癌発見⇒手術まで

2007年6月29日 (金)

手術日

手術日です。 9時に手術室。10時ころから執刀。

すい臓癌で手術できるのは20%、そのうちで5年生存している患者はやはり20%。つまり4%の患者しか生き残れないということ。

統計はあくまでも数字。患者にとってはよい結果も悪い結果も、100%である。

手術後はICU入りで、しばらく書き込みできない・・・。

2007年6月28日 (木)

生きるということ

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昨夜病室から撮った夜景だ。あいにく東京タワーは霞んでいた。

哲学の根本問題

とは少し大げさだが、生きるとはなんだろうか、との問なら今の私には身近で切実だ。

古代ローマのストア派哲学者エピクテートスは、自分の権能下にないものを頼るなとして、自分の力のうちにあって自由になるものと、自分の力のうちになくて自由にならないものを峻別せよ、これがもっとも大事なことだと言った。 自由になるものは、自分の考え・行動・意欲・拒否。自由にならないものは、自分の身体・所有物・評判・社会での地位、妻・子供・友人などなど。

自分の自由になることにおいて最善を尽くす。これこそが人が自由になる唯一の方法だ。良寛は次のように言う。

欲なければ一切足り 欲ありて万事窮す  良寛

世の中の哲学・宗教において共通しているのは、自分が影響を与えることのできることがらに専念すること。これが第一の教えだった。

フランクリン・コビューの「七つの習慣」にも、「自分の関心のある領域のみで生きることは止め、影響を与えられる領域で生きよ」と言っているのは、東西共通の賢人が到達した知恵であるからだ。

癌になった自分の体をあれこれ悔やんでみても、いまさらどうなるものでもない。治療に専念するだけのことだ。自由にならない己の身体のことに思い悩むのはやめにして、己の自由になる「心(マインド)」の翼を広げて大いなるものと交信することだ。

『神』、『自然』、『仏性』、『タオ』などとそれぞれ言い方は違うけれども、要するに『永遠の命』につながる自分を信じて、その一点につながる生き方をすることだ。いかに死ぬかということは、とりもなおさず、いかに生きるかということなのだから。

主治医による最後の説明

妻と一緒に主治医の手術前の最後の説明を受けた。説明というよりは手術の問題点・可能な点と不可能な点。これらを承知したことの同意書への署名が主な内容。

  1. 開いた結果転移が見られたら幹部を手術しないで閉じる場合もある
  2. ぎりぎりの相当に厳しい難しい手術だからその覚悟はしておくように。難しいというのは、腫瘍が大きな血管に近いので・・・。

ここまで来たら、あとは先生に任せるしかない。自分の自由にならないことだ。「欲ありて万事窮す」 もっと生きたいという欲を捨ててしまえば、何を悩むことがあろうか。それに自分では自由にならないことではないか。

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2007年6月27日 (水)

入院

34036 タクシーに乗り、一人で入院した。

肺機能の検査と胸部レントゲン撮影。肺機能検査では測定器の針が振り切れて測定範囲を超えてしまった。8000以上。若い女性の検査技師が、「振り切れたのは初めて!」と。若いころの生育盛りに管楽器を吹いていたのが影響しているのだろう。

部屋からはレインボウブリッジと有明アリーナ越しに東京タワーが見える。夜景はきれいに違いない。

インターネットも快適だ。当初入院手続き窓口でのちぐはぐな対応とは打って変わって、病室の担当看護婦さんは、「電気製品の使用許可だけをいただけば良いですよ。」と簡単そのもの。食事は今夜までで、明日は絶食して体内を空っぽにする。

先生の説明がある予定で妻にも来てもらったが、緊急の手術だとかで明日に延期。妻は3日連続でこなければならなくなった。

iPodでビバルディの「四季」。イ・ムジチ、アーノンクールの演奏とほかに一枚の計3枚の「四季」がiPodに入っている。今日はイ・ムジチ。それに同じビバルディの「調和の霊感」を聴く。 さらに西島三重子のアルバム「呪文」。こんなフレーズが気に入っている。

死ぬつもりで目を閉じれば
もう 生きることが始まっている
            西島三重子「一瞬の夏」

TWIN VERY BEST COLLECTION~Spell(呪文)~ TWIN VERY BEST COLLECTION~Spell(呪文)~
西島三重子

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2007年6月26日 (火)

誕生日祝い

33fdd 明日が59歳の誕生日だ。入院と重なるので、一日早いが今日妻と子供たちが誕生祝いをしてくれた。 テーブルには一輪のバラを珍しく飾ってある。寿司とケーキという取り合わせ。

ノートPCのメール設定に苦労をした。イー・モバイルのプロバイダからアサヒネットのメールを送信するためには25番ポートブロックのため587ポートを使わなければならないのだが、なぜだか受信ができない。試行錯誤の上2時間もかけてやっと受信できた。

イー・モバイルは結構早い。実測したら下りで2.8Mも出ていた。これならADSL並みのスピードだ。光ほどではないけれどエッジなんかより一桁以上早い。着替えと病院で読みたい本は宅配便で送付した。

前々から読んでおこうと思っていた道元の「正法眼蔵」をこの機会に読破しておこうと先日本屋で探した。石井恭二の現代語訳で挑戦するつもりで文庫本 を手にとってみたが、元の道元の文体がなく現代語訳のみであった。現代語訳と両方とも書かれている河出書房のハードカバー版はあるにはあったが、一冊 5000円以上もする。5巻では29000円。これじゃ買えない。インターネットで古本を探したら、5巻で12000円であった。

注文は手術後ということにして、同じ石井恭二の「正法眼蔵の世界」を買って帰った。

明日はいよいよ入院だ。

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2007年6月25日 (月)

「がん緩和ケア最前線」坂井かをり著

33e06 今日は茨城県まで車で日帰り出張。帰りの車中で癌研からの電話を受けた。27日に入院が決まった。あいにく差額ベッド代の要らない部屋は確保できず、5000円/日の部屋になるという。 59歳の誕生日に入院ということになった。

岩波新書の最新刊「がん緩和ケア最前線」を興味深く読んだ。癌研有明病院を一年間にわたって取材した坂井かをりさんの労作のルポである。これまでの 緩和ケアあるいはホスピスは、もう治療の方法もなくなった末期がん患者が最後に過ごすところというイメージで、実際に多くのホスピスがそのような治療をし てきた。「もう治療の方法がなくなりました。緩和ケアに移ってはどうでしょうか」と退院を強制する有名大学病院が今でもあると書かれている。しかし癌研有 明病院の向山医師を中心とする緩和ケアチームは、WHOの提唱する「緩和ケア」に取り組んでいるのだそうだ。


世界保健機関(WHO)は、「緩和ケアとは、治癒を目的とした治療に反応しなくなった疾患をもつ患者に対して行われる積極的で全体的な医療ケアであ り、痛みのコントロール、痛み以外の諸症状のコントロール、心理的な苦痛、社会面の問題、スピリチュアルな問題の解決がもっとも重要な課題となる。緩和ケ アの最終目標は、患者とその家族にとってできる限り良好なQOL(生活の質)を実現させることである。このような目標を持つので、緩和ケアは末期だけでな く、もっと早い病期の患者に対してもがん病変の治療と同時に適用すべき多くの利点を持っている。」と提言しています。


緩和ケアとは、図の「斜め線の概念」が示しているように、がん治療の初期から取り組むべきであり、患者の痛みが激しいときは痛みを取り除くことを優先し、痛みがなくなれば本来の治療に戻る。これにより患者のQOLが保障されるのだという。

いろいろな患者のエピソードが紹介されているが、ある患者の「私はこの病院に来て、治療に満足しています。私の望む治療を十分に受けているという満足感があります。今は本当に幸せです」との想いを知るだけでも十分納得できる。

2007年4月1日に施行された「がん対策基本法」でも「患者の心身の痛みを取り除く「緩和ケア」についても、「患者の状況に応じて早期から適切に 行われるようにする」と定めている。住んでいる地域に寄らず、高度ながん治療を受けることができるような施策を国の責任としている。欧米では効果の確認さ れた抗がん剤でも日本では未承認で使えないという薬がたくさんあるのだとも書かれている。私も患者の一人として、こうした遅れた行政を少しでも改善する活 動に貢献したいものだと思う。

この病院でよかった。今真実そう思う。しかし東京以外に住んでいる患者はこのようにはできない。命にも歴然とした格差がある。

入院前にやるべきことはすべてやった。後は信頼してお任せするだけだ。


がん緩和ケア最前線 (岩波新書) がん緩和ケア最前線 (岩波新書)
坂井 かをり

がんとこころのケア (NHKブックス) 死を看取る医学―ホスピスの現場から (NHKライブラリー) ふつうの生、ふつうの死―緩和ケア病棟「花の谷」の人びと (文春文庫) がん患者の心を救う―精神腫瘍医の現場から 病院で死なないという選択 ―在宅・ホスピスを選んだ家族たち (集英社新書)

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2007年6月24日 (日)

加島祥造のタオ-老子

33bd2 半年前に本棚を大掃除して、この50年間に貯めこんだ蔵書をたくさん捨てた。老年になって物質欲にこだわるのは見苦しいと考えたからだ。まず蔵書を 整理しようとしたのはそのためだ。残ったのは結局古典といわれる書物だった。その中に中野孝次や加島祥造のものが何冊かあった。

3年ほど前に中野孝次が亡くなったとき、写真支部の会報にこのような文章を書いた。


7 月16 日、79 歳で中野孝次が亡くなった。彼の『清貧の思想 (文春文庫) 』はこの種の本としては久々の人気で、私も影響を受けた一人である。現在の日本の「経済万能」「金・効率が第 一」の風潮を痛烈に批判し、良寛、鴨長明などの「いのちの充実」を大切にする生き方こそが、日本人の本来のありようと捕らえて、「お前は本当に生きている といえるのか?」と頭を殴られた気がしたものだ。

このごろは休みのたびに雨模様であったり台風が来たりなので、彼の著作を読み返すにはうってつけだった。『ブリューゲルへの旅 (文春文庫) 』『風の良寛 (文春文庫) 』『足るを知る  自足して生きる喜び (朝日文庫) 』『「閑」のある生き方 』と読み進めるうちに“加島祥造”という名に行き当たった。

中野孝次の碁仇で、英文学者・詩人の加島には『トム・ソーヤの冒険』などの翻訳があり、こちらが有名だが、近年は「老子」の現代詩訳を出版してい る。加島祥造の『伊那谷の老子 (朝日文庫) 』には、彼がいかにして老子の現代詩約をすることになったがが紹介されている。その中で、晩年の寺田寅彦の「電車の中で老子 に出会った話」の小文を引用して、寅彦が日本橋の丸善で老子のドイツ語訳を買い求め、電車の中で読み始めたが、これまで難解だと思っていた老子が、「まる で背広にオーバー姿で電車の中でひょつくり隣合って独逸語で話しかけられたよう」に、すとんと理解できたというのである。

そして加島自身も、老子の英語訳に出会っていっぺんでその虜となり、触発されて老子道徳経を現代詩に訳した『タオ―老子 (ちくま文庫) 』を出版することになってしまった。

この『タオ-老子』の現代詩がなんともいいのである。私なんぞは、漢詩は高校で受験のために仕方なく勉強したが、正直いって難解で退屈だった。孔 子・孟子までは付き合ったが内容はほとんど記憶にないし、まして老子となると義理で付き合った覚えもない。その老子が、加島の現代詩に姿を変えると、本当 にストンと胸に落ちるから痛快だ。

    無為とは、なにもしないことじゃない
    誰も、みんな、
    産んだり、養ったり、作ったりするさ、
    しかし、
    タオにつながる人は
    それを自分のものだと主張しない。
    熱心に働いても
    その結果を自分のしたことと自慢しない。
    頭に立って人々をリードしても、
    けっして人を支配しようとはしない。
    頭であれこれ作為しないこと、
    タオに生かされているのだと知ること、
    それが無為ということだよ。
    なぜって、こういうタオの働きに任せたときこそ、
    ライフ・エナジーがいちばん良く流れるんだ。
    これがタオという道の不思議な神秘の
    パワーなんだ。
        (老子道徳経第十章)

    君はとっちが大切かね?-
    地位や評判かね
    それとも自分の身体かね?
    収入や財産を守るためには
    自分の身体をこわしてもかまわないかね?
    何をとるのが得で
    何を失うのが損か、本当に
    よく考えたことがあるかね。
    名声やお金にこだわりすぎたら
    もっとずっと大切なものを失う。
    物を無理して蓄めこんだりしたら、
    とても大きなものを亡くすんだよ。
    なにを失い、なにを亡くすかだって?
    静けさと平和さ。
    このふたつを得るには、
    いま自分の持つものに満足することさ。
    人になにかを求めないで、これで
    まあ充分だと思う人は
    ゆったり世の中を眺めて、
    自分の人生を
    長く保ってゆけるのさ。
        (老子道徳経第四四章)

清貧の思想 (文春文庫)
中野 孝次

清貧の思想 (文春文庫)
足るを知る  自足して生きる喜び (朝日文庫) 「閑」のある生き方 (新潮文庫) ハラスのいた日々 (文春文庫) 生き方の美学 (文春新書) 風の良寛 (文春文庫)
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タオ―老子 (ちくま文庫) タオ―老子 (ちくま文庫)
加島 祥造

伊那谷の老子 (朝日文庫) 老子までの道―六十歳からの自己発見 (朝日文庫) タオ―ヒア・ナウ タオにつながる 老子と暮らす 知恵の森文庫

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2007年6月23日 (土)

拾った命だから、のんびり生きる

「拾った命だから、のんびり生きる」。 このタイトルは半年前の12月に別のブログに書いたものだ。今の生き方でよい。このまま普通に生きていくだけ。焦らず、諦めず、必要以上に頑張らず。

********2006/12/14********

半年ぶりの定期検査を先月末受診した。大腸の内視鏡検査だ。その結果を今日の午後、主治医の先生から聞くための診察日だった。「まったく問題なし。この次の検査は一年後でい いね」とうれしいお話。

1999年の末に直腸にガンが見つかり、翌2000年1月に手術で切除した。肛門から5センチのところにできたガンで、通常なら肛門に近すぎるので 括約筋なども切除して永久に人工肛門になる症例だといわれた。しかし主治医の寺本先生の勧めで新しい手術方法を選択した。おかげで半年ほどは人工肛門での 不便を強いられたが、再度腸の接合手術をして、今では人工肛門ではなく自分の肛門を使用している。

こう書くとたいしたことではないみたいだが、人工肛門は使った経験のない人にはその不便さ、かゆさが分からないだろう。寝てるあいだに剥がれて何度寝具を捨てたことか。自分の肛門からウンチが出たときのあの感動は、今思い出しても涙が出る。

寺本先生からは「日本での新記録です。つまり肛門から5センチの直腸手術で人工肛門でないのはあなたが初めてです」といわれたものだ。ガンになったのは不運だが、寺本先生の手術を受けられたのは幸運だということだ。

こうしてもう手術後6年になる。5年経てば一応ガンは完治だといわれているから、安心してよいだろう。昨日アフラックの医療保険にも堂々と加入手続きができた。

命拾いしたのはこれで二度目ということになる。二十歳のころ交通事故で奇跡的に一命をとりとめたことがある。そのときは『せっかく拾った命だから、立派な人生を送ろう』と決意したものだ。これまでの人生はその決意に恥じないものだったと自分では思っている。 そして五十歳でガンになり、また命を拾った。

そしてこう思った。『せっかく拾った命だから、のんびり生きよう』と。

老子だってこう言っているではないか。『人の先に立とうとするな』と。人の欲は果てしがない。しかし「もうこれで十分だ」という気になれば、人生を あくせくせずに、命の根底に至る人生に変えることもできようではないか。それに気付くことが「タオ」が分かるということに違いない。

もうひとつ
天と地のむこうの道(タオ)につながる自分が有る。
そういう自分にもどれば
人に嘲(あざ)けられたって褒められたって
ふふんという顔ができる。
社会から蹴落(けおと)されるのは
怖いかもしれないけれど、
タオから見れば
社会だって変わってゆく。だから
大きなタオの働きを少しでも感じれば
くよくよしなくなるんだ。
たかの知れた自分だけど
社会だって
たかの知れた社会なんだ。

      加島祥造「タオにつながる」より。

二度も命拾いをしたうえに、命を大切に生きる=タオに生きる ことまで教えられたんだから、ガンになるのも悪いものじゃないなぁ。

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2007年6月22日 (金)

腫瘍マーカーの結果にびっくりした

今日は元のかかりつけのT先生のところにアマリールを処方してもらいに行った。借りていたCT画像のフィルムを返却するためでもある。

「フィルムは患者さんのものだから、お持ちください。病院においていても5年たつと廃棄するのですよ。」とのこと。

そう、カルテもエックス線フィルムも本来は患者のもののはずだ。検査費用だって患者が払うのだし、そのフィルムを病院から患者が”借りる”ということ自体がおかしい。さすがはT先生、よくお分かりだ。

「個人情報保護」を掲げる医療機関は多いが、それじゃ患者がカルテを渡してくださいといったとき、真摯に対応してくれる医療機関がどれほどあるのだろうか。所詮は世の中の流れに仕方なく従っているだけにしか過ぎまい。本当に個人情報保護を考えるのならT先生のように「フィルムは患者のもの」とはっき り言うべきであろう。

11日に血を抜いて検査した腫瘍マーカーの結果が出ていた。念のためにと検査したのだが、数値を見て驚いた。

  • エラスターゼ1  259 ng/dl (72~432)
  • CEA   2.5 ng/dl (5.0 以下)
  • CA19-9    25.1 U/ml (37.0以下)

みんな基準値の範囲内だ。<カッコ内が基準値> とくにCA19-9は膵臓がんの重要な検査項目だが、まったく正常な人と同じである。私は本当に癌なのだろうか。

「これじゃ腫瘍マーカーなんて信用できませんよね」という私に、T先生曰く。「そうじゃなくて、たぶん悪性腫瘍だと思うけど良性の可能性もあるということ。悪性にしても血液にはまだ癌の兆候が流れ出ていないということだから、リンパ節などに転移している可能性も非常に小さい。これはうれしい結果ですよ。医者は腫瘍マーカーの数値だけで癌を判断しているわけでもないです。」との説明。 納得。良い話なのだから、素直に喜ぶことにしよう。

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2007年6月21日 (木)

手術できるのは患者の20%

338cc 昨日の検査結果の確認と入院前の最後の診察で癌研へ。 今日は妻を伴っていった。

先生が妻のために最初から丁寧に説明してくれた。「膵臓がんと診断された患者さんのうち、手術できるのはそのうちの約2割です。体の中央部、胃の裏 側になり、なかなか検査も難しいところですから、見つかったときには転移もしていて手術すらできないということになりがちです。癌研には手遅れだと判断さ れた患者は紹介されてきませんから、ここに来る患者の50%は手術ができません」

私は幸運にも手術可能な20%に入っているわけだ。 手術自体は99%成功するから大丈夫ですよ、との説明に妻も納得。最後に先生から「がんばりましょう」と言われて診察室を出た。手術後の5年生存率はこれも20%ということにはお互いに触れず。まぁ、2年生存率50%に入ることを目標にがんばるさ。

午後から入院に必要なものを調達。まず「いびき防止器具」を薬局で購入。iPod nano に好みのCDを可能な限り保存した。クラシックをメインにしてこれまで耳になじんだ名曲をたくさん入れた。CD100枚くらいは入っただろうか。びっくり した。これにBOSEのノイズキャンセリング・ヘッドフォン-QuietComfort3の組み合わせで、入院中は音楽三昧としよう。

夕食は近所のレストランで。先生から禁酒を言い渡されているのでノンアルコールビール。妻は生ビールをおいしそうにジョッキに二杯も飲んでいた。飲 めない俺に少しは遠慮がないのかなぁと思ったが、彼女もここ数日はストレスの連続だっただろうし、今日の先生の話で幾分はほっとしたのだろうと、許すこと にした。心の中で「また癌になってすまない」と詫びる。

   乾杯!

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2007年6月19日 (火)

癌で死ぬことはそんなに悪いものじゃない

33694 いまや日本人の男性なら2人に一人、女性は3人に一人は癌で死ぬといいます。 癌治療が進歩しているにもかかわらず、癌で死ぬ割合が増えているのは、他の病気で死ぬことが減少して結果的に寿命が延びていることが主な原因でしょう。

同じ人が二度も癌になる例は、昔なら医学誌に症例として紹介されるほどまれなことだったのですが、最近では珍しくありません。つまり癌は治る病気になってきたので、最初の癌が治った人が何年後かに別の癌になるということになるのです。

人の寿命はせいぜい百年です。いずれは死ぬ--人生において唯一これだけは確かなことですが、さて、私ならどんな方法で死ぬことを選ぶだろうかと考えてみたこともあります。

交通事故は嫌ですね。二十歳のころに交通事故で九死に一生を得た経験がありますし、弟もバイク事故でなくしていますが、突然死ぬんですから、これは嫌です。

自殺-中高年の自殺は経済的理由、リストラなどが主な原因でしょう。これは社会的な殺人と言ってもよいものです。儲けと効率一辺倒のこの日本がどうして「美しい国」なんかであるものでしょうか。自殺という名の”殺人”で死ぬこともお断りです。

長生きして老衰で眠るように死ぬのが一番だという考えも多いようです。ぽっくりと死ぬことを望む心境はよくわかります。苦しまないし、家族に介護の 負担をかけずにすみます。父が93歳で他界しましたが、在宅介護をしていた期間は本当に大変で、ついつい心の隅では早く死んでくれることを望んでいる自分 を見つけて嫌な気持ちになります。しかしぽっくりと死ぬ幸運はめったにあるものではありません。癌になった家族に対して「早く死んでほしい」という気持ち になることも少ないはずです。

と考えてみると、人は何かで死ぬことが避けられないのなら、癌で死ぬことはそんなに悪い「何か」ではないような気がします。何よりも余命がわかっていればある程度の準備をすることができます。悪質な介護業者に当たる不安など考えずに病院で最後まで面倒を見てもらえます。 癌は伝染病ではないですから、周囲や家族に伝染するのではないかと心配する必要もありません。最近は緩和治療も進んでいますから、昔のように末期がんでひどい痛みに苦しむということもなくなってきたようです。

所詮は「自殺」以外は、何で死ぬかを選択することはできないのですが、少なくとも癌を何か特別なことのように考えないで、人の死因のひとつに過ぎないと考えて、癌だとわかったら最善を尽くすこと、これもひとつの生き方でしょう。

明日は癌研で残った検査がある。

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