住職は「臨終勤行」を執り行います。

仏教の教えには死への苦悩の対処として、まず「死に至る原因と闘う」段階があり、それが無理なら「死を受容する」段階へ移るという。さらにそれも困難なときは臨床宗教師に導いてもらい、「受容できない自分を受容する」ことによって真の心の安寧が得られると説明されていた。

22歳の筋ジストロフィー患者の保は、母子家庭である。介護に疲れた母親が保を捨てて失踪する。しかし、保はその母親を許し、自らの死をも素直に受け入れている。

倫子が研修医時代の病院長であった権堂勲は、消化器癌で著名な外科医であった。わずかでも治る可能性があれば積極的に手術に臨み、多くの医師にとっても最後の砦であった。『諦めないガン治療』等の著作もあったその権堂が、ステージⅣの膵臓がんと診断される。「医者は自分の専門分野のがんになる」というジンクスそのものである。しかも緩和医療も受けない「完全な医療拒否」を宣言し、死亡診断書だけ書けば良いと倫子を指名したのである。周囲は唖然とするが、権堂は意に介さない。

その権堂が「もう少し生きてみようかな」と治療を受けるようになり、いぶかしがる倫子らを連れて、大井競馬場、とげ抜き地蔵、多摩動物公園に出かけて誰かと会おうとする。実は権堂は、過去に自分が手術して20年以上生存している”スーパー長期生存者”を訪ねて、世間に報告することを最期の自分の役割と考えての行動だった。その一部始終は週刊誌に掲載され、権堂はそのインタビューの中で、

医療にはおのずと限界があるが、多くの医師は闘いをやめることを敗北と勘違いしている。ところが、闘うだけではいずれ立ちゆかなくなる瞬間が来る。そのときに求められるのは別の医療だ。死までの残された時間、ゆったりと寄り添うような治療がいかに大切かを私は身をもって知った。

と語る。

大河内教授の「医師には二種類いる。死ぬ患者に関心のある医師と、そうでない医師だ」「死ぬ人をね。愛してあげようよ」「治らないと分かったとたんに患者に関心を失う。しかし放り出すわけにもいかないから、ずるずると中途半端な治療を続けて、結局病院のベッドで苦しめるばかりになる」

すとんと胸に落ちる言葉だと思うのは、私ががん患者だからだろう。私自身も両親と義父を介護した経験がある。自分の父親のときは、肝硬変から肝臓がんになったのだが、介護保険もない時代で私も若くて二十歳台だった。自宅での10年もの介護は、本当に先の見えない長くて暗い時間だった。

老後は自宅での介護が理想だといい、政府もそれを推進しようとしているが、本当にその体制があるのだろうか。著者も香山リカ氏との対談(こちらこちら)で、

「病院死」よりも「在宅死」のほうが正しい、好ましいとしても、家族にとっては負担が大きい。誰もがそれを実行できるわけではないと思うからなんです。

何年間も在宅で看ていると、やはり家族が疲弊しきってしまいます。ご本人やご家族が在宅を望み、それができる環境ならばいいとも思いますが、それ以外の選択肢として、最期のときを笑顔で安らかに過ごせる、信頼できる病院が理想なのかなと思います。

実感としてその通りだと思う。子どもたちには私と同じ思いはさせたくはないから、私は主治医に「先生、膵臓がんが再発・転移したら積極的な治療はしません。経過観察と苦痛を取ってくれるだけで良いですから」と言い続けてきた。そのときが来ないで10年経ってしまったが。

前の記事で紹介した『決められない患者たち』にも書かれていたが、終末期における事前指示書(リビング・ウィル)が必ずしも役にたつとは限らない。「治療効果がないと思われるとき、死期が近いと思われるとき」と書いたって、そこにはグレーソーンが存在する。なにを持って治療効果がないと判断するのか、そもそも治療効果って何か。医師も家族もグレーゾーンの中で決断できず、ずるずるとムダな延命治療をすることになりがちである。

幸いなことに、膵臓がんは最期も「足が速い」。運が良ければベッドで寝たきりになるのは数週間くらいだ。この程度なら、もしかすると在宅介護でもいけるかもしれない。ブログでも実際にそうした膵臓がん患者が何人もいた。

  • いずれ何かで死ぬのなら、がんで死ぬのは決して悪い「何か」ではない。
  • 治りたがる患者が、必ずしも幸福になるとは限らない。

わずかな延命効果しかない抗がん剤にいつまでも「奇跡」を期待することはない。もういちど「やめどき」を考えてみることも大切です。医療に唯一の正解はないのだけども、結局最後は「患者が何を望むのか」ってことです。

追記:ブログでソラさんが治療を断念して家に帰る決断をしたと知る。なかなかできることではないですよね。ソラさんの英断に敬意を賞します。

2017年3月 6日 (月)

今日の一冊(68)『決められない患者たち』

決められない患者たち 医療において、患者の意志決定はどのようにされているのか、治療において唯一の正しい答えはあるのだろうか。

治療をすべきかどうか、いくつもの治療法があり、それぞれにリスクとベネフィットがあるとき、患者はどのようにして選択しているのかを、ルポルタージュした本です。

EBMに従うのが最良の医療だといっても、

Image_001

エビデンスが常に「最善」とは限らない。いろいろなバイアスがある。患者の状況も常に変化し、全てが把握できるわけではない。医師の技能もピンからキリである。要するに、医療には多くのグレーゾーンがあり、将来起こり得る状況を予測することは難しい。

患者の価値観もときによって異なる。高血圧の薬を飲むことを拒否する「自然主義派」の患者でも、がんともなると手術や放射線も拒否しないで最善の治療を受けようとする。

患者の多くが、治療法の意志決定に際して「隣人のアドバイス」を最も重視していると統計的には示されている。「〇〇でがんが治った」などもこれに含まれるだろう。これを「可用性バイアス」と言うのだが、その治療法で失敗した多くの患者がいたとしても、成功した一人の患者のニュースが記憶に残り、治療の意志決定に影響する。

インフォームドコンセントと称して、患者に「A,B,Cの抗がん剤のうちどれを選びますか?」と問う腫瘍内科医が有名な国立がん病院にいるという。こんなのは患者の価値観を尊重しているように見えて、医師の役割を投げ捨てているだけではないのか。これは決して「患者中心の医療」ではない。

著者らは、多くのエピソードを説明した上で、賢い患者となるための「結論」として次のように述べている。

  • 医学は不確実な科学だ
  • ある特定の医療行為が患者の人生にどのような影響を与えるかを予測できるはずもない
  • 医療のグレーゾーンでの選択は、単純でもなければ明快でもないことが多い
  • したがって、患者と医師の両方によって、微妙に調整された意志決定がされなければならない
  • ガイドラインという作業マニュアルに従って医療を提供するのが望ましいという医師や専門家がいるが、それは「患者中心の医療」ではなく「システム中心の医療」である
  • どの治療を望むかという点で、最大限主義者と最小限主義者がいる
  • 自然主義指向と新しい革命的な治療法が最善とする技術主義指向の患者がいる
  • 信じる者と疑う者というカテゴリーも存在する
  • 自分がこれらのカテゴリーのどれに当てはまるのかを検討した上で、熟考のプロセスを見直すことをお薦めする
  • 治療による利益よりも害のほうを重視する患者には「隣人のアドバイス」、親戚や友人の経験やメディアやインターネットでの経験談=「可用性バイアス」も指向を決定する最大のファクターになる
  • しかし、可用性バイアスの害を避けるためには、治療のリスクと利益に関する数字、治療必要数と有害必要数といった情報をたくさん集めて、その中に他人のエピソードを落とし込んで考えることが最善である
  • 意志決定において自分がどの程度の自律性と主導権を発揮したいかも考慮しておくべきである。主治医との信頼関係を構築し、それを確かめながらどの程度の主導権を発揮すれば良いのか、軌道修正していくことが理想である

治療必要数:一人の患者の治療効果を得るために、何人の患者に治療をしなければならないかという指標。小さいほどよい。

有害必要数は、100人の治療によって有害症例(副作用や死亡)する患者が1人増えれば、有害必要数=100となる。この数字は大きいほどよい。

これって、大事なことですよね。例えば「ウコンでがんが治った」という情報があったとき、そのためには何人の患者がウコンを摂っていたの?(分母) これを摂った結果症状が悪化した患者は何人いたの? をよく考えるということですね。ウコンは肝機能を悪化させることがあるのです。治った患者は標準治療など、他の治療法はやっていなかったのかも確認しなければいけませんね。

2017年2月28日 (火)

今日の一冊(67)『副作用のない抗がん剤の誕生』

がん治療革命 「副作用のない抗がん剤」の誕生 タイトルからトンデモ本ではないかと、スルーしていたが、機会があったので読んでみた。著者の奥野修司氏は『看取り先生の遺言』を上梓しており、ブログでも紹介したことがある。「看取り先生(岡部健)の遺言

取材のスタンスにも好印象を持った記憶がある。今回も著者自身が

とりあえず私は約二年間、眉に唾をしながら、本書に登場する山岡壮意医師の病院で、P-THPの投与を受けた患者を観察しつづけた。こちらとしては半信半疑だから、少しでも問題があったら取材を止めるつもりだった。

と書いているように、取材態度は真っ当である。しかし、そんなにすごい抗がん剤ならどこの製薬会社も飛びつくはずではないか。本書を読めばそれらの疑問に納得が(たぶん)いくだろう。

副作用のない抗がん剤「P-THP」(Pはポリマー、THPは抗がん剤の「ピラルビシン」)の開発者は前田浩教授(熊本大学名誉教授・崇城大学DDS研究所特任教授)である。2011年には優れた研究者に与えられる「吉田富三賞」を受賞し、2015年のノーベル賞候補と目された人物だ。

前田は腫瘍だけに薬剤を届ける「DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)」の提唱者である。

DDSについては、いくつかの開発が報じられている。

  • 国立がん研究センターもホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に関連してDDS薬剤を開発している。
  • 動脈塞栓術もいわばDDSの一種である。
  • 川崎市臨海部の再開発地区にあるナノ医療イノベーションセンター(iCONM)の研究リーダーを務める片岡一則東京大学大学院工学系研究科教授の研究チームが2013年、直径数十ナノメートルの高分子カプセル「ナノマシン」に抗がん剤を入れて、体内のがん細胞に直接届ける画期的な技術「ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)」を開発した。
    これは「ナノ DDS で難治膵臓がんの標的治療に成功:効果を遺伝子改変マウス  (自然発症膵がんマウス)で実証」と報じられている。
  • 東洋大学バイオ・ナノエレクトロニクス研究センターの吉田善一教授と内田貴司准教授らは、サッカーボール型の炭素構造物であるフラーレンに、鉄原子を内包することに成功し、造影剤やがん治療、薬物送達システム(DDS)などへの応用が期待できる。

「7万人が自宅を離れてさまよっている時に、国会は一体何をやっているのですか!」と、衆議院厚生労働委員会で国の放射線対策を厳しく批判したことが話題になった、東京大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦氏も、

前田のP-THPの特徴は、EPR効果を応用したところにある。

腫瘍周囲の新生血管は不完全であり,血管内皮細胞の間に隙間が存在する.そのため,正常の血管は透過しない数百nmの高分子薬剤が,腫瘍では血管壁を抜けて組織中へと透過する(enhanced permeability).また,腫瘍ではリンパ組織も成熟していないため,組織中の異物を排除することができず,結果として,血中から漏れだした高分子薬剤は腫瘍組織中に貯留する(enhanced retention).このような,高分子薬剤が腫瘍へ集積する特性をEPR(enhanced permeability and retention)効果という.

20170112162522327_2

高分子ポリマー(実験では車のワックス)に抗がん剤をくっつけて腫瘍にまで届くようにしたのだから、ナノカプセルなどの先進技術を使ったわけではない。まさに発想の転換である。

なぜP-THPが承認されないのか。それは製薬企業が利益にならないからと臨床試験に手を挙げないからだ。P-THPの前身である肝臓がんの高分子治療薬「スマンクス」はクラレとの提携で2004年に世に出た。しかし、多くの患者に効果があったのに、2013年に販売中止となる。第一の理由は「儲からないから」。薬価が1mgで12000円で、1週間の治療費60万円の2%、しかも1~3ヶ月に1回投与で良いのだから、製薬会社は利益にならないと撤退したのです。

新薬を開発し、臨床試験を行って市場に出すためには、10~20年の時間と莫大なお金が必要です。米国の例として、

  • 第一相試験:1000万ドル(10.5億円)
  • 第二相試験:2000万ドル(21億円)
  • 第三相試験:4500万ドル(47億円)

必要だとされています。製薬企業の援助でもない限り不可能です。大学の研究室や弱小製薬企業では「エビデンスのある」薬を世に出すことは、端からはじき出されています。

つらつらと書いていると尽きないが、この本はまた、前田へのインタビューという形式で、がんと人類の闘いの歴史、抗がん剤開発の歴史、がんとは何かという問いへの解説にもなっています。

私のとしてこちらの方が興味深かった。

続きを読む "今日の一冊(67)『副作用のない抗がん剤の誕生』" »

2017年1月19日 (木)

今日の一冊(66)『このまま死んでる場合じゃない!』

なんともすごい女医さんがいるものだ!

エビデンス至上主義では、再発・転移したがんは治せない。抗がん剤でがんを治せないのは、治せるように使っていないだけだ。エビデンス至上主義の考え方ゆえに、標準治療こそが、エビデンスに基づいた最善の治療と思っている医師も大勢います。

と堂々と言うのだが、この女医さん、岡田直美医師は、重粒子線治療を行っている放射線医学総合研究所(放医研)病院の医長です。国の機関である病院の医師がここまで言って大丈夫か?と心配になるくらいです。

このまま死んでる場合じゃない!

しかし、多くの再発・転移したがん患者を、標準治療で使われる抗がん剤や重粒子線を含む放射線治療、ラジオ波焼却、動注塞栓治療などさまざまな治療法を駆使して”治して”いる。

Image_001

がんが再発したり、転移していると、多くのお医者さんがあきらめてしまいます。これが現代医学の常識です。でも本当は、現在の医学なら十分治すことができるのです。

がんの治療には、がんができた臓器とその進行度ごとに治療が決められている「標準治療」というものがあります。今は、この標準治療でがん治療をすることが常識で、それ以上のことをやろうとすると、とたんに異端児扱いされてしまいます。

岡田医師の治療で、子宮頸がんの多発転移が治った善本考香さんの治療歴がすさまじい。

①子宮頸がんと診断され手術、②傍大動脈リンパ節に再発。抗がん剤と放射線治療で、傍大動脈のがんはなくなったけど、今度は、③両側の縦隔と肺門と左鎖骨上窩に再々発。東京に出て、岡田先生と出会う。調べてみたら、肺転移も見つかる。そこで、全身抗がん剤治療をおこない、肺のがんが消えました。次に、動注塞栓で左鎖骨上窩のがんが消えて、両側の縦隔・肺門リンパ節の手術。そして、その後の精密検査の結果、④左の縦隔、左鎖骨上窩に再びがんが現れ、肝臓、腸骨リンパ節に新たながんが見つかる。

再々々々発?

手術後に残った4ヵ所のがんは、肝臓、腸骨リンパ節、左鎖骨上窩リンパ節、左縦隔リンパ節。⑤肝臓と腸骨リンパ節は動注塞栓で消え、⑥左鎖骨上窩と左縦隔のリンパ節は重粒子線で退治できた。がんとの闘いは7ヵ月で、がんの残存はゼロ。最終の治療となった重粒子線治療から約3年経っていますが、残存ゼロのままです。

どうしてこのような治療にチャレンジできるのか? そのカラクリは「オリゴメタ(少数転移)説」にあると言う。正確には「オリゴメタスタシス(oligometastasis)」。

続きを読む "今日の一冊(66)『このまま死んでる場合じゃない!』" »

2017年1月10日 (火)

今日の一冊(65)『大場先生、がん治療の本当の話を教えてください』

大場先生、がん治療の本当の話を教えてください 東大病院を辞めて、銀座でセカンドオピニオン専門の外来を開いている大場大医師の3冊目の本です。
ひと言で言えば、標準治療以外は一切ダメ、関わるなという内容です。彼のセカンドオピニオンを受ければどのような助言がもらえるのか、分かりますね。

  • がんもどき仮説はフィッシャー理論のコピー
  • 遺伝子検査ビジネスには信憑性がない
  • 腹腔鏡手術には長期的な生存利益は証明されていない
  • 鳥越俊太郎さんの例は奇跡ではない

など近藤誠氏への批判が主ですが、返す刀で次々と標準治療以外を切ります。ガンマナイフやIMRT(強度変調放射線治療)でピンポイントでの照射が可能になっているのに、UMSオンコロジーの4次元照射は古いと植松徹医師を批判し、「切らずに治す」は要注意で中川恵一を批判し、もちろん先進医療である陽子線治療、重粒子線治療も「エビデンスがない」とばっさり。

がんワクチンや免疫細胞療法もテスト段階に治療法だから、金を取ること自体おかしいと。

ケリー・ターナーの『がんが自然に治る生き方』に対しては、

書店に行くと、必ずといってよいほどさまざまな食事療法本が置いてあります。ベストセラー本として話題を呼んでいる『がんが自然に治る生き方』もこの類のものと言えます。

と書いているが、本当に内容を読んでいっているのでしょうかね。この本は食事療法本ではないのですが。また、民間クリニックがこの本を患者に渡して高額な自然健康食品の購入を強いたと例を挙げているが、それはケリー・ターナーの責任にするには無理がある。

多くが同意できる考え方ですが、じゃあ、標準治療で効果がなかった患者はどうするのか? 緩和医療へという結論ですね。

全体で気になったのは、彼の文体です。「・・・と言えるかもしれません」とか「・・・だそうです」と伝聞情報が多すぎる。自信がないのか、断定しない表現が多く、突っ込まれても責任を回避できるような書き方だ。

まぁ、買ってまで読むような本ではない。

2016年12月30日 (金)

今日の一冊(64)『いま、希望を語ろう』

いま、希望を語ろう 末期がんの若き医師が家族と見つけた「生きる意味」 (ハヤカワ・ノンフィクション) スタンフォード大学の脳神経外科医で英文学の修士号を取得。36歳で肺がんの末期患者でもあるポール・カラニシが、死を前にして如何に生きる意味を見出したか、末期癌患者の希望とは何かを語る。

ポールは子どものころから「死」について深く考えてきた青年だった。そのためには文学者になるか医者になるかと思案してきた。

人間のアイデンティティ、生と死を考察するのに、脳神経外科医は最適な仕事であった。なぜなら、脳腫瘍と共に海馬の一部を切り取れば、患者のアイデンティティは変わってしまい、もはや「その人」とは言えない状態になることもあるからだ。そうしたポールが肝臓に転移した末期の肺がんだと分かった。

彼の訓練された目は、腫瘍が肺全体に広がり、脊椎が変形し、肝臓の一葉全体ががんに取って代わられているという所見を見逃すことはない。診断は明らかだった。全身に転移したがん。似たような画像ならこれまでにいくつも見てきたが、今回の症例はいつもとちがっていた。それは彼自身の画像だった。

将来を約束され、脳神経外科医としてまもなく頂点に上り詰めるはずだったポールは、この時点から自らが勤める病院の患者となった。

2016年1月に発売されるや、ベストセラーの上位に名を連ねている本書である。彼の文学的才能を余すことなく発揮して、生と死に対する哲学的考察が随所にちりばめられている。

脳神経外科医はアイデンティティのるつぼの中で仕事をする。脳手術というのは全て必然的に、われわれ自身の本質を操作する作業であり・・・患者とその家族がそれまでに直面した中でもっともドラマティックな出来事となる。

そんな重大事において問題になってくるのは、生きるか死ぬかといった単純な点ではなく、生きる価値のあるのはどんな人生か、という点だ。

一次治療のタルセバで腫瘍が縮小し、脳外科医としての仕事に戻る。しかし、タルセバが無効となり、再発。二次治療も臨床試験への参加の道も経たれて、それでもポールは希望を見失わない。内科医である妻のルーシーと相談の上、抗がん剤投与を始める前に冷凍保存しておいた精子を使って対外人工授精をする。子どもを持つことに決めたのである。

ポールの上司である研究室長「ヴィー」に膵臓がんが見つかった。膵頭十二指腸切除術を前にヴィーは、「ポール。私の人生には意味があったと思うか? 私は正しい選択をしたのだろうか?」と問う。

驚きだった。私にとっての道徳的な模範である彼ですら、自らの死に直面して、このような疑問を抱くのだ。

ポールの主治医エマはカプランマイヤー曲線について語ろうとしない。ポールが求めても予後を言おうとしないのだ。

患者が本当に知りたいのは医師が隠している科学的知識ではなく、自分という存在の真の意味であり、それはそれぞれの患者が自分自身で見出すべきものなのだ。統計にこだわりすぎるのは海水で喉の渇きを癒そうとするのに似ている。死すべき定めに直面する不安を癒す治療薬は、統計の中には存在しない。

私も患者たちと同じく、死すべき定めに向き合わなければならなかった。そして、人生を生きるに値するものにしているのはなんなのかを理解しようと努めなければならなかった。

「最も楽な死が必ずしも最良の死ではない」と理解するようになったポールは、最善の治療法を探して、復帰に挑戦する。「末期がんというのは、死を理解したいと願い続けてきた若者にとっての完璧な贈り物ではないのか?」とジョークを言う。

しかし、一日一日を大切に生きれば良いのだということは分かっても、その一日をどう過ごせば良いのだ?

私は今、ついに死と正面から向き合っていたが、それのどこにも見覚えがなかった。私は交差点に立っていた。長年のあいだ自分が治療してきた数え切れないほどの患者の足跡が、そこから見えるはずだった。それを辿っていけばいいはずだった。だがまるで、見覚えのある足跡を砂嵐が残らず消してしまったかのように、見えるのはただ、なんの道しるべもない、荒涼とした、ぎらぎら光る白い砂漠だけだった。

愛娘ケイディを授かったポールは、生きる意味と、死への道しるべを残そうと本書の執筆に死の間際まで力を注いだ。

片腕にケイディの重みを感じ、もう一方の手でルーシーの手を握っていたそのとき、私たちのまえには人生の可能性が広がっていた。私の体のなかのがん細胞はこの先もまだ死に続けるかもしれないし、あるいは、ふたたび増え始めるかもしれない。前方の広大な広がりを見渡した私の目に映ったのは、がらんとした不毛の地ではなく、もっとシンプルなもの、真っ白なページだった。そのページの上を、私は進んでいく。

はらはらしながらポールの苦悩に共感し、ルーシーの愛に癒され、読み進めるのが怖いような、読み終わるのが惜しいような、1年を締めくくるのにふさわしい、そんな本でした。

2016年12月13日 (火)

今日の一冊(63)『松田さんの181日』

松田さんの181日 オール讀物新人賞を受賞した平岡陽明の短編集。

表題作『松田さんの181日』は、カネも女も才能も覇気もない脚本家の「私」こと寺ちゃんを見かねたスポンサーがある仕事を依頼してきた。

「あと半年で死ぬ役者さんがおる。無名に近い人ではあるが、放っておくのはあまりに忍びない。オレがカネを出すから、彼の半生を本にまとめよ」

松田さん。職業:役者、余命半年の末期がん。ところが、取材を始めたが、どういうわけかお互いにウマが合って、遊んだり飲み歩いたりの日々。本になりそうにもない。そして驚きの松田さんの過去を知ったとき・・・。最後の舞台でのどんでん返し。

寺ちゃん曰く。「もうすぐ死ぬ人というのは強い。あらゆる可能性と欲望を剥奪されたようなものだから、真剣である」

「松田さんは、己に関するすべてを見切っていた。哲学とか悟りという言葉とは不干渉に生きていたが、それでいて自然とこちらに「それっぽさ」を感得させる人だった。」

余命半年といわれた松田さん。焦るでもなく淡々と生きている・・いや、飲み歩いている。そんな松田さんの死に対する考え方はこんなものだ。

我々には次の瞬間は分からない。自分がどうなっているか、相手が何を言い出すか分かったもんじゃない。だけど芝居の役者は知っているわけだ。台本があるから当然だよね。だけど、良い役者になりたければ、それをいったん真っさらに戻せなきゃいけねぇ。次にどんな運命が待ち構えているか、知らぬが如くに演じられなきゃ、いい芝居はできない。

人生も一緒だよ。いつか自分が死ぬということは子どもでも知っている。だけどそれを真っさらにして生きるのが、なんていうか、人間なんじゃねぇかな。

財産も借金も、名も名誉もない我々庶民は、エンディングノートなんぞに頭を悩まさずに済む。余命を告知されようが、ただ、これまでと同じ日々を「真剣に」生きていけば良いだけのこと、だよね。

2016年12月 8日 (木)

今日の一冊(62)『がんでも、なぜか長生きする人の「心」の共通点』

がんでも、なぜか長生きする人の「心」の共通点

昨日発売になった聖路加病院精神腫瘍科の保坂先生の著作です。精神腫瘍学とは、

昔は、がんが心にもたらすダメージについての研究が多かったのですが、次第に、「心の状態ががんにどんな影響を与えるか」という研究に移り、それ以降、がんと心の関係を研究する新たな分野が確立されました。それが、私の専門とする「サイコオンコロジー(精神腫瘍学)です。

がんでも、なぜか長生きする人の「心」の共通点精神腫瘍免疫学(PNI)とも言いますね。乳がんでステージ4の患者 今渕恵子さんとの対談本『がんでも長生き心のメソッド』に書かれていることと基本的に同じです。

うつの患者さんの心をケアすることで、がんの予後を左右するということはあまり知られていません。このブログでも執拗に取り上げているように、心を元気にすることは、がんの治療そのものと密接な関係があるのです。がんであっても、なくても、「心のありかた」が健康に大きくかかわっています。

ゲムシタビンによる膵臓がん術後の再発防止にはナチュラルキラー(NK)細胞が関与:研究報告』の記事に書かれているように、NK細胞はがんとの闘いの最前線にいる免疫細胞ですが、NK細胞も脳と密接に情報交換をし、脳の状態=心のありように大きく影響を受けているのです。心のありようが、局所再発や転移にも影響を与えていると考えても良いと思います。

著者は、がん=死ではないから深刻にならないでと、

日本人の半分はがんになるというのを、「がんになったら半分は死ぬ」と誤解している人が多いのですが、実際にがんで亡くなる人はずっと少ないわけです。  さらに、がん全体の五年生存率は六〇%にまで達していて、元気になった患者者さんが大勢います。実際には心臓病や脳卒中など一般的な病気で亡くなる人が多く、がんをそれほど特別視する必要はないのです。

と言われても、膵臓がんはなぁ。

断言しますが「がん=死」「がん=壮絶な痛み」ではないのですから。

と言われても、膵臓がんは違うでしょ。痛まない患者も結構いるけど。

とぶつぶつ言いながらも読み終えた。

あとがきに、ステージ4で40代の乳がんの患者さんが、養子縁組の選択をした。こどもを育てたいのだと。周囲の反対を押し切って実行したら、転移していた肝臓の腫瘍がほとんど見えなくなったそうです。

私がすすめたのは『がんでも長生き心のメソッド』(今渕恵子・保坂隆共著/マガジンハウス)と、第四章で紹介した『がんが自然に治る生き方──余命宣告から「劇的な寛解」に至った人たちが実践している9つのこと』(ケリー・ターナー著/長田美穂訳/プレジデント社)の二冊です。

肝臓に転移していたがんが、なんとだいぶ消えたのです。

こう言うと、すぐに「奇跡的な回復」といったフレーズが浮かぶかもしれませんが、その後、旧知の医師にこの話をすると、「ぼくの患者でもこういう人が二人ぐらいはいる」「それほど多くはないが、こういう回復例は確かにある」という反応を得ました。つまり、決してこの例は奇跡ではなかったのでしょう。  だからといって、私は、心の力ですべてが解決するとは思っていませんし、すべての人のがんが自然に治るとも断言できません。

なぜなら、一〇〇のがんがあれば一〇〇の特性があり、一〇〇の体質や性格、嗜好、経験、一〇〇の心の動きがありますから、それをひとくくりにはできません。  ただ、がん患者さんがうつになることで免疫力が著しく低下するように、病と心には密接な関係があることが実証されています。とすれば、これが回復のキーポイントになるのは間違いないでしょう。

著者のお勧めのもう一つは、

私がおすすめするのは、カール・サイモントン博士の認知療法を解説してロングセラーとなった川畑のぶこさんの著『サイモントン療法──治癒に導くがんのイメージ療法

です。私のお薦めでもあります。

「超ひも理論」を「死後の世界」が存在するかもしれない根拠にするのは、量子力学を誤解しているのではなかろうか。しかし、そう考えることで患者のスピルチュアリティが確保できるのなら、まっ良いか。

より以前の記事一覧

がんの本-リンク

  • がん患者が選んだがんの本

サイト内検索

膵臓がんブログ・ランキング

膵臓癌 お勧めサイト

アマゾン:商品検索

がんの本「わたしの一押し」

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ