音楽

2009年10月31日 (土)

城山三郎 『そうか、もう君はいないのか』

このところ6週間連続でチェロのレッスンが続く。年末年始の分をまとめてやっておこうということなので、それなりに気合いが入って通っている。いつものように蕎路坊で野菜天ざると酒。一時間ほど酔いを覚ましてレッスンに入る。左腕の五十肩もだいぶよくなってきたのは、チェロのレッスンが効いているのかもしれない。課題曲の「私のお気に入り」も今回でおしまい。初めのころに比べてずいぶんと上達したと自分でも感じる。テンポに乗っている。低音部とのハーモニーもきれいに調和している。先生もべた褒めだから気分がいい。

城山三郎の『そうか、君はもういないのか』を読む。城山さんのWshot00037没後に発見された愛妻への遺稿であり自伝のような本で、妻の容子さんが癌でなくなるまで の思い出でもある。ほのぼのしたいい夫婦だ。容子さんが高校生で城山さんが学生の時、突然の休館日となった図書館の前で、途方に暮れている二人が偶然にであう風景。『天から降りてきた妖精』のような赤いワンピースの容子さんに一目惚れした城山さん。親から反対され一度は分かれるが、数年後のまた偶然の出会い。こうなるともう結婚へとまっしぐらしか道はないよね。

新婚旅行の宿で、初夜の行為の結果としてベッドのシーツを汚してしまい、一生そのホテルには近づけなかったなど、笑ってしまう。容子さんが新婚旅行の報告を電話して、「とってもよかった」を連発したそうで、後日義兄から「あのときはすっかり当てられてしまった」と言われる。そんな天真爛漫というか、うぶな容子さん。

城山さんのこんな詩もある。

深夜
おまえの寝息を聞いていると
宇宙創造以来の歴史が
ふとんを着て
そこに居る気がする

生きていることの
奇怪さ
美しさ
あわれさ

おまえの寝息がやむと
大地に穴があいたように
寒くなる

さて
おまえの乳房をつかんで眠れば
地球ははじまり
地球はおわり

そんな容子さんが肝臓癌になる。診察を終えて帰ってきた容子さんは、鼻歌交じりにポピュラーな歌に自分の歌詞を乗せて歌いながら部屋に入ってくる。
「ガン、ガン、ガンちゃん ガンたららら・・・・・・・・」
癌があきれるような明るい歌声であった。城山さんの腕に飛び込んできた容子さんをただ抱きしめるだけの二人。

ニューヨーク居る息子さんが見舞いに来て、帰ろうとしたとき、突然病室のWshot00038 ベッドから滑り降りて立ち上がり、直立して挙手の礼をする。息子さんも驚きながらも挙手の礼を返す。悲しいけれども、笑いたくなる最後の別れ、と書かれている城山さんはそのシーンを思い出すたびに、容子さんの最後にふさわしいフィナーレだったと思う。

別の一冊『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』は城山さんが亡くなったあと発見された9冊の手帳の内容を整理したもの。

個人情報保護法に反対の立場の城山さんが、何度かテレビに出ていたことを思い出す。最愛の奥さんを亡くし、ご自身も体調を崩している状態で、生き残った特攻隊員の使命感からあのような行動を取られていたことを知る。

癌を告知され、余命を告げられて時、「残された時間を有意義に過ごす」などと、書いてある本をよく見かけるが、有意義な時間の過ごし方なんていうものは、われわれ凡人にはどう過ごしていいのか、はたと迷ってしまう。偏凡な日常を平凡に生きることでいいのじゃないだろうか。これまでよりは少しは物事をよく見て、ほんの少しよく考えて、食事や家族との時間を、これが大事な時間なんだとちょっと意識的に感じ取って過ごす。そんなことしかできそうにないし、それでいいのだと思う。やりたいことを精一杯にやる。死に対峙する妙案は、案外そんなところにあるはずだ。

| | コメント (0)

2009年10月29日 (木)

若林暢チャリティーコンサート

大田文化の森で開催された『若林暢チャリティーコンサート』に行ってきた。アフガニスタンで女性のための『希望の学校』を運営しているNGO等への募金活動のため、大田区在住の若林さんが賛同してのコンサート。

ちょうど昨日の新聞でもカブールの国連宿泊施設への襲撃によって12人が死亡したと伝えられていた。戦火によって夫を失った女性たちが、物乞いや子供の労働に頼って生活をしている。そんな彼女たちに教育の機会を与えようと、日本在住のアフガニスタン人、スルタニさんらが活動している。

コンサートはベルリンフィルの弦楽メンバーにピアニストのアルバート・ロトさんを加えて、曲目はシューベルトのピアノ五重奏曲変ホ長調作品44、ブラームスのピアノ四重奏曲ト短調作品25。チェリストのクリストフ・イーゲルブリンクさんが楽譜を忘れて登壇し、開演が30分ほど遅くなるというハプニングもあった。

ベルリンフィルのチェリストの演奏を間近で観察できる機会は滅多にないと、最前列に席を取って、もっぱらチェロの指使いやボーイングを注視していたが、ppで演奏するときには右手の中指を弓から離して弾いていた。ときどき左手の位置を確認してから弾き始めていることが印象に残った。プロでもやはり左手の位置は確認しながらでないと心配なのかもしれない。私などはしょっちゅう確認しているが、いくらか安心した。

「平和」を言葉でしか知らないアフガニスタンの人たちに比べて、平和が日常となっている日本で、たかが「がん」のために悩んだり闘ったりしているのが申し訳ないような、戦火の国民から見ると夢物語のような医療費をかけて治療をしているにもかかわらず、満足できないがん難民が多数いることが、おかしなことのように思われてくる。わずかに数十円の抗生物質がないためにバタバタと亡くなっていくアフリカの子供たち。ユネスコの新聞広告を見るたびに怒りがこみ上げてくるが、5分も経つとそんなことはすっかり忘れている自分にも唖然とする。

免疫療法だ、新しい抗がん剤だと、つぎつぎに話題が出てくるが、いったいいくらの治療費がかかるのか。最終的には健康保険が適用になるにしても、その負担は国民全員で負うことになる。一人のがんの治療費に何億円もかけることがまっとうなことだとはとても思えない。ほどほどの治療にして、あとはQOLを維持できる方法を考えた方が、まともな人間の考え方のような気がする。

| | コメント (0)

2009年10月12日 (月)

三連休に三昧

この三連休は音楽三昧だった。「三昧」というのは「悟り」と関係がある言葉だそうだ。ヒンドゥー教で『瞑想』が深まり、精神集中の深まった状態が本来の意味、これを拡大解釈して「読書三昧」とか「贅沢三昧」(悟りにはほど遠い)とか使う場合が多い。

日がな一日音楽を聴いて、果たして「悟った」境地になるのかどうか、自信はないが、充実した時間だったことには違いない。

CDの置き場所に困ってきたので、これを全てネットワークディスクに入れて、LANでつないだパソコンから、どこからでもCDを再生しようというもくろみ。10年ほど前の古いノートブックが廃棄寸前で埃をかぶっていたので(起動やアクセスが遅くてWordやExcelを使うには役者不足、いや役立たず)、ほとんどのアプリを削除して身軽にしてやった。これでずいぶんと快適に起動するようになった。このノートPCを音楽再生専用にする。

CDのデータはApple Lossressで変換してあったが、どうも音に満足できない。で、同じ可逆圧縮であるFlacを試してみることにした。リッピングソフトはExact Audio Copy(EAC)を使い、CDの曲データはPlayerからCDDBを取得してEACに転送する。EACは高機能なリッピングソフトだが、取り込みにはiTunesよりも数倍の時間がかかる。一枚のCDをリッピングするのに20~30分といったところか。

Flacの再生にはfoobar2000を使ってみた。格段に音がいい。音の輪郭がより緻密で音場の広がりも自然で部屋全体に広がっている感じがする。例えていえば、200dpiのデジタル写真を見ていたのが、300dpiに解像度を上げたら、写真の雰囲気が変わる、そんなイメージとでも言えばよいだろうか。まぁ、分かる人にしか分からない。同じ可逆圧縮でもリッピングの善し悪しでこんなにも違うのかと驚いた。高橋真梨子の「オトコゴコロ」にある「勝手にしやがれ。舞台の真ん中に彼女がたっている姿が見えるようにリアルだし、パーカッションが狭い部屋を飛び出して、もっと右手から聞こえてくる。「風の谷のナウシカ」で藤原真理が弾くチェロは、峡谷を吹き渡ってくる風のようだ。目を閉じて聞けば、机上においたJupity301の、わずか5センチのフルレンジスピーカーから出ている音とは想像もできまい。

音楽も写真も同じことで、72dpiの解像度でディスプレイで見ておれば満足する人もいれば、350dpiでA3サイズに大きく印刷して見なければ納得しない人もいるようなものだろう。ただ、よいデータを記録できてもスピーカーはアナログだ。デジタルだからいい音が出ると勘違いしている向きもあるが、最後の出口はアナログ。DA変換に少し高価なものを使うことと、よいスピーカーだろう。昔のように数百万円する高級アンプは必要ない。できればYoshii9で聞きたいのだが、Jupity301でも音場の広がり方は十分に堪能できる。

CDに記録されている音楽データは相当の精密さで書き込まれているが、CDプレーヤーはリアルタイムでDA変換しなければならないから、完全に読み取るというわけにはならない。バッファがあるとはいえ、読み取りエラーを完全に修正することも難しいはずだ。この点PCなら、好きなだけ時間をかけて、完全なデータを読み取ることができる。

foobar2000とEACの組み合わせではReplay Gain(音量正規化)がリッピングと同時に設定できることもありがたい。CDによって録音された音量が違うし、CD中の曲によっても最大音量が異なって いる。頻繁にボリュームを調整しなくてはならず、これではゆったりと音楽に浸って三昧=悟りを開くということは難しい。

こうして500Gのハードディスクに200枚ほどのCDを入れたが、まだ20%ほどしか領域を使っていない。1000枚は余裕で格納できそうだが、持っているCDは500枚程度だから、これから毎月5枚ほど購入したとしても10年は大丈夫だ。CDの保存先は大丈夫だが、私の寿命の方が先に「大丈夫でなくなる」に違いない。そのときはそのとき、ドライブを買い足すか、葬儀の準備をするか、好きなようにしてくれればよい。と、「「悟った」ということは、「三昧」に至ったということかもしれん。

| | コメント (0)

2009年7月 7日 (火)

フォーレ「夢のあとに」

平原綾香の『path of Independence』を聴きました。「ノクターン」や「カンパニ51swykuasol_sl500_aa240_ ュラの恋」はテレビドラマ『風のガーデン』の主題歌と挿入歌です。同じ曲で、歌詞が英語か日本語かの違い。ショパンのノクターン(第2番 変ホ長調 作品9-2)が原曲ですね。

納められた曲の中にチェロの心地よい独奏部分が挟まれているものが何曲かあります。ドラマでもチェロが効果的に使われていました(主人公もチェロを弾く設定)が、倉本聰のドラマにはチェロが雰囲気を醸し出してよく使われています。

いちばん記憶に残っているのは『北の国から’95秘密』のシーンです。看護師の蛍が勤務先の黒木医師と不倫の駆け落ちをして僻地の診療所に逃れていきます。その相手の医師が、空手もするしチェロも弾く名外科医という設定でした。この先生は決して画面には姿を見せず、チェロの音だけが流れてきます。「’98時代」では最果ての岩場に打ち寄せる砕ける激しい冬の荒波、粗末な掘っ立て小屋、荒涼とした雪の舞う風景にチェロのもの悲しい曲が流れてきます。

逃避先へ帰るため駅で列車を待つ間に純と車の中でカセットに録音した「先生」のチェロを聴くシーンでも同じ曲が流れてきます。世間から非難されようとも自分の意志に忠実に生きる蛍、その蛍が改札口に向かう後ろ姿が街灯の逆光に照らされています。凛と背筋を伸ばした蛍の後ろ姿に、純は強くなった一人の女を見ています。そして純の恋人との関係、情けない自分に対してやるかたない思いを抱いているようでした。

上のビデオの6分くらいからこの曲が流れています。蛍の台詞、「おかしいの。駆け落ちするのに何も持たず、チェロだけ大事そうに抱えてくるの」

この曲はフォーレの『夢のあとに』です。歌曲なのですがチェロに編曲されたものの方が格段によいです。チェロ用に編曲したのは、カザルスです。甘美で切ないメロディは、何度聞いても「北の国から」の数々のシーンを思い出します。

フォーレの『夢のあとに』はこんなシーンで使われていました。

「’95秘密」

  • 純が車で螢を新得まで送るシーン、カーステレオから
  • (駆け落ちの相手)黒木医師の夫人が五郎の石の家を訪ねて来たシーン
  • 落石のバス待合所で純と螢が話をするシーン
  • 石の家、螢からの手紙を五郎が読むシーン

「’98時代」

  • 富良野へ来た螢がニングルテラスを訪れ、雪子と話をするシーン
  • 螢が草太の牧場を訪れ、妊娠していることを告白するシーン
  • 札幌、正吉が螢にプロポーズする公園のシーン
  • 結婚式の3日前、石の家で五郎と螢が布団を並べて話をするシーン
  • 富良野協会病院、螢の正吉への語りかけのシーン
  • みずえの葬儀、遺言について山下先生と五郎が話しをするシーン
  • 牧場の跡地と草太の墓を純が訪れるシーン
  • 螢に届いた正吉の手紙が読まれるシーン

12回も使われています。最果ての岩場に打ち寄せる砕ける激しい冬の荒波のシーンは「’98時代」のどこかのシーンだったようです。

| | コメント (0)

2009年6月 5日 (金)

モーツァルトと脳内物質ドーパミン

音楽療法という分野があり、特にモーツァルトの音楽には糖尿病が治った、血Photo圧を下げる、がん細胞の増殖を抑える、などの効果があるという説があります。
多くの書籍でも紹介され、音楽療法用のCDもたくさん販売されています。

今年の3月に出版された『モーツァルトが求め続けた脳内物質』(須藤伝悦)では、他の作曲家の曲には反応しないラットが、モーツァルトの曲を聞かせると落ち着いてのんびりしてくる。実験してみるとラットの脳内ドーパミンの合成を調整する化学反応が活発になることが分かり、なかでも高周波数の音域が重要であったと紹介されています。

どうしてモーツァルトの音楽にはそのような効果があるのか。著者はその秘密に科学的に迫ろうとします。合わせて脳内麻薬といわれるドーパミンとは何かも紹介していきます。
モーツァルトが10代のときに作曲した曲、ディヴェルティメントや教会ソナタが特に効果的で、ディヴェルティメントニ長調 第三楽章のアダージョ(K.205)を平均65デシベルの音量で聞かせたときが一番大きな変化が起きたといいます。

そして、モーツァルト自身が抱えていた病気を癒すために、自分が心地よい曲を作曲したのだという結論です。モーツァルトは注意欠陥多動性障害(ADHD)、トゥレット症候群サヴァン症候群などの病気を持っていて、晩年は高血圧を併発していたという精神科医らの研究があるようです。映画「アマデウス」に登場するモーツァルトはそのような病気を持った奇声を発したりする人物のように描かれていましたね。これらの病気は脳内ドーパミンの分泌と深く関わっており、著者はモーツァルトが幼年期にてんかん症を患っており、のちに統合失調症となったのだろうと推測しています。

モーツァルトの音楽の特徴として

  • 高周波数領域の音が多く、創造性を活発にさせるエネルギーを持っている
  • 独自の音楽の反応スペクトルを持つ。スムーズな音の流れを生み出すフレーズの速いパッセージがあり、音の連なりに大きな運動性がある
  • 子供の心臓が脈打つような生理的リズム

を挙げて、こうした特徴がドーパミンの合成を促すのだと結論づけています。ドーパミンは情報伝達物質であり、免疫系とも深く関わり合っています。騒音よりは楽しい音楽がストレスを緩和することは、経験的にも自明のことです。

行きすぎた商業主義によって、モーツァルトの音楽には奇跡的な効果があるかのように宣伝されていますが、ある種の効果はありそうだという一定の科学的根拠があるのですから、クラシックが好きなら、そうした効果を期待してモーツァルトを聴く分には弊害はないでしょう。

モーツァルトの曲では、チェロはほとんど重要な役割を演じていないのですね。チェロのパートがすばらしいという曲がありません。これまでどうしてだろうかと思っていたのですが、この本を読んで、チェロのような低周波数の音は、彼の気分を良くする効果がなかったからだろうと納得した次第です。

| | コメント (1)

2009年5月16日 (土)

OTTAVAで24時間クラシック

TBSラジオが運営するインターネットラジオ局。OTTAVA。東京地区の地デジラジオOttava 番組をインターネットでも24時間流している。いつも聞いているWinAmpのインターネットラジオに飽きたら、こちらに切り替えて流している。
今流れている曲名がインターネットですぐに分かる。過去一週間分の放送をオンデマンドで好きなときに聞くことができる。Podcastにも対応しているので、iPod Nanoに入れて往復の30分の通勤時間(徒歩)に聞くにはちょうどよい。

プレゼンテーターの話が心地よいときもあれば、耳障りなこともある。読書をしているときなどは解説が入るとどうしても気を取られるので、ネットサーフィンをしているときなどがよいかもしれない。

GW中は国際フォーラムと丸の内周辺で開催されていた『ラ・フォル・ジュルネ2009』の特集もあり、バッハの曲を堪能することができた。

OTTAVAでマーラーの「大地の歌」を何度か聴く機会があった。「青春について」「美について」「春に酔える者」。
マーラーの「大地の歌」は、友人から贈られた一冊の詩集『中国の笛』がきっかけで作曲されることになった。李白など数人の漢詩のフランス語訳からドイツ語に訳されたものを素材に、テキストがヨーロッパ的にわかりやすく変更されたり、付け加えられたりしている。マーラーは更にそれを大胆に改造して採用したらしいから、元の漢詩のイメージとはずいぶん違ったものになっているはずだ。

 第1楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」       (李白「悲歌行」)
 第2楽章「秋に寂しき者」                            (銭起「效古秋夜長」)
 第3楽章「青春について」                            (李白「宴陶家亭子」)
 第4楽章「美について」                               (李白「採蓮曲」)
 第5楽章「春に酔える者」                            (李白「春日酔起言志」)
 第6楽章「告別」                         (孟浩然「宿業師山房期丁大不至」王維「送別」)

漢詩との対応はこのようになるらしい。このあたりのことは『大地の歌』のCDを買うと解説にたいがい記されている。第5楽章の「春日醉起言志」を岩波文庫『李白詩選』の読み下し文では、

春日醉起言志  春の日に酔いより起きて志を言う

處世若大夢    世に処(お)るは大夢の若し
胡爲勞其生   胡為(なんす)れぞ 其の生を労する
所以終日醉       所以(ゆえ)に終日酔い
頽然臥前楹       頽然(たいぜん)として前楹(ぜんえい)に臥す
覺来眄庭前       覚め来(きた)って庭前を眄(なが)むれば
一鳥花間鳴       一鳥 花間に鳴く
借問此何時       借問す 此れ何(いず)れの時ぞ
春風語流鶯       春風 流鶯(りゅうおう)に語る
感之欲歎息       之に感じて嘆息せんと欲す
對酒還自傾       酒に対して還(ま)た自ら傾く
浩歌待明月       浩歌して明月を待ち
曲盡已忘情       曲尽きて已(すで)に情を忘る

私の大胆な現代語訳です。

荘子も「胡蝶の夢」で言っているよ。この人生は夢のようなものではないか。いや、蝶の夢ではなく、「遺伝子の夢」なのかもしれないでしょ

だったらね。何もあくせく働かなくてもいいじゃないか。つまらないことを根に持ったり、人を羨んだりすることはないじゃないか。ちっちゃなことを自慢することはないじゃないか

だから一日中酒を飲み、酔っぱらうのさ

終いには、柱の脇で酔いつぶれてしまうんだよ。気持ちいいったらありゃしない

酔った頭が何かの気配を感じて、庭先に眼を遣ると

一羽の鳥が花と花の間で鳴いている

おーい、鳥よ。 今はどんな季節なんだい? この酔っぱらいに教えてくれないかい

春風がうぐいすの鳴き声で応えてくれた ~春真っ盛りですよ~

そうか、春真っ盛りか 溜息が出るよなぁ と言いながら

飲んべえの悲しさ また杯に手を出して酒を注ぐ

ご機嫌だよなぁ 大声で歌いながら名月が出るのを待つことにしたが、

歌い終わると余計に酔いが回ってきたよ。それでもって、いやなことは全部忘れちまったのさ。

こんな生活をしていれば、免疫力も高まり、NK活性も高くなること間違いなし。今日は休日だし、チェロでも弾いて酔っぱらってみるか。聴きながらこんなことを想っている。

マーラー 『大地の歌』第5楽章 他の楽章はこちら
Gustav Mahler
Das Lied von der Erde (The Song of the Earth)
Symphony for Soli and Orchestra
Conductor: Semyon Bychkov
Mezzo-soprano: Waltraud Meyer
Tenor: Torsten Kerl
WDR Sinfonieorchester Köln
Kölner Philharmonie (2001)

| | コメント (0)

2009年3月25日 (水)

2年越しの高橋真梨子

_mg_0235_2


7月の高橋真梨子コンサートを先行予約しておいたら、抽選でチケットが取れたという連絡があった。2年前にもこの時期に彼女のチケットを購入しておいたのだが、膵臓がんで入院して手術をし、退院したのがコンサートの数日後で、結局チケットは誰かに差し上げたのだった。G110_2

バラードの女王といわれる高橋真梨子は、コンサートでソプラノサックスを披露 することもある。父がプロのジャズサックス奏者であり、そんな環境で育ったからだろう。平原綾香も、そういえばサックス奏者だった。洗足学園音楽大学ジャズコースサックス専攻。生徒会長も務め、卒業式では学長賞を授与されたという、こちらも才色兼備の歌手だ。

二年越しで、聞き逃したコンサートに行くことができる。生きていればこそである。『宇宙の叡智』に命を預け、生かされるままに生きている。感謝。

高橋真梨子のアルバム『紗』『musse』を聴く。

このところ、連日チェロのレッスン。短時間だが毎日音を出している。『グリーン・スリーブス』、『虹の彼方に』など。少しはサマになってきた。楽譜が頭に入って右手の弓と左手の弦に気配りができる。ビブラートに挑戦。綺麗なビブラートができるとできないとでは、チェロの魅力に差が出ます。

| | コメント (0)

2009年3月21日 (土)

インターネットで聴く交響曲 モーツアルト40番

パソコンでこのブログを書いたり、何かをするときはたいがいインターネットラジオでクラシックを流している。WINAMPも日本語に対応して、格段に使いやすくなった。ネットラジオの多くはCDを流しているのだが、最近はオーケストラのライブをリアルタイムで、あるいはオンデマンドで流すサイトがずいぶんと増えてきたようだ。

例えば、ベルナルト・ハイティンクの生誕80年記念で、オランダの公共放送局radio4が無料でダウンロードをさせてくれるとう大盤振る舞いだ。曲は、ビゼー:交響曲ハ長調 (2000年録音)、 シューマン:交響曲第1番「春」 (1981年録音)、 ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 。320kbpsのMP3フォーマットでCDにも匹敵する音質だと言える。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団も定期演奏会をライブで有料配信するというニュースもあった。

こうなると、いつライブが聴けるのかを、常に検索しなければならないが、世の中には親切な人もいて、「おかか since 1968 Ver.2.0」は、海外クラシック音楽ライブ番組情報を日付別にまとめたブログである。こんなブログがあると、いくら時間があっても足りないという悲鳴を上げたくなるほどである。ザルツブルク音楽祭やバイロイト音楽祭もインターネットで流されるようになって、クラシックファンには贅沢な悩みが増えそうである。

日経パソコンが、2008年10月に創刊25周年を迎えたのを記念して、新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏をインターネットで配信する「ネットで楽しむオーケストラ ― 新日本フィルライブ ―」を開設した。今日はこれを聞いてみた。

曲はモーツアルトの交響曲第40番。モーツアルトの交響曲の中では私が一番好きでよく聴く曲。若い頃はLPレコードを買う金がなかったからFM放送のエアーチェック(これも懐かしい言葉だ!)でカセットに録音して聞き、少し余裕ができたら真っ先にLPを買った記憶がある。

「ネットで楽しむオーケストラ」ではクリスティアン・アルミンク指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団で、すみだトリフォニーホールでの録音だ。

ト短調の40番は、第1楽章の冒頭、ためらいがちなヴィオラ(だと思う)の刻出にヴァイオリンがしなやかに乗ってくる、これが曲の主題にもなっているのだが、この冒頭部分がモーツアルトファンには堪らないのである。この曲にはクラリネットパートを加えた第2版があり、私が持っているCDで、ラファエル・クーベリック指揮のバイエルン放送交響楽団のものはこの第2版だが、今回のネットの録音はクラリネットがない構成だった。

映像付きの録音と、高音質だが映像のないものとの両方がアップされている。DVD風に映像を楽しむか、高音質を取るかと迷ったが、両方を聞き比べてしまった。結果は映像付きの方はやはり音の広がりに欠けるし、音の輪郭も少しもやっとしている。お勧めは高音質の方だ。若い指揮者アルミンクが、第1楽章と第4楽章の終わり近くで指揮台を足で「ドン」と叩く音が入っている。それだけ情熱的な演奏だということだ。クーベリックの演奏に比べてテンポも少し速い。

タイムドメインのスピーカーで聴いていると、自分がこのホールにいるかのような気になってくる。いいスピーカーだと思う。モーツアルトは免疫力を上げるといわれるが、さて今日はどれくらい上がったか?

| | コメント (2)

2008年10月 2日 (木)

シベリウスのヴァイオリン協奏曲

シベリウスのヴァイオリン協奏曲は、ベートーベンのそれと同じ程度に私の好きなヴァイオリン協奏曲だ。どちらかと言えばシベリウスのほうが、北欧の雰囲気を感じさせて、好みだと言える。シベリウスの曲は交響曲第2番もよく聴いていたものだ。

トゥオネラの白鳥も含めて、彼の一連の曲が、 暗い現実の彼方に一条の光明を感じることができる。嘆きや悲しみ、はかなさに満ちたこの世だが、あきらめてはいけないよ。行く手には明るい光もない訳じゃない。こう訴えているように感じて、モーツァルトやバッハの曲に疲れたときにはよく聴く。
これまでは巨匠アイザック・スターンとユージン・オーマ41apc6gzeol_ss500__2 ンディ指揮のフィラデルフィア交響楽団のもの。SACD版のヴァイオリン協奏曲を欲しくて探したが、諏訪内晶子のものしかないようで、しかも在庫なし。輸入盤の中古を何とか手に入れて聴いてみた。録音は文句なくよい。S/N比が高く、ダイナミックレンジが非常に大きい。残響は多すぎず、個々の楽器の分解度も高くて、オーディオファン向きの優秀録音盤という評価も納得できる。
演奏は、曲の流れが少しぎこちない。さすがに巨匠スターンと比べるのは酷かもしれないし、名だたる名演奏がある中で、影が薄くなるのは仕方がないが、女性らしい優しいヴァイオリンだし、まぁ美人だから良いか!

交響曲第2番は、コリン・デービス指揮のボストン交響楽団のものと朝比奈隆の大阪フィル。朝比奈隆のをよくかける。

朝比奈隆では、ベートーベンの交響曲全曲を新日本フィルとサントリーホールで演奏したCDを図書館から借りて聴いている。こちらもHibrid SACD。定価9450円では衝動買いするには高すぎる。図書館さまさまです。まだ3番までだが、これまではベートーベンの交響曲は「心がまえて」聴くような感じだったのが、タイムドメインのシステムでは同じCDなのにゆったりと聴くことができる。聴くていても疲れないから不思議だ。「これぞ朝比奈隆」といえる演奏です。難解な解釈による小細工は一切なしの質実剛健、重厚で実に恰幅のよいベートーヴェンです。「楽譜に忠実に」といった朝比奈の演奏哲学をオーケストラが見事に汲み取っています。

シベリウスの交響曲全集を出しているアイスランド交響楽団が10、11月にやってきて、全曲を連日演奏するらしい。すみだトリフォニーホールで11月4日から7日まで連続して演奏だ。大変な熱の入れようだ。

| | コメント (0)

2008年9月27日 (土)

音楽療法(タイムドメインシステムのグレードアップ)

5月に手に入れたタイムドメインスピーカーJupity301もだいぶ使い込んで音が変わってきた。最初は低音はこんなものかという程度しか出なかったのだが、使い込んでずいぶんとJupity301迫力のある低音になってきた。逆に高音は最初よりも柔らかくなった印象だ。

しかし、パソコSeu55ンに保存したある曲の再生が今ひとつ納得できない。高音も低音も もたもたとして、たとえてみれば肥満児が頑張って走っているという感じ。パソコンのオーディオ出力からではなく、一応はUSBオーディオにCreativeのSound Blasterを付けているのだが、4000円程度のDA変換ではこの程度かもしれない。ONKYOのWAVIOシリーズ SE-U55SXに変えてみることにした。

まったく違った音になった。DA変換時のパルス性ノイズを極限まで抑える回路技術、この回路専用に別の電源を使用している。高性能のカップリングコンデンサーを贅沢に左右にそれぞれ採用している。価格もSound Blasterの4倍程する。(ネットで3倍ほどの値段で買ったが) 光デジタル端子もあり、オーディオセレクターとしても使える。

PCにはAppleロスレスの可逆圧縮フォーマットで保存してあるので、再生したデジタル信号はCDと同じデジタルデータが流れているはずである。小椋佳も谷村新司も、音の一つ一つの粒立ちが細かくなり、音量を上げても高音が耳障りでなくなった。空間に分布した音の分布範囲が広くなった印象で、高音も低音もはっきりと強く出ているのに、聞いていても疲れない。

Winampからインターネットラジオを流したら、CDの音質で聞こえてくる。

ここまで音が良くなると、スーパーオーディオCD(SACD)で聞いてみたくなる。SACDのディスクはあまり持っていないが、鈴木秀美のチェロがあった。しかし、SACDプレーヤーがない。買いたくともUDv610avSBオーディオSE-U55SXを買った直後で余裕がないから高いものは駄目だ。PioneerのDVDユニバーサルプレーヤーDV-610AVを安く手に入れた。テレビを見ないのにDVDプレーヤーはおかしいが、DVDオーディオも再生できるし、SACD専用のプレーヤーよりも安い。オーディオファンとAVファンの層の厚さが違うからだろう。

ガット弦のバロックチェロを弾く鈴木秀美は、ときどき池上本門寺近くの實相寺で「ガット・カフェ」なる演奏会を開催していたが、最近は止めているのかあまり開催しなくなった。平井千絵のフォルテピアノでメPhoto_2 ンデルスゾーンのチェロ・ソナタ第1番変ロ長調Op.45、チェロ・ソナタ第2番ニ長調Op.58が収まっている。

5.1chのマルチステレオを2chで再生しているのだが、ガット弦と松ヤニの接触する瞬間が分かるかと思うほどのはっきりした音が、フォルテピアノの鍵盤が見えるかのような音が再現される。5.1chの再生は部屋全体に音が広がり、環境音が後ろのスピーカーから聞こえるなど、音の空間としてはおもしろそうだが、どうも好きになれない。タイムドメインのスピーカーで2chでも十分に広がりを感じるし、音を絞っても小さな低音・高音ともに聞き分けることができるのがこのスピーカーの特徴で、深夜でも周囲を気にしなく再生できる。安上がりのシステムだが、50万円以上のステレオシステムにも負けない音だと思う。

ガンの音楽療法としてもこのシステムは効果がありそうだ。安保免疫論「ガンにならない生活術」には、音楽療法にいくつかのスピーカー使って、血液のさらさら度を写真付きで評価しているが、タイムドメインのスピーカーが良い結果を出しておすすめだと書かれている。安保徹の理論はあまりまともには受け取れない内容だが、私のシステムでモーツァルトを聴いていてもリラックスしていつの間にか寝てしまうことが多い。上のようにシステムを入れ替えたら以前よりも音楽療法が効いている感じがする。

| | コメント (1)

2008年6月14日 (土)

室内楽の夕べ

昨夜は蒲田のアプリコ小ホールで室内楽の鑑賞。

アストルカルテットでモーツァルトの弦楽四重奏曲第21番ニ長調「プロシャ王」、メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲ホ短調、須賀田磯太郎:日本四重奏曲。

今回のアストルカルテットは、幼少時より神童、天才と讃えられたモーツァルトとメンデルスゾーン、そして、長い間、倉の中で眠っていた日本の才能ある作曲家、須賀田礒太郎の作品にスポットをあて、彼らの溢れ出る感性を表現してゆきます。

アストルカルテット・メンバー紹介

物集女純子(vln.1)ジュリアード音楽院卒。同プロフェッショナルスタディ修了。国内外で幅広く活躍中。
飯島多恵(vln.II)武蔵野音楽大学卒。同音楽院修了。国内外で幅広く活躍中。
リチャード・エレジーノ(vla.)ロサンジェルス交響楽団団員。大田パシフィックチェンバープレイヤーズ音楽監督
只野晋作(vlc.)武蔵野音楽大学卒。神奈川フィルハーモニー管弦楽団団員。ステラ五重奏団メンバー。

チェロは只野晋作、座った位置からチェロが見えなくかったので最初のプロシャ王が終わったときに席を移動した。注意いて見たのは、左ひじの高さと弓と弦のの直角。左ひじは結構高い位置にキープされている。C弦に移弦するときには、その高さを保ったまま左ひじを前に出すようにしている。

メンデルスゾーンが良かった。終わってからアプリコ内にある「蕎路坊」で野菜天ぷらざる蕎麦。

| | コメント (0)

2008年6月 1日 (日)

小椋佳 夢・歌・詩(ムカシ)あるところに

Ogura 小椋佳のコンサートに行きました。
5月31日東京国際フォーラムでの「テレビ朝日開局50周年記念 小椋佳トリビュートコンサート」です。

チケットを発売して数時間で売切れという、小椋佳の相変わらずの超人気に、携帯電話を弐台使ってやっと2枚のチケットを手に入れて楽しみにしていたコンサートです。

たくさんのゲストが出演して小椋佳の交友と仕事の幅の広さを実感させてくれました。中村雅俊、堀内孝雄、梅沢富美男、来生たかお、セプテンバーに津軽三味線の高橋孝、ESCOLTAなど多数。えり(伊東恵里)さんの歌声がきれいで引きつけられました。

観客も圧倒的に同年代・団塊の世代。小椋佳の歌も青春時代から今は還暦を超え、人生の終着駅に向かおうとするかのように、友に感謝し、愛に感謝し、人生に感謝する、そのようなテーマでのコンサートでした。

私はバックのチェロを弾いている女性の弓の動きなどが気になって、そちらばかり見ていた気がします。でも楽しい時間を過ごしてきました。

帰りに西銀座から首都高に乗ったとたんに飲酒検問にばったり。もちろん私は飲んでいませんが、銀座で飲んで車で帰るという者が多いのでしょうかね。私は自宅に車を置いて近くの寿司屋で夫婦で飲みました。

| | コメント (0)

2008年5月18日 (日)

タイムドメイン(続き)

駅ビルで北海道物産展をやっていました。釜めしが美味しそうだったので買って帰って電子レンジで温めました。物産展のおじさんから「蓋を少しずらして3分間チンしてください」と言われてその通りにしました。

ウズラの卵が入っていたので、最初に箸を付けて口に入れ、噛んだとたんにドンという音とともに口の中で爆発。本当に爆発のようでした。黄身が全て口から飛び出して食卓の上に飛び散りました。家族はみんな大笑いしていますが、口の中はひりひりして鏡で見ると口内炎のように赤く、一部は白く爛れています。口を閉じていたら鼓膜が破れたかも知れません。

卵はチンしちゃいけないと知っていましたが、殻がなければ大丈夫かと思っていました。「3分間チンする」と言われたのですが、我が家の電子レンジは800W、通常は500Wが多いのでしょうから「500Wで3分間」という意味だったのかもしれませんね。


タイムドメインスピーカーの続きです。

CDの音がこんなに良かったのかと驚きの連続です。わずか5W+5Wのスピーカーから豊かな高低音が出てきますが、けっしてドンシャリの、無理に高低音を強調したような音ではありません。タイムドメイン理論そのものが、音をアンプの電気回路でどうにかするという理論ではなくて、スピーカーの構造で物理的に必要な音を発生するようになっているからです。

Tds_fig2 タイムドメイン理論を簡単に説明すると次のようになります。あらゆる音は全て単純な正弦波のの重ね合わせで表現することができます(正弦波に分解できるということ)。これはフーリエ変換といって高等学校の物理や数学で学ぶ内容ですね。高速フーリエ変換(FFT)によってリアルタイムの音の波形を正弦波で表わすことができます。

図のように左半分が「無音部」、右半分が正弦波の音の場合も、中段部の多くの音を合成することで作り出すことができます。従来のスピーカーはこの「周波数領域」理論に基づいてウーハーで低音部を、ツィータで高音部を出すようになっています。

タイムドメイン(時間領域)理論では、左の無音部では音は出さない、右の正弦波ではそのまま正弦波を出せばよい、という考えです。ごく単純に表現しましたが、由井氏の説明だとこのようになっています。

そのためにいろいろと工夫を重ねていますが、タイムドメイン理論の正しさは、音を聞いてみれば一目瞭然(一聴?)です。とにかく聴いていて疲れないスピーカーですね。気分が良いのですぐに眠くなります。ドンシャリのスピーカーではこうはなりません。マイクロソフトのビル・ゲイツをして「わが家の7000万円のオーディオより良い音がする」と驚嘆せしめたというエピソードがあるそうです。(ただしビル・ゲイツが試聴したのは、タイムドメインスピーカーの試作品だったという説)

従来のスピーカーでは女性のボーカルや英語のCDではさ行の音が強調されて破裂音のように聞こえますが、このスピーカーでは素直な発音に聞こえてきます。由井氏が挙げた特徴があります。

  • 自然な音。 いくら聴いても疲れない。
  • 音像がリアル。 実在している様に聞こえる。 遠近、広がり、上下まで。
  • 音場感が豊か。 雰囲気まで伝わる。
  • 音離れが良い。 スピーカーが鳴っているように思えない。 空間から音が出る。
  • 距離が離れても音は崩れない。 離れても音量は余り変わらず遠くまで届く。
  • 音量を下げても音は崩れずはっきり聞こえる。 騒音の中でも聞き取れる。
  • 音の分離が良い。 オーケストラのいろいろな楽器が聞き取れる。
  • 物音や環境音がはっとするほどリアル。 自然楽器の音がリアルで表情豊か。
  • 会話がはっきり聞き取れる。 英語の発音がはっきり聞き取れる。
  • 口の形や開き方、舌や歯の動きや位置が分かる。
  • 女性ボーカルのサ行強調が無く、胴間声にならない。
  • 低音楽器の半音の動きが聞き取れる。 低音楽器の奏法、音色の変化が良く分かる。
  • 演奏会場の物音、観客の話声、微少な音が聞える。
  • 古い録音や、LP、コンパクトカセット、TVの音もリアルに忠実度高く驚く。
  • 声や楽音の頭に低音がしっかり付いて上質の音が自然に響く。

小音量でもはっきりと聞こえるので結果的にダイナミックレンジが広い音空間になります。

iTunesにAACフォーマットで記録した音を、BOSEとJupity301で聴き比べてみましたが、Jupity301では高音部・低音部が大きく損なわれていることがはっきりと分かります。BOSEではそこそこ良い音に聞こえるのですが、タイムドメインスピーカーでは明らかに音が劣化しているのが分かります。

そこでCDからiTunesに記録するフォーマットをAACから「Appleロスレス」に変えて記録のやり直しました。本当なら無圧縮のAIFFフォーマットが良いのですが、4GのiPodに6枚のCDアルバムしか入りません。Appleロスレスは可逆圧縮フォーマットで完全に無圧縮のデータに変換出来てしかも60%にデータ量を圧縮できます。BOSEのノイズキャンセリングヘッドフォンQuietComfort 3で聴くと、Jupity301と同じように豊かな音を楽しむことができました。

「されば人、死を憎まず生を愛すべし。存命の喜び日々にこれ楽しまざらんや」(徒然草93段)

こうして、徒然草の気持で存分に命を楽しんでいます。

| | コメント (1)

2008年5月17日 (土)

タイムドメインスピーカー Jupity301

Jupity_macbook 由井啓之の提唱する「タイムドメイン理論」に基づいて設計されたJupity301を入手。
タイムドメインスピーカーは、前々からその評判は聞いていたが、先日ヨドバシで視聴して、すっかりその音の虜になってしまった。富士通テン ECLIPSE TDシリーズや最近ではiPod用として発売された日立マクセル製のMXSP-4000.TDがあるが、タイムドメイン社の製品で最高峰と言われているのがYoshii9、しかしこれは30万円と高価で手が出ない。Jupity301はライセンス品だがタイムドメイン社でもその性能を保証しているようだったのでこれにした。

デスクの両端にディスプレイをはさむように設置して、ケーブルの接続も簡単だ。CDプレーヤーも由井氏の推奨するのは「複雑な回路で音を補正したような製品ではなく、単純なポータブルCDプレーヤーが良い」との説明を頼りに、7200円のSONYのD-NE730にした。こんなに安いCDでよいのかなと半信半疑。

6センチほどのフルレンジスピーカーだけのユニットから豊かな音が出てくる。スピーカーから音が出てくるのではなく、顔の前の空間から音が出てくるという感じなのだ。モーツアルトをかけてみた。部屋全体がコンサートホールになったような気がする。弦楽器の音の立ち上がりが良い。弓が弦を噛みこんでから立ち上がるときの高音成分が明瞭に再現されてくる。

41qrvdyqdl_sl500_aa240_ ロッシーニのチェロとコントラバスのための二重奏曲には驚いた。コントラバスのダッ・ダッ・ダッというテンポの速いスピッカートが明確に区切られて聞こえる(通常のスピーカーではくぐもって連続的に聞こえる)。低音に含まれている倍音成分がより正確に出てくるタイムドメイン理論の結果であるが、それが音にはっきりと現れている。もちろん高音部も良い。シンバルや鈴の、これまでは聴こえなかった音が聴こえてくる。

533芸能山城組の「輪廻交響楽」では、最初の爆発的に轟く巨大な太鼓の音がこれまでのスピーカでは太いばちでたたいているように聞こえるのたが、このスピーカーでは細身の硬いバチで叩いているように聞こえる(実際にCDの解説書によれば平太鼓をチベット密教のバチで叩いていると書かれて いる)。BOSEのスピーカでも確かに巨大な太鼓の音として再現されるのだが、Jupity301で聴くと声明(しょうみょう)のようなコーラスともあいまって、般若心経の陀羅尼(だらに:秘蔵真言)、東洋思想の生命観・宇宙観である輪廻転生が見事に再現される。これまでのスピーカーの音空間とは違う、自分の体が輪廻転生の真っ只中の宇宙空間に漂っているような、そんな錯覚すら覚えてくる。

音像の定位感も良いから楽器の配置の奥行きまで分かるし、ヨー・ヨー・マのチェロでは左手が移動するときの弦をこする音や奏者の息遣いまではっきりと聴こえる。

| | コメント (0)

2008年4月23日 (水)

ラフマニノフ 『ある愛の調べ』

19日に封切られた映画、ラフマニノフ 『ある愛の調べ』を観ました。それでここ数日はラフマニノフ のピアノ協奏曲を聴き続けています。

映画を観た余韻が冷めないうちにと、持っているラフマニノフのCDを探したら、4枚もあり、ピアノ協奏曲第2番が3枚に収まっていました。①ラフマニノフ自身のピアノ演奏で、1929年の公演、これはSPレコードからの復刻版なので音は良くない。②アシュケナージがコンセルトヘボウ管弦楽団と競演したもの。③リヒテルがワルシャワフィルと競演したもの。

41q3bds118l_ss500__3 気がついたら第一番を3枚も集めていた訳です。このなかではやはり③のリヒテルの演奏がぴか一でしょうか。リヒテルについて宇野功芳は、『頑健な田舎の名士といった感じで、・・・健康的にすぎ、骨太にすぎ、デリケートな情感や寂寥感など、クスリにしたくもなかった』と散々にこき下ろしていますが、リヒテルのラフマニノフピアノ協奏曲第一番は別格で、『このもってりとした暗い情緒やムードはリヒテル以外のピアニストからは聴けない』と絶賛しています。『壮年時の彼は、往年のラフマニノフを偲ばせる、巨大としか表現のしようがないテクニックで聴く者すべてを興奮の渦に引きずり込んだ』とも。

中野雄も晩年のリヒテルについて、『なぜああいう歳のとり方をしてしまったのか--私にはまったく理解ができない。』と突き放しています。しかし宇野と同じく壮年期のラフマニノフを弾いた演奏はすばらしいと評価。そのCDが③で、これにはチャイコフスキーの第一番もカップリングされています。この世紀の名演奏が二つもそろって1800円だから、いい世の中になったものです。巨匠ホロヴィッツの演奏(これはピアノ協奏曲第3番ですが)もダイナミックですが、ロシア的情感はリヒテルにかなわないのかもしれません。

そうでした。映画の話題を書くつもりだったのですね。キーワードはライラックの花です。少年期をライラックの咲く庭を持つ家ですごし、歳上の女性アンナに恋したときにライラックの花束をいつも捧げていました。亡命したアメリカで作曲に行き詰まったとき、知らない女性からライラックの花束が送り続けられます。するとライラックが「魔法の花」であるかのように、ラフマニノフは元気を取り戻して演奏会をやり遂げることができるのです。

ロシア革命のことも、亡命の理由もはっきりとは描かれてはいませんが、カーネギーホールでのコンサートにソ連大使が来ていることを知ると、演奏をその場で中止しようとするのです。「彼は私のたくさんの友人を殺した人物だ」舞台から告発します。

女性革命家で、彼のピアノの生徒でもあるマリアンナ(?)と逢引きをしていて、チャイコフスキーとの夕食をすっぽかしてしまいます。そして恩師の家から追い出されて・・・。このチャイコフスキーの第一番とラフマニノフの第二番のピアノ協奏曲が一枚のCDにドッキングしているのも何かの縁でしょうか。

映画にはきれいな旋律の曲がたくさん出てきます。彼のパガニーニの主題による狂詩曲・ショパンの練習曲など。

天才の繊細な神経と悩みの内面を巧みに映像化しています。最後のシーンはすばらしいです。ヒロインはライラックの花です。ライラックの花束を贈り続けた女性は・・・・・・? この映画の原題も「LILACS」となっています。

| | コメント (2)

2007年11月12日 (月)

五輪真弓コンサート

47daf 五輪真弓が12年ぶりのアルバム「Welcome」を先月発売しました。それを記念してのコンサートに妻と二人で。

有楽町国際フォーラムの中庭は、木々ももう紅葉し始めていて秋の気配。デビュー35周年のコンサートは「Welcome」のCDに収められた曲を中心に、「リバイバル」「煙草のけむり」など懐かしい曲もあり、前から二列目の席でたっぷりと堪能しました。

結婚を境にして曲の雰囲気ががらりと変わった彼女の歌は、私としては結婚前の曲に愛着がありますね。でも最近の曲では「思いで探し」など以前の雰囲気の曲もまたあります。

彼女のサイン付きでこのCDを買いました。

| | コメント (0)

2007年10月27日 (土)

雨の休日はインターネットラジオで

1台風20号の影響で朝から雨の休日となった。雨の休日は気持ちもゆったりとできるので嫌いではない。こんな日はインターネットラジオでバロック・クラシックをBGMにして好きなことで一日を過ごす--こんな幸せはない。

Winampが5.5にバージョンアップされたのでインストールしてShoutcastのネットでいつものお気に入りクラシック局を聞く。1.FM Otto's Baroque musick、Sky FM Mostly Classical などだ。

PCのAudio端子からダイレクトにステレオに繋ぐとPCの雑音を拾って音質が劣化するため、USBでCreativeのSoundBlaster Degital Music LXを繋いで出力している。MP3音源もこれを使うと素直できれいな音になる。もっともWinampのMP3音源処理がiTuneやマイクロソフトのMediaPlayer よりも高度な処理がされているおかげでもある。

さらに、Degital Music LXからアンプの入力端子まではMonster Cable社 のMonster iCable for iPodで繋いでいる。本来はiPod用に売られているケーブルだが、こうした使い方でも高音質が得られる。

ステレオは以前にも書いているが、BOSEのAMS-1Ⅳだ。低音部を担っているベースモジュールからの重低音は狭い書斎には最適だ。このステレオを買ってからタンノイのスピーカーは出番が無くなった。

AMS-1Ⅳのスピーカー端子からベースモジュールまでのケーブルも付属のケーブルからKimberの4PRに変えている。ベースモジュールからサテライトスピーカーまではオーディオテクニカのAT6S27に変えた。AT6S27がヨドバシの在庫処分で470円/mと安くなっていたので。

CD/DVDとアンプの接続にはACROLINKの6N-A2050Ⅱで接続している。

45203_3インターネットラジオを聴いていて意外と気になるのがPC本体から出る音だ。CPUを冷却するファンの音、ハードディスクの駆動音・CDドライブの回転音などだ。PC本体はドスパラの静音パック化し たデスクトップにしている。大きめのファンをゆっくりと回して、さらにハードディスクは「SMART DRIVE」でさらに静音化。ハードディスクの回転音およびアクセス音を大幅に軽減し、筐体には遮音体を張っている。音楽を聴いていても気になる音がほと んど出なくなった。

ケーブル類のチューンアップで見違えるような(聞き違える?)音に生まれ変わった。バロックの通奏低音が鮮やかによみがえる。ホルンの輪郭がはっき りと聞き取れる。バイオリンの高音の抜けも良い。インターネットラジオの音質とは思えないような音である。もっともこのチューンアップしたシステムでCD を聴くとさらに高音質が楽しめる。 結局はCDの音質に勝る音源は無いとなるのだが。

| | コメント (0)

2007年10月 8日 (月)

一日中バッハ

42177 クラシック音楽全集専門店=ムジカ・ウープスからCD20枚組みの「バッハ全集」が届いた。今日は朝からずっとバッハを聴いている。雨の休日は心も落ち着いて音楽三昧になるには最高だ。 http://www.mujicajapan.jp/index.html

この全集は、バッハを甦らせたレーベル、アルヒーフとフィリップスの膨大な音源から絶賛された名演奏のみを収録いたしたのだという。演奏家を見ればそれが嘘でないと分かる。

ヴァイオリンのフェリックス・アーヨ、オーボエのハインツ・ホリガー、オーレル・ニコレにネヴィル・マリナー、ガッゼローニ、ヨッフム、ケンプ、 イ・ムジチなどなど、往年のそうそうたる演奏家が一堂に集まったような全集だ。しかも一枚あたり1,000円弱だから、廉価版程度の価格だ。良い買い物を した。

クラシックの全集を新聞やテレビでCMしているが、演奏や録音がいまいちだったり、ひとつのレーベルから無理をして全集を組んだりで、聴いてもがっかりするばかりだった。このバッハ全集のように、異なるレーベルから名演奏を選りすぐって集めたものは知らない。

演奏もいい、録音もいい。何時間聴いても飽きない幸せな時間。

いずれモーツアルト全集も手に入れたい。

| | コメント (0)

2007年9月14日 (金)

天才とは神が与えた重荷である

3e947 映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」にこんな台詞があった。『天才とは神が与えた重荷である』

ジャクリーヌは16歳でデビューし、若きチェロの妖精として一大センセーションを巻き起こしたが、28歳で多発性硬化症という難病になって演奏活動ができなくなった。絶望のうちに42歳で人生の幕を閉じた。 エルガーのチェロ協奏曲は彼女の十八番。天才と難病という二重苦を背負った彼女の慟哭のように悲しく響く。 私の持っているのは、彼女の夫であるダニエル・バレンボイム指揮のフィラデルフィア管弦楽団の演奏だが、これはオーケストラが良くない。馬鹿な買い物をしたものだと後悔しきりである。デュ・プレの鬼人のような演奏に対して、バレンボイムの指揮のスケールが小さい。 20歳の彼女がバルビローリの指揮で入れた演奏を図書館から借りて聴いてみたが、憂愁に彩られたバルビローリの指揮に対して、夫バレンボイムのものはオーケストラが大味で気品がない。指揮者の才能が歴然と現れている。こちらのCDを買い足すことにした。

二人の指揮者の演奏を聴き比べてみるのに恰好なのが、ハイドンのチェロ協奏曲1番と2番(東芝EMI)のCDだ。1番をバレンボイムが、2番をバルビローリが指揮している。

| | コメント (0)

2007年8月12日 (日)

無為の時間

3a004 世間はお盆休み、私は骨休め。

一日中、城山三郎さんの言う「無所属の時間」、あるいは老子の「無為」の時間を過ごす。本を読んだり音楽を聴いたり、目的もなく、手当たり次第にである。ショパンのピアノの旋律に慄きながら・・・。

ショパンの夜想曲第20番(遺作)とバラード第1番、これをBOSEの2.1チャンネルで少し大音響かなというくらいの音量で聴いてみたら、これま での印象とがらりと違ってきた。音楽はある程度の音量で再生しないと、本当のよさが分からない。このAMS-1Ⅳというシステムは、小さい6センチのサテ ライトSPと13センチのベースモジュールから本当に豊かな低音が出てくる。オーケストラを聴くには物足りないが、それ以外なら満足した音を出してくれ る。

WINAMPをインストールしてインターネットラジオでクラシックを連続再生しながら読書。パソコンからUSB経由でBOSEのシステムにつないで ある。インターネットラジオ局はこれまでもいろいろと探して聞いてみたが、BGM的に聴くのであれば「SOLO PIANO RADIO」だ。これは長時間流していても飽きてこない。

アマゾン.comに注文してあった古本の「タオのプーさん」と「タオとコブタ」が届く。ベンジャミン・ホフの熊のプーさんシリーズだ。

| | コメント (0)

2007年7月19日 (木)

院内コンサートとオムライス

36b8b_2

病院の一階ロビーで、シンガーソングライター&ドラマーと、経歴の多彩な清家みえ子さんのコンサートがあった。

なごり雪、心もよう、異邦人など、なつかしのフォークソング(この言葉も懐かしいなぁ)を中心としたレパートリーに、点滴用のさおを持った患者さんも盛大な拍手喝采。


『會館オムライム』

どうということではないのですが、今日の『會舘オムライス』はおいしかった、絶品だった、舌がとろけた。とろとろ卵とケチャップの味加減がなんとも いえない。病院のレストランでこうした高級店を出しているところも珍しいのではないだろうか? どこもだいたいにおいて『病院食よりはまし』程度の料理 だったような気がする。

生きていてよかった。ほんと。

36b8d


| | コメント (0)

2007年6月14日 (木)

癌研有明へ、その後チェロのレッスン

3368f 妻には千葉に車で出張だと偽って家を出た。

あいにくの雨模様の天気だ。車で癌研に向かうと途中からフロントガラスに雨粒が当たりだした。癌研の地下駐車場に入ると、満車ですからしばらくお待ちいただくか、いったん外に出てください、との案内。ちょうど出て行く車があったので、その後に駐車できた。

たくさんの患者がいる。みんな癌なのだろうか。多いよなぁ。頭髪の抜け落ちた若い女性もいる。でも意外と元気そうだ。フロアにグランドピアノが置いてある。コンサートも開いているようだ。

受付ではPHSの端末を渡された。診察が近くなるとバイブと音で知らせてくれるのだという。それまでは自由にどこにいても良いらしい。便利なシステムだ。

診察は消化器センターの肝坦膵担当の先生。事前にHPの診察予定表で調べて予想していた先生だった。

持参した超音波・CTの画像をシャーカステンで見ながら、「90%以上の確率で悪性だと思います。」と。うーん10%確率が上がったなぁ。 「手術は可能でしょうか?」「うん、ぎりぎりだが大丈夫だと思う」・・・少しほっとする。 手術ができなければ確実に死が待っている。 念のためもう一度CTを撮って再び診察を受ける。

  • 腫瘍の大きさは25ミリ程度
  • 膵頭部を残して後は全部切除する。
  • 周囲の組織も大きく切除する。
  • 肝臓と胃につながっている大きな血管に近いので、もしかすると胃を全部切除するかもしれない。これは開けてみないとわからない。
  • 手術は98%成功するから心配要らない。
  • 1ヶ月の入院後は普通に仕事に戻れます。しかし合併症を併発すると2ヶ月くらいの入院になるかもしれない。
  • 手術した場合の生存率は、あくまでも統計的に言えばだが、5年生存率20%、2年生存率50%。 あとの30%はどうなるのか聞き忘れた。5年以上あるいは2年未満?
  • 良性である可能性も少しは残っているが、組織検査をしていると手術が遅くなる。また組織検査の結果も確実とはいえないので、検査なしで手術をする。良性だとしても大きさからいって、手術が必要だ。

ということで、6月29日に手術をすることに同意した。2週間後だ。 診察して受けた印象は「この先生なら任せて大丈夫だ」という第一印象。前の直腸がんのときもこの第一印象は正しかった。信じることにしよう。

6時間近く病院にいたことになる。駐車場を出ると雨と風が強くなっていた。

帰宅して、今日はチェロのレッスン日だと思い出した。どうしようか。結局川崎まで電車で行き、「蕎路坊」で野菜天ざると熱燗を一本。チェロのレッスン日はここの蕎麦が楽しみだ。 一時間みっちりとレッスン。第二ポジションと第三ポジションのポジション移動がある「エーデルワイス」などを弾く。楽譜に集中すれば指が間違う。指に集中すれば右手の弦の動きがおかしくなる。しかし先生は「このクラスは進歩が早いです。そろそろ次の上級コースにしましょうか」とおっしゃるが、本人は進歩が遅いなと感じている。本当かなぁ。 レッスン後に癌になったので入院手術すること、しばらくレッスンに参加できないことを告げる。励まされて教室を出た。

10時半。雨の中を帰宅。今日は本当に疲れた。

| | コメント (0)